TAMAISM

旅の記録、宿泊先や行程とか

和泉屋旅館 元進駐軍指定旅館に泊まってきた Part 2/2

別館1階の散策

ここからは本館を離れ、別館の散策をしていきます。

別館1階の廊下~階段

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本館1階の客室群の奥から手前を振り返った視点。右側の階段の先は本館2階の大広間。

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本館奥にある別館へ

別館があるのは、自分が泊まっている部屋を含む本館1階客室群のさらに奥。

正直、客室部分だけでも大通りからするとかなり奥まったところにあるのですが、別館はそれよりも深部に位置しています。もともと別館が建てられたのは本館より後という背景はあるものの、うなぎの寝床構造を体現したかのような建物の配置になっているのが分かります。

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瓢箪の形をした窓

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窓を開けた状態

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展示物も飾られていた

客室群から別館までの間にも長い廊下があって、この廊下の左側面には窓のほか、ショーウインドウのような展示スペースが設けられています。

窓の外には蔵があって、窓のすぐ脇には外へ出るための扉もありました。展示スペースにはこの南会津における一大祭りの「会津田島祇園祭」のポスターが貼られていて、女将さんが語ってくれたお話の一端にもこの祇園祭の件がありました。なんでも、本祭での花嫁行列がそれはもう見事なものだそうですね。

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廊下の反対側には「浴室」と書かれた扉があり、中には大きな浴槽があります。昔はこちらをお風呂として使っていたそうですが、今では倉庫のように使われているようでした。

こちらの使用を止めて現在の調理室横にあるお風呂へ切り替わったのがいつ頃なのかは、正直定かではありません。おそらく昔はこの大きなお風呂を客が使って、旅館関係者の方は調理室横のお風呂を使っていたんじゃないかなと思います。

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別館入り口の分岐。右へ進むと1階の客室が、左へ進むと階段がある

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その廊下の奥がいよいよ別館となって、最初の分岐を右へ進むと別館1階の客室が、左へ進むと階段を経て2階へと行くことができます。

この分岐の時点でなんとなく予感はしていたけど、話の通り、ここから先は和と洋が入り交じる特異な空間になっていました。

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洋風な階段はV字形に2方向へと分かれている

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階段を上った先

初っ端からそれを感じさせるのが、別館の階段です。

これが日本の旅館かと目を疑うような特徴的な構造をしており、最初の階段は逆V字形。それを上った先は踊り場のような立ち位置で、そこから左側にはV字形の階段が2方向に分かれていました。

1つの出発点から2方向へと繋がる階段は本館にも一箇所あったものの、ここではそれに加えて洋風な造りが全面に押し出されている。しかも、この対称的な階段が廊下の真正面にあるのではなく、向かって左側という側面にあるのも珍しいと思います。踊り場に設けられているドアには十字の模様が設えられていて、まさに外国の建物という感じ。

別館の構造としては、1階/2階を問わずに建物の手前と奥に廊下が通っていて、客室はそれらの廊下に挟まれた中間部分に位置しています。最初の踊り場では1階の奥側の廊下に行くことができるので、つまり客室には2箇所の入り口があるということになります。

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別館の見取り図

具体的に言うと、別館の部屋配置は上に示す見取り図のような感じ。

1階には客室が2つ、2階には3つあって、それぞれの廊下からアクセスが可能です。入り口が1箇所しかないのと比較すると部屋に閉塞感が生まれにくく、逆に開放感を感じられることを考慮すると、最初からそれを狙ってこのような構造にしたのかもしれません。

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最初の踊り場を向こう側に下りたところ。左側には洗面所がある。

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階段の真正面はトイレで、その右横は中庭への出入り口になっていた

最初の階段を少し上がり、踊り場をスルーしてそのまま向こう側に下った先には洗面所やトイレ、それに中庭への出入り口があります。

中庭は1階奥側の廊下に面した比較的大きなものでしたが、これはどうやら、別館からすぐ裏手にある車道へ出るための通路ではないようです。車道に面した塀にも門や玄関らしきものはなかったし、あくまで別館は本館から廊下を経由して訪れる場所という扱いみたいでした。

ただ、旅館の方は別館入口付近の蔵に面した勝手口から出入りをされているのを見かけたので、外から別館に入る際の最短ルートはこれっぽいです。

別館1階の客室

今度は、別館最初の分岐までひとまず戻り、分岐を右へ進んでみることにしました。

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別館1階手前側の廊下が客室への正式な入り口のようで、ドアの横には「洋No.1」のように番号が振られている。

