「九州最後の炭鉱の島」池島炭鉱坑内体験ツアーに参加してきた

長崎県の西彼杵半島・外海地区の沖合に位置する島・池島。今回はその池島にかつて存在した九州最後の炭鉱、池島炭鉱の坑内体験ツアーに参加してきました。

もくじ

はじめに

松島炭鉱株式会社により開発・運営されていた池島炭鉱は池島周辺の海底に広がる炭鉱で、その名の通り石炭を地下から採掘するための鉱山がありました。

日本で石炭が主役のエネルギー産業として活躍していたのは主に戦後復興期の1950年代のことであり、池島以外にも北海道の夕張・釧路・芦別、福岡の筑豊・三池、さらに有名な長崎の端島(軍艦島)などで採掘がスタート。炭鉱は大勢の人で賑わいました。

閉山して間もない頃の池島
現在の池島のマップ

しかし1950年代後半から1960年代にかけて、エネルギー源が石炭から安価な石油へ切り替わるエネルギー革命が進展。また外国炭との価格競争も加わり日本各地の炭鉱は徐々に衰退していき、1970年代から1980年代には多くの炭鉱が閉山となりました。日本は今でも火力発電や製鉄で石炭を使用しているものの、そのほぼ全量を安価なオーストラリアやインドネシアなどから輸入しているのが現状です。

  • 1952年 池島の開発が始まる
  • 2001年 閉山

日本の炭鉱は戦後の復興期及び高度経済成長期を支え、今はその役目を終えたレトロな存在。池島はその巨大な基幹産業の名残を見学できるという意味でとても貴重な存在です。さらに閉山になったからといって無人というわけではなく、2026年現在で83人が島に在住されているというから驚きだ。

坑内体験ツアー概要と池島までの道中

私が考える池島炭鉱の魅力の一つは炭鉱施設の中身だけでなく、職場と生活空間が島という隔離された環境の中で一体化している点。

作業員が住む社宅やアパート群に加えて小学校や中学校、病院、飲食店、商店、娯楽施設など、島内だけで生活が完結できるほど様々な施設が集まっていました。 これらの遺構は今でも島に残っており、長崎本土から池島を結ぶ定期船が運行されているため個人で自由に見てまわることができます。それでも自分が今回、事前予約が必要なツアーに参加した理由は以下の2つ。

  1. ガイドの方がその場で詳細な説明をしてくれるため、設備や歴史の理解が深まる。
  2. ツアーでしか入れない立入禁止区域がある。

炭鉱の知識がない自分にとって1.があると現地で得られる体験が全然違うし、2.についてはせっかくなのでより広い範囲を見学したい。

というのも、長崎県の観光企画「長崎さるく」により2003年から始まったこの坑内体験ツアーは施設老朽化等により2027年3月末に終了予定なんです。なので見れなくなってしまう前に急いで行ってきました。 ツアーの種類は以下の3つで、予約時はそれぞれに枠があります。

  1. 午前コース(11:00~13:00)
  2. 午後コース(13:15~15:15)
  3. 午後+オプションツアー(13:15~16:45)

今回自分が予約したのは、オプションツアーがプラスされた③のコース。聞くところによると炭鉱ツアー後に島内の立入禁止区域を見学できるコースということで楽しみだ。

以下にコースの行程を示します:

【午前 or 午後共通】 池島港桟橋【START】→ 池島開発総合センター(ビデオ上映、炭鉱概要の説明) → 坑外トロッコ人車停留所(旧石炭火力発電所・貯炭場等説明)(キャップランプ、ヘルメット等装着後<乗車>)→ 水平坑道奥部トロッコ人車停留所<下車>→《坑内徒歩見学:約1時間(約600m)》→ 坑道内に設置された炭鉱操業時写真展示コーナー見学 → 石炭採掘現場復元箇所 (採炭機ドラムカッター・ドラム模擬運転、穿孔機エアーオーガー操作体験)→ 坑内救急センター跡(緊急避難所)→ 坑内発破の映像、発破スイッチ模擬操作体験コーナー → 水平坑道内トロッコ人車停留所(乗車)→ 坑外トロッコ人車停留所(下車)→ 池島開発総合センター

