【宇佐~玖珠~小国~杖立温泉~日田】ロードバイクで歴史ある石橋と旧国鉄宮原線の遺構を巡ってきた

今回は、ロードバイクで大分県の海沿いを出発して熊本県の山間部・杖立温泉を目指してきました。

やっぱり寒い季節は温泉でしょという気持ちになり、熊本県の中で訪問してみたかった温泉地・杖立温泉に宿泊することに決定。問題はその道中で、順当に大分方面から向かうか、アクセスの良い日田方面から向かうかで悩んでました。
ただ、そんな中で杖立温泉の近くには旧国鉄宮原線(みやのはる)の遺構が数多く存在していると知り、とりあえず旧国鉄宮原線の開始地点である玖珠町の豊後森から小国町経由で向かうことに。

さらに前回のライドで分かったこととして、大分県には魅力的な石橋が多いということをここで思い出す。これらの要素を繋ぐように走れば楽しんじゃないかと思って、大分県宇佐市から玖珠町に至り、杖立温泉を目指していきます。

このライドの翌日(2日目)からは連続して長崎県の壱岐島を訪問するライドを行うため、2日目は杖立温泉から日田まで走って輪行で離脱。1日目の獲得標高はそこそこ多いものの、終わってみれば大分県と熊本県の山間部の景色を満喫できるライドになりました。

というわけで早速出発。

もくじ

宇佐市院内の石橋

大分県宇佐市にあるJR柳ヶ浦駅。今日はここから南へ向けて走っていく。

今日は始発の電車に乗ってこの駅に降り立ったわけだけど、まだ早朝なのでかなり気温が低くて参りました。これからヒルクライム祭りになるからどうせ厚着しなくていいでしょとか余裕ぶっこいてたのが、最初の平地ゾーンのことを頭に入れていなかった。

通学する学生を横目に見ながら県道44号を南に向かい、途中で国道387号に合流。しばらくは駅館川という川を遡るようにして上流側へと走っていく。

駅を出発した時点で朝日が昇り、今日という一日が始まったことを実感する。

遠方で朝スタートするのは睡眠に結構影響するものの、なんだかんだで太陽を見ると覚醒できるから好き。旅において、一日をより長い時間楽しみたいなら眠気を気にしている場合ではない。

まず訪問したのは、国道387号のすぐ脇を流れる恵良川にかかっている鳥居橋という石橋です。

鳥居橋がある大分県宇佐市の院内町は「日本一の石橋の町」として有名で、そもそも大分県は全国で最も石橋が多く残っている県でもあります(前回のライドで体感)。中でも院内町には75基もの石橋があって、そのうち64基がアーチ橋(眼鏡橋)という、まさに石橋の町。

橋を見かけたらそれは石橋である確率が高く、今回は普通に走っていたら視界に入った橋がこの鳥居橋でした。鳥居橋はその細くて長い橋脚から「石橋の貴婦人」と呼ばれており、そう言われるとなんだか美しい外観をしている。
これでいて耐久性もあるのだから、昔の時点で完成されている構造は信頼が持てます。

橋と川とは高低差があるほか、橋の近くには樹木がたくさんあって橋と自然との一体感がすごい。よく考えてみれば石は自然の産物そのもので、それが形を変えて人間の生活に組み込まれている様子が、なんか好きです。

この日はまるで空まで落ちていきそうになるくらいの快晴で、見ての通り雲ひとつない青空が頭上に展開されている。

こういう恵まれた天候の中を走っていると気分も良くなってきて、晴れを引き寄せることができて嬉しいです。旅をしているときの天候はどうしても気になってしまう中で、雨よりは曇り、曇よりはやっぱり晴れの方が良い。

そのまま順当に国道を南下していき、「道の駅いんない」へと到着。

まだ人気はまばらは時間帯だったものの、自然が多めな道の駅だったので休憩に立ち寄りました。

石橋は手すりがとても低いのが特徴の一つ

その道の駅の近くにあるのが、荒瀬橋という石橋です。

荒瀬橋は2連アーチというシンプルな構造がまず最初にきて、鳥居橋と同じく長い橋脚が目を引きました。さらに荒瀬橋はその高さが18.3mもあり、これは院内町で一番だそうです。

なんとなくだけど、アーチ橋って割と高さが必要になるところに架かっていることが多いような気がする。道と川との高低差があまりないところは、間接的に川幅も短いのでアーチ橋が必要にならないのかもしれない。
荒瀬橋は2連アーチなので、その橋脚の位置は川の真ん中に来ています。橋を正面から見るととても均整が取れており、左右対称感が前面に現れている。

