TAMAISM

旅の記録、宿泊先や行程とか

霧積温泉 金湯館 渓流沿いの静かな温泉旅館に泊まってきた Part 1/2

秘湯と名高い旅館へ

今回は、群馬県の山中にある温泉に入りに行くことにしました。

この週の天気は全国的に完全な雨で、外で何かをやるには向いてないシチュエーション。ならば逆に屋内に引きこもって温泉に入るというプランが合っていると判断し、投宿の方向で検討へ。天気が雨ということを考慮して、じゃあもういっそのこと人気がまったくないところに行けば満足度が高いんじゃないかと思ってその方向で考えました。

そして、最終的に泊まることに決めたのが、かねてから行きたかった霧積温泉 金湯館。場所的にはタイトルの通り山の中の渓流沿いにある旅館なのですが、まさに秘湯と呼ぶにふさわしい奥地にありました。

秘境にたたずむ一軒宿 群馬県 霧積温泉 金湯館の公式ホームページへようこそ

金湯館がどれくらいの山中にあるのかは、上のマップを見てもらえるとよく分かると思います。

しかも、実はこの旅館まで車やバスで行くということができません。県道56号は旅館まであと少しというところで突き当りになっていて、ここから旅館へ通じる林道は一般車は通れません。なので、この突き当りの無料駐車場に車を止めて徒歩で向かう(約20分)か、あるいは旅館の送迎(約15分)でしか到達できないことになっています。また、最寄りの横川駅からの送迎も行っているようです。

今回は天気が雨ということで、無料駐車場からの送迎を前もってお願いしておきました。

f:id:offtama:20210814213115j:plain
送迎のマイクロバス

f:id:offtama:20210814213119j:plain
車一台分しかない林道を走っていくと、金湯館に到着する

自分と同じく無料駐車場からの送迎をお願いする場合は、県道56号の入り口にある「碓氷峠の力餅 玉屋ドライブイン」に到着した時点で金湯館に電話を入れることになっていました。あとはそのまま無料駐車場まで運転(この道も非常に細くて運転が怖い)すると、マイクロバスが待っていてくれます。

そのまま他の宿泊客と一緒にマイクロバスに乗り込み、金湯館へ行くだけなので楽ちんでした。

なお、徒歩の場合はホイホイ坂と呼ばれる急登を上っていく必要があり、雨の日だとなかなかの虚無になりそうです。天気のいい日とか、旅館からの帰りはこのルートで移動してみてもいいかもしれません。

f:id:offtama:20210814213123j:plain
マイクロバスを降りた場所からの視点。金湯館の建物が見える。

f:id:offtama:20210814213136j:plain
階段を下っていくと金湯館の玄関へとたどり着く

f:id:offtama:20210814213130j:plain

そして、登山道のような階段を下っていくとついに金湯館へ到着です。

このように一筋縄ではいかないアクセス方法なこともあり、まさにこんな雨の日に一日を過ごすには最適な立地じゃないでしょうか。人工的な要素からは隔絶された山の中にあって、もちろん喧騒なども一切聞こえてこない。大自然の中に佇む一軒宿というのが、金湯館をひと目見たときの自分が抱いた印象です。

まだ館内に入ってないにも関わらず、これからの時間が素敵なものになることがもうすでに確定している。これは楽しみになってきた。

金湯館に投宿する

さて、まずはこの金湯館の成り立ちについて簡単に説明します。

f:id:offtama:20210814213818j:plain
金湯館の歴史

…といっても、その歴史については館内に年表がまとめられているのでこれを見るのが手っ取り早い。

金湯館の開業は明治17年(1884年)。当時は今で言う軽井沢の開発が行われる前で、霧積温泉は東京からの避暑地として栄えていました。当時は金湯館を含め、旅館と別荘を併せて42軒の建物があり、政財界や文学界の人々を中心に馬やお籠、人力車で訪れ、その賑わいは素晴らしいものであったと言います。中には勝海舟や与謝野晶子など、私でも知っているレベルの著名人も投宿していました。