【オプションコース】 池島開発総合センター ~<ワゴン車>~ 3棟公開社宅(立入禁止区域)~<徒歩>~ 第2立坑見学広場(立入禁止区域)~<徒歩>~ 8階建てアパート ~<ワゴン車>~ 池島港船客待合所【GOAL】 ※所要時間は約1時間40分(ワゴン車で移動)を予定

本土で集合してから池島に向かうのではなく、各自が池島に到着した時点で受付が始まります。

最初はこんな長崎県の端部の場所までどうやって向かうのだろうかと思ったけど、長崎駅前から西海市まで路線バスも出ているようです(公式サイト参照)。もちろんマイカーやレンタカーでも、自分のようにロードバイクで行くこともできます。

瀬戸港の様子。すでにフェリー「かしま」が停泊している

というわけで池島への玄関口となる西海市の瀬戸港に到着。待合室はエアコンが効いていて涼しく、席数も比較的あるので食事なども可能です。

池島への航路は瀬戸港及び神浦港の2箇所があり、午前コースは神浦港、午後コース+オプションコースは瀬戸港をフェリーで往復する想定となっています。今回は午後コース開始/終了時間の関係で瀬戸港を選択しました。

乗船券を購入

瀬戸港は西海市のほぼ中心部にあり、近くにコンビニやスーパー、宿泊場所などが揃っているため池島散策の拠点にちょうどいいと思います。 島内には店がないため飲み物や食事は事前に購入しておく必要あり。ただ後述するように宿泊施設(素泊まり)は存在するため、行程によっては利用してもいいかもしれません。

瀬戸港には出発時間の30分前くらいに到着したところ、どうやら自分が最初にここに到着したみたいでした。しかし出発時間が迫ってくるにつれてどこからともなく1グループ、また1グループと乗客が集まってくる。上陸後のイベントのことを考えるとこれらの乗客のほとんどがツアー参加者と考えていいです。

船内の様子

受付を済ませてフェリーに乗船。

フェリーかしまは車も載せられるカーフェリーで、瀬戸内海などでも見かけるタイプ。空調が効いた船室内(上の写真)は乗客でほぼ埋まっていたため、自分はデッキの椅子に座って海を眺めながら過ごしました。波風を直に肌で感じたり、日光の眩しさをダイレクトで感じられるという意味でおすすめ。日陰になるので案外涼しかったです。

池島に到着
まず最初に池島湾の様子が見える

30分ほど船に揺られていると池島に到着。

池島湾に入ると船は進行方向をぐるっと反転させて池島港に着岸します。池島湾の場所には炭鉱開発前は鏡ヶ池という池があって、そこから「池島」の名前が付きました。実は池島湾の広さは軍艦島の面積と同じくらいらしく、池島の存在を知る前は炭鉱の島=軍艦島だとばかり思っていた自分にとっては衝撃的でした。池島の方がずっと大きいんですね。

またその坑道は海底の地下に張り巡らされており、最終的な採炭範囲は隣の蟾島まで及ぶ巨大な海底炭鉱へと成長。坑道総延長距離はなんと約90kmもあって規模は島そのものの大きさの何倍もあります。従って海面より上だけが炭鉱の広さではないことに注意。

午後コース

池島港に到着し、桟橋を渡った先でツアーの受付をします。全員の受付が終わると湾の北側にある池島開発総合センターへと徒歩で移動していきます。

昨日のライド中に引き続いてこの日も気温がかなり高く、昼過ぎの時間帯に屋外を歩くのは結構大変でした。これからの季節は特に暑さをしのぐ準備が必須です…。

左奥に見える建物まで徒歩移動中
池島開発総合センター。建物は比較的新しい
島の小中学生が書いた絵

1階奥の会議室のような部屋でツアー料金を支払った後、炭鉱概要の説明ビデオ上映がありました。

内容は池島炭鉱の当時の設備、規模、作業風景を説明付きで記録したもので、こういう映像が残っているのは良いですね。ビデオ上映が終わるとライト付きのヘルメットが各自に支給され、これを被って屋外へ。

トロッコ
坑道内に到着。歩いて奥へ向かう

センター前の広場を突っ切って西へ向かったところにトロッコがあり、水平坑道奥部までこれに乗って移動していくわけですが…これが楽しい。当時使用されていたトロッコにそのまま乗れるのが単純に面白いのと、適度なスピード感で屋外から屋内へと入っていくのが探検感ある。

