- Part 1:印通寺~岳の辻~久喜触~旅館網元~郷ノ浦
- Part 2:郷ノ浦~勝本浦~芦辺~左京鼻~印通寺
黒崎半島と猿岩周辺
郷ノ浦港を離れて次のスポットへ。
次に向かうのは壱岐島の西部、猿岩と壱岐対馬国定公園の黒崎園地周辺です。スポット全体が黒崎半島の端に位置しており、そこまでの道中はなだらかな坂が連続していました。
ここに限らず、壱岐島はスポットとスポットとの距離が非常に近いので散策がしやすいです。壱岐島自体がそんなに広くない島ではあるものの、島の中に魅力のある場所が多すぎるので自動的に距離感が近くなってくる。「散策」という意味でいうと、ここまで散策に向いているところは珍しい。
県道59号を北へ向かって進んでいく中では、適度な標高の高さから眺める海の景色が美しかったです。
平地を走るその横に見える海も良いし、下り坂の向こう側に広がっている海(片苗湾)の風景もまた良い。山岳とまではいかない程度の丘陵部が多いので、色んな地形と海とのセットを満喫することができる。
瀬戸内海のような、海沿いにずっと続く平坦な道とはまた異なった雰囲気があるのがいいですね。
県道をしばらく走っていくと途中で道が海に接することになって、ここからさらに北西へと進んでいった先が黒崎半島です。なお島の各所にはこんな風にスポットを示した看板が多くあって、何も見ないで走っても迷う心配はありません。
そのまま走って黒崎園地に到着。
黒崎半島の先端部分は一帯がまるごと公園になっていて、今回訪問した猿岩や黒崎砲台跡、それに観音岩あ唐人神展望所など地形のスポットが多いです。
猿岩はその名の通り、まるで左側を向いた猿のような形が特徴的な玄武岩のこと。壱岐島のシンボルのような存在で、付近には駐車場も整備されています。
周囲の地形とは明らかに異なる様相をしており、草木が少なく全体が岩で構成されていることが分かる。その高さは45mもあって、長い時間をかけて波風によって風化し形成された海蝕崖の一種とのことです。
自然によって形作られたものが○○に見えるというスポットは全国各地にある中で、猿岩については特に何も言われなくても猿だとはっきり分かるくらいに明確でした。しかもただ横を向いているというよりは、なんだかそっぽを向いているような…。
手前側の平原、向こう側の海や空との対比が美しく、どこか荒々しい外観をしていて景色の中にメリハリが生まれている。自然の凄さには本当に驚かされるばかりだ。
猿岩の近くには平原が広がっていて、猿岩そのもののトンガリ具合とは対照的ななだらか平地。ただ平原の先は切り立った崖になっているので注意が必要でした。
時間の方は徐々に朝から日中へと移り変わっていて、つまり気温が過ごしやすい感じになってきているということ。海沿いということで風が心地よく、そんな中で平原に佇んでいると言いようのない感覚になってくる。
自分と同じタイミングでワンボックスに乗ってきた一団もいて、こんなに快晴なのだから出かける人が多いのも納得です。
猿岩の隣にある黒崎砲台跡は、大戦時に建設されたものです。
砲台といっても、未成巡洋艦である赤城の主砲を転用したために超巨大な砲台がここに据え付けられたといいます。今ではその跡がぽっかりとした穴になっていて、その穴の大きさから砲台の大きさが連想できる。
砲台跡の入り口には黒崎砲台の砲弾(40cm)と戦艦大和の主砲砲弾(46cm)が比較として置いてあるのですが、そんなに大きさが違わないのが驚きでした。最大射程が35kmもあったと書いてあって、その威力も凄まじかったのは想像に難くない。
壱岐島北部の漁村 勝本浦の町並みをゆく
黒崎半島を離れ、次は県道59号から県道231号の順に走って壱岐島の北部へ。
壱岐島には一応国道382号という国道が通っているものの、それ以外は県道や町道です。しかし県道といっても走りにくいわけではまったくなく、よく整備されているので走るのに支障はありません。
あと、個人的に嬉しかったのが島の中に自動販売機が多いこと。
夏場だとライド中の水分補給は超大事なので自動販売機の有無が重要になる中で、壱岐島は結構な頻度で自動販売機があります。しかもあまり交通量がなさそうな場所にもちゃんと設置されていて、これなら季節を問わずに訪問しやすいと感じました。
休憩しやすい環境がしっかり構築されているあたり、壱岐島を回るハードルはかなり低いです。