建築物の種類を問わず、建築物にまず最初に求められる要素は「機能」であるのは間違いない。

しかし石橋は求められる機能面に加えて、その外観が優れているのが個人的に好きです。耐久性が優れているから現代までこうして形を保つことができているし、機能美…というか、シンプルな構造だからこそ美しさが際立っている。


出発からここまでは比較的平坦な道のりだったのに対し、ここから玖珠町の中心部までは徐々に標高を上げて山岳部に入っていきます。

ルートとしては海沿いを離れて内陸部に向かっているので、日本全体が大きな島であることを踏まえればこれは当然の傾向。九州も例に漏れず、端から真ん中に向かうにつれて平地から丘、丘から山へと移り変わっていく。ロードバイクで移動していく上では、その地形の遷移を楽しんでいきたい。

最終的に今日向かうことになる小国町は阿蘇の山麓に位置するので、もちろん標高はかなりのもの。今からの行程はその前哨戦といったところです。

宇佐のマチュピチュ展望所
マチュピチュ感ある?

しばらく上っていくと宇佐のマチュピチュ展望所と呼ばれる場所があって、道路脇に幟まで立っていて町として宣伝されているようでした。

確かに遠くの風景に目をやると、高い山々の中腹付近に家屋が集まっている様子が視認できます。今自分が立っている場所からそこまではそんなに距離がなくて、視界に収まるくらいの適度な範囲内にスケールが大きい地形が集まっているという感じ。

これから向かうことになるルート上にはとんがった岩も見えるし、180度以上に広がるパノラマの景観は見ごたえがありました。この付近は基本的に集落や田園の上部を国道が通過しているので、どこを見渡しても眺めは良かったです。

産業遺構・旧豊後森機関庫

引き続き国道を今度は下り基調で走っていき、玖珠町中心部へと到達。

大分県の石橋を巡る行程はここで一旦終了し、ここからは旧国鉄宮原線の遺構を巡っていきます。ネタバレをすると遺構には橋梁が比較的多かったので、大分県のみならず熊本県でも橋を巡る形になりました。当初は両者を切り離して考えていたけど、結果的にこうなったのでこれはこれで良し。


最初に軽く旧国鉄宮原線の話をすると、大分県玖珠郡九重町の恵良駅から、熊本県阿蘇郡小国町の肥後小国駅(これから向かう終着駅)までを結んでいた路線(駅数は6)のことを言います。

開業は1937年で、廃止されたのは1984年。つまり今年で廃止から40年近く経つわけですが、今でも路線跡地にはコンクリートアーチ橋などの遺構が多く残っています。これらは国の登録有形文化財にも登録されているほど貴重な存在で、これからそれらを訪れていこうという流れ。

「遺構訪問ライド」に先立って、この地区における機関車の基地として重要な役割を果たした旧豊後森機関庫を訪ねました。

周辺の旧路線図。旧国鉄宮原線も記載されている。

こちらが、その旧豊後森機関庫の様子です。

大まかな構造としては車両12台を収容可能な扇形機関庫と鋼鉄製の転車台から構成されており、少ない設置面積で車両の方向転換と格納を可能にしています。かつてはこの機関庫を中心として放射線状に多数の線路が分岐していましたが、1971年に廃止されて現在残っているのはこれらのみ。

扇形機関庫は転車台とセットになっている独特の形態で、このように機関区を配置すれば格納をスムーズに行うことができます。ただしこれは進行方向に前後の区別がある蒸気機関車のみを対象としており、近代化に伴って前後の転回が不要な車両が増えてきたことから、今では貴重な存在です。

転車台の前には国鉄9600形蒸気機関車 29612号機が展示されており、当時の面影を忍ばせていました。

周辺は公園として整備されているので誰でもアクセスできるものの、平日なこともあって自分の他には誰もいない。静かに佇む機関車を見ていると、ここだけ時間が止まったような感覚になってしまった。

手前に写っているのが自分のチタンフレームのバイクということで、最新×最新の組み合わせでは決してないというのが、印象に残ったのもまた事実。

今を生きるものにとっては今は2023年だけど、視界に入っている要素は古いものばかり。うまく言えないけど、こういう風景もいい。

台地のような地形が目立つ、万年山

旧豊後森機関庫の周辺、九酔渓からの眺めは絶景の一言で、特に南方面は上部が平らになった山々がよく見えます。

あとはさっきまで通ってきた山岳地帯から一変して平地になって、頭上の開放感が全く異なるシチュエーションも気分転換になってくれる。適度に温かい気温、そして青一色の冬空。空気の澄み具合もここにきて際立っており、呼吸をするだけでハイテンションになってくるのはもう仕方ない。