座席の広さは横3人分で、例えるなら黒部峡谷鉄道の客車の半分程度の幅しかありません(しかも天井も低い)。今回は参加者が多く、ほぼ満席状態でした。

坑道内部の様子はというと予想通りに湿度が高いものの気温はひんやりと低く、さっきまで汗だくになっていた屋外とは打って変わって快適です。そのトンネル内部に張り巡らされた多数の配管やケーブル、均等でない間隔で取り付けられた電灯、そして地面に敷設された線路。自分が思い描いていたままの「坑道」の風景がここにある。

ドラムカッター

坑道内での主な作業は掘進(くっしん)と採炭(さいたん)に分類することができます。

掘進は坑道(トンネル)そのものを作る作業で、採炭は石炭を掘り出す作業となり、使用する装置や道具がそれぞれ異なります。掘進では岩盤に穴をあけるための穿孔機やダイナマイトなどの発破設備など、採炭では石炭層を削り取るドラムカッターや天板を支えるための自走式支持が使用されます。

池島や端島は海底まで続く石炭層の上に島があった形で、島から坑道を掘り進めて海底数百メートル下の石炭を採掘していました。作業員は島から竪坑で海底の石炭層まで降り、海底の下を横方向に掘り進む流れで採掘を進めます。海底炭鉱は世界的にも珍しく島そのものが採掘基地となったというわけです。

ドラムカッターの刃を交換する体験
実物の石炭
穿孔機のオンオフ。大きな音がする
坑内火災の際に酸素を供給するエアーマント
斜坑
斜坑の遥か奥に出口が見える

坑道内では二人のガイドの方と一緒に行動し、各所で説明及び体験がありました。

掘削装置のオンオフ、火災時に使用する酸素吸入用シェルター服、ダイナマイト点火装置、救急室の設備などを見て回ります。トンネルが斜めになっている斜坑では、角度は17°くらいだが人間の体感上かなり急に感じました。

救急室内の設備類
電話
とても重い装備類
ダイナマイト点火装置
点火と同時に爆発する

短時間でしたが坑内を歩き回って感じたこととしては、狭さによる閉塞感よりもその暗さが怖いということ。

途中では全員のヘッドライトをオフする機会があり、全く何も見えない暗闇の恐怖感が相当なものでした。比較するならば星や月の光が多少ある夜の森よりも暗い完全な闇です。狭い場所での作業も人によっては怖いだろうけど、この空間で毎日8時間以上作業するのはかなりの慣れが必要だろう。

帰路

再度は再びトロッコに乗り、地上へ戻ってきてトロッコの前で記念撮影タイム。冷気漂うトンネル内から蒸し暑い屋外へと移動すると体感暑さがひどく、カメラのレンズも曇るほどでした。

ガイドの方の説明は非常に分かりやすく、無知な自分でも作業の流れや困難さがなんとなく理解できました。しかも設備についても当時のトロッコがまだ稼働状態にあるということがすごい。補修部品などももう存在しないだろうし、保守点検管理をされていることに感動しました。

オプションツアー

池島石炭火力発電所

さて、午後コースが炭鉱における「業務」の紹介だったのに対して、オプションツアーでは池島における「生活」の一面を見ることができます。

午後コースが終わると池島開発総合センターへ帰還し暫しの休憩の後、オプションツアー参加者は今度はワゴン車に乗車して島の各地を移動していく。なお参加しない残りの方は徒歩で島の各地の散策へ向かうようでしたが、この酷暑のなかの散策は本当に大変だ。

トロッコ乗り場からセンターへ
なんか放し飼いにされているヤギ

ここでガイドの方がバトンタッチで交代され、車の運転とガイドの両方をワンマンで行います。

なお私は乗車前に「助手席への乗車をお願いしてもいいですか?」と言われました。これはガイド中には頻繁に車の乗り降りがあり、結果的にシートベルトの付け外しが何回も生じるけど良い?という意味だと後になって理解。結果的には島の景色が見やすかったのでよかったです。

ガイドは池野さんという池島出身の方で、池島と長崎市に家があるそうです。

むかし実際に池島炭鉱で働かれていたことや、池島出身でもあることから池野さんが語るお話が面白くないわけがなく、例えば付き合っていた彼女とここに行ったことがある、また彼女にもらった香水を付けて仕事に言ったら坑内で同僚に指摘されたなど、恋愛の話が多かった印象。聞き入っている我々の笑いを誘う話も多くて、今回のツアーの満足度がとても高かった理由は池野さんのお話にあるといっても言い過ぎではありません。

