TAMAISM

旅の記録とか、舞台訪問とか。(旧 OFFTAMA)

【新むつ旅館】小中野新地の遊郭「新陸奥楼」に泊まる Part 2/2 (@青森県八戸市)

散策は続く

あれから2階へ移動し、今回泊まることになる六番・七番座敷の素晴らしさを目の当たりにした自分としては、残りの座敷も見ておきたいというのが普通の思考だ。

一般的な宿泊ならば他の宿泊客がいるために無理なところ、何度も言うようだけど今日は自分ひとりだけ。思う存分にこの新むつ旅館を隅から隅まで見学することができる。

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三番座敷

まず最初に訪れたのは、通り側吹き抜け部の隣に位置する三番座敷。壁の向こうにある五番座敷と同様に6畳の広さで、一人で宿泊するという場合ならちょうどいいこじんまり感がある。

遊郭でのひとときは最初は大広間で宴会をし、盛り上がったところで各座敷に移動して遊女と夜をともにする…というのが思い描く有様といえますが、そうなると、新むつ旅館に2箇所存在する二間続きの座敷がその大広間だったのかもしれない。よく考えてみれば、これらの座敷は単にヤるだけなら結構広いんですよね。6畳くらいがちょうどよさげ。

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一番座敷から二番座敷を見る

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二番座敷

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反対側

そして、新むつ旅館で最も広い座敷である一番・二番座敷の居心地の良さはまたひとしおだった。通りに面しているだけあって採光も十二分で、障子戸をフルオープンにしていると特に明るさを感じられる。

さっきの理屈でいくとかつてはここで宴会をしていて、おそらくだが客や芸妓、娼妓たちが大人数で盛り上がっていたのだろうと想像してみたりもした。飾ってある着物や床の間の造りなども見ても豪華な雰囲気は伝わってくるけど、目の前に広がっている広々とした空間を眺めているとその有様が浮かんでくるようで、なんか儚い。

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窓際の細い廊下

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新むつ旅館の看板が見える

こちら側も六番・七番座敷と同じように、窓際には遊女たちが通る細い廊下があります。

個人的にはこの細い廊下の狭さが結構気に入ってて、特に座るところではないのにも関わらずふと座ってみたりもしてました。座敷の広さとは裏腹に、あくまで遊郭側の通路は非常に狭い。狭いところが好きな自分としては、こういう場所もなかなか落ち着けるので無意識に座ってみたくなります。自分が猫だったらここで香箱つくってるレベル。

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吹き抜け部分

ところで、新むつ旅館は旅館として営業を続けていく中で適度に近代化されてはいるものの、その程度が実に良い塩梅なんです。

消防法とかの法律を満たすように必要最低限が電化されていたりするだけで、基本的な構造だったり内装はそのまま残しているのが非常に好感が持てる。古い建物を旅館化する際には必然的にリフォームをすることになるのですが、昔の雰囲気をそのまま保っているのが凄いです。座敷の設備についても新しすぎないものになっていて、パッと見だと完全に溶け込んでいて風景に違和感がない。

歴史のある旅館…という風に古さを推す旅館とは言え、どこもかしこも古いままがベストとは言えないこの現代において、まさに古さと新しさの均衡がとれた旅館だと感じました。

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もう一箇所の階段

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もう一つの階段の裏側が下働部屋で、その向こう側が客間になっている

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仏間への入り口

ところで、特徴的な外観をしているY字階段がありますよね。

実は階段はあれだけではなくて、七番座敷の裏側に1階の仏間前に通じる急な別の階段があります。細い廊下の途中にいきなり登場する異質な階段で、下りた先がいきなり壁になっているので常用するのは大変かもしれません。

これは消防法の関係で後付されたもので、最初は無かったんだそうです。消防法によれば階段は2箇所以上必要となっていて、確かに有事の際に階段があそこだけというのはちょっと怖いものがある。ちなみに階段の目の前には仏間があって、そこに至る廊下には浴衣が干されていて生活感がありました。

