今回は、紅葉の時期に八甲田の谷地温泉に泊まってきました。
青森県の名峰、八甲田山の周辺には十和田湖や奥入瀬渓流をはじめとした豊かな自然が広がっており、それに関連して多くの温泉があります。その中でも今回宿泊した谷地温泉は「日本三秘湯」に分類されていて、秘湯=静かで過ごしやすいというイメージを想像していた自分としては、以前から訪れたいと思っていました。
ただ、その訪問時期が都合によってずるずると先延ばしになってしまい、当初は夏予定だったのがいつの間にか秋になってました。そこで秋ということは紅葉が綺麗なのでは?という考えのもと、雪が本格的に降り出す前に宿泊したという流れです。※谷地温泉の公式サイトを見てみても紅葉の写真がバーンと載せてあるので、もともと谷地温泉は紅葉が有名なのかも。
谷地温泉へのアクセス
この日は弘前市街を出発し、十和田湖と奥入瀬渓流を経由してロードバイクで谷地温泉を目指しました。
ただ、ほんの一週間前には谷地温泉~酸ヶ湯温泉間が通行止めになるという雲行きが怪しい展開。しかし当日は十和田湖周辺の一部区間が凍結のために通行止めになっていたくらいで、ほぼほぼ想定内のルートで谷地温泉まで到着できました。
谷地温泉周辺の環境を端的に言い表すと、見渡す限りのブナ林が広がっています。
目の前を走る国道103号線は交通量こそ比較的多いものの、それ以上に山としての奥深さに飲み込まれそうになってくる。道のすぐ脇から林が始まっているので、「自分は山の中にいる」というのをとても実感しやすかったです。
谷地温泉はそんな道の延長線上にあって、ちょうど紅葉しているブナ林の中にひっそりと建っている旅館。第一印象はそんな感じでした。
国道103号と国道394号との分岐に谷地温泉の看板があり、そこから400mほど上に進んだところに建物や駐車場があります。
アクセスとしてはこれらの国道を通ってくるほかにルートがなく、青森県内では標高の高いところにあるので運転には多少注意が必要かと思います。ただし谷地温泉の送迎を利用する方法があったり、八戸駅や青森駅/新青森駅から発着している路線バスでもたどり着くことが可能なので、必ずしも運転を要するわけではありません。なので、立地の割にはアクセスがいい旅館と言えます。
ところで、今回の日程は紅葉という意味では本当に当たりでした。
紅葉のピーク自体は少し過ぎてしまっていたものの、周囲のブナ等の色づきははっきりと残っています。ここまで来る道中でもそれを確信していたのですが、こうして建物と一緒に紅葉を目にすると感動もまた一段と大きい。
ちなみに駐車場のすぐ横には谷地湿原という湿原があり、ちょっとした展望台があるのでそこから眺めることができます。
分岐からここまで上ってくる途中にもずっと横目に見えてましたが、湿原は林の向こうに位置しているのでアクセスすることはできないようです。展望台からはその一部だけが見える感じ。
谷地温泉の外観
谷地温泉は本館、浴場、西館、東館の建物から構成されています。
なお、駐車場の裏手にちょっとした高台(登山道の入り口)があり、ここからは谷地温泉の全体を見渡すことができます。以下の写真はこの高台から撮影しました。
本館は谷地温泉に到着して真っ先に目に入ってくる建物で、木造2階建て。手前(上の写真では左)には食事処があり、夕食や朝食はここでいただく形になります。
谷地温泉は日帰り温泉も営業しているため、本館1階から浴場は日帰り客も入ることができますが、それ以外は宿泊客しか入れません。
宿泊棟は本館の奥側に続いており、順に西館、東館となります。
こうして高台から眺めてみるとよく分かるんですが、谷地温泉は建物のすぐ横までブナの森が迫ってきている。人が多い町はもちろんのこと、交通量の比較的多い国道からも距離は離れていて余計な音が一切しない。これが個人的にグッと来ました。
温泉を選ぶにあたり、温泉自体の特徴と同じくらいに気になるのが旅館が建っている環境じゃないかなと思います。温泉が多数集まって街を形成しているところもあれば、その正反対で世間からは隔絶された場所にぽつんと建っているところもある。そういうカテゴリーで考えてみると、谷地温泉はまさに静かな一軒宿の温泉。
こういう旅館が好きな自分としては、この立地こそ求めていたものでした。
玄関は本館1階にある売店と帳場へ続くものと、直接食事処へ向かうものの2箇所。
両者は入ってすぐ奥で繋がっているので、これらを分けている理由は特にないようです。