というわけで早速移動開始。

まず最初に見えてきたのは池島石炭火力発電所の跡。

炭鉱はとにかく電力を必要とする上に、炭鉱内で停電が起きるととても危険という背景からここで島内の電力を発電しています。さらに発電時の熱を使い海水を淡水にする海水淡水化装置が日本で初めて導入されており、飲料水の確保に加えて沸かした湯を島内の銭湯(5箇所)へ供給していました。今は潮風によりかなり腐食しているものの、建物形状がまだ保たれています。

郷集落

火力発電所を過ぎて上り坂に差し掛かると郷地区という集落に入ります。

郷地区(東ノ郷)を上から見る
郷地区の下側

郷地区は炭鉱開発以前から存在した池島本来の集落であって、池島炭鉱ができてからは島内でもっとも賑わっていた地区。東ノ郷と西ノ郷から構成され、池野さんは西ノ郷出身です(家も視認できた)。東ノ郷には商店街、パチンコ、スナック(5件ほど)あり、また映画館や焼き鳥屋などもありました。

かつての繁忙のあとはすっかり緑に飲み込まれてしまっていますが、まだ原型を留めている家屋も見られました。

炭鉱住宅 アパート群(屋外)

アパート群へ
緑に覆われるコンクリートは良いものだ
アパートの中へ

第1竪坑櫓(直立形状)を過ぎると、炭鉱に務めていた人やその家族が住んだアパート群に入ります。話によるとアパート群は50棟以上あるとのことで規模が大きすぎる。ほとんどは役目を終えて草木に覆われているものの、1棟だけはまだ人が住んでおられます(ツアー係の人など)。

※ここでいう竪坑とは炭鉱内へ入るための移動手段の一つ(他には斜坑がある)で、地下まで垂直に穴を掘り、穴の上に竪坑櫓という櫓を建てます。竪坑櫓の中にワイヤーで吊るしたケージを滑車で巻き取る形で、人員や石炭を地上と地下で上げ下ろしする機構となっています。要は巨大なエレベーターですね。

平時でもアパート群の建物の間を縫うようにして散策することはできますが、ツアーではこのうちの手前側の屋内に入り、階段を上って最上階の部屋を見学できます。屋内は立入禁止なのでツアーでしか入れません。

炭鉱住宅 アパート群(屋内)

階段廊下にダストシュートあり

屋内の様子はこんな感じで、外観と同じような無機質な印象を受けます。コンクリート剥き出しの造りは昭和に建てられた昔の団地や、小学校の外階段などで似たような造りを見ました。

構造としては1階から上方に階段が伸びており、階段の左右に部屋が配置されていますが廊下はありません。つまり現在のアパート・マンションでよく見かけるような「建物の両端に階段があり、水平に伸びた廊下から各部屋に入る」という形式ではない。従って2軒隣の部屋に行くには1階まで下り、別の階段を上りなおすことになります。

玄関扉にかけられた「安眠中」の文字。

炭鉱は24時間フル稼働の三交代制で、昼勤の人もいれば当然夜勤の人もいます。家主が寝ているときに訪問者がいると眠りが阻害されるので、つまりこれは就寝中だから起こすなという意味。

池野さんの話によれば夜勤の人が家に帰ってからまずやることは「酒を飲むこと」であり、酔った状態で寝ることになる。この状態で何かの拍子で他人に起こされると九州訛りで激怒する人が多いため、赤い札が掲示されているときは絶対に訪問してはいけないとのことでした。島を訪れるセールスマンもこの約束事は厳守していた様子。

部屋の様子
ベランダから屋上へ繋がる

そしてこちらが室内の様子です。

何よりも驚いたのが家具や家電、食器類などがある程度再現されていること。てっきり何も残されていない部屋だとばかり思っていましたが、年代を考慮すると生活感がほぼそのまま残されていました。玄関入口を除くと全部で3部屋あり、テレビやラジカセ、洗濯機、トイレ、台所、ポット、ストーブ、保安週間のポスター等々…。炭鉱仕事で一家を支える父親とその母親、そして子どもの家庭がここに住んでいたと思うと感慨深い。

