今回は、長野県山ノ内町にある湯田中渋温泉郷、その中心部である湯田中温泉のまるか旅館に泊まってきました。
湯田中渋温泉郷は多くの温泉から構成されている一帯で、湯田中温泉は長野電鉄長野線の終着駅「湯田中駅」周辺の一角にあります。その地区は湯田中、新湯田中、星川、穂波、安代と5つに分類されていて源泉の数が多く、また宿泊施設についても巨大なホテルから家族経営の小さな旅館まで、これまた幅広いのが特徴の一つ。今回泊まったまるか旅館は、その湯田中温泉の中心部を通るかえで通りの曲がり角にありました。
ご主人に伺ったところ、旅館として始めたのがご主人の父で創業60年ほど。しかし建物は100年以上前のもので、話によれば明治時代とのことです。
建物は玄関がある本館と、後から建てられて現在では宿泊者がメインで泊まることになる別館(仮称)から構成されています。両者の間には池があって、別館からは池を見下ろす形で展望が良さげな様子。
外観
まずは外観から。
国道292号から湯田中温泉方面に左折し、川を渡って坂道を進むとかえで通りに入ります。
そこから「湯けぶりの足湯」周辺で通りは左に90°曲がる形になるのですが、この曲がり角にあるのがまるか旅館。通りから見えるのが本館で、建物としてはそこから右手方向に伸びている形になります。
本館の前を進むと池があって、ここからはまるか旅館の全容を見渡すことができます。
玄関は本館のほぼ中央部にあって、その上の庇は真っ直ぐではなく斜めになっていました。
本館は玄関より左側部分が少し奥側にあるようで、それに合わせるためにこのような形状になっているっぽいです。
本館
本館1階
車で訪れた場合は本館の裏手に駐車場があり、そこに車を止める形になります。というわけで、ここからまるか旅館の内部へ入っていきました。
宿泊前には屋根に固まった雪を業者さんが下ろす作業をしてましたが、これは雪は長く積もったままだと凍ってしまうからだそうです。今回はその氷の上にさらに雪が積もっていて、雪国ならではの苦労が少し見えました。
玄関土間はかなり広く、向かって右手方向に靴箱があります。
玄関左にフロントと厨房があり、特にフロントには誰かしらが常にいらっしゃる様子でした。旅館の方はご主人と女将さん、それにご家族の方?が何人かいらっしゃるようで、全員がとても親切で過ごしていて気持ちが良かったです。
ここでちょっと追加の話をすると、湯田中温泉では共同浴場の湯田中大湯が共同浴場番付で東の横綱になっているくらいに有名です。
しかし、共同浴場といっても入ることができるのは地元の温泉組合員に加えて湯田中温泉の宿泊者だけで、宿泊施設で借りることができるカードキーを大湯の入り口に差し込むとロックが解除される仕組みになっています。そのカードキーはこのフロントで借りることができて、しかも石鹸やシャンプーなどの温泉セットも一緒に借りられるという親切さ。
そんなわけなので、まるか旅館に宿泊した際にはぜひ大湯にも入りに行くことをおすすめします。なお温度はかなり熱めなので、冬の寒い時期に入るのが良さげでした。湯船は低温と高温の2つあって、特に高温の方は本当に熱いです(入れて1分くらいでした)。
以上、湯田中大湯の話おわり。
建物が右奥方面に連なっている関係上、客の動線も当然ながら右手方向へと移動していく形になっています。
玄関の右横には休憩室があり、その奥には旅館の方が過ごされている居間が、その手前には折り紙などの作品が展示されていました。近くには神棚もあったりして旅館のメイン部分な感じが伝わってきます。
それにしても、この構造が非常に分かりやすい。
玄関土間から玄関ホール一帯の見通しがいいためにどこへ進んで良いのかが理解しやすく、迷う心配が少ないことに繋がっています。置いてあるものも少なくないですがどれもきれいに整頓されており、パッと見ただけでも印象が良かったですね。
玄関ホールから引き戸を開けた先の休憩所はこんな感じで、休憩所というより談話室といった方が正しいかもしれない。ファンヒーターやプリンターに加え、蜂の巣やだるま、絵などが置かれています。