冬は寒いことは寒いものの、他の季節では味わえないほど空気が美味しい。こういう日は出かけるに限るな。

旧国鉄宮原線の廃線跡を辿る

玖珠町の町並みを後にし、国道210号を抜けて国道387号へ。後はこのまま国道の流れに従って標高を上げていき、熊本県に入ったくらいのところから遺構巡りが始まります。

まずは九重町を通って、県境付近までサクッと向かうことに。

ところで、大分県も熊本県もどちらも温泉が有名な県です。

国道の脇には温泉への道を示す看板が多く、ちょっと寄り道して訪れたくもなりました。九重連山の周りには魅力的な温泉が集まっているので、次の冬にでも宿泊できたらいいなと思っています。

県境近くにはジビエ料理を提供する店があり、店の前では犬が昼寝してました。

時間はすでに朝から昼へと移り変わっていて、標高が高いとはいえ気温はそこそこあります。もうすぐで春がやってくるし、眠くなるのは当然かも知れない。

突然の煙
煙かと思ったのは温泉設備からの湯気
大分県から熊本県へ
反対側

その後も南下を続け、大分県九重町から熊本県小国町へと入りました。

県境付近では走っているといきなり煙が上っているのが見えて、何かと思って止まってみると温泉の湯気。今までは看板でしかその存在を認識してなかった温泉が、ここにきてはっきりと存在を示しています。

その勢いはかなりのもので、この日は風が強かったので余計に力強く立ち上っている。今日泊まることになる杖立温泉は熊本県に属していて、熊本県に入った途端にこの風景。さながら自分が温泉に入りに来たのを歓迎してくれているような感じだ。

県境まではずっと軽い上りが続いていたのが、熊本県に入れば上り坂は和らいで下り坂に入ります。

ずっと熱を持っていた身体がスッと冷えてくれて、この時期の高原特有の涼しさ(&寒さ)を体感している。

冬のヒルクライムって最初の方は寒さを感じないけど、頂上に着いてからはまるで気候が変わったかのように冷えるので防寒は大事。その辺りの体感温度を適度に調節してくれるので、モンベルのインナーはもう旅の際のお供になっています。値段も安いし。

で、この辺りから旧国鉄宮原線の遺構が徐々に登場してきます。

これらの遺構を辿っていくことで最終的には終点の肥後小国駅に到着する形になり、気分としては当時の乗客になったような体験ができます。遺構同士の距離は近いので自転車で簡単に巡ることが可能なので、小国町を訪問した際には温泉と一緒に訪ねてみるのがおすすめ。

早速、なだらかな下り坂を下っていく途中には3つの橋梁が集まっていて、そこから遺構巡りを始めました。

堀田橋梁

最初に訪れた堀田橋梁は山のすぐ近くにある橋梁で、国道から脇道に入って林の中を進んでいくと左手にいきなり津城してきます。

橋の下を進んでいくと向こう側にある民家の通り道にもなっており、狭い範囲に見どころがたくさん含まれたコンパクト感が目立ちました。道路と橋梁との行程はそれほどなくて、道路の通行に影響がある真上以外は大部分が残されている状態。

今まで見てきたような石橋とは異なり、コンクリート製の白っぽい色もまた歴史を感じさせる雰囲気を出しています。その所々は草に侵食され、建築されてから年月が建っているのを物語っている。役目を終えて静かに眠っている建築物には一種の神々しさを感じて、なんだか不思議な印象でした。

ここから遺構としては主にコンクリート製の橋梁に出会うことになる中で、いずれも現代で一般的な鉄筋コンクリートではなく、鉄の代わりに竹を使用した「竹筋コンクリート」を用いています。

堂山橋梁の遠景
汐井川橋梁
橋梁の中にはかつて遊歩道として使用されていたものもある(上部の手すりがそれ)が、今では通行不可。
堂山橋梁の裏側

そこから標高の低い側に移動していくと、汐井川橋梁堂山橋梁という2つの橋梁がありました。向かって右側の方が堂山橋梁で、左側の田んぼの中に位置しているのが汐井川橋梁です。

これらは遺構の中でも最も景色に溶け込んでいると個人的に感じた場所で、特に堂山橋梁に関しては周囲の田園風景との一体感が本当に凄い。遠景から見ると背後には涌蓋山が見え、視界の手前から奥に至るまで長閑な空気が漂っている。