室内に水道やトイレはあるがお風呂はなく、島内の銭湯に行く必要があります。また部屋のベランダからさらに屋上に行けますが、これは見学用に後から付けられたものです。

ふと壁を見ると、お父さんから池島小へ通う子どもに自分の仕事を紹介する手紙が展示されていました。

遺構のみが残されていて「むかしここにこういう施設があった」というだけのシチュエーションだと、あまり印象に残らなくて素通りしてしまいそうになる。しかしこういう形で作業員一人ひとりの記録、息遣いみたいな要素があると、炭鉱が活発だった頃の日常のワンシーンが頭に浮かんでくるようだ。

アパートの屋上の様子。見て分かるように元々屋上は設けられておらず、仮設の階段を上ることでしか到達できません。

北側を見る
南側を見る

屋上から眺めたアパート群。遥か遠くまで建物が連なっていることが分かります。

第1竪坑

先ほど述べた第1竪坑櫓が遠くに見える。

櫓の中にある円盤のようなものが滑車で、これでワイヤーを巻き取ります。

斜坑の入り口も見える(写真中央)

見晴らしのいい屋上から説明してくれる池野さん。

アパート群の東側の平地には各種の倉庫があったようですが、今では更地になっています。

長崎本土

ここで長崎県本土の方を見てみると、国道202号に青・赤・白色の計3つの橋が架かっているのが分かります。

これは明治時代に来日し、長崎県外海地区へのキリスト教布教のために尽力したマルコ・マリー・ド・ロ神父に由来しており、同氏の出身であるフランス国旗の色になっているそうです。ツアー前日にロードバイクで実際に通過したのでよく覚えていました。

8階建てアパート

車へ戻って進路を西へ。

アパート群を抜ける

アパート群の中を抜けていくと中央公園や銭湯があり、池島小中学校前の交差点付近にはかつて二階建てのスーパーマーケット(池島ストア)、その向かいには市場(長崎市設池島総合食料品小売センター)がありました。いずれも現在は更地になっていて痕跡が見当たりません。

市場では弁当等を販売しており、自炊するのが面倒だったり夫婦喧嘩したりした場合は食事をここで買います。

8階建てアパートの裏側

さらに西へ進むと今度はエレベーターなしの8階建てのアパートが登場してきました。さっき上った通常アパートが4階建てなので2倍の高さということになる。徒歩のみで8階の上り下りは大変な苦行になりそうだが…。

と思っていたら上の写真に見えているのは実はアパートの裏側。8階建てのアパートは斜面に建てられていて、裏側の道路は連絡橋を介して5階に直接繋がっています。従って5階以上の住人は表側の道路ではなくこちらから出入りすれば多少楽になるというわけです。

なお昔は小学生が連絡橋の下の鉄骨を遊具みたいにして遊んでいたらしく、今思えば相当に危険。万が一落ちたら確実に死ぬ高さだ。

階段入口

この8階建てアパート群の南側には第2竪坑へ続く長い長い階段があって、階段上の看板には下る方面に「御安全に」、上り方面には「御苦労さん」と書かれています。またこの階段ではこれから働きに行く人と仕事を終えた人がすれ違いになるため、お互いに声を掛け合っていました。

第2竪坑

そしてその次に向かったのが、第2竪坑(第1とは異なりやや斜めの形状)です。こちらも通常は立入禁止区域になっています。

この時間帯暑すぎてしんどかった
第2竪坑の建物
櫓がやや傾斜しているのが分かる

第2竪坑は10年前くらいまでは中に入れたみたいですが、現在は建物前の広場前から見学。1階が銭湯で2階より上に電気室や集中管理室もありました。

建物前に佇む女神像「慈海」は、長崎平和公園の像をつくった北村西望の弟子・武冨敏治氏による制作。かつて坑道があり、今も石炭が埋まっている兄弟島の蟇島(ひきしま)方面を見つめています。

第2竪坑への道中から見える蟇島の遠景。

蟇島周辺には今も100年分以上の石炭が埋まっていて、つまり日本近海にはまだまだ資源が眠っているということ。今後、石炭が必要になった際も安心できるかもしれない。

さて、池島港から出発したツアーはこれで折り返しとなります。あとは車に戻って港の方へ戻っていきます。

先ほど裏側を眺めた8階建てアパートの表側の様子。正面からだと8階分の高さがダイレクトに感じられてとんでもない迫力だ。手前の車と比較するとその巨大さが分かりやすいです。