この雑多な感じが談話室としてちょうどいい雰囲気を演出しているような気がする。綺麗すぎず汚くもない絶妙な感じ。
奥へ進んでいくと温泉や別館に繋がる廊下と、本館2階へと向かう階段があります。
この階段周辺の雰囲気が自分は一番好きで、特に階段の古びた感じがもう最高。階段の片方が壁、片方がそのまま空中になっている昔ながらの構造といい、天井に穴が開いていてそこへの繋がり方といい好きな要素ばかりです。
階段の裏手には厨房への出入り口や箪笥類、それに洗面所がありました。
洗面所もまた今ではなかなかお目にかかれないようなもので、正面のすりガラスや流し部分の経年劣化した感じ、タイルで構成された水槽部分、そして洗面所の大枠を形作る木の柱など。「色々各所を手直ししてますが、本館はあまり変わっていないです」との言葉の通り、古い建築様式がそのまま保存されている点が素晴らしいと感じました。
本館2階
それでは階段を上がって2階へ。
本館の1階部分は主に旅館の方の部屋になっているのに対し、2階の部屋は客室に割り当てられています。
階段を上がった先にはトイレや洗面所があり、客室は向かって左側にありました。
客室はこんな感じで、場所としては玄関の真上にあたります。広縁部分はどうやら後付なようで角張った形をしていますが、冷蔵庫があったりと居心地が良さげ。
ただ、本館2階にはこの他にも複数の部屋があるもの、客室として用いられているのは2部屋だけのようでした。他の部屋については、物置のように色々なものが置かれていました。
なので、現在では客室として客が泊まるのはもっぱら別館の方になるようです。
別館
別館までの廊下
続いては、本館1階の廊下を進んで別館へ。
本館から別館までの道中には階段が多く、また曲がり角が多い廊下を進んでいくことから探検チックな要素を感じました。本館に比べて別館は少し高い位置にあるようで、「後から建築された感」が分かりやすいといえます。
まず、真っ直ぐな廊下を進んでいくと温泉の前に着きます。
位置的には本館と別館の中間地点にあって、ここに温泉があるために本館・別館どちらに泊まってもアクセスしやすいです。
温泉の前にある廊下の先、最初の階段を上がるとここに一部屋だけ独立した部屋があって、名前は「うぐいす」。もともとは客室として使われていたようですが、今回の宿泊時はここが食事部屋になっていました。公式サイトには「ご利用スタイルに応じた料理を、客室とは別の個室にご用意いたします」とあるので、ここが食事部屋になっているようです。
まあ厨房が本館玄関に近い場所にあるので、長い階段を渡って別館に食事を運ぶよりはこっちの方が何倍も楽。
ここだけ部屋備え付けの洗面所があったり、見たこともないような古いタイプのエアコンがあったりと印象に残る部屋でした。
うぐいすの部屋を過ぎ、階段を上がって廊下を進んでいった先に別館があります。
別館1階
別館には計5つの客室があり、まず1階にあるのが「志良梅」「さつき」の2部屋、そして2階にあるのが「若草」「かすみ」「花菖蒲」の3部屋です。
別館に入るとまず左手方向に2階への階段があり、階段の脇には洗面所、その奥に男女のトイレがあります。廊下はその右手方向に続いていて、今回泊まった「さつき」の部屋はこの奥にありました。
階段や洗面所は本館と同じようにタイルが主に使用されており、特に洗面所については所々にサビが出ていたりと歴史を感じさせる見た目をしています。なお、この廊下には大きめの暖房器具(名称不明)が置かれていて、夜になると稼働するので寒さについては問題なかったです。
別館は1階・2階ともに池側に客室が面していて、その反対方向に廊下が一直線に走っているという分かりやすい構造をしていました。
なお、客室については廊下との境にまず鍵付きの引き戸があって、その奥に踏込、そしてその奥が襖戸になっていて開けると客室があるという流れになっています。
泊まった部屋