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洋No.1の客室

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客室奥側から手前側を見る

先程の見取り図で確認した通り、1階には客室が2つあります。

「別館1階の客室は洋風にした」の言葉のままに、そこは旅館とは思えないほど"洋"な空気が漂う客室になっていました。横にはベッドがあり、壁の側にはこじんまりとした木製の机。壁も和風ではない壁紙のようなものが貼られていて、足元付近の壁は木で構成されている。

「ドアを開けたら90年代のアメリカにワープしてました」と言ってもそのまま通じるんじゃと思えるほど、投宿前に外から眺めた本館の外観からではとても想像できない。しかも、当時から何も変わっていないというのだから尚更タイムスリップ感が強い。

ちなみに、ベッドについては病院からもらってきたもので、昔は鉄製だったみたいです。これは当時の南会津では民家にベッドというものが存在しておらず、病院くらいしか置いてなかったため。

それにしても、洋風だということは予め頭では理解していたとしても、ここまで本館との剥離があると脳が混乱してしまう。

でも、本館も別館もあわせて一つの和泉屋旅館であることは事実であるし、この和洋折衷感は他では味わえないもの。歴史的な価値も非常に高く、そこに自分が泊まることができたということがもう嬉しくて仕方ないです。

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右隣の「洋No.2」の客室

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洋No.2は二人用で、ベッドが2つありました。

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反対側から

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見たことのない形状のラジオ。これも当時のものらしいです。

洋No.1の隣りには洋No.2の客室があり、こちらは少し広めで二人用の客室となっています。

ベッドも2つ並んで置かれていて、洋No.1のように机はないですが、その分真ん中の通路部分が広くなっていて通りやすい。2つのベッドがこのように離されて置かれているというのもかなり珍しくて、ホテルなんかだと並んでいるじゃないですか。ああいう感じではなく、向こう側にも出入り口があることで、通行しやすくするためにこのような配置になっている。そういう配置の意図が見えるようで、なんか面白い。

この洋室の内装は旅館ではなかなか見ることができないだけに、色んな部分に着目してしまった。ドアの木枠だったり、壁のくぼみを縁取っている木の装飾だったり。床材についても、まるで体育館の床みたいな木の継ぎ方をしていて興味深いです。

その壁のくぼみには黒電話のほかに、当時使われていたと説明書きがある古びたラジオが置かれていました。下部にダイヤルが4つほど付いている見た目をしていて、もちろんどうやって使うのかは分からない。

でも、これはもう役目を終えた品なので迂闊に触るようなものではないです。説明書きにも書かれているけど、というかこの別館を構成するすべてのものが、過去から今まで奇跡的に残っているようなものばかり。こうして見学できるだけでも感激するくらいだし、遠目から見ているだけで満足でした。

会議室

そして、別館1階で残すところは一番奥に位置する部屋。

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事前情報無しで客室、客室とくれば次も客室だと思うのは至って当然のことで、実際自分もそうだと思ってました。

しかし、この部屋は他の部屋とは用途が明らかに異なっていたのです。まず部屋の入口が他の2部屋のように片開きではなく両開きだし、上に示されている部屋の名前が、

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この部屋の名前はGrill(会議室)

Grill。(???)

一般的な意味だとGrillって直火焼きとかそういう意味で最初はわけわかんなかったんですけど、女将さんによれば、Grillには会議室という意味があるそうです。

調べてみると〔人を〕厳しく尋問する[追及する]、質問攻めにする、みたいな用法があって、これが会議室という意味合いに変わったのかもしれません(どんな皮肉だよ)。

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!?

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なんか重役会議でもやってそうな会議室が登場してきて困惑する

で、その中がこんな感じ。想像以上に会議室で正直面食らってしまった。

いや、旅館内に会議室…?と普通なら疑問に思うところ、別館は和泉屋旅館が進駐軍指定旅館だった最中に建てられたものなので、こういう部屋も施設として必要だったのでしょう。

指定旅館ということは宿泊だけを目的にしているとはちょっと考えづらいし、ここで実際に何かの会議をしたのかもしれません。ご覧の通りGrillは結構な人数が入れるほど広いので、様々な会合なんかにも役立ったと思います。

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別館奥側の廊下に繋がるドア

この会議室内の椅子、机、壁のランプや天井の装飾、ドアの板から蝶番に至るまで当時のままです。

壊れそうだったので流石に椅子には座りませんでしたが、ドアを開け閉めしたり意味もなく歩いてみたりと、この部屋を一通り堪能してみました。ここには当時と同じく重苦しい空気が漂っている一方で、見方を変えてみればすぐにでも会議を始められそうなほど変わっていない、とも言えます。

