今回は福島県東白川郡塙町にある湯岐温泉 山形屋旅館に泊まってきました。
湯岐温泉が位置しているのは福島県南端部、都会と太平洋との中間地点です。この一帯は山がメインでたまに集落が登場してくるくらいの人口密度なのですが、少し走れば町の中心部に出られるちょうどいい距離感。従ってめちゃくちゃ田舎かというとそうでもなく、のどかな県道沿いにいきなり温泉の看板が現れるのが意外でした。
歴史と外観
湯岐温泉には宿が2軒あり、いずれも県道111号の分岐から山道を上ったところに建物があります。山形屋旅館はその中でももっとも奥に位置していて、目の前の道路は交通量がほとんどありません。
一般的に温泉というと大きな温泉街が形成されていたり、逆に海沿いや人の気配が感じられない山奥にあったりします。湯岐温泉はそういう感じではなく、田舎道を走っていてふと傍らを見ると温泉があった感じ。従って肩の力を抜いて訪問することができました。
- 湯岐温泉の快癒は天文3年(1534年)で、発見時に鹿が傷を癒やしていたことから鹿の湯と呼ばれた。幕末から明治時代に入ると湯治場として隆盛を迎え、絵図の版木にも様子が描かれている。
- 山形屋旅館は温泉旅館としては開湯の時期から営業をはじめ、今の建物は約50年前のもの。なお本館奥の3階建部分については、50年前より前の建築が残されている。
というわけで、喧騒を離れて山の中の温泉で疲れを癒やして美味しい食事を食べようというのが訪問理由です。山形屋旅館の女将さんとご主人はとても明るくて、こっちまで笑顔になれました。

県道沿いに看板があり、ここから坂道を上っていきます。看板には3軒の旅館が記載されていますが、現在営業しているのは「和泉屋旅館」と「山形屋旅館」の2軒だけです。


曲がりくねった坂道を上まで上るとまず右側に車庫があり、それを過ぎると左側に降る坂道があってその先に旅館があります。
旅館の前にも駐車場はありますが、大きい車だと細い道での切り返しが困難なので坂道の上の車庫に止める方が無難です。自分は車庫に止めて歩きで旅館まで向かいました。





旅館の前に到着。建物は宿泊施設というよりは民家の佇まいで小さくまとまっています。
全体の構成としては玄関がある本館と左手前側の別館、そして本館のさらに奥に3階建ての棟が繋がっていました。そして玄関前の駐車場を挟んで反対側にあるのが、山形屋旅館を山形屋旅館たらしめている岩風呂の建物。温泉が母屋から完全に独立しているというのがいいですね。
周辺は山々に囲まれているため蝉の鳴き声しか聞こえてこず、自然環境を直に体感できる環境といえます。
館内散策
1階 玄関~廊下
それでは館内へ。
山形屋旅館の特徴の一つとしてチェックイン可能時間がとても早く、なんと13時から入ることができます。さらにチェックアウトの時間も10時(公式サイトから予約した際は11時まで)までは滞在可能と、温泉を心ゆくまで堪能してほしいという旅館の心遣いが見えるようでした。今回は次の日の宿の関係で早めのチェックアウトになったけど、次回は朝風呂や二度寝を組み合わせてもっとゆったりしたいです。
客室は本館2階と貸切風呂がある別館にそれぞれあり、あと本館奥の2階及び3階には貸切宿泊エリアというのが奥にあって結構な人数が泊まれるようです。ちなみに今日は平日にも関わらず自分を含めて6~7組泊まることになって、その人気のほどが伺えました。





玄関を入って玄関土間の左側に靴箱、正面に2階への階段、右側にご主人や女将さんがいらっしゃる居間と厨房があります。階段横のスペースには自動販売機や漫画コーナー、コーヒーの無料サービスがあり、湯治目的で連泊する場合のお供として心強い。

自動販売機の向かい側にはたくさんの日本酒の瓶が展示されていました。
ここから連想できる通り、山形屋旅館では夕食時に注文できる地酒の種類がとても多いです。日本酒が好きな人にとっては、これらを眺めながら夕食の時間に何を飲もうかととても待ち遠しいと思う。

棚の上には、昔の山形屋旅館の写真も飾られています。
「50年前に現在の旅館の建物が建てられた」というご主人のお話の通り、ここに写っているのは今の瓦屋根の日本家屋になる以前の木造100%の建物。2階部分には欄干や障子戸が張り巡らされている造りが見て取れますが、むしろよくこんな貴重な写真が残っていたなと関心しました。
昔の本館の奥には本館に比べると新しい造りをしている白っぽい3階建ての建物が確認でき、この建物については現在まで変わらず残っています。