県道59号から県道231号へ切り替わる周辺には湯ノ本温泉という温泉地が形成されていて、狭い範囲にいくつもの温泉宿が集まっているようです。
というのも、ここ勝本の湯ノ本温泉は壱岐島の中における代表的な温泉地で、温泉が発見されたのは約1500年前。日本の中でも古い歴史があります。さらに島の西側に面しているので綺麗な夕日を見ることもでき、壱岐島で宿泊するなら候補に挙がりやすいのではと思います。
そんな勝本を過ぎると県道はまた内陸部へと走り、さっきから沿岸部→内陸部の繰り返しで景色が目まぐるしく変わっていることに気がつく。壱岐島においてはずっと沿岸部を通る道はそんなになくて、個人的にはすぐ違う風景がやってくるので気に入りました。
ずっと同じ景色が続くというよりは、短時間で全く異なる景色になってくれる方がお得感がある。
内陸部を走ってきたかと思えば次は海ということで、勝本町勝本浦の町並みに到着しました。地名に"浦"と付いている通り、海沿いに形成された集落という位置づけです。
最初に町並みが視界に入ったとき、国道の上の方から俯瞰的に集落一帯を見渡す形になったのがかなり性癖。町並みと同じレベルではなく、その全容を把握できるような高台からのアクセスは「移動」からの「到着」を明確にしてくれる。
町並みってかなりの規模の家屋が集まって構成されているところだし、そこには人々の生活が強く根付いているということ。その密集具合を一番最初に把握した上で、その町の中の道へと下っていく流れがかなり好きです。
壱岐島の特徴的な地形が良い方向に影響してくれて、たぶん勝本町勝本浦を訪れた人は自分と同じ感想を抱くと思う。
で、この勝本浦の町並みは壱岐島の中でぜひとも訪れたかった場所でもあります。
海沿いの町といえば、海に面したところに建物が並んでいます。
勝本浦の町並みはそこから通りを一本入って、海沿いの道から少し離れたところに続いている道沿いにありました。従って通りを歩いている中で海の存在は確かに感じつつも、それは交差点とかでちらっと横目に見える程度。あとは、道の両サイドに家屋がずらっと建ち並んでいる光景が壮観でした。
勝本浦は江戸時代には対馬・五島・平戸とともに捕鯨の中心地として栄え、今は主にイカ釣りが盛んに行われている土地。今も昔も漁業の中心地ということで、複雑な形状の海岸線に沿って曲がりくねった漁村風景が形成されています。家屋の中にはレンガ造りや格子窓がある建物もあり、壱岐島の中でも特段レトロな景色が広がっていました。
名物の一つである朝市も開催されており(昼前くらいでもやってた)、明るい空気がここにはあります。町としての規模の大きさを示すものは家屋の数なわけで、少し歩くだけでも勝本浦の規模感が理解できる。
通りを過ぎ、石垣が見事な稲荷神社を参拝した後は港方面へ。
こちらには漁船が多く停泊しており、もう一家に一台漁船があるんじゃないかってくらいの数でした。郷ノ浦港と同じく奥まったところに町並みがあるので、町並みの一部が湾を挟んで向こう側に見えるというのも特徴的です。
最後は高台に上り、勝本浦の街並みを一望してから次の場所へ。
勝本浦は個人的に散策をしていて特に面白いと感じた場所であって、海沿いや町家の景観、潮風の匂い、路地裏歩き…と良いところを挙げるとキリがないくらい。宿泊施設や飲食店も多く、ゆっくり歩いてみるのがおすすめです。
芦辺港周辺 海沿いに建つ神社を訪ねて
壱岐島の散策はこれで西側が終わった形となり、残るは東側。そしてそれが終われば印通寺港から唐津に戻ることになるので、すでに半分が終了してしまったことに気が付き悲しい気分になる。
ただ、ライド時間や散策時間の長さに対して、満足度がとても大きいというのが正直なところ。
壱岐島って場所によって地形や風景の差異が大きく、ちょっと移動しただけでも壱岐島は全く別の顔を見せてくれる。狭い範囲に魅力がギュッと集まっているのはとても良いと感じました。
その残り半分を使って主に訪問したのが、壱岐島に数多く存在する神社です。
今までの行程で訪れた神社は町の中にあることが多かったので、壱岐島の東側では異なるシチュエーションにある神社を訪ねてみることにしました。
訪れたのは、龍蛇神神社という岸壁の上に建てられている神社です。
壱岐島の東の玄関口・芦辺港の北に位置するこの神社は知る人ぞ知るという感じの存在で、近くまで来たとしても神社への案内は見られませんでした。岬の先端にあるキャンプ場から、さらに海へと下っていったところにあります。
