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【安芸灘とびしま海道~大崎上島~木江】ロードバイクで瀬戸内海の集落を巡る初夏の島ライド

とびしま海道を走る

今回の瀬戸内旅の行程では、まず最初に笠岡諸島の真鍋島と北木島を訪問し、さらにそこから広島へ移動して一楽旅館に一泊してました。

その翌日である今日の予定は特に決めておらず、単純に考えればもう帰るだけ。家までの距離もそこそこあるので早い時間に出ておきたかったものの、今日もまた天気が良いとなれば話は別。最終日まで晴れてくれて嬉しいと思うと同時に、素直にその恩恵にあずかっていきたいものです。

今日は呉市にある安芸灘とびしま海道を経てフェリーで大崎上島に向かい、さらにフェリーで竹原まで移動してフィニッシュという行程にしてみました。「ロードバイクで走る」という点だけを念頭に置くならば、しまなみ海道とか江田島とかが候補に上がるのですが、どちらもすでに何度も走ったことがあるし、それほど新鮮味がないのは否めない。

しかし、大崎上島は完全な離島ということでまだ訪れたことがなく、島内でちょっと行ってみたい場所もあったので今回選びました。

というわけで早速スタート。

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www.hiroshima-kankou.com

広島から大崎上島の道中で走ることになる安芸灘とびしま海道は、呉市の南東に位置する下蒲刈島から愛媛県今治市の岡村島を結ぶ海道のことで、広島に数多く存在する○○海道の一つでもあります。

要はサイクリングロードとして整備されているので非常に走りやすし、基本的にブルーラインに沿って走っていれば迷うことはないです。それでいてこのコースはしまなみ海道などと比較するとあまり知名度がないせいか、走っている人をあまり見かけたことがありません。

穴場というほどでもないけど、交通量がガンガンあるところを走りたくないという場合には、有名どころよりもこっちの方がおすすめです。

実は、このコース自体はグラベルロード時代に一度走ったことがありました。

でも、あのときは「未舗装路を走るはずのグラベルロードで舗装路を走る」という、思い返してみれば割と意味不明な行動をよくとっていたので、その重さに辟易してライドそのものが結構疲れたのが事実。

あれから時間は経ち、現在では純粋なロードバイクが手元にあるというわけで、改めて走ってみたくなったので実行してみたという感じです。

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安芸灘とびしま海道の良さは、その規模の小ささにあると思います。

他と同じように道路上にブルーラインが引かれてあって、走る先が分かりやすいのはいいんだけど、補給ポイントが多いというわけでもないし、店の数も非常に少ないです。なので「観光」という面では他の海道と比べて一歩引いたところはありますが、逆を言うと訪れる人も少なく、交通量も少ないということ。なので、自分のペースでゆっくり島を巡りたいという目的の際には有力な候補となってくれる。

あとは、各島を繋ぐ橋の構造が比較的簡素なので橋の上から景色を見下ろしやすいという点。

しまなみ海道とかにかかってる橋ってめちゃくちゃ大きいので、橋によっては景観が優れなかったりするし、そうでなくてもすぐ横をビュンビュン通る車の音が気になったりします。それと比べると安芸灘とびしま海道の橋はどれもこじんまりとしていて、さっきも書いたけど通るのはほぼ地元の人の車だけ。なので、上の写真のように、橋の上から集落を眺めつつ一休みするのがやりやすいです。

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普通に走っていくと、他の海道にはない砕石施設も登場してきたりして、島+海という景色の中にメリハリがあったりもします。

地形的にも結構アップダウンが多くて、それもいい意味で新鮮なもの。島の中央部と海岸線を行ったり来たりしながら走っていくのが気持ちいい。

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そして、ちょっと休みたくなったら道の脇の堤防に座って海を眺めるということがこんなにも簡単にできてしまう。

これほどまでに静かな海、それに向こうに広がる陸地を見渡せるスポットが多いのは、やはり瀬戸内海の特権ですね。特に何も用がなくても立ち止まってしまうし、足元に押し寄せるさざ波の音を聞いていると、時間なんてあっという間に過ぎ去ってしまう。

今回の行程では2回フェリーに乗ることになるけど、当然のようにフェリーの時間は下調べしてきていない。人の往来が多いような航路ではないので便数も少なく、自分の移動速度によっては何十分も待たなければならなくなってしまうかもしれない。

