TAMAISM

旅の記録、宿泊先や行程とか

割烹旅館 八百甚 遠州横須賀の旅館に泊まってきた

【訪問日:2020年12月26日~27日】

遠州横須賀の宿

今回泊まったのは、静岡県掛川市にある宿です。

掛川市といえば南北に長く、今までは主に北側を訪れたことしかありませんでしたが、印象に残っているのは田園風景をそこかしこで見ることができるくらいに長閑な場所ということ。特に北の方にある加茂荘花鳥園は、アニメ「氷菓」で登場したことも含めて馴染みが深いところでもあります。加茂荘花鳥園は花菖蒲が見頃になる6月くらいにいつも訪問しているので、そういう意味では毎年必ず掛川市を訪問していることになりますね。

しかし、今回の宿はそんな北側とは真逆の方角、太平洋にほど近い南部にありました。

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八尾甚の外観

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割烹旅館 八尾甚

遠州横須賀と呼ばれる古い城下町にあるこの宿が今回の舞台となります。

まず「横須賀」という場所について説明すると、ここはかつての戦国時代に、徳川家康の領地として重要な役割を持つ土地だったといいます。戦国時代後期、静岡県西部の遠江は武田氏と徳川氏による争いの舞台となり、その中で家康が兵士と物資の補給のための兵站基地として築いたのが横須賀城でした(今も城跡が残っています)。遠江から武田勢力をほぼ一掃した後は、地勢的にも経済的にも有利な横須賀城を遠江南東部支配の拠点とし、城郭だけでなく城下町も整備され、近世城下町としての礎が築かれたとのこと。

要約すると、このあたりは城下町として栄えた当時の町並みの残り香が感じられる一角というわけです。今では当然ながら建物もまるっきり変わっており、横須賀城下町に遺る歴史的建造物の多くは昭和初期に遡るもの。軒を連ねる商店や住宅はさらに新しいものとなっているので、"城下町"感を直に感じることができる場所は限られていることになります。

その限られた場所の一つが、この八尾甚でした。

街道沿いにいきなり登場する古い木造建築は迫力十分で、ロードバイクで走っていてこの宿を見つけたときの衝撃はなかなかのものでした。かなり遠目からでも際立つくらいの存在感。これはもう興奮が止まらないのもやむなしといったところじゃないでしょうか。

というわけで泊まってきました。

八尾甚に泊まる

八尾甚の創業は江戸末期に遡り、文字通り八百屋を営んでいた甚助氏が旅館を開業したのがはじまりだそうです。現在の建物は昭和6年(1931年)に建てられたもので、つまり約80年前のものがそのまま残っているということ。

過去はどうだったのかよく分かりませんが、現在では八尾甚は1日1組限定となっており、つまり今日はこの広い建物に1人で泊まれるというわけです。これについては事前情報を全く知らず、たまたま電話してみたら空いていたのでそのまま予約したのですが、当日訪れてみてびっくり。実に運がいいな。

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入母屋屋根の下に回る庇や2階の高欄(欄干)が特徴的

まずは外観から。

横須賀城下町の南北に長い短冊形の敷地は江戸時代の町屋としての屋敷割を踏襲しているようで、街道に面しているのはほんの一部分です。真正面に玄関があり、そのすぐ上にある2階部分が今回泊まる部屋となります。

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玄関前にある敷石

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玄関。向かって左側が食堂で、階段の裏奥が厨房になっている

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それでは、木の引き戸を開けて中へ。

玄関を入ってすぐの空間は土間になっていて、ここには有名な「遠州横須賀 三熊野神社大祭」で使用される祢里(ねり=山車のこと)の模型が飾ってありました。

それにしてもこの広さが実に心地いい。玄関はその宿の顔ともいえるほど重要な場所と個人的には思っているのですが、これくらいの広さが好きですね。広すぎず狭すぎずといった感じで、ちょっと腰掛けて靴を脱いだり、ただ座ってぼんやりするのに最適。

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八尾甚の紹介記事

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玄関右奥はかつての帳場だったところ

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階段下のスペースの使い方が実にいい

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玄関奥から入り口方面を振り返ってみる。ちなみに表にサイクルラックがありますが、ロードバイクは土間に置かせていただきました。

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ガラス戸が大きいので窮屈感をまるで感じない

玄関の奥には居間と厨房があり、ちらっと拝見した限りではこちらについてもかなりの広さがありました。

八尾甚は旅館の営業だけでなく地元の慶時や法事、仕出しなどに料理を提供されているようで(というかそっちの方が本業らしい)、「割烹旅館」の名の通りの厨房の広さというわけです。後で述べる大広間も各種の宴会や会議に使われているとのことですが、このスタイルは旅館ではよくある形なのかもしれません。

玄関を一通り見て回ったところで、肝心のお部屋に移りましょう。

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今回泊まったお部屋

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メインとなる客室(10畳)の奥には8畳の部屋が繋がっており、いずれも街道に面している

