TAMAISM

旅の記録、宿泊先や行程とか

【安芸灘とびしま海道~大崎上島】瀬戸内海の集落を巡る初夏の島ライド Part 2/2

大崎上島へ

御手洗地区の郵便局でフェリーの時間を聞いたところ、なんとあと15分ほどで出港の時間になるらしく絶望する私。

しかし、そのフェリー乗り場はここから普通に自転車で行っても10分ほどで到着するほど近いらしく、ロードバイクなら特に問題なしとのこと。自分の行程の計画性のなさを反省するとともに、郵便局におばちゃんにお礼を行って早速出発しました。

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というわけで、そのフェリー乗り場(小長港)に無事に到着しました。

小長~明石は大崎上島に渡る上での大事な航路の一つだし、結構本数あるでしょ…と楽観視していたのですが、お昼の時間帯は便数が比較的少ないようなのでかなり危なかったと言えます。具体的に言うと、朝や夕方はだいたい1時間ごとに運行している一方で、この便を逃すと次の便はなんと2時間後

大崎上島での散策時間や竹島までのフェリーの時間、さらには帰路の所要時間などを加味すると、この便が今回の行程のデッドラインでした。確かに反省するべき点はありますが、まあ結果的には間に合ってくれたのでヨシ。

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仮にこの12:50の便に乗れなかった場合、この日に帰宅するのが深夜になってました

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そして滑り込みで乗船した自分を乗せ、予定通り小長港から大崎上島の明石港へ向けて出港。

ところで、このタイプのフェリーの居心地の良さが自分はかなり好きだったりします。タイプとしては車も乗せることができるカーフェリーで、船の前後どちらかでも乗り降りができるやつ。

普通だったらこの車両甲板でなく、ちゃんと椅子とかがある客室で目的地までの時間を潰す人がほとんだと思います。しかし、あえて車両甲板に残って風を全身で受ける、というのがめちゃくちゃ好き。実はカーフェリーはそれほど速度が早いわけでもなくて、風といってもそよ風程度で思いのほか心地が良いんですよね。それでいて頭上からは日光がさんさんと降り注いでいて、しかも目の前にはきれいな海が広がっている。

やはり、瀬戸内海は訪れるたびに船による移動の良さを再認識させてくれる。

瀬戸内海の島々を訪れる際には必ずお世話になるフェリーですが、単なる移動手段としてだけではなく、この贅沢な時間の使い方を満喫してみてはいかがでしょうか。

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と、そんなことを考えながらぼんやりとしていると明石港に到着。

頭の片隅にあった「フェリーの時間問題」の片方が解決したということで、気持ち的にも随分楽になりました。もう片方の大崎上島~竹原の便数はかなり本数が多いとの情報を得ていたので、移動についてはもう考えることはありません。

大崎上島を走る

さて、大崎上島に到着したところで、早速ですが自分が訪れてみたかった場所に早速向かうことにしました。

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訪れたのは、大崎上島の東に位置する木江地区です。

Part 1で散策した大崎下島の御手洗地区。あそこも「潮待ちの港」として古来から賑わっていたと書きましたが、大崎上島における潮待ちの港がこの木江という小さな町。

大崎上島町木江の町並み

で、今自分がいるのが、その木江の中でも遊郭(木江天満遊郭)が集まっていたとされる一角です。

木江自体が今日では観光地という立ち位置でもないし、訪れる人はいるのかというと限りなく少ない。しかも、この路地は海に面した車道から一本奥まったところに位置しており、自分のような町並みを目当てにした人しか通らないんじゃないかと思います。

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ただし、その路地に立ち並ぶ建物はいずれも特有のもの。

完全な木造であることに加えて、自分が好きな木造3階建ての旅館が今でも倒壊せずに残されていました。狭い路地の両側にそびえるように建っている建物の圧迫感はかなりのもので、文字通り見上げないとその全容が掴めません。

これを目当てに今回訪問した自分としては、思い通りの風景が目の前に広がっていることに興奮するばかり。当時の妓楼が残っている、というのはやはり貴重でした。

しかし、これらの建物に生活感が感じられるのかというと、NO。

表札には一応家主の名前が記載されているのですが、見た目としては完全に廃墟になっています。というか、上層部を見ると穴が開いているような箇所もあったりで、なんかもう明日にでも崩れてしまいそうな、そんな予感もしてくる。

この道の脇で掃除をされていた年配の方にお話を伺ってみたところ、これらの建物の管理者はもう長いこと戻ってきておらず、建物としては限界に近いそうです。現在進行系で瓦が道に落ちてきたりしているので、こうやって近所の方が適宜掃除をされているとのことでした。これらの話の通りだとすると、高齢化に伴って建物を放棄されたということでしょうね。

今なお遊郭だっだという雰囲気は感じ取れたものの、将来的にはここも更地になってしまいそうです。自分が今まで泊まってきたような「元遊郭旅館」が確かに今でも営業されている一方で、この木江のように、静かに朽ちていくに任せているような場所もある。