そして、あの伊藤博文を筆頭とする政治メンバーも30人ほどで来訪し、この金湯館で明治憲法を草案したそうです。

しかし、明治43年(1910年)に起こった山津波で殆どの家屋が壊滅。金湯館のみがその被害から免れ、今日まで営業を続けています。建物としては母屋と別館から構成されていて、母屋は明治16年の建物そのままで、別館は平成に増築されたもの。

とにかく、このあたりの避暑地といえば軽井沢と思っていた自分にとって、この金湯館の歴史はまさに初耳で新鮮でした。

f:id:offtama:20210814213236j:plain
渓流にかかっている赤い橋を渡って玄関へ向かう

f:id:offtama:20210814213233j:plain
赤い橋ってなんか印象に残ります

f:id:offtama:20210814213141j:plain
橋の上から上流を見る

そんな金湯館の建物の前には渓流が流れていて、そこにかかっている赤い橋を渡って向かうことになります。

橋というものはある意味で別世界へ向かう意味を指していると思っていて、ここでもその雰囲気が十分に現れていました。ここまでの道のりも普段からすればすでに別世界なんですが、建物があるという点でまた違った領域に入るイメージ。

f:id:offtama:20210814213241j:plain
金湯館の玄関

f:id:offtama:20210814213254j:plain

f:id:offtama:20210814213249j:plain
玄関左横は温泉周辺の建物に通じている

f:id:offtama:20210814213245j:plain
さらに奥へと進んだところ

f:id:offtama:20210814213345j:plain
玄関右横へ進むと母屋の建物が見渡せる

f:id:offtama:20210814213350j:plain
左が母屋で右が別館。両者は短い渡り廊下で繋がっていることが確認できる

まずは外観の確認から。

玄関の時点で古い要素があふれていて、その様は旅館というよりは登山で利用するような山小屋に近いです。まあ建っている場所が完全に登山必須な場所っぽいし、建物の建築に際しても山小屋のような建て方をしたんだろうなと思います。

玄関から右へ進むと母屋の建物の全容が伺え、1階と2階から成っているようでした。そこから更に奥へ進むと別館があって、こちらは母屋の2階部分が別館の1階部分に相当するようです。傾斜地に建てられているだけに、そのあたりは工夫されている感じ。

f:id:offtama:20210814213355j:plain

f:id:offtama:20210814213359j:plain

f:id:offtama:20210814213341j:plain

で、その母屋の前には有名な詩があります。

金湯館は森村誠一の推理小説「人間の証明」の舞台になった場所でもあり、その小説を世に出すきっかけとなったのがこの西条八十の詩なのです。金湯館のおにぎり弁当の包み紙に書かれていたこの詩を読んだ森村誠一は深く感動し、「人間の証明」を執筆した…というのは有名なエピソード。

f:id:offtama:20210814213219j:plain
金湯館 玄関内部

f:id:offtama:20210814213224j:plain
玄関の右側はすぐ母屋2階への階段になっている

f:id:offtama:20210814213213j:plain
玄関左側にはロビーと受付があり、その奥には温泉へと続く通路がある

そして、玄関をくぐって中に入った景色がこちら。

玄関土間はかなり広くとってあって、業務用の冷蔵庫や冬用のストーブ、それに山小屋のようなロビーがあります。玄関を上がって右方向はすぐ2階へと階段があり、その奥には別館もあるので宿泊客は必然的に全員がこの階段を上っていく形になります。

玄関の左側には受付(帳場)や温泉へと続く通路があって、こちらも何回も通ることになりました。受付の横は生活スペースになっているらしく、ほぼすべての時間帯にこちらに旅館の方がいらっしゃいます。また、はっきりとは分かりませんがその奥には厨房がある感じでした。