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8畳の和室。左側が街道側

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先ほど街道から見えていた2階の部屋がこちらになります。

1日1組限定ということで、現在ではこの部屋しか宿泊には使われていません。10畳+8畳の二間続きとなっていて、一人では十分すぎるほどの広さ。

こういう宿を訪れる度にいつも思うけど、畳の部屋って季節を問わず快適じゃないですかね。今回も結構な寒さの時期に投宿したのですが、暖房がエアコンだけであったとしても、畳の上に座っているだけでそこまで寒いわけではない。逆に夏だと涼しさを感じられるし、一夜を過ごす部屋にはやはり畳が必要だと感じました。

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デザインが凝っているガラス窓

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この部屋の素敵ポイントは色々あるものの、そのうちの一つがこのガラス窓。

上段・中段・下段に分かれており、中段の模様が特徴的です。透明ガラスとすりガラスが交互に組み合わさっていて採光は十分だし、ふと外を眺めるにも適している。

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これの開け方わからない人いそうだよな

せっかくなのでガラス戸を開けて、外の空気を感じてみたい…と思って鍵を確認したところ、なんとネジ式でした。

正式名称は分かりませんが、「ネジを扉の穴に差し込んでキコキコ回すアレ」といえば大抵の人は理解してくれると思う。※捻締り錠というらしいです。引き戸ばかりであった日本建築だからこそ発明された金物。

我が家にはなかったものの、親戚の家には普通に現役で使われている代物でしたので、どこか懐かしい気持ちになりました。

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で、このガラス窓の外の眺めがまた最高でしてね。

窓のすぐ外側に欄干があって、なんとここに座ることができちゃうんです。早速いそいそとお茶を持ってきて、ここに座って街道を見下ろすようにしながらのんびり飲む。

これがなんとも堪らない。

思えば、こういう風に身を乗り出して眺められる構造の宿って珍しくないですか。旅館でいう窓際といえば、ぱっと思い浮かぶのはなんといっても「広縁」で、窓の外側に特別なスペースはありません。窓の奥側に欄干があることによって、窓の外側に座るという体験ができてしまうのが本当に珍しい構造といえます。

ちなみに先ほど述べた「三熊野神社大祭」のポスターには、すぐ目の前の街道を練り歩く祢里をここから客が眺めている様子が写されていました。窓の内側ではなく外側から直に見る祢里の迫力と言ったら、それはもう言葉に言い表せないレベルだと思います。

で、部屋で一通り悦に浸ったところで、八尾甚の残りの部屋を散策してみることにしました。

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階段下の灯り

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階段を上がったところ。左奥の戸が今回泊まった10畳の部屋に、右奥の戸が8畳の部屋に通じている。

まずは、ついさっき上ってきた玄関正面の階段を下り、改めて上ってみます。

こうしてみると、玄関入ってすぐ真正面に2階への階段があるので客の導線としては非常に分かりやすい。迷路のような入り組んだ構造になっているわけではないので、どこに繋がっているのかが一目瞭然です。

さながら探検をしているかのような館内散策はそれはそれでいいものですが、こういう風にバシッと明瞭な構造も好き。

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階段手すりの意匠

この階段の意匠がまた凄くて、段差の部分で180°折り返すように木が曲げられているのが分かります。

比較的細い木を組み合わせているものの強度は十分あり、実用性と見た目を高度に高めているのが理解できました。

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かつては客室だった部屋は居間では宴会場になっている

階段を上がった先の背面側(街道側)が今回泊まった部屋になるのですが、部屋としては階段正面の廊下の左右にもあります。

廊下の左側は大広間となっていて、比較的大きな舞台もあったので普段から宴会等に使用されている様子。翻って廊下の右側の部屋(上の写真)は、今ではこちらも同じ用に宴会場になっているようですが、避難経路図を確認した限りではもともと客室だったようです。

こちらの客室は、自分が泊まっている10畳の部屋の隣からそれぞれ6畳、8畳、10畳の3部屋存在していたようで、それぞれが襖で仕切られていたみたい。今回の部屋の襖を開けてみたら、いきなりこの広い空間が目に飛び込んできたので驚きました。

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今日は他の部屋での宴会等は行われていないので至って静か。いや静かというよりは静寂というべきか。

これが、例えば昔は客室として使っていたが今では物置になっている…とかだとどことなく悲しい気持ちになりますが、八尾甚は旅館一辺倒ではないところが良いと感じました。客室を宴会場として転用できているし、部屋を有効に活用している様子が見て取れます。

余計なお世話なんじゃアホと言われそうだけど、こういう歴史のある宿に泊まると必然的に宿の「昔」と「今」を考えてしまいがち。栄枯盛衰じゃないですけど、鄙びた宿って言われている宿は大抵「鄙びてない時期」があったわけで、そのときのことを思わずにはいられない。そういう意味では、この八尾甚は遠州横須賀の地で長く続いてほしいと思います。

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廊下の突き当りにはお風呂場へ続く階段と、トイレ(左奥)がある