さて、散策を続けていて時間もいい感じになってきたので、夕食の前にお風呂に入ることにしました。

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女将さん達の生活スペース

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お風呂

仏間の前から建物奥側に直進するともう一つの棟があり、こちらは女将さん達が暮らす場所になっています。

1階部分はお風呂や洗面所に厨房、そして食堂があり、2階は居室になっている様子。この棟についても旅館側と同様に昔は古い建物だったと考えられ、もしかしたら食堂や厨房の場所も同じだったのかもしれませんね。

温かいお風呂に入りながらあれこれ考えていると、今日一日が本当にあっという間に過ぎ去っていったことに驚かざるを得ない。青森空港に降り立ったのが今日の午前中で、そこからずっとロードバイクで走ってきて八戸の新むつ旅館に到着し、気がつけばもう夕方。

時間を忘れるほど濃い行程だったというのが毎回の旅の率直の感想ですが、ここまで一瞬だったのはなかなか無い。

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遊郭の夜がやってきた

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で、お風呂から上がったときにはもう夕方を通り越して夜になっていた。

遊郭において夜はいわゆる本業の時間であり、昼間とは正反対の妖艶な空気が漂っている。たとえはるか昔に遊郭から旅館に転業していたとしても、この仄暗い静けさはなんというか「これから何かが始まる」感がダイレクトに伝わってきた。

というか、昼間とは違って夜になるともう明かりって人工的なものしかないんですよね。なので昼間の自然光の温かみとは異なっていて、夜に目にする「明るさ」にはどうしても人という存在が介入してくる。

ましてやここは遊郭。電灯に照らされる廊下の照かりが、遊郭における夜の長さを無言で語りかけてくるようだった。

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帳場を照らす天窓。天窓からは鎖が垂れ下がってきていて空中回廊の手すりに結び付けられているが、これは戦時中に光漏れを防ぐための暗幕の開け閉めに使用されたもの

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自分が泊まっている六番座敷の明かりだけ光のホワイトバランスが微妙に異なっていて暖色系なので、なおさら座敷の存在感が強調されている。

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六番・七番座敷の釘隠しは折り鶴でした

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六番座敷に展示してある大工の墨書

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墨書に名前が出てくる川村ハツさんとムツさん。遊郭の当時の女将さん達だ。

改めて部屋に戻り、部屋の中にある展示を見渡してみる。

明日の予定をどうしようかと考える前に、この宿のことをもっと知りたいという欲求の方が強まってくるから不思議だ。一応階下にあった観光資料を持って上がったけど、結局チラ見した程度だった。

面白かったのが、土蔵を解体したときに大工の墨書。これには大工の棟梁や娼妓、それに女将さん達の名前など、当時の遊郭に関わった人々の名前が記されていた。他にも貸座敷遊興料なるものも書かれていて、要は一時間○○円ってやつです。

これらの展示がめちゃくちゃ無造作に置かれているので、よくよく近寄ってみてはじめてその貴重さに気づくことが多かった。1階の遊客帳もそうだし、とにかく全体的に見どころが多すぎる。

夕食、そして夜

そんなことをしていたら18時になったので、いそいそと食堂に移動してからの夕食がはじまった。

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食堂の様子

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家庭的な料理が並ぶ

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まあ、日本酒注文しますよね

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〆のご飯と味噌汁

食事はすぐ横にある厨房で女将さんがリアルタイムで調理してくれて、できたてを机に運んでからいただくことになる。

内容はというと実に家庭的かつ素朴な献立で、その優しい味付けはいただいているうちに心が休まってくるほど。これに日本酒をセットで味わうとあっという間に酔いが回ってしまって自分でも意外でした。この新むつ旅館の雰囲気にあてられた影響もあるのかもしれない。