1階左側の部屋には特に何もなく、日常的に使われている様子もあまり感じられませんでした。少なくとも宿泊用ではないと思われ、昔は旅館側の方の居住スペースだったようです。

廊下の途中には、別館へ向かうための通路が設けてあります。
2階 階段~廊下
続いては2階へ。
宿泊客はまず2階の部屋に割り振られ、オーバーした場合は別館の客室に泊まることになるっぽいです。ただし本館2階よりは別館の方が人が少なく過ごしやすいため、あえて別館を指定する人もいそう。この日は本館の部屋は満室となっていました。



階段を上がってすぐ正面に冷蔵庫とゴミ箱があり、階段左右の建物正面側に客室が配置されています。
階段の進行方向右側に201号室と202号室の2部屋が、左側の廊下沿いに203、205、206、207号室の4部屋が配置されています。




廊下をしばらく進むと、右側に洗面所と男女別のウォシュレット付きトイレ。1階に共同設備はなく2階に集中していて、場合によっては少し待つことになりそうですが、いずれも新しめで清潔感がありました。

トイレの奥側にあるのがこの貸切エリア。「貸切部屋」と付いているだけあって大人数が泊まるための棟なのか、少人数でも泊まれるのかどうかは不明です。
2階 泊まった部屋
今回泊まったのは本館2階の階段を上がってすぐ左、玄関のちょうど真上に位置する「203号室」です。広さは湯治場らしく6畳で、窓からは玄関前の広場や岩風呂の建物が一望できて眺めがとてもよい。というか山形屋旅館の中で最も眺めがいいのでは…と思えるほどでした。
なんか最近はいざ旅館に泊まってみたら思いがけず室内の造りがよかったり、窓や広縁からの展望がよかったりすることがとても多い。初めて泊まる旅館において右も左も分からない状況で宿泊する部屋をこちらから選択できるわけもなく、自分でコントロールできる対象ではないだけに感動もひときわ大きい。本当に嬉しいことだ。
設備はテレビ、鏡台、金庫、エアコン、ケトル、内線。また館内Wi-Fiも整備されています。アメニティは浴衣、タオル、バスタオルが揃っているので準備する必要はなく、別途耳栓やひげ剃りは玄関ホールに用意があります。




いいね。
適度な広さのスペース内に適度な物の多さ。そして室内に布団、座卓、床の間が揃っているほか、客室入口の正面にある窓から差し込む陽光の柔らかさが気持ちいい。ここで今から明日まで過ごすと考えると、まるで自分の城のように思えてくるから不思議だ。








で、座卓の上に置かれている「期間限定おススメの日本酒」の表記に目が止まりました。これを眺めて何を注文するかを考えながら夕食の時間を待ちましょう。


布団についてはセルフで敷くようになっています。後からだと面倒に感じるため、温泉に行く前に敷いておきました。
温泉
それでは古来から「中風の湯」として知られる温泉へ。今日は早い時間に宿に到着したため、温泉に入る時間を多めに取ることができました。
2箇所ある山形屋旅館の温泉はいずれも24時間入浴可能で、自分の好きなタイミングで入りに行くことができます。基本的には混浴の天然温泉岩風呂がメインで、空いているときに貸切風呂に入りにいく形。繁忙期になると岩風呂の女性専用時間が追加されたりするみたいなので臨機応変に楽しむのがいいと思います。
- 源泉名:湯岐温泉 山形屋[混合泉]
- 泉質:単純温泉
- 泉温:39.3℃(浴槽)
- pH:9.6
- 適応症:神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、慢性消化器病、冷え性、疲労回復、健康増進等
加水なし、加温は内風呂だけ(気温の低い時期に限り入浴に適した温度に加温)、循環ろ過なし、入浴剤使用なし、消毒処理なしと温泉の質は抜群。さらに岩風呂については、全国的にも珍しい足元自噴である点が最大の特徴です。
天然温泉岩風呂
まずは湯岐温泉を代表する天然温泉岩風呂へ行きました。9~10時、14~15時及び21~22時は女性専用時間となり、それ以外は混浴です。注意点としては建屋が母屋から離れているため天候によっては行くのが億劫に感じるかもしれません。