あと、橋梁が1箇所ではなく2箇所連続して存在しているというのも素晴らしい。橋の間には緑豊かな林や丘がともにあって、2本の橋と合わせたときの一体感が見事でした。

ここまで橋梁が集まっていることの理由としては、当然ながら地形の影響が大きいと思います。

線路は短距離で高低差を生み出すことができないので、元々の地形だけで一定の高さを確保できないところに橋梁は建築される。そもそも完全に山の中にある小国町に路線を通すとなると相当な困難が予想されるわけで、橋梁やトンネルが多いのは当たり前の結果。

逆に言えば、平地が多いところに通っている路線は線路以外の建築物を特に必要としないので、もし廃線となった場合に残るものはとても少ないです。

そういう意味では、山の中というロケーションがここまでの数の遺構を残してくれたということ。ヒルクライムをして遺構にたどり着いた自分としては、小国町の地形をダイレクトに実感できた気がして、なんだか嬉しくなってくる。

近くにあるホタルの里温泉
汐井川橋梁の遠景

道路の向こう側に見える山のスケール、あまりにも迫力がありすぎる。

橋梁を前にして感じた局所的な丘の多さと、こうして遠くを眺めることによって実感できる山の多さ。そして山そのものもとても大きいということで、自分が今どういう場所にいるのかを把握しやすいのが良い。

曲がりくねった道ばかりだとこうはいかないところ、国道387号周辺には適度に見通しが良い場所があるのでこんな感じのダイナミックな景色が得られます。

北里駅跡
北里トンネル

そのまま走って、かつてのホームがそのまま残っている北里駅跡や、遊歩道として中を通ることができる北里トンネルを見学。

北里駅周辺は医学博士である北里柴三郎の出身地として知られていて、近くには記念館や日帰り温泉、キャンプ場等が整備されています。もちろん眺めの良い田園風景も広がっており、時間の流れがゆっくりになっているのが感じられる。
ここから肥後小国駅までの区間は廃線跡を利用した遊歩道が伸びているので、この日もウォーキングをされている方を見かけました。

で、目的地である肥後小国駅(道の駅 小国)までは、このまま順当に国道を下っていけばすぐに到着してしまう。でも普通に走っていてもつまらないし、何よりも廃線跡を巡っているのだから、それに応じた到着の仕方をしてみたい。

そんな理由で自分も線路に沿って走り、当時の乗客と同じルートを取ることを選択。最後は、幸野川橋梁の上から宮原トンネルを通る流れにしました。

幸野川橋梁

幸野川橋梁は、北里トンネルからそのまま県道318号を走っていったところにある巨大な橋梁です。構造そのものは他の橋梁と同じくコンクリートアーチ(6連アーチ)なものの、その橋長はなんと116mもあります。

6連のうち4径間の最大スパン長20mは旧国鉄宮原線の橋梁の中で最大を誇り、橋脚の下まで行ってみるとその大きさに圧倒されるばかり。橋の形にもこだわりが見られて、よく見ると橋脚上部のアーチ部分は中実ではなく小さなアーチを組み合わせた中空になっていました。

普通に山間部を走っていて巨大な建造物が出てくると二度見してしまうけど、ここまでの橋梁に出会うなんて想像もしていないだけに驚きが何倍にもなってしまった。

山の中→林と小さな集落→大きな建物はない…と連想していたところ、突如として古びた橋やトンネルが現れてくる。事前情報なしで遭遇したとしたら興味を惹かれると思うし、旧国鉄宮原線の遺構の魅力の一つはその意外感にあるのかも。

幸野川橋梁の上からの眺め

そしてこの幸野川橋梁、なんと橋の上に上ることができるんです。

他の橋梁は橋の上が封鎖されているので通れないけど、幸野川橋梁はさっき話した遊歩道の一部になっているのでちゃんと整備されています。橋の上から眺める風景はここにしかないもので、昔の乗客と同じアングルで北里の地を見ていると思うと感慨深いものがある。

ひとしきり眺めを満喫した後は、遊歩道にそって移動を再開しました。

遊歩道の様子
宮原トンネル

遊歩道は昔の路線の雰囲気を残すようにして、舗装なしで整えられていました。

砂利や小石が転がる適度なグラベルで、自転車でも問題なく走れます。そもそもが線路の跡なので平坦で、まさにウォーキングというか散歩に適している。
宮原トンネルについては真っ暗だったのでフロントライトを活用したところ、実はちゃんと照明があるということを後から知りました。