特徴としてはなんといってもそのロケーションにあって、鳥居や拝殿があるのは海に面した岩場の上。この日は風が強かったので海からの波しぶきも感じられ、神社周辺には自然と一体となったような雰囲気がありました。
町の中にある神社は集落と神様との繋がり、ひいては人の営みとの関係が強く感じられたりしますが、龍蛇神神社のように自然の中にある神社は「祀っている対象」の方に注目がいきます。
今回の場合だとそれは言うまでもなく海そのもので、龍蛇神…つまり竜のこと。周囲の環境によって神社に抱く感想もまた異なり、自分が神社を好きな理由の一つはやっぱりロケーションが良いから。
強く吹き付けてくる風も相まって、とても神秘的な場所だ。
その後は芦辺町の海沿いから市街地、平野部、田園地帯を走って山の方へ舵をとり、月讀神社へ至りました。
月讀神社は先程とはロケーションが真逆で山の中に位置し、鳥居から背後の山に向かって伸びる階段を上っていった先に拝殿がある配置の神社です。
御祭神は天照大神の弟である月讀命(つくよみのみこと)で、天照大神は太陽神であるのに対して弟の方はその逆、月を司るとされています。京都の月讀神社(松尾大社)はここ壱岐の月讀神社から分霊され、結果的に月讀神社は全国へと広がることになりました。
神社の境内にいると心が落ち着くことが多くて、月讀神社のように林の中にある神社だとなおさらそう感じる。
特に用がなかったとしても神社はなんか訪問したくなるし、参拝をしているとその日の一日がなんか良いことありそうな気さえしてくる。壱岐島は神道発祥の地とされていて、島全体に厳かな雰囲気があるのは間違いないです。神社がある場所も町の中、集落の外れ、海に面した崖の上、山の中…と一様ではなく、「島全体に」というのが比喩でもなんでもない。
もちろん今自分が住んでいる場所をはじめとして、全国にも同じような場所に神社は存在している。
しかし、壱岐島ではその密度が高いことによって、神様が自分のすぐ近くにいるような感覚になりやすいと思います。この記事のタイトルに「神々」とつけた理由も、こうした体験が根底にあります。
県道23号からさらに道を東にとり、東海岸に位置する八幡半島へと入っていく。
壱岐島の海に話を切り替えると、今まで見てきたような切り立った崖のような場所が海の全てではありません。
波打ち際を感じられる「浜」もあって、芦辺港からほど近い清石浜海水浴場がまさしくそれ。約500mの広い範囲に渡って海水浴場が整備されており、まだ季節的に夏は早いけど涼を得ることができました。というか今日は春にしては若干気温が高く、一足先に夏がやってきたといっても間違いではない。
清石浜海水浴場は砂の色と海の色、そして波の色のコントラストがとても美しく、遠くから見ても近くで見ても爽快な気分になれます。海岸線が軽い湾のような形状になっているため波が扇形に打ち寄せてきて、この風景はいつまでも眺めていたくなる。
砂浜の近くには、金毘羅神社という神社もありました。
こちらの神社は飛ばされそうになるくらいに風が強い岬にあり、背後にある小山の上に拝殿が鎮座しています。そこへ至るまでの鳥居はやけに背が低く、海を正面に見るところにある小さな祠も相まって独特なものでした。
祠を風から守るための石垣も拵えてあって、壱岐島の神社は本当に場所によって特色が豊かすぎる。
そのまま道に従ってロードバイクを走らせて到着したのは、八幡半島の突端に位置する左京鼻という景勝地。
先程見た砂浜とは海周辺の地形の様相が一変してますが、これは芝生の下に形成された玄武岩の海蝕断崖によるもの。特に崖側では柱状節理が見られ、手前側の芝生のなだらかさとは真逆の険しさが目立っていました。
芝生の部分については平野っぽくなっているので、例えばここに座ってお弁当を食べたりするのに向いていると思います。目の前には雄大な玄界灘の大パノラマが広がっていて、岬の先端ということもあって相当な最果て感がここにはありました。
八幡半島は各所に見どころが多い中で、左京鼻へ至る道中からは遠くにこの岬を視認することができます。
これが最果て感を増幅させる理由の一つになっていて、清石浜海水浴場から西へ向かうにつれて徐々に民家の数が減ってくるんですよね。そのうちに人工物がなにも見えなくなって、そのうちに左京鼻に到達しているという図式。
