今回は縁あって、島根県浜田市金城町にある旧美又信用購買販売組合の事務所を訪問してきました。
自分が古い旅館ではなく「建築物」を記事化するのはこれで2件目ですが、歴史がある建物として貴重なのは旅館も旅館以外も全く同じ。今後はちょっと建築物を目的に各地を訪れることが増えるかもしれません。
旧美又信用購買販売組合はかつてこの地区に美又村が存在していた頃、1937年(昭和12年)に建てられた木造洋風建築であり、戦前に発足した産業組合の事務所です。
ここがどういう組織の施設なのかは名前に示されている通りで、
- 信用:組合員からの貯金の受入れや資金の貸付等を行う金融サービス。
- 購買:組合員の生産に必要な資材や物資を共同購入する。
- 販売:組合員が生産した産物を販売する。
といったように、今日における農協(JA)、信用金庫、信用組合等の組織が一緒になった組織という認識が正しいようです。戦後になると用途別に組織が細分化され、それに伴ってこの建物も農協事務所として継続使用されてきました。最終的な名称は「いわみ中央農協美又事業所」で、その後は空き家になって今に至ります。
このような産業組合に関連する建物は全国各地にあるものの、ここまで昔のままの状態で残っているのはとても貴重。今回案内していただいた方にはこの建物を改修してコワーキングスペース兼宿泊施設的な場所にしたいという目的があって、どう生まれ変わるのか楽しみです。
外観
旧美又信用購買販売組合は島根県の有名な温泉地である美又温泉のすぐ近くにあり、今回は前日に美又温泉に宿泊してから翌日の訪問となりました。
建物が位置しているのは県道41号から道を一本入った小さな集落の一角で、意図して探していなかったら通り過ぎてしまいそうになるくらい。ただ個人的にはこういう風に「大きな国道や県道の脇にある集落」が好きで、時代の流れとともに交通が発展していく傍らでメインストリートから外れていった一角は特にそうです。
印象的だったのは集落を通る表通りの真正面に旧美又信用購買販売組合の建物がそびえている点で、二階建ての外観は遠くからでも存在感があります。
周りの建物は和風なのに、向こうに見えるのは洋風の建物。あまりにも心が躍る風景だ。
道を一本入ると別世界…という言葉が浮かんでくるような、ここだけ時代が異なっているかのような雰囲気がここにはあります。初めて外観を目にしたときのインパクトは、今でもしっかり思い出せる。
建物外観を見ると中央の古い部分と左側の比較的新しい部分から構成されており、後者については戦後に増築されました(壁の新しさが全く違う)。
古い洋風建築を目にする機会が少ないのであれですが、和風建築と比べると屋根が非常に簡素にできていると思います。
いわゆる庇部分は必要最小限で、そのぶん外壁のシンプルさが印象的。しかしデザインは凝っているようで、中央に2列通っている外板の部分は上部でアーチを描くように収束しています。
建物の前の石垣には昔の道標が残されており、「左 有福 右 一◯ 道」と読めます。
外観において一際目立っているのが、2階外壁部分に設けられたこの特徴的なマーク。
これは産業組合のスローガン的な意味合いの「共存同栄」の文字をマークにしたもので、いずれの言葉も組合の運営を強く意識しているものです。
- 共存
-
互いに助け合い、自分も他人もともども生存すること。
- 同栄
-
ともに繁栄すること。
その下、1階玄関庇の上には三角形を組み合わせた別のマークがあり、これは旧美又村の村章。
"この建物はどういう施設で、どこに建っているのか"は現代の感覚だと一見では分かりにくいものですが、旧美又信用購買販売組合の場合は非常に明瞭でした。美又村の産業組合の事務所ですというのがこうして示されているわけで、しかも単なる文字列ではなくマークというのがお洒落すぎる。
それでは屋内へ。
てっきり中央の玄関が正式な入口だと思っていたのが、実際には左側にある新しめなところが入口になっていました。
屋内
1階に残っているものは少ないものの、壁に設けられた棚やカウンターを見ていると農協として使われていた当時の光景が目に浮かんでくるようでした。
農協を訪問した人とのやり取りの場所を通り過ぎて奥へ向かうと、物置になっている部分やトイレ、流し場といった日常を感じさせる一角があります。
よく考えてみればここは農協に勤める人にとっての職場(事業所)であると同時に、一日を過ごす上での生活環境でもある。こういう場所を目にすると昼食はどうしていたんだろうとか、夕方になって仕事が終わるとどういうやり取りをしていたんだろうかとか、そういったことが個人的に気になる。
田舎の農協の様子を自分はあまり知らないだけに想像も膨らみました。
1階は農協の施設として使われていたので近代的なところが残る一方、2階は当時から大きく改修されることなく保存されていた様子です。
まず2階に上がる階段がこれで、そこにあるのは木製の階段、ちょうど腰の高さくらいで木板の部分が途切れている壁、窓から差し込む柔らかな陽光。全体的にどこか懐かしさを感じさせる要素で溢れている。
特に木製の階段は体重をかけた際にいい感じに軋んでくれるので、室内の景色というよりも歩行そのものが楽しくなってくる。
そして2階の様子がこちらです。
2階は建物全体を大きく使用した広々としたホールで、ここがどういう使われ方をされていたのかはちょっと思いつかない。ただ正面奥にステージのような段があることから、村の集会等で大勢が集まるときに用いられていたと想像しています。
ここに足を踏み入れた際にまず感じたこととしては、どこを見ても窓が大きくとってあって採光が十分だという点。
現代のように照明設備が十分でない昔のことなので、室内の明るさは自然光で補うしかありません。建物によっては窓を確保するのが難しかったりする一方で、旧美又信用購買販売組合のそれはまさに必要十分といえます。
あとは、気分が晴れるような明るい色合いの天井がちょっと視点を上にしたときに見えること。
木造建築はその名の通り木材で構築されており、木材の茶色や黒色、あとは壁の白色以外の色は基本的にないので色彩的には地味になってしまう。それを補うようにして天井の色には太陽を彷彿とさせるような黄色が採用され、まるで室内にながら屋外にいるような感覚でした。
洋風建築なだけあって、天井の角部は直角ではなく丸みを帯びています。こういうのを造形するのもなんか難しそうだが…。
その丸み部と天井との間には通風孔のような隙間が設けられていて、たぶん中は天井と繋がっていそうな感じ。
広すぎず、狭すぎずのちょうどいいくらいの面積を持つステージ。
壇上に立つのが一人の場合だと収まりが良さそう。
階段を上がってちょうど真正面方向、建物から見ると左奥部分にはアーチ状の小窓が見事なドアがありました。
この先は物置みたいに行き止まりになっているのですが、おそらく昔はここに別の階段があったのだろうと思います。この階段を上ってくればさっきの壇上へのアクセスもよく、通行する人数は少ないので階段自体も小さめでOK。
窓から見えるのは、先ほど外観を確認したときに見えた集落のメインストリート。
今でこそこの表通りの先に県道が存在している一方で、たぶんここからの景色は今も昔もそう変わらない。
「今はもう人がいない建物」を訪れると、自然と過去の様子や賑わいについて思いを馳せることが多くなる。
それは過去のある時点で建物としての歩みが泊まったことに起因していて、将来的にはもう朽ちるに身を任せるしかないので過去に目を向けるしかないというある種の諦めも多少入っていると思います。
でも、旧美又信用購買販売組合はこれから別の姿で生まれ変わることが確定している。建物を失うのではなく生かす方向でチャレンジされた方がいたことがまず素敵だし、これから地域の方に愛される施設になることを祈って締めとしたい。
おしまい。
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