ところで鉄道のトンネルって、一般的なトンネルとは全然異なる空気感があると思います。

一般的なトンネルは歩行者専用ではなく車が通るので、そこに静けさや特別感はない。でもこういう鉄道のトンネルは車が通れないか、もしくは交通量が無いに等しいくらい。つまり自分しかいない中で、音がしない静寂な暗闇の中を通っていく。なんだか通り抜けたら別の世界にワープしてそう。

旧国鉄宮原線では在りし日の路線のことを思いつつ、かなり手軽に里山を巡ることができる。そんなに時間もかからないと思うのでおすすめです。

最後はトンネルを抜け、国道387号に合流して旧国鉄宮原線 肥後小国駅跡に到着。

今では大きな道の駅 小国として賑わっていて、交差点前の一区画に遺構が残されています。

残された線路
信号類

旧豊後森機関庫から出発し、路線の痕跡を辿りながら走ってきた旧国鉄宮原線の遺構巡りはこれにて無事に終了。

道の駅には線路の一部や錆びた信号、ポイントなどが残されているものの、ここだけ見ると宮原線という路線が通っていたことはそんなに思い描けない。でも、実際に遺構を訪問してきた身としてはその存在を十分に実感できるものでした。

この宮原線のように、利用客の減少から現在新固形で廃線の議論が進んでいるところは全国各地にあります。将来的には廃線になってしまうものだとしても、跡形もなくなってしまうよりは何らかの形で残していってほしい。

肥後小国駅や、巡ってきた遺構のことを思い出しながらそんな気持ちになりました。

昼食のとり天膳
赤鶏のたたき

朝出発してからここまで何も食べていないので、想像以上に空腹になっていたという事実。遺構巡りを終えた後は、そのまま道の駅で昼食にしました。

昼食に選んだのはとり天膳と、赤鶏のたたきです。大分県と熊本県、両県の美味しいものを食べることで訪問した感をさらに増幅させていく方針で、空腹なこともあって白米の消費が進みました。

毎回思うけど、本当に九州は「肉」が美味しくて何度も訪れたくなってしまう。酒を飲まなくなった今ではとにかく美味しいものをおかずに米を食べたくて仕方ないので、これからも九州を訪問する機会は多いです。間違いなく。

杖立温泉での一夜

休憩を済ませた後は、国道212号を走って今日の宿・杖立温泉を目指しました。

杖立温泉街

杖立温泉での散策や宿泊の様子は、別記事にまとめています。

今回杖立温泉に泊まることに決めたのは単純に温泉に入りたくなったのと、後は杖立温泉が非常に混む鯉のぼりの季節の前に訪問したかったからです。

杖立温泉といえば、山と山に囲まれた地形の真ん中を杖立川が流れている山間部の温泉街。すなわちたくさんの鯉のぼりを泳がすのにとても適している環境というわけで、全国的にその知名度は高いです。

ただ、自分としてはどちらかというと比較的空いているオフシーズンの方が好きだし、あとは暖かくなると温泉という気分でもなくなってしまうので、この時期にしました。

熊本県から再度大分県へ
朝の日田駅

杖立温泉での滞在から一夜明けたこの日は、杖立温泉から川沿いに国道212号を下って日田に到着し、行程が終了。

この後は唐津まで移動して、残りの二日間で壱岐島ライドをやっていきました。詳細は別記事にまとめています。

おわりに

冬から春へと切り替わるこの時期は、日中の気温がそこそこ高くてとても過ごしやすいです。

それでいて場所を選べば快適にヒルクライムを行うことができ、山の中を散策するのであればベストなタイミング。気温の低さを第一に考えるのなら完全な冬になるけど、積雪や凍結の問題があるので3月とかの方がいいです。

そんな中で、今回は九州の山間部・大分県と熊本県の県境周辺を走ってきました。両県の特色や地形的な良さを強く実感できるルートで、特に旧国鉄宮原線の遺構巡りはとても印象に残りました。

石橋とコンクリート橋、いずれもこの地で長い歴史を歩んできた存在を訪問することで、その土地の良さをまた一つ知ることができた。これからも、歴史ある場所を中心に訪れるような旅をしていきたいです。

おしまい。


本ブログ、tamaism.com にお越しいただきありがとうございます。主にロードバイク旅の行程や鄙びた旅館への宿泊記録を書いています。「役に立った」と思われましたら、ブックマーク・シェアをしていただければ嬉しいです。

過去に泊まった旅館の記事はこちらからどうぞ。

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