隅々まで見てみると平面よりも凹凸が多い造形で、全体的にコンクリート構造であることも含めてアパート感があまりない。どこかモダン的で、地方の小学校のような懐かしさが漂っている。

交差点近くの池島小学校及び中学校は、なんと現役の学校だと聞いてびっくりしました。小学校と中学校に在校生がそれぞれ一人ずついるものの、この二人が卒業すると廃校になってしまいます。

校舎の建物がめちゃくちゃデカいのは別に錯覚ではなく、池野さんの時代の全校生徒は一学年5クラスで最大1800人。なるほどここまでの規模の学校が必要になるし、アパート群もあれほどたくさん建つわけだ。

小中学校前の道路を東へ向かい、道路の北側にある公民館的な建物が池島中央会館。

池島唯一無二の宿泊施設であり、素泊まりで泊まることができます(なお島内に食料品を買う場所は無し)。聞くところによると調理場にはレンジ、ポット、冷蔵庫、コンロなど一通り揃っているため自炊は問題なく行えるほか、大浴場やWi-Fiもあります。今回のオプションツアー参加者の中にもここに前泊された方がみえました。

ボウリング場とレストラン・喫茶店の跡。壁に書かれたペイントでボウリング場だと分かるのがいいですね。

他にもテニスコート、サッカー場、レストラン、プール(3箇所)、歓楽街などありとあらゆる店が島内にあったとのことで、現在の島の様子からは想像できないほど充実していたことが理解できました。ただ昔の池島の写真を見ると建物の数がとても多いのですが、現在はほとんど撤去されてしまっており少し寂しいです。諸行無常感を感じる。

オプションツアー終了

池島港に帰還。

そんなこんなで、池野さんによるオプションツアーはこれで終了となります。島内のあちこちを巡った割には体感時間がとても短かったけど、池野さんのお話の面白さと景観の素晴らしさがマッチした結果だと思っています。

徒歩での池島港周辺散策

で、帰りのフェリーの出発時間まではまだ30分ほど余裕がある。残りの時間は徒歩で港周辺を歩いてみることにしました。

センター近くにはヤギが飼われていたり、こじんまりとした畑があったりと今でも生活されている方の存在を感じました。

石炭火力発電所あたりまで歩いてきたところで、帰りのフェリーが島に近づいてくるのが遠くに見えたため割と焦る。

唯一残っている銭湯「池島港浴場」
島内には猫が多い
池島港 待合所

ダッシュで港まで戻ったので無事にフェリーの切符を購入できました。オプションツアー参加者だけでなく午後コースのみで各自島内散策していた客もこの便に乗るようで、比較的多くの人がいたと思います。

出港
離れていく池島

時間通りに長崎本土・瀬戸港に帰還し、この日の行程は終了。長かったようで実は短かった半日が終わりを迎えました。

おわりに

当時の並の会社員よりも高い給料を得ることができ、石炭を掘れば掘るだけ自分の生活が、そして日本が豊かになっていった高度経済成長期。

その舞台となった池島ではどんな人がどういう仕事をしていて、どういう生活をしていたのか。今回のツアーで池島の賑やかな生活の一部を垣間見れたような気がしました。いずれはすべてが島の自然と一体となって消えていくかもしれないけど、その前に池島の風景を海風と一緒に感じられたことを嬉しく思います。

コースを選ぶ際の自分のおすすめとしては、やはり午後コースにオプションツアーをプラスした今回の行程が良いと思います。より多くの景色を素敵な解説付きで巡れるのでお得そのものでした。

おしまい。


本ブログ、tamaism.com にお越しいただきありがとうございます。主にロードバイク旅の行程や鄙びた旅館への宿泊記録を書いています。「役に立った」と思われましたら、ブックマークやシェアをしていただければ嬉しいです。

過去に泊まった旅館の記事はこちらからどうぞ。

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • 読み応えありました。
    鉱山住宅も入れるように残っているのは素晴らしいですね。昔日の人々の暮らしの記憶そのものです。
    バッテリートロッコは私も別な鉱山で乗せてもらったことがありますが、あのガタガタした乗り心地に郷愁を感じます。近年は坑道が残っていてもバッテリーカートに置き換わっていたりしていますから現役は貴重です。
    鉱山+鄙びた旅館といえば、私はいつか宮城県の細倉鉱山と氏家旅館の組み合わせを訪れたいと思っています。
    函館編も楽しみに拝見します。

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