谷地温泉に来るまでは全然知らなかったんですが、合計3匹くらい猫がいます。
さすがにこの極寒の地で野生だとは思えないし、お触りOKなくらいには人馴れしているので谷地温泉で飼っている猫のようです(かわいい)。温かい時間帯には玄関周辺でのんびりくつろいていたので、運が良ければ会えるかも。
なお、参考用までに到着した時点(15時)での気温は約9℃と、思っていたよりは寒くありませんでした。標高800mとはいえまだ10月だし、結果論になるけどがっつり冬装備を持ってこなくても良かったかも。
谷地温泉の館内
本館1階
谷地温泉のチェックイン開始時間は15時で、到着したのが14時45分。
秋や冬になると暗くなるのが本当に早くなるので、旅館に宿泊することを前提としている場合にはさっさと到着しておくのが正解。暗くなってから行動するのは色んなトラブルの要因になりかねないので、道中の散策の時間を考慮しながら予定通りのタイミングで到着できました。
外でまったりするのは寒いのでこれくらいにして、まずはチェックインを済ませることに。
2箇所ある玄関のうち、右側の方に入るとまず売店があります。
その奥には帳場や待合室、日帰り温泉の券売機や自動販売機などがあり、買い物自体はここで行うことができます。また、谷地温泉周辺は携帯が圏外になる一方で帳場付近だけはWi-Fiが使用可能でした。逆に言うと、帳場以外ではどうあがいても外部との連絡がつきません。
八甲田周辺ではそもそも電波が繋がりにくいので、例えば別行動で現地集合みたいなケースでは要注意かもしれません。実際に帳場で客が「酸ヶ湯温泉方面から来る同行者と連絡がとれない」みたいな会話をしていたし、そのへんは気をつける必要があるかと。
日帰り温泉の時間帯はひっきりなしに温泉客が訪れてくるため、売店や帳場は結構混雑してました。
これは温泉についても同様で、少なくとも男湯の方は湯船に入るスペースがないくらいに人でいっぱいになります。逆に日帰り温泉が終わってからの時間は貸切状態か、多くても一度に3人程度で実に快適でした。
なので、谷地温泉にゆったりと入りたいという場合には宿泊するのがおすすめです。これは谷地温泉に限ったことではなく、部屋数が比較的少なくて宿泊者の数が限られるところはだいたいそんな感じ。
無事にチェックインを済ませて館内の説明を受けました。
谷地温泉全体の見取り図は上に示す通りで、客室数は本館が19、西館が7、東館が源氏の間(瀬戸内寂聴先生が源氏物語第九巻を執筆した部屋)を含めて9。造りとしては本館が古く、西館や東館は本館よりは新しい…ようですが内装はそれほど差がありません。
本館だけは2階建てになっており、各階にトイレや洗面所があります。
帳場横の通路を入ったすぐのところには下駄箱があり、日帰り温泉/宿泊を問わずにここでスリッパに履き替える形になっています。ただし帳場や売店、食事処はスリッパのままで歩き回ることが可能。
洗面所の水についてはすべて八甲田の湧き水を流しているので、ちょっと喉が乾いたなというときにはゴクゴク飲むことができます。これがまた冷たくて本当に美味しく、特に湯上がりのときに飲むともう格別。八甲田の山中で濾過された純度100%の水が身体を潤してくれる。
どのタイミングで飲んでも満足できるので、部屋にいるときは水ばっかり飲んでました。
本館2階
本館1階の突き当りに階段があり、ここを上ることで2階へと続いています。
本館2階は真ん中にぶち抜きで廊下が走っており、その左右に客室があるという昔ながらの湯治スタイル。正面に向かうと洗面所やトイレがある以外は至ってシンプルな構造になっているので、特に迷うことはありません。
ただ、気をつけなければならないことは谷地温泉の本館はかなり古くからある建物だということ。階段を上っていく途中で観察しているとよく分かるんですが、2階の廊下はなんと板一枚のみ。これに直角する方向に細かい梁が通っているだけなので、廊下を歩くとめちゃくちゃ軋んで大きな音が鳴ります。
客室間の壁も非常に薄いことを考えると、例えば深夜に起きて温泉に入りに行くという場合には音への配慮が必要です。
今回泊まった部屋がこちら。
本館2階の端に位置する28号室で、広さは8畳。部屋に着いた時点ですでに布団が敷かれていました。
建物の端に位置しているので隣の部屋は一つしか無いため、個人的には音を気にする心配が少し減ったという意味で当たりの部屋。さらに隣の部屋の人は基本的に無音だったので、結論としては一夜を通じて音に悩まされることはありませんでした。