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今回の宿散策はこれで終了。

八尾甚の1階部分は厨房と居間になっているため、宿泊客が見て回ることができるのはこの2階のみとなります。部屋に戻ってからはさっき感動した欄干スペースで再度お茶を飲んだり、意味もなく畳に寝転がったりしてました。

あ、欄干スペースは確かに居心地はいいんですけど、見晴らしが良すぎるので街道からも目立ってしまうのが難点かもしれません。なんだかんだで人通りは多く、地域の方と目が合うのも一度や二度ではありませんでした。まぁ自分は気にしませんが。

そして、気がつけば夕食の時間まであと40分ほど。

夕食の前にお風呂に行きたくなったので、ささっと入ることにしましょう。

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自分が泊まっている客室とお風呂は完全に別棟になっているので、一度履物を履き替えて外へ出る必要があります。

このあたりも風情があって、個人的には寒い思いをする悲しさよりも楽しさの方が勝りました。別棟ということはお風呂は後から付けられたということだし、昭和初期の造りがここにも現れているのかもしれません。

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お風呂はなんと岩風呂で、温度もかなり熱めでした。

一日の行程が終わって、お風呂に入る瞬間ほど気持ちいいものはない。昼間のうちが疲れが湯に染み出していくようで、お風呂の時間というものはなんというか、精神的に満たされている必要があると感じています。

一人旅だとそれが顕著に影響するので、宿を選ぶ際には部屋の居心地の良さやお風呂の気持ちよさ等を重視するようにしていますが、今までの経験からするとこれが自分に合っているのは間違いない。複数人で泊まる場合はある種の興奮状態にあるので、細かい点には目をつぶれるものの、一人旅だと自分一人しかいませんからね。旅における「宿」の良し悪しは言わずもがな重要。

そこへいくと、今回の宿も自分好みな成分が多すぎて精神的に十二分に満足できました。今後も自分が宿を選ぶ基準は変わりそうにない。

夕食の時間

お風呂へ入って眠気が極地に達したところで、1階の食堂で夕食をいただくことに。

しかし、この献立が値段の割に豪華極まりないもので唖然としてしまいました。

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豪華すぎないですかね…?

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ヒレカツ

何を食べても美味しいとはまさにこのこと。

ここまで引っ張っておいて今更なんですが、この八尾甚の宿泊料金を書くと1泊2食付きで¥6,640(税抜)です。もう一度書きますけど¥6,640ですよ。1日1組限定でこんな素敵な宿に泊まることができ、朝夕2食が付いて、しかも割烹旅館ならではの美味しすぎる料理が味わえて¥6,640。

お得以外の何物でもない。

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ご飯とはまぐりのお吸い物

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当然のように日本酒を注文しました

お風呂に入ってまったりした身体中に行き渡っていく料理と酒。

木造旅館で食事をするというシチュエーションに加え、料理自体も美味しいとなれば箸が進むのはもう仕方ない。あっという間に食器が空になってしまったのは至極当然といえます。

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夕食後に満腹になって部屋に戻ってきたら、あとはもう寝るだけ。

19時くらいに布団に入って、布団の中でゴロゴロしてたらいつの間にか寝てました。

翌朝

むくり。

誰かに起こされることもなく自然と目が覚め、時計を確認するとちょうど夜明け前。せっかくなので浴衣のまま外へ出て朝日を拝むことにします。

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遠州横須賀の朝はしんと静まり返っていて、令和の時代にあってモーターサイクルの音は一切聞こえてきません。こうやって宿の前で佇んでいるこの瞬間だけは、まるで自分が江戸時代、あるいは昭和初期に戻ったような錯覚に陥ることができました。

八尾甚という限られた空間だけでなく、横須賀という城下町の雰囲気を味わったような、そんな感覚。

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朝食をしんみりといただきながら、さっき覚えた感覚について考えてみる。

よく考えてみれば、八尾甚という旅館が現在まで遺っているだけでも貴重なことなんですが、その良さは周囲の町並みにもあると思いました。それは、(別記事で詳しく書きますが)横須賀という土地は確かに現在では近代化されているものの、商店だったり家々の並びだったりについては昔の雰囲気を色濃く残していたからです。

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どこか一箇所が良いわけではなくて、この町全体に漂っている昔の空気が、この八尾甚という旅館の良さをさらに引き立てている。

そんなことを思いながら、女将さんに見送られつつロードバイクを走らせました。

おわりに

静岡県西部といえば、浜松が有名すぎるのでそっちにばかり目がいくことが多いと思います。

今回はそんな目線を少し外してみて、いつもの自分なら目が向かないような地域を重点的に調べていたところ、この八尾甚を見つけました。そのままの勢いで投宿と相成りましたが、宿自体はもちろんのこと、食事やお風呂、周辺の町並みも含めてとてもよい滞在ができました。

今後も、宿泊に重きをおいた旅を続けていきたいと思っています。

おわり。