今回泊まったのは、別館1階の突き当たりにある「さつき」の部屋です。
広さは8畳あって、畳の部分に加えて広縁がある豪華な造りになっていました。
投宿した時点ですでに布団が敷かれており、設備としてはエアコンやテレビ、ポット、ガス直結式のファンヒーター、冷蔵庫などがあります。
端っこの部屋ということで4面中2面がガラス窓になっていて、特に左側の窓については障子戸の外側にいい感じの高さの段差がありました。
広縁部分は幅・奥行きともに十分あり、椅子も2つあるのでくつろぐには最高の空間。特に幅については畳以上に大きく、すぐ横のガラス窓が大きくとってあることも含めてかなりの開放感を感じます。
この木の椅子もまた座り心地が絶妙で、ここに座って茶を飲んでいると無限に時が過ぎていくように思えてくる。主室の畳の上に座ってまったりするのとは違う味の良さがあります。
別館2階で見たのと同じように、客室内の窓枠も全て木枠になっています。広縁横の窓については網戸を含めて3枚の窓が並んでおり、手入れがいいのか開け閉めはスムーズに行えました。
というか、やっぱりここがアルミサッシじゃなくて木枠というだけでも、古いままの造りがよく残っているなと思います。風雨にさらされるのでたぶん真っ先に劣化が進む場所だろうし、それが全部残っているというのは希少なのではないだろうかと。
ここで見取り図があったので、今まで歩いて散策してきた脳内マップと照らし合わせたりしてました。
本館の造りに比べて別館は廊下が長く、池の向こう側の小高いところに後から建てられた感がよく分かります。
なお、さつきの部屋からは木が若干邪魔になっていて本館がよく見えませんが、隣の志良梅の部屋からは池越しの風景がよく見えます。
こうしてみると、本館に比べて温泉の棟がこじんまりとしていてかわいい。
別館2階
次は別館の入り口付近にあった階段を上がって、2階を散策してみます。
別館2階の雰囲気は1階とはまた少し異なっていて、全体的に木や石が多い造りになっていました。まず床が絨毯でなく石を敷き詰めたような感じになっているし、そこには木製の歯車が埋め込まれている。
これはどうやら水車の部材を転用してきたもので、Twitterで教えていただいたところによれば「客としっかり噛み合って末永く続く」ことを意味した縁起物だそうです。他にも有名な渋温泉の金具屋でもこのような造りが見られるらしく、自分が今までに泊まった中では、すぐ近くにある角間温泉の越後屋旅館で見覚えがありました。
そういえば、壁や木の様子なんかもどこか越後屋旅館と似ている節がある。
角間、渋、そして湯田中。
この歯車は湯田中渋温泉郷の中で共通して見られる独特な造りということで、この共通点を知ったときにはかなり興奮しました。特に、今まで泊まった旅館で似たような造りがあったことを思い出したのが個人的にはかなり良くて、鄙びた宿同士の関係性を実感できたのが嬉しい。
あとは、別館に付いている窓が全て木枠だったこと。
現代のように加工性や耐候性に優れたアルミサッシではなく、すべてが木製です。それでいて動きは比較的スムーズで、木製ということもあって手への馴染み具合が実に良い。やっぱり自分は木が好きですね。
温泉
ひとしきり散策した後、寒くなったので温泉へ。
まるか旅館には温泉が内湯と家族風呂の2種類あり、いずれも24時間入ることができます。なお内湯はこんなご時世なので貸切風呂形式になっていて、入る際には入り口の札をひっくり返して「入浴中」にしてから入るという形でした。この札になっている間は、他の人は入ってきません。
なので、内湯・家族風呂どちらにしても貸切状態で入れることに変わりはないため、もっぱら内湯の方に入ってました。
内湯は湯船が一つ、洗い場が一つというシンプルさを極めたような造り。
浴室の床や壁はタイル張りの構造になっており、源泉かけ流しの湯がとめどなく注がれているので溢れた分が連続的に外へと流れ出ています。温泉旅館という建物の中ではほとんど全てが静止していますが、「源泉かけ流し」だとここにだけ動きが生まれている。そういう意味もあって、この浴室全体の新鮮な感じが心地いいと思えました。