でも、瀬戸内はこういう感じで「自然と身体から力が抜けていく」ような風景ばかりだ。

時間を気にしないわけにはいかないものの、気にしすぎるのもこの状況下ではもったいない。特に急ぐというわけでもないし、気ままに走るのが自分の性格には合っている。

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その後も海岸線沿いにひたすら走り続け、平穏な平日の島々を巡っていく。

瀬戸内の雰囲気がとても好きな自分にとっては、広島県とか岡山県在住者が羨ましくて仕方ない。毎日この風景を見ている人にとってみれば当たり前の日常かもしれないけど、自分にとっては非日常だ。

ちょっとそこまで走りに行こうとすればこういう場所に行くことができるわけだし、仮に自分が余生を送るとしたら瀬戸内海に面した場所が第一候補に上がると思う。

御手洗地区を散策する

ちゃっちゃと走って大崎下島に到着。

前回の訪問時はこのまま岡村島まで向かい、フェリーで今治に戻っていた。今回は、フェリーに乗るという行為そのものは同じでも行き先が逆方向。南ではなく北に位置する大崎上島に向かうことになるわけだけど、その前にちょっと寄り道をしていきます。

大崎下島の東端、そこにある御手洗地区を歩いてみることにしました。

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御手洗地区は古来から港町として栄えたところであり、しかも当時の船による交易では欠かすことのできない「潮待ちの港」だったと言います。直近で走ったところで潮待ちの港というと、去年走った鞆の浦あたりがまさにそれでした。

やがて日本海から瀬戸内海を通過する海運ルートが確立されるようになると、御手洗地区は重要拠点として多くの文化の中心地になっていきました。人が集まるところには交流が生まれ、物資だけでなく各地の文化が流入しやすくなってくる。理にかなっている流れだ。

そんな場所には当然ながら自然と遊郭も形成されてくるわけで、全盛期には100人ほどの遊女がいたらしいです。これから向かうことになる大崎上島でもそんな「色街」の跡が残っていて、今日の行程の一番の目的をざっくりと話すと、その遊郭の跡を巡ることだったり。

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ここに限らず、昔は港町として栄えていた系の町は鄙びていることが多いです。

今まで訪れてきたような(自分が好きな)ところはすべてそんな感じの雰囲気があって、時代の流れとともにその存在意義が失われていったような背景を持っています。船による物資の運搬は次第に陸路に移されていって、要は物流の変化とともに船の意義が変わってしまったということ。

普通ならば、土地開発やらなんやらで昔の町並みはもうお目にかかれなくなってしまうところ、御手洗地区は町並みの保存活動が地道に行われているというのがすごい。平成6年には重要伝統的建造物群保存地区にも指定され、こうして今日に当時の面影を残している。実にありがたいことだ。

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御手洗地区の町並みそのものもかなり広くて散策しがいがあるのですが、注目したのは道の入り組み方。路地のような細い道が網の目のように張り巡らされていて、建物や家屋はその左右に立ち並んでいます。

こういう狭い道を歩きながら散策するのって、本当に楽しい。

土地勘があまりないだけに、曲がり角の先の風景に予想がつかないのがまた良い。もちろん観光地図的なものは存在していて、それを見ながら歩けば迷子になることはないんですが、なんか徒歩だけでマップを形成してみたくなるんですよね。ここをまっすぐ進めばあの大きな家があるとか、この石段を上がれば向こう側の道にショートカットできるとか。

当然ながら、これは効率的な回り方ではないです。時間もたくさん消費してしまうし、同じ道を二度三度と歩くことになって結構疲れたりもします。でも、散策を趣味にしている自分にとっては、こういう歩き方も悪くない。

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大崎下島を自転車で訪れたという際には、御手洗地区の西に位置する道を上に向かってみるのも実はおすすめです。

御手洗地区を一望できる展望台もあって、その他にも岡村島へ続く橋をセットにした島々の眺めも一緒に楽しめちゃいます。斜度もめちゃくちゃきついというわけでもない(最大15%程度)し、せっかく自転車で来たんだからそれを活かさない手はない。

島という土地を改めて考えてみると、まるっきり平坦な島というのは無いんじゃないかなと思います。島の中心部へ向かえば山になっているし、しかも短距離で標高をかせぐような急な坂道が続いている。これはつまり短い距離を走るだけで簡単に展望が得られるということで、考えようによってはお得。

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御手洗地区を散策した時点で、次の目的地は大崎上島です。

大崎上島へ

御手洗地区の郵便局でフェリーの時間を聞いたところ、なんとあと15分ほどで出港の時間になるらしく絶望する私。

しかし、そのフェリー乗り場はここから普通に自転車で行っても10分ほどで到着するほど近いらしく、ロードバイクなら特に問題なしとのこと。自分の行程の計画性のなさを反省するとともに、郵便局におばちゃんにお礼を行って早速出発しました。