そして、食事と並行して女将さん(川村紅美子さん)とあれこれお話をしました。

自分からは出身地だとか今回の旅の目的だとかを話し、逆に女将さんからはここに嫁いできたときのこととか、この周辺のおすすめスポットなどを伺うことができて本当に楽しい。女将さんは話し上手な面が強くて会話が盛り上がり、自分からもかなり話しやすかったです。旅館を運営される側として、嫁いでこられた昭和37年からの時代の流れを体験してきた方のお話を直接伺えたのは本当に素敵な体験でした。

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食後はというと、旅館の外をふらふら散策するのと並行して夜景撮影タイムに突入。

が、この光景があまりにも見事すぎて、屋内に戻ることも忘れてかなりの時間屋外で過ごすことになるとは思ってもみなかったです。

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幻想的な柔らかい明かりに照らされた新むつ旅館

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それがこちら。

夜の新むつ旅館のなんと美しいことか。まるで息を呑むくらいの妖しさだ。

これほどまでに、明かりに照らされる旅館を美しく思ったことは今までにないとさえ思った。

建物全体が柔らかい光を背景に浮かび上がるようにして強調されていて、そこにはもう令和3年の雰囲気はどこにもない。本当にこの一角だけが昭和や大正、そして明治の時代に在るかのようなほどの存在感だった。

その後は思い出したかのように寝床に移動し、襖を閉めるのもそこそこに布団に潜り込んで就寝。遊郭の夜は長い…と思いきや、すんなりと寝られました。

遊郭の朝

翌朝。

遊郭の朝に似つかわしくないほど早い時間に目が覚め、時間を確認してみると朝の6時過ぎ。

なぜこんな時間に起きたのかというともちろん理由があって、「日本一の朝市」と呼ばれる館鼻岸壁朝市に行くためです。

なんでもこの朝市は新むつ旅館から1.5kmほど離れたところにある岸壁で開催されており、日の出とともに始まるという話。八戸の朝を味わいたいのならここに行くのがいいと昨晩女将さんにおすすめいただいたので、早起きして行ってみることにしました。

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朝日に照らされる館内

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時間が早いせいもあるが、遊郭全体が寝静まっているという感じがする

館内はまさに静まり返っており、この遊郭の朝が始まるのはもう少し後のようだ。

そんな中で、自分だけが起きて行動しているという現実がなんだか不思議だった。

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新むつ旅館の玄関は昔ながらのつっかえ棒方式で、朝はこれを外して戸を開ける形になる

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つっかえ棒

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今日もまた、一日が始まっていく

朝早い時間なので女将さんはまだ起きておらず、その時のために扉の開け方を昨晩のうちにご教示いただいていた。

玄関は今では普通な鍵方式ではなくつっかえ棒が挟まれていて、これを外せば開けることができます。このあたりも、昔の方式を大事にしている様子が伺えてニンマリとしてしまう。

そして想定通りに朝市を満喫してきたわけですが、この詳細は別記事で。

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朝食

朝食の時間までに戻ってきてねーと言われていたので、ちょうどいいタイミングで旅館に帰還。朝市で食事をとるのもいいが、今回はやはり新むつ旅館の朝食を味わうのがマストだ。

朝食もまたしんみりとした献立で、これをいただいたら出立しなければならないため必然的に悲しい気持ちになってしまう。旅館でいただく夕食は結構ハイテンションなことが多いんですけど、朝食は気持ち的には全く逆になってしまうんですよね。連泊ならまだしも、やはり魅力的な宿に一泊しかないのは、とても短い。

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また、来ます

そして、女将さんに別れを告げて旅館を後にしました。

自分がこの趣味を始めたときから、ここを訪れるのは半ば運命的に決まっていたようなもの。それでも予定より訪問が遅くなってしまいましたが、もうこの記事を書いている時点でも再訪したい気持ちが沸々と湧いてくる。

元遊郭旅館と、優しい女将さん。それらが合わさった新むつ旅館でのひとときは、決して一般的な旅館では味わえない素敵な一夜となった。

おしまい。

新むつ旅館 (青森県八戸市)