宿泊には直接関係ないだけに閉鎖しても問題ないところ、現代もこの部屋を保存している旅館の方の努力には頭が下がるばかりでした。電気も普通に点くし、本当に昔のままなんだな、ここは。

別館2階の散策

さて、別館1階の散策はこれで終了し、続いては2階へ。

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左に伸びているのが別館2階奥側の廊下

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階段を奥に上がった先にはトイレと、その隣には応接室がある

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トイレ

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応接の"応"が旧字体の應になっている

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応接室の入り口

先程のV字形の階段のとこまで戻り、今度は階段を上がって右手(建物奥側)に向かいます。

別館2階には和風の客室が3つあるのですが、2階の見どころはそれだけではありません。階段を上がってすぐのところにある「応接室」の雰囲気が良すぎて、例によってここでまったりしてました。この応接室の存在は別館をじっくり散策していないとなかなか気がつけず、しかも、ドア自体がトイレの隣りにあるので意外と分かりづらかったりします。

応接室と書かれた字の"応"は旧字体になっており、この時点で新字体が普及し始めた昭和24年(1949年)より前の建築であるということが分かりました。

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応接室の中。丸机を囲んで椅子が配置されている

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通常の持ち運び可能な椅子のほかに、壁に直付けされている椅子もあります。

で、これがその応接室の中です。

こじんまりとした小さな部屋の中には丸机や椅子が配置されていて、応接室というよりはカフェの一室のような時間の流れを感じる。机を挟んで向かう合う形ではなく、丸机を囲む形になっているので互いの雰囲気を丸くするのに効果的な気もしました。天井の高さや壁と壁との距離を考慮すると比較的窮屈そうな印象を受ける一方で、椅子に座る高さだとそうでもありません。昔の日本人の身長だと、これくらいがちょうどよかったのかも。

応接室のうち、2面は窓付きになっていて採光も十分確保できます。逆に夜や密談をしたい場合などはカーテンを閉めて運用することも可能で、これまた色んな用途に使えそうで便利ですね。

間違いなく言えるのは、自分のように狭いところが好きな人にとってはとても居心地良く感じる場所だということ。ドアを開けて一段下がったところに部屋があるというのも好きなポイントです。

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別館のドアノブ

また、ここまでは敢えて触れていなかった別館のドアノブ。別館は洋風ということで、大半の出入り口にこのドアノブが設置されています。

これを実際に掴んだときの感触がまた絶妙で、なんかいつまでも握っていたくなるくらいに丸みを帯びている。金属部分は思った以上に細いので乱暴に扱うと折れそうで怖いですが、こんな古いドアノブでも問題なく機能しています。ドアを締めたときにカチャンと音がして閉まってくれるのがなんとも頼もしい。

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奥へ進む

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窓からは本館と、そこから別館に延びる廊下の建物が見える

場所は手前側の廊下に移り、別館左手方向へと進んでいく途中で窓からの景色を眺めてみました。

一番奥に見えるのが本館で、そこから自分が通ってきた廊下の部分が外部から視認できます。紺色の屋根の部分が廊下で、手前に見える緑色の屋根の建物が昔お風呂だったところ。そして、廊下は本館と別館との間にある水路の上を通り、別館まで伸びているようでした。

女将さんによれば、水路の上に建物を建設するのは普通ならNG(水路は公共物なので)なところ、進駐軍指定旅館として扱われているからという理由で当時は特別に建設が許可されたようです。廊下を歩いている最中は水路の存在に全く気が付かなかったけど、そういう背景があったとは。

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別館2階の客室(手前側)

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別館2階の客室(奥側)。松平家が泊まった客室なので非常に豪華な造りになっている。

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その廊下を進んでいくと、別館2階の和風な客室があります。

1階の洋風な客室とは対称的に、2階は本館と同じく完全な和風建築。同じ建物内でこれだけ温度差があるという特徴が、和泉屋旅館の別館を別館足らしめている要素の一つじゃないでしょうか。

別館2階の客室については、別館を建築した元々の理由の通り松平家が宿泊した歴史があります。それだけに内装は一際凝っていて、特に床の間の豪華さが群を抜いていました。

まず中央の床柱がめちゃくちゃ太く、その横の違い棚や天袋、地袋も造りがしっかりしている。違い棚には海老束が使われているし、地袋も二段に分かれていて複雑。廊下との壁には当然のように付書院があって、この一角だけ見ても泊まる人の"位"が高いことが窺える。