設備はテレビや暖房、それにポットがある程度で、あとは廊下から入ったらすぐに部屋があるという風に至ってシンプルな湯治部屋です。部屋によっては布団ではなくベッドのところもあるようで、足腰が悪い人への配慮も行き届いている様子でした。
すでに述べたように、谷地温泉全体で携帯は圏外になるので基本的に使う機会はなし。テレビも音量を小にしてから見るくらいで、部屋にいてもやることといえば昼寝か荷物の整理くらいしかありません。なので、旅館での滞在時間のほとんどは客室でなく温泉で過ごしてました。
浴場前、西館、東館
本館を散策し終わったところで、次は本館の奥に向かってみます。
本館から連絡通路に出た先には分岐があり、左に行けば西館、右へ進めば温泉への入り口を経て東館へと行くことができます。
右へ進むと男湯、次いで女湯に続いている廊下があり、さらに奥へ進むと東館がありました。
こうして見るとかなり奥まった構造になっているように思えますが、実際には温泉への行き来は非常に楽です。そもそも本館、西館、東館のどれもが浴場を中心に配置されているので、ちょっと温泉に入りたくなったら間を置かずにアクセスすることが可能。
館内がめちゃくちゃ広いと温泉に行くまでに身体が冷えてしまったり、逆に部屋に戻る前に寒い思いをしてしまう、というケースがありますが、谷地温泉ではその心配が少ないと言えます。
温泉
これで一通り館内の散策が終了したので、後はもうひたすらに温泉を満喫するだけ。
チェックインの時間が早かったおかげで夕食の時間まではだいぶ余裕があり、しかも秋口なので寒いというシチュエーションが温泉への誘惑を掻き立ててくれます。というわけで早速温泉へGO。
谷地温泉には当然ながら男湯と女湯があるのですが、両者は一日のうち17:30~20:30の間のみ入れ替わります。つまり、その時間帯を把握しておけば両方の温泉に入ることができます。
いずれの温泉も基本的な構成は同じで、「下の湯(霊泉)」と、「上の湯」、それに洗い場から成っているのが特徴。源泉の数は4つで、内訳は下の湯/上の湯が2つと上がり湯用の流量が多いのが2つです。
男湯に関しては、
- 下の湯…谷地温泉の真下から引いている、ほぼ透明の湯で38℃。足下自噴。泉質は単純硫黄温泉「硫化水素型」(低張性弱酸性温泉)
- 上の湯…谷地温泉から少し離れたところから引いている。白濁の湯で42℃。泉質は単純温泉(低張性弱酸性低温泉)
となっています。
浴槽はそんなに広くなく、下の湯/上の湯ともに6人も入れば一杯になってしまうほど。洗い場も一度に使えるのは3人が限度なので、日帰り温泉客がいるタイミングだとなかなか湯に浸かれない場合もあるかもしれません。
入り方としてはまず下の湯にじっくりと浸かった後、上の湯に入ることで短時間で身体を温めてから出るというスタイル。
38℃の方は冗談抜きに何時間でも入っていられるほど気持ちがよく、○分程度入ろうかな…と考えるというよりは「湯から上がるタイミングを見失う」というのが正しい。温度が温度なので秋とか冬だと寒いのではと心配していたものの、全然そんなことはなかったです。むしろ僅かな熱が時間とともに身体の芯まで浸透していくような気分になり、自然と目を閉じて長湯してしまう。
文字通り時間を忘れて1時間ほど無意識に下の湯に入った後、上の湯へと移動するとその落差に驚く。温度的にはそれほど差はないはずなんですが、身体が一気に温まるので自分だと汗をかきました。
そんな風に温まった身体をキュッと癒やしてくれるのが先に述べた八甲田の名水!どの洗面所からでも直に飲める水が湯上がりだと抜群に美味しく感じます。
翻って女湯の方は、男湯よりも全体的に広いです。
浴槽の大きさも脚を十分伸ばして入れるくらいに幅があり、洗い場も浴場出入り口の手前側と奥側の二箇所あって便利でした。さらに言うと、この男湯/女湯が切り替わる時間帯というのが日帰り温泉が終了した後で、館内には宿泊客しかいない状況です。つまりこの広さを比較的少人数で堪能することができるので、それこそ気兼ねなく長湯ができるという感じ。
男湯の方は下の湯がほぼ透明だったのに対して、女湯の方では上の湯と同じく白濁しています。でも温度の方は38℃と低いのは同じで、この差は一体何なんだろう。