まるか旅館の温泉は源泉名前が共益会12号ボーリング、泉質はナトリウム-塩化物温泉(弱アルカリ性低張性高温泉)となっています。源泉温度は93.5℃と激熱ですが、今回入ったときには外気温の寒さのおかげで実にちょうどいい温度でした。
例えば夏とかに入るのであれば水を入れないと厳しいかもしれませんが、冬場にはある程度温度が下がってくれるので入りやすくなります。
タイルの古びた感じとか、乾いたタイルが温泉で濡れて変色している様子とかがレトロ感を増幅させている。
また、全体的に淡い色使いになっている点も好きになりました。目に見えて派手な色がないぶん、温泉に入っている間のリラックス感もより満足できるものになるような気がします。それでいて湯船の中だけは優しい水色になっていて、聞こえてくる外からの音はほとんどない。
この内湯の雰囲気が良すぎて、滞在中は何度も入りに行ってました。
家族風呂は内湯の隣にあって、広さは内湯よりも少し小さめです。
浴室の造りなど、基本的な部分は内湯と同じようになっています。
あとは…こんな部分に着目するのは自分だけだと思うけど、温泉のドアが独特だったので気になりました。
廊下と脱衣所、それから脱衣所と浴室を隔てているのは上に示したような開き戸で、そこに単純なドアノブが付いています。ただドアノブといっても一般的なひねるタイプではなく、ただ単純にノブを持って押したり引いたりするなかなか見ないタイプでした。
これの何が良いのかというと、温泉に出入りするときに音が立たないということ。
一般的なドアだと鍵の部分がカチャっていう音がすると思いますが、ここではそれがない。廊下からスムーズに浴室までアクセスできることに加え、この構造が静寂な温泉の雰囲気を壊さずに保っていると感じました。風がちょっと吹いたりすると若干開いたりもしますけど、現代では見かけない素敵な造りが好きになったという話。
夕食~翌朝
夕食は、先程訪れたうぐいすの部屋でいただきました。
夕食は天ぷらや刺し身、塩焼きに加えて豚しゃぶがセットになっている豪華な内容。味付けは素朴そのもので、温泉にがっつり入ったあとでいただく食事ということもあり満足できました。
夕食の後は再度温泉に入った後、就寝。
翌朝。
若干の寒さに目が覚めて外を見てみると、昨日はなかったはずの積雪がありました。夜中の間にそこそこ雪が降ったようで、窓の外の景色が様変わりしているのが実に雪国らしい。
朝風呂としてまず温泉に入りに行き、その後は朝食の時間です。
朝食はこんな感じで、旅館ならではの全品がおかずとして強力すぎる内容。
というか、朝起きていきなり朝風呂に行くとお腹がかなり減ります。寝ている間にそもそも空腹になる上に、温泉に入ることによって空腹感がさらに増幅される。
よく旅館の朝食はご飯が何倍あっても足りないと言われるけど、特に温泉旅館に泊まるとそれが顕著だと思います。今回も気持ちよく満腹になれました。
朝食後は二度寝を決め、思いっきり快眠した上で宿を発ちました。
おわりに
湯田中渋温泉郷は旅館の数はもとより温泉の数も多く、日帰り温泉も充実していることから楽しみ方が無限大にあるところ。なので、冬になればとりあえず温泉入りに行ってみるかという気持ちになりやすい場所の一つです。
湯田中温泉はその中でも中心地的な立ち位置にありつつも、今回泊まったまるか旅館のように静かな時間を過ごせる旅館がある。もともと冬場って騒がしくない平穏な季節ですが、まるか旅館での滞在はより一層気分的に落ち着くことができました。
有名な湯田中大湯にも入りに行くことができるし、内湯ももちろん十二分に温まることができて一石二鳥。大箱な旅館でない分、それぞれの時間を大事にできる旅館だと感じました。
おしまい。
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