いきなりその場所に着いていたというよりは、まず最初にはるか向こうにその目的地が見える方が個人的に好き。その点でいくと、左京鼻は道中も含めてベストなところでした。
左京鼻で八幡半島を折り返して今度は西へ走り、はらほげ地蔵を参拝した後は小島神社へとやってきました。
今まで触れてきた通り、壱岐島の神社は立地が特徴的だということ。その中でも小島神社はさらに特殊な部類に入っていて、神社へ至る参道が普段は海に沈んでいるため、潮が引いたときしか参拝できません。なんかモン・サン・ミッシェルみたいな神社だ。
この小島神社、当初は島の手前に鳥居がある「船でしか渡れない神社」だと勘違いしていて、実際に訪問したら陸続きになっていてびっくりしたという経緯があります。
島に渡ることができるのは干潮のときに限られ、一日の中でその時間は多くありません。勘違いしたまま呑気に島を散策してきて、いざ到着してみたらこの状況。本当に運がいいとしか言いようがないんだが…。
というわけで、早速歩いてきました。
鳥居の前で一礼し、右回りで島の反対側にある急な階段を上って拝殿へ。なお左回りだと岩がかなりゴツゴツしていて歩くのが困難なため、比較的平坦な右回りが正式のルートです。
島の上には見事な拝殿があって、遠目からだけでは「島がある」くらいにしか思えなかったのが嘘みたいな感じになっている。ずっと陸続きではないだけに資材の運搬も大変だっただろうし、こじんまりとした島の上に神社がある、という状況が好きになりました。
自然の中で人間の存在を実感できると安心するけど、小島神社についてはなんか不思議な気分。
さっき話した壱岐島は神道の始まりの地という話に関連して、万物に神が宿っているという神道の考えがここに現れている。普通なら素通りしてしまうところに隠された場所があるような存在感で、しばらくここで感動してました。
壱岐島を去る時間
以上で、壱岐島の散策はすべて終了。名残惜しいですが印通寺港に向かいます。
小島神社から印通寺港までの間は比較的平地が多く、田んぼや畑の間にときどき森が混じっているような地形です。ここまでの平坦部は今日の行程では初めてで、最後の最後まで変化に富んだ島だったと改めて感じました。
予定通りの時間に印通寺港に到着し、切符を買ったり食事を買ったりしながら今回の旅を思い出してみる。
昨日は思いっきりヒルクライムをしてからの宿泊で、壱岐島の幸を十二分に感じることができる夕食や朝食。今日は朝から主要な集落や景勝地を周り、そしていま帰路につこうとしている。体感的にはあっという間の一泊二日でした。
繰り返しになるけど、壱岐島はどこを巡ったとしても同じような場所が一つとしてありません。
それは集落の雰囲気だったり地形だったり、そこで見聞きすることができる体験だったりの全てが実に新鮮なもの。ロードバイクで軽く走ると一周80kmくらいでお手軽な上、壱岐島という島に含まれる要素がとても多いので濃い時間が過ごせると思います。
そんなことを考えていたら、もう出港の時間になりました。
また再訪することを強く誓いながら、次第に遠くなっていく壱岐島を眺める。到着時の移動手段が船でよかったとPart 1で書いたのがそっくりそのまま帰路にも当てはまって、こうやって船の上から壱岐島を見続けていると寂しさも倍増する。
でも、心に残るとても良い時間が過ごせた。それだけは確かなこと。
その後は唐津東港に到着し、帰路へ。
今回の九州旅はこれで終わりです。また来るぞ九州。
おわりに
壱岐島は神が宿っている島。
最初にそれを聞いたときは明確なイメージが湧かなかったものの、実際に壱岐島を訪問して、一泊二日で島中を巡ってみてそれが理解できたような気がします。
迫力があって自然の凄さを実感できる島ならではのスポットに加え、島の中で生き続けてきた神道の思想が、主に神社という形で現れていて実際に訪問できる。落ち着いた漁村風景もあって精神的に安心できる空間や場所、そういうのが多いので自然と好きになっていました。
もちろんグルメも非常に美味しいので、できれば一泊して滞在時間を長くするのがおすすめ。パワースポットという一言で言い表す気はないものの、目に見えない何らかの力は感じられると思います。
おしまい。
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