なお、男湯/女湯ともに9:00~10:00の清掃時間以外はいつでも入れるのが本当に嬉しいポイント。湯治向けと言われているのはこれが理由の一つだと思いますが、深夜だろうが朝方だろうが時間を選ばずに入れるというのが素敵でした。
ここでちょっと余談。
女湯の方に入れるのは時間帯的に夕食のタイミングと被るため、早めに夕食を切り上げて温泉に入りに行くのも選択肢の一つです。なぜかというと夕食後は温泉に入りに行く人が少なく、一人でまったり入りたいという場合におすすめだから。
現に私は夕食後(それでもかなり夕食に時間をかけていた)に1時間ほど入ったものの、最初から最後まで自分一人でした。
夕食
温泉で長湯をして体力を消耗したところで、それを補ってくれるのが谷地温泉の美味しい食事です。
谷地温泉では八甲田でとれたイワナが名物であり、今回予約した楽天トラベルでもイワナ推しのプランが揃っていました。せっかくなのでということで選んだプランは、イワナフルコースともいえる「岩魚料理の贅沢フルコースを堪能!骨酒1合付☆彡いわな御膳プラン【2食付】 」というもの。
これは一体何かと言うと、基本である鴨鍋や茶碗蒸し、ローストビーフといった献立に加えて
- イワナのお造り
- イワナの塩焼き
- イワナの天ぷら
- イワナのフライ
- イワナの骨酒
がセットになった、質・量ともにイワナを心から味わえる"イワナづくし"のプラン。用いられているイワナはなんと合計3匹分で、今までの人生で一度に食べたイワナの量を軽く上回るほどでした。
この料理たちが次から次へと食欲をそそってきて、自分でも呆れるくらいに酒も白米も消費が進んだ。
イワナをこれほど多彩な料理でいただくことができるなんて思っても見なかったし、特にイワナのお造りや天ぷら、これらの酒への相性が本当にいい。出来たてを運んできてくれるのでイワナの風味も効いていて、ありがとう、イワナ…という言葉が自然と口から出ていた。
極めつけは、イワナの骨酒。「イワナ料理をイワナの酒でいただく」という信じられない組み合わせもさることながら、料理と酒のダブルでイワナの味が脳を刺激してくる。しかも口当たりがとても良く、イワナ料理との親和性の良さがなおさら旨さを引き立てているという感じ。
思えば、谷地温泉で過ごす時間はすべてが八甲田の要素で占められていて、自分はそれを全身で味わってる。八甲田の温泉に浸かって、八甲田の湧き水で喉を潤して、八甲田の恵みであるイワナ料理をいただいて、さらにイワナを用いて作られた骨酒を飲んでいる。幸せってきっとこういうこと。
その場で注文できる料理もいくつかあります。
今回は追加で「ほたて貝焼みそ」を注文。これはほたてや卵、豆腐、海藻を混ぜて一緒に焼いた料理で、熱々の卵をほぐしてからまとめて食べるともう堪えられなかった。おかげで酒を追加で飲んでしまったけど、これは仕方ない。
夕食後はさっきも書いたように温泉に行ったり、昼寝をしたりn回目の温泉に行ったりしながら長い夜を過ごしました。やっぱり夜中に入る人は少ないみたいで、自分一人になる時間も多かったです。
翌朝
眠気覚ましに温泉に向かい、その帰り際に思い立って外に出てみました。
気温は2℃で、氷点下いってないのでかなり暖かいです。
この季節でも日によっては積雪してることもあるみたいですけど、今回は天候に恵まれたときに来れたっぽです。晴れているのに加えて凍結もないとか、重ね重ねになるけどこの日に宿泊を決めて良かった。
朝食では青森の白米をおかわりし、今日一日のライドに備えます。
備える必要があるくらいの重いライドにするかは置いておいて、温泉旅館での朝食はいつも以上に食べすぎてしまう。それは温泉に浸かるというプラス要素があるのもそうですが、温泉旅館での朝食はなぜか無性に白米を食べたくなるんです。
温泉にじっくり浸かって、しっかり食べて、しっかり寝る。やっぱりこういう生活が一番身体にいいのかもしれない。日常生活では思うように実現できていないこれらの黄金パターンが、この谷地温泉では実現できている。ならばお腹が普段以上に空くのも納得か。
そんなこんなで、谷地温泉での一夜はあっという間に終了。
山奥の温泉旅館で時間を忘れて温泉に没頭し、その後に待っているのは贅沢なイワナ料理。八甲田の山中に佇む谷地温泉では、いつもの生活ではできないような体験ができます。日常に疲れた方もそうでない方も、谷地温泉でのひとときが何よりもおすすめできると感じました。
おしまい。
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