自家発電に頼っているためか館内は全体的に薄暗く、照明は必要最低限にしか灯されていません。しかし、こういう雰囲気のせいもあって「何かやらなければならない」という気がまるで起きず、ただ純粋に温泉と宿泊を楽しむことに集中できたと思います。不便というわけではなく、余計なこと、どうでもいいことを考えなくていい環境。そこに身をおいて一泊できるというのが、金湯館の特徴の一つかな。

f:id:offtama:20210814213228j:plain
ロビーの様子

f:id:offtama:20210814213337j:plain

f:id:offtama:20210814213333j:plain

f:id:offtama:20210814213304j:plain
母屋1階は受付や生活スペースになっていて、客室はない。

f:id:offtama:20210814213320j:plain
受付の様子。このごちゃごちゃ感がたまらない。

f:id:offtama:20210814213309j:plain

f:id:offtama:20210814213300j:plain
「人間の証明」に関する展示が非常に多いです

f:id:offtama:20210814213315j:plain
昔の金湯館の写真も

f:id:offtama:20210814213324j:plain

それにしても、この玄関ロビーに飾られている展示の数が非常に多い。

「人間の証明」に関する説明や作家のエピソード、サインや写真などはもちろんこと、金湯館そのものの歴史を示す写真もあります。こういう展示があるとなにがいいって、単に宿泊する場所以上にその宿についての知識が深まること。単に温泉入って美味しいもの食べて終了、でももちろんいいんですが、「旅館」についてもっと知ることができると、宿泊がなおのこと楽しいものになるというか。

過去に思いを馳せる…というのは今を生きる自分たちでないとできないことだし、個人的には毎回こんな体験がしたいと思います。

f:id:offtama:20210814213328j:plain

なお、階段の裏手側には母屋1階の客室が並んでいますが、こちらは客室としては使ってない様子でした。

というか、部屋として用いられているのかも怪しいレベルだったので、もしかしたら物置になっているのかもしれません。

宿泊した客室

玄関を入って受付で記帳した後は、さっき見た階段を上がって今回泊まる部屋へ向かいます。

f:id:offtama:20210814213403j:plain
階段にも展示が多い

f:id:offtama:20210814213209j:plain
階段の下を眺める

f:id:offtama:20210814213205j:plain

f:id:offtama:20210814213156j:plain
母屋2階の廊下

f:id:offtama:20210814213200j:plain

f:id:offtama:20210814213407j:plain
母屋2階の廊下を左端に進んだ場所。左手方向にも小さい階段があり、厨房へ繋がっている

今回泊まったのは、階段を上がってすぐにある母屋2階の部屋。

金湯館には先程も書いたとおり、母屋と別館にそれぞれ客室があります。しかし予約サイト等では主に別館しか売られておらず、実際に宿泊する人も別館がほとんどのようでした。

これはなぜなのかというと、別館は設備も新しいし、トイレや洗面所も母屋ではなく別館にあったりするからじゃないかと思います。今回も、自分以外の宿泊客は全員別館だったし。

ただ、そこは古い建物が好きな自分。お察しの通り、電話予約をする際にわざわざ母屋を指定しています。せっかく泊まるんなら古い部屋の方が好みだし、しかも母屋で泊まれるのが"あの部屋"となれば指定するのも無理はない。

f:id:offtama:20210814213149j:plain
今回泊まった1号室

f:id:offtama:20210814213153j:plain

f:id:offtama:20210814213411j:plain

で、その"あの部屋"がこちらです。

母屋2階の一番奥、角部屋に位置する1号室の客室。こちらは先程説明した伊藤博文らが憲法の草案をした客室で、どうしてもここに泊まりたかったので指定しました。

広さは10畳もあって広々としており、一人だと十二分に余裕があります。あと畳の軋み具合が絶妙で、適度な古さを感じさせました。部屋の2面が障子戸で、隣の客室との境は襖戸。残り一面はまるごと押入れになっていて、明治時代の建物をそのまま味わうことが可能です。

さらに天井には大きな梁が通っていて、目の前には大きな「霧」の字の書。この空間にいるだけで、なんか力が抜けていくような居心地の良さを感じるのは気のせいではない。

古い建物+広い客室というだけで満足度が高いのに、それに加えて歴史が刻まれた客室というのが実にそそられる。伊藤博文らもここでまったり温泉に入ってくつろいでたのかなとか考えてしまうし、そこに今でも泊まることができるのが何より素晴らしすぎる。聞くところによるとこの部屋はやっぱり人気が高いようで、自分みたいにこの部屋を指定して泊まる人も多いそうです。

さて、ひとりしきりまったりした時点で夕食の時間まではまだまだある。早速、温泉に入りに行くことにしました。

Part 2に続きます。