建物の引き戸を開けると右側に洗面台、左側に鍵付きのロッカーがあり、日帰り入浴で訪問した場合でも安心できます。




そのまま奥へ進むと脱衣所があります。
入口を入ったところ及び脱衣所と浴室は全面に引き戸が設けられていて、つまり建物内に入ってから服を脱ぐまでの間、浴室の様子がずっと視界内に入っている。この造りが温泉に入るまでの気分をより一層高揚させてくれました。

山形屋旅館の岩風呂は標高500mの山中の花崗岩の割れ目から湧き出ているそうです。
泉質は単純温泉で、微妙な成分が混ざり合う単純泉には名湯が多い。湯治場として長い間愛され続けているこの温泉はじっくり、ゆっくり浸かるのがおすすめです。


そしてこちらが岩風呂の浴室内の様子。
浴室の床のほとんどを岩風呂が占めており、歩けるスペースは比較的少なめで岩風呂の存在感を際立たせている。しかもその岩風呂の底がどこか海や川を連想させるような鮮やかな青色で、そして正面の窓からはまばゆいばかりの日光が差し込んでくる。まるで自分が温泉ではない別の場所にいるかのようでした。
温泉の中には建物内の奥まったところに位置し、窓が最小限のみで薄暗いところもある一方で、山形屋旅館の岩風呂で感じる印象はそれとは真逆。山形屋旅館が建っている周囲の環境も含めて自然の大きさを実感できる空間となっています。


右側奥に洗い場(一箇所のみ)と、上がり湯があります。温泉は岩風呂内の足元自噴からと上がり湯内の2箇所から供給され、上がり湯から溢れた分が岩風呂にも流れ込んでいました。






面白いのは岩風呂の底が人工的で座りやすい平坦部分と、完全な岩の部分とで半々になっているということ。巷でいう一般的な岩風呂は浴槽の側面部分だけというところが多い一方で、ここでは底側面と底の両方が岩で造られている点が新鮮でした。
岩の部分は斜めにかなり傾斜していて座りにくく、座るというよりは横たわるような格好で浸かる形です。全体的に深さがあり、さらに温泉が足元自噴している部分は周りよりもさらに深くなっていました。底の色も相まって本当に川の中で漂っている気分だ。
なお上の写真を見ると分かる通り、岩風呂の岩には縦方向に人工的な切れ込みが入っています。
湯岐温泉を知るための古文書などはあまり残されておらず、地域の人々に口伝えに伝えられている話がある程度。言い伝えによれば岩風呂はむかしこの地域を統治していた殿様の保養所のような場所でした。その頃は源泉部分を木組みで囲って湯船にしていたそうで、この切れ込みは木組みをはめ込んでいた跡なのだとか。

岩風呂では足元からコポコポと泡がたっているのを見ることができます。このように足元自噴しているお湯は浴槽に至るまでに空気に触れないためとても鮮度がよく、自噴温泉がそのまま湯船になっていて入ることができる場所は全国的に見ても大変貴重なんです。
長い年月をかけてこの地に湧き出した温泉と、温泉にまつわるこの地の人間の営み。岩風呂に入ることで自分も湯岐温泉の歴史の一部になっていると考えるとなおさら晴れやかな気分になれました。ある程度の温泉の歴史を知ってから入ると、そうでない場合よりも満足できますね。




お湯の質は肌触りがよくツルツルとして気持ちがいいです。源泉温度約40℃であるため夏場の長風呂は個人的には少し難しかったものの、それでも入っている時の癖がなく、湯から上がったときにはさっぱりできました。
天然温泉貸切風呂
続いては別館1階にある貸切風呂です。
貸切風呂は予約制で宿に到着した人から順に予約できる仕組みとなるため、早い時間に到着した方が選択肢が広がります。ただし空いていればいつでも入れるので、とりあえず気が向いたら行ってみるのがいいかもしれません。今日は私が最初の宿泊者だったため夕食前の④16:15-16:55を選びました。








貸切風呂は岩風呂に比べて温度が若干低いとのことだが自分は体感できず、同じくらいに感じました。
貸切風呂の良いところは混雑とは無縁なところにあります。岩風呂はそれこそ芋洗い状態に近い人数で入ることになる可能性がゼロではなく、また長湯が可能な春や秋の時期には回転率も高くないはず。それに比べると貸切風呂は静寂で、時間制限があるとはいっても静かな時間を過ごせると思います。