これは…すごい…。

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別館奥側の廊下は、広縁的な役割も兼ねているようです

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木を曲げて造られた椅子。座ると確実に折れそう。

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「廊下が広い」というのは精神的な安心感に繋がる

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で、別館を散策していて感じたことが一つ。

この空間にいると、自然と力が抜けていくような感覚になる。

足の裏の感触を通じて、廊下の板材の硬さや畳の柔らかさを感じる中で、この別館は建物として本当に頑強なことがよく伝わってきました。なので、脱力して身体を預けていても心から安心できる。すべてが木ができた木造旅館ではあるけど、その強さは時代を経ても変わらない。

この時代の建物の良さが、また一つ理解できたような気がします。

Part 1で述べた、女将さんの祖父が持っていた建物づくりの考え方。それがあったからこそ、ここまで素敵な旅館が完成したことを改めて感じるし、やはり旅館は自分が大切にしている「旅における人の存在」をダイレクトに実感できるところだ。

夕食、そして朝

そんな風に過ごしているといつの間にか夕方になったので、半ば放心状態で自室へと戻り、お風呂を済ませて部屋で待機してました。

食事は部屋出しで、部屋で待っていれば持ってきてくれます。

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和泉屋旅館の夕食。郷土料理が中心となっている。

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会津は馬刺し!ということで赤身の馬刺し。味噌を醤油に溶いたものに浸していただく。

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魚はマス。一度焼いてから煮てあるので頭から尻尾まで食べられる。

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山菜や会津饅頭、海老の天ぷら

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イワナの南蛮漬け

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ご飯と蕎麦

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茶碗蒸し

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酒が旨すぎる…。

和泉屋旅館の食事は郷土料理が中心で、要はただでさえ美味しい地酒がさらに美味しくなってしまう献立です。

酒や山菜、馬刺しやナスなど、どれをとってもおかずとして強力すぎる品ばかり。しかも白米のほかに蕎麦があって、夏らしくさっぱりとした印象を受けました。地酒はすぐ近所にある国権酒造のお酒で、これが美味しい料理によく合う。素材がいいのか調理方法がいいのか、たぶんその両方なんだろうけど、とにかく酒との相性がよすぎる献立でした。

味付けはあっさりとした薄味で自分好みだし、何から何まで美味しいとはまさにこのこと。夏バテって何?ってくらいに食欲が湧いてくるのは、自分が夏に慣れたからだけではない。

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夜の和泉屋旅館

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寝る際に女将さんから支給された蚊遣豚

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実際にこれを使ったのは何年ぶりだろうか

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窓を開けっ放しにすると室温がいい感じになってくれるけど、蚊が入ってくるので女将さんの助言通り窓際に置きました。置く方向を考慮しないとカーテンに引火しそうで怖い。

夕食が終われば、あとはもう寝るだけ。

しかし、すでに述べた通り客室にはエアコンや網戸はありません。比較的涼しい南会津とはいっても窓を開けないと少し寝づらいということで、女将さんから支給されたのは豚の造形でおなじみの蚊遣豚でした。これは嬉しい!

蚊遣豚(正式名称を実は知らなかった)って夏の風物詩みたいに思われてますが、実際に使ったことがある人はたぶん少ないと思います。現代ではそもそも蚊取り線香を使う機会がそれほどなく、久しぶりにその姿を見れてなんか感動しました。

この蚊遣豚と、夜の最低気温が21℃という快適さ、それにうなぎの寝床構造で大通りから客室が遠く、音や振動があまり響いてこないというメリットが相互に作用してくれて、結果的には安眠できた。和泉屋旅館は建物の趣深さだけでなく、食や住についても快適そのものでした。

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翌朝

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朝食の献立

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翌朝は夕食と同じく部屋出しで朝食をいただき、白米を何倍を消費してしまう。白米単体でも美味しいのにおかずも美味しいので、消費量が多くなってしまうのはこれはもう仕方ない。

最後は女将さん達に何回もお礼を良い、また投宿することを夢見ながら旅館を後にしました。

おわりに

和泉屋旅館は、食事の美味しさもさることながら居住環境としてとても優れており、古い宿だから大通りからの音や振動が…という心配も薄い点が旅館としてまずおすすめできるポイントです。特に、建物の奥に行けばいくほど物音は皆無になってくるので、思い思いの時間を過ごせるはず。

散策が好きな人にとっては言うまでもなく、どこを歩いても、どこで立ち止まっても違う景色が見えてくる。そこには和風に加えて洋風があり、木材の確かな温かみを感じる部屋や廊下に出会うことができます。女将さんをはじめとした旅館の方々も非常にご親切で、貴重なお話をたくさん伺うことができました。本当にありがとうございました。

ここは、ぜひともまた泊まりに来たいです。

和泉屋旅館 | おいでよ!南会津。