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というわけで、そのフェリー乗り場(小長港)に無事に到着しました。

小長~明石は大崎上島に渡る上での大事な航路の一つだし、結構本数あるでしょ…と楽観視していたのですが、お昼の時間帯は便数が比較的少ないようなのでかなり危なかったと言えます。具体的に言うと、朝や夕方はだいたい1時間ごとに運行している一方で、この便を逃すと次の便はなんと2時間後

大崎上島での散策時間や竹島までのフェリーの時間、さらには帰路の所要時間などを加味すると、この便が今回の行程のデッドラインでした。確かに反省するべき点はあるけど、まあ結果的には間に合ってくれたのでヨシ。

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仮にこの12:50の便に乗れなかった場合、この日に帰宅するのが深夜になってました

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そして滑り込みで乗船した自分を乗せ、予定通り小長港から大崎上島の明石港へ向けて出港。

ところで、このタイプのフェリーの居心地の良さが自分はかなり好きだったりします。タイプとしては車も乗せることができるカーフェリーで、船の前後どちらかでも乗り降りができるやつ。

普通だったらこの車両甲板でなく、ちゃんと椅子とかがある客室で目的地までの時間を潰す人がほとんだと思います。しかし、あえて車両甲板に残って風を全身で受ける、というのがめちゃくちゃ好き。

実はカーフェリーはそれほど速度が早いわけでもなくて、風といってもそよ風程度で思いのほか心地が良い。それでいて頭上からは日光がさんさんと降り注いでいて、しかも目の前にはきれいな海が広がっている。

やはり、瀬戸内海は訪れるたびに船による移動の良さを再認識させてくれる。

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そんなことを考えながらぼんやりとしていると明石港に到着。

頭の片隅にあった「フェリーの時間問題」の片方が解決したということで、気持ち的にも随分楽になりました。もう片方の大崎上島~竹原の便数はかなり本数が多いとの情報を得ていたので、移動についてはもう考えることはありません。

大崎上島を走る

大崎上島に到着したところで、早速ですが自分が訪れてみたかった場所に早速向かうことにしました。

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訪れたのは、大崎上島の東に位置する木江地区です。

Part 1で散策した大崎下島の御手洗地区。あそこも「潮待ちの港」として古来から賑わっていたと書きましたが、大崎上島における潮待ちの港がこの木江という小さな町。

大崎上島町木江の町並み

そして今自分がいるのが、その木江の中でも遊郭(木江天満遊郭)が集まっていたとされる一角です。

木江自体が今日では観光地という立ち位置でもないし、訪れる人はいるのかというと限りなく少ない。しかも、この路地は海に面した車道から一本奥まったところに位置しており、自分のような町並みを目当てにした人しか通らないんじゃないかと思います。

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ただし、その路地に立ち並ぶ建物はいずれも特有のもの。

完全な木造であることに加えて、自分が好きな木造3階建ての旅館が今でも倒壊せずに残されていました。狭い路地の両側にそびえるように建っている建物の圧迫感はかなりのもので、文字通り見上げないとその全容が掴めません。

これを目当てに今回訪問した自分としては、思い通りの風景が目の前に広がっていることに興奮するばかり。当時の妓楼が残っている、というのはやはり貴重でした。

しかし、これらの建物に生活感が感じられるのかというと、NO。

表札には一応家主の名前が記載されているのですが、見た目としては完全に廃墟になっています。というか、上層部を見ると穴が開いているような箇所もあったりで、なんかもう明日にでも崩れてしまいそうな、そんな予感もしてくる。

この道の脇で掃除をされていた年配の方にお話を伺ってみたところ、これらの建物の管理者はもう長いこと戻ってきておらず、建物としては限界に近いそうです。現在進行系で瓦が道に落ちてきたりしているので、こうやって近所の方が適宜掃除をされているとのことでした。

今なお遊郭だっだという雰囲気は感じ取れたものの、将来的にはここも更地になってしまいそうです。自分が今まで泊まってきたような「元遊郭旅館」が確かに今でも営業されている一方で、この木江のように、静かに朽ちていくに任せているような場所もある。

これも、時代の流れの中の一部分なのかもしれない。

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徳森旅館跡地

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そして、木江の町並みで一際存在感を放っていたのが木江支所の目の前にあった徳森旅館でした。

広島の建築 arch-hiroshima|徳森旅館 [現存せず]