温泉に行ったあとは部屋で畳の上に寝転がったり、窓からひぐらしの鳴き声を聞いたりしながら過ごす。
夕食を食べ終えるとあとは就寝時間が迫ってくることを考慮すると、この「温泉に入ってから夕食を待つまでの時間」の充実感はなかなかのものだと思う。布団に入ったらあとは寝るだけだし、起きたら朝食を食べてチェックアウトの時間があっという間にきてしまう。そういった"幸せな時間の終わり"をあまり感じさせないという意味で、自分は旅先における夕方から夕食までのわずかな時間が好きです。
夕食~翌朝
さて、温泉に入った後に部屋で昼寝をしていたら夕食タイム(18:00~)。山形屋旅館の食事は夕食・朝食ともに部屋出しで、しかも出来立ての料理を順次運んできてくれます。
今回の宿泊で自分が温泉以外に感動した要素が、この食事の内容。旅館の手作りの料理はいずれも心から満足できるくらいに美味しく、泊まった人が軒並み高評価を付けていることも至極納得がいきました。温泉の質に感動した後は食事の質に感動し、食事が終わる頃にはもう放心状態。幸せな時間とはこういうことなのか。
夕食の内容は以下の通りです。
- 小鉢:若女将の手作り刺身こんにゃく、紫玉ねぎの酢物、タコの刺身
- 小鉢:地元の新鮮野菜…玉ねぎ
- 煮物:季節の煮物…ピーマン
- お造り:近海活魚3点盛り…イサキ、スズキ、プレミアムヤシオマス
- 主菜:源泉常陸牛
- 焼物:旬の焼き魚…鮎の塩焼き、手作りの味噌
- 蒸物:若女将の茶碗蒸し
- 揚物:季節の天ぷら…海老、しいたけ、ナス、モロッコインゲン
- 食事:塙町のコシヒカリ、小川屋の田舎味噌汁
- 香の物:自家製漬物
- 水菓子:季節の果物














予約したプランのメイン料理となるのは、厳選された最高級リブロースを使用した常陸牛のステーキ100g。
厚み2cmくらいあって(!)食べごたえは十二分にあり、これを自分の手で焼きながら食べ進めていけるのだから感無量というほかない。柔らかすぎて口の中で溶ける上にあっさりしているほか、食べ方も岩塩胡椒レモンやワサビ醤油、玉ねぎベースの特製たれの3種類あって豊富でした。一口食べるたびに目を閉じてウンウンと頷いてしまうレベル。
他の料理も含めてとにかくご飯の進みが早くて、公式サイトの記載通り「肉を食し風呂に入り、静かな夜を迎える…至福の時間」がここにはある。この食事だけでもまた山形屋旅館に再訪したいと考えています。
夕食後に外へ出てみるとむしろ涼しいくらいで、そのまま岩風呂へ入りに行きました。


夕食前に温泉へ長い時間入ってお腹を空かし、夕食でお腹いっぱいになってからまた温泉へ。このループを繰り返しているだけで健康になれそうな気分です。夕食後すぐの時間に温泉に行く人は少ないようで、結局夜の時間は独泉状態で湯を満喫できました。
山の中の環境だからなのか夜間はエアコンなしで寝られるほど快適で、気がついたらいつの間にか寝てました。翌朝は布団から這い出てまず朝の光を浴び、6:30くらいに朝風呂へ。


朝の時間も自分以外に岩風呂に入りに来ている人は皆無で、拍子抜けしながら浸かってました。そういえば全国各地の温泉に入ってきたけど、宿泊中に他の人と入浴が被ることはあんまりないような。
本日は早めに出発するため女将さんと交渉し、朝食時間を7:30にしてもらいました。対応してくれてありがとうございます。



朝食の内容は手作りチキン、ひじきの煮物、温泉卵、焼きサバ、納豆、海苔、手作りヨーグルトなどが並びます。優しい味なのに朝から食欲が増幅され、夕食でお腹いっぱいになったはずなのにまたしてもご飯をおかわりしてしまう。


その後は支度を済ませ、ご挨拶をして朝がはじまったばかりの山形屋旅館を後にしました。
おわりに
湯岐温泉 山形屋旅館は当初、山間部にひっそりと存在する小さな温泉というイメージがありました。
しかし蓋を開けてみると疲労を癒やしてくれる岩風呂の気持ちよさに加えて、美味しい食事や豊富な種類の地酒といった「食」に関しても充実していることが分かりました。温泉で復活した身体の内側から山の幸や海の幸が満足感を与えてくれ、湯の効能による心地よい疲労感とともに一泊があっという間に過ぎ去っていった感じです。
ここはぜひともまた再訪して、心ゆくまで食と温泉を味わいたいと思いました。
おしまい。
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