これも、時代の流れの中の一部分なのかもしれません。

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徳森旅館跡地

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そして、木江の町並みで一際存在感を放っていたのが、木江支所の目の前にあった徳森旅館でした。

広島の建築 arch-hiroshima|徳森旅館 [現存せず]

宿の裏には波が洗う入り江の船着場。重厚な木造3階建て [大崎上島 徳森旅館(廃業)] : 日本ボロ宿紀行

http://arch-hiroshima.info/arch/hiroshima/tokumori02.jpg

(画像は、arch-hiroshima様のHPから引用)

徳森旅館は2004年頃に営業を取りやめた木造3階建ての旅館で、2013年に取り壊され、跡地はこのように更地になっています。

創業は昭和9年(1934年)なので、仮に現存していれば築87年の旅館ということになります。特徴としては海に面しており、陸伝いで到着するだけではなく、裏側の海から小舟で訪れてチェックインすることも可能だったのではなかろうか…とか妄想してみたりもしました。

なんともワクワク感を感じさせる旅館で、願いが叶うとすればぜひとも泊まってみたかった。しかし、2013年といえばまだ自分が古い宿への宿泊を全く行っていなかった年齢でもあるし、2004年は言わずもがな。まだ言葉を発していたのかすら怪しいレベルです。


しかし、この跡地を見てしまったことによって、自分の中で一層のこと決意が固まりました。自分が好きな古いタイプの旅館は、未来永劫存在するわけではない。なので、後悔する前に早く訪問しておくというのが吉ということです。

思うに、景色や風景とは異なり、旅館や宿っていつまでも残っているとは限らないんですよね。この瀬戸内海の多島美は10年後、20年後も同じように見られるかもしれないけど、木造3階建ての旅館が10年後、20年後も残っているのかというと、高齢化や跡継ぎの問題によって、正直なところ可能性としてはかなり低いです。

なので、自分が今過ごしている時代に「やっておいた方がいいことはやっておく」というがここ最近の気持ちです。ましてや古い旅館に泊まるのは自分の趣味の一環なわけで、最近になってこのブログにおける"旅"が景色から宿泊にシフトしていっているのは、要はそういうこと。

まあ、あくまで自分のできるペースでというのが前提にあるけど、今後も宿泊メインの旅がしばらく続くと思います。

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話を戻すと、確かに徳森旅館はもう現存していませんが、もう一つの目的地の方はちゃんと残っていてくれました。

松浦造船所のすぐ近くにあるこの建物は、日本中探してもここにしかないと思われる木造5階建ての建物です。かつては旅館として運営されており、今は民家になっているようですが、持ち主がしっかりメンテナンスをされているようで保存状態は良好でした。よかった…。

港町である木江の、隆盛から衰退までを眺めてきた建物。

先程思いっきり倒壊しそうな元木造旅館群を見てきただけに、この木造5階建ての美しさは際立っていました。いや、それにも増して感じられたのは、一種の哀愁のような気がする。あの建物はこれからも、この木江の町でひっそりと佇んでいくのだろう。そう思うと、本当に今回の行程で大崎上島を訪れてよかったと思う。

旅の面白いことの一つは、その先々で遭遇する出来事によって自分の感情が振り回されることだと感じます。

予想内のことも、予想外も含めて、自分の知らない土地を歩くというのは実に色々な感情が湧いては消えていく。これを味わいたいからこそ、自分は旅をしているようなものだ。

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最後は木江から反時計回りに白水港まで走り、フェリーで竹原に移動してフィニッシュです。

至って普通に走っていたものの、白水港に到着したのはまたしても出港まで15分ほどのジャストタイミング。白水港から竹原港までの航路は便のスパンが短いこともあってそんなに心配はしていなかったけど、スムーズに接続ができたのはかなり嬉しい。

というか、自分の旅って「思ってみれば全体的にうまくいってくれた」というのが多い気がする。特段運がいいわけではないけど、プラマイで考えたら最終的にはプラスになっている。やはり運がいいのだろうか?ありがたいことだ。

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フェリーに揺られながら、改めて今回の行程について振り返ってみた。

最初は岡山の笠岡諸島が舞台となって、真鍋島や北木島を回り、しかも天野屋旅館という趣深い旅館にも泊まることができた。そこから一夜あければ今度は広島市に移動していて、元遊郭旅館である一楽旅館に投宿。さらには、今日は走った距離こそ短いものの、船旅とロードバイクを交互に行いつつ古い町並みを巡ってきた。

こんな濃い旅程がたったの2泊3日でできたなんて正直信じられないし、瀬戸内海は比較的狭い範囲に見どころが詰まりすぎている。

やっぱり、ちょっと海を見に行きたくなったら瀬戸内海を訪れるのが正解じゃないかな。また行ってみたい場所もちょっと増えたことだし、今後も(帰省を兼ねて)この辺りを走る機会は多そうです。

おしまい。