宿の裏には波が洗う入り江の船着場。重厚な木造3階建て [大崎上島 徳森旅館(廃業)] : 日本ボロ宿紀行

http://arch-hiroshima.info/arch/hiroshima/tokumori02.jpg

(画像は、arch-hiroshima様のHPから引用)

徳森旅館は2004年頃に営業を取りやめた木造3階建ての旅館で、2013年に取り壊され、跡地はこのように更地になっています。

創業は昭和9年(1934年)なので、仮に現存していれば築87年の旅館ということになります。特徴としては海に面しており、陸伝いで到着するだけではなく、裏側の海から小舟で訪れてチェックインすることも可能だったのではなかろうか…とか妄想してみたりもしました。

なんともワクワク感を感じさせる旅館で、願いが叶うとすればぜひとも泊まってみたかった。しかし、2013年といえばまだ自分が古い宿への宿泊を全く行っていなかった年齢でもあるし、2004年は言わずもがな。


しかし、この跡地を見てしまったことによって、自分の中で一層のこと決意が固まりました。自分が好きな古いタイプの旅館は、未来永劫存在するわけではない。なので、後悔する前に早く訪問しておくというのが吉ということです。

思うに、景色や風景とは異なり、旅館や宿っていつまでも残っているとは限らない。この瀬戸内海の多島美は10年後、20年後も同じように見られるかもしれないけど、木造3階建ての旅館が10年後、20年後も残っているのかというと、高齢化や跡継ぎの問題によって正直なところ可能性としてはかなり低いです。

なので、自分が今過ごしている時代に「やっておいた方がいいことはやっておく」というがここ最近の気持ちです。

ましてや古い旅館に泊まるのは自分の趣味の一環なわけで、最近になってこのブログにおける"旅"が景色から宿泊にシフトしていっているのは、要はそういうこと。あくまで自分のできるペースでというのが前提にあるけど、今後も宿泊メインの旅がしばらく続くと思います。

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話を戻すと、確かに徳森旅館はもう現存していませんが、もう一つの目的地の方はちゃんと残っていてくれました。

松浦造船所のすぐ近くにあるこの建物は、日本中探してもここにしかないと思われる木造5階建ての建物です。かつては旅館として運営されており、今は民家になっているようですが、持ち主がしっかりメンテナンスをされているようで保存状態は良好でした。よかった…。

港町である木江の、隆盛から衰退までを眺めてきた建物。

先程思いっきり倒壊しそうな元木造旅館群を見てきただけに、この木造5階建ての美しさは際立っていました。いや、それにも増して感じられたのは、一種の哀愁のような気がする。あの建物はこれからも、この木江の町でひっそりと佇んでいくのだろう。そう思うと、本当に今回の行程で大崎上島を訪れてよかったと思う。

旅の面白いことの一つは、その先々で遭遇する出来事によって自分の感情が振り回されることだと感じます。

予想内のことも、予想外も含めて、自分の知らない土地を歩くというのは実に色々な感情が湧いては消えていく。これを味わいたいからこそ、自分は旅をしているようなものだ。

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最後は木江から反時計回りに白水港まで走り、フェリーで竹原に移動してフィニッシュ。

至って普通に走っていたものの、白水港に到着したのはまたしても出港まで15分ほどのジャストタイミング。白水港から竹原港までの航路は便のスパンが短いこともあってそんなに心配はしていなかったけど、スムーズに接続ができたのはかなり嬉しい。

自分の旅って「終わってみれば全体的にうまくいってくれた」というのが多い気がする。特段運がいいわけではないけど、プラマイで考えたら最終的にはプラスになっている。やはり運がいいのだろうか?ありがたいことだ。

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フェリーに揺られながら、改めて今回の行程について振り返ってみた。

最初は岡山の笠岡諸島が舞台となって、真鍋島や北木島を回り、しかも天野屋旅館という趣深い旅館にも泊まることができた。そこから一夜あければ今度は広島市に移動していて、元遊郭旅館である一楽旅館に投宿。さらには、今日は走った距離こそ短いものの、船旅とロードバイクを交互に行いつつ古い町並みを巡ってきた。

こんな濃い旅程がたったの2泊3日でできたなんて正直信じられないし、瀬戸内海は比較的狭い範囲に見どころが詰まりすぎている。

やっぱり、ちょっと海を見に行きたくなったら瀬戸内海を訪れるのが正解じゃないかな。また行ってみたい場所もちょっと増えたことだし、今後も帰省を兼ねてこの辺りを走る機会は多そうです。

おしまい。