今回訪問したのは、三重県伊賀市にある薫楽荘という旅館です。
伊賀上野城やだんじり会館へと通じる伊賀市の中心街・県道56号のすぐ脇に位置し、どこへ向かうにも都合の良い立地。いわば伊賀のメインストリートのほとりにある建物という位置づけで、付近に木造の建物が全くない中で突如として現れるのが印象的でした。
薫楽荘
薫楽荘は明治21年(1,888年)に建てられた旅館で、計算すると築132年という歴史ある宿となります。
元々は茶屋として建てられたそうで、その一方で旅館がある上野桑町周辺はかつて遊郭としても賑わっていた場所。予想するに遊郭街が茶屋町として再開発される中で建築され、その後旅館に転じたのではないかと思います。この辺はもっと女将さんに聞いておくべきだったかも。
この宿の宿泊は、例によって電話予約をしました。
電話予約以外にWeb予約としては楽天トラベルが登録されており、当初この日の予約を確認したところなんと部屋が全て埋まっている様子。ダメ元で確認の意味も込めて電話してみたところ、意外なことにこの日の宿泊者は自分一人とのことでした。楽天トラベルの表示は一体なんだったのか。
こういうこともあるので、この手の旅館に泊まるときはネットよりも電話であれこれ聞いた方が確実かと思います。
あと、一応書くとチェックイン時間(16:00~)前に電話しても繋がらないので予約される際はご注意ください。
外観
まずは外観から。
正面に見えるのが旅館の本館で、写ってないけど左側が女将さんの家。さらに向かって右側には蔵と、さらに女将さんの家(新築)があります。
本館の裏手側には駐車場があり、そこからは旅館の裏側や裏庭へのアクセスが可能。女将さん曰く裏庭の池では魚を飼われていたとのことですが野生動物にやられたようです。結構な町中にも関わらずイタチなども出没するのだとか。
玄関の左手にはコンクリート製の防火水槽が置かれています。
これまた女将さんのお話によるもので、女将さんが子供の頃はここに入って遊んでいたそうです。確かにこじんまりとしているし隠れるにはちょうどいいのかも。
館内散策
まずはお部屋に案内していただきました。
この達筆で漢詩が書かれた襖。
ネットでこの部屋の写真を見たときからこの部屋に泊まりたいとずっと思っていただけに、実際に部屋に案内されたときにあまりの素敵さに感嘆してしまった。
部屋としては先程入ってきた玄関がすぐ下にあり、つまり通りに面している唯一の部屋となっています。
客室(2階のみ)の数は全部で7部屋あって、現在宿泊可能なのはここ竹の間に松の間、亀の間を加えた計3部屋のみ。他の部屋は物置になっていて中に入れませんでした。
例えば地図上にある「桜の間」は一番大きい客室みたいで、ここが現役当時はどう使用されていたのかなんて想像するのも面白い。
竹の間は8畳の広さで、一人で使うには十分すぎるほど快適。
エアコンやテレビがあったりと多少は近代的になってはいるものの、床の間や襖、天井など限りなく古いまま残されています。
この部屋の最大の特徴とも言える襖は入って左手側の面にずらっと並んでおり、上に取り付けられた楔で固定されています。
この向こう側にも通常の襖があるようなので、この漢詩入りの襖は完全に部屋の展示の一部になっているようです。なんという粋なつくり。
部屋の北側にある障子を開けると人間一人がようやく通れるくらいの縁側があり、その向こう側にガラス戸と欄干があります。
この縁側の幅がやけに狭いなと思っていたところ、どうやらこれは旅館側に人が料理などを運ぶ際に通る廊下で、さっき私が通ってきた客の通る廊下とは区別されているようです。
さっきの地図を見てもらうと分かりやすくて、竹の間-梅の間の手前側と、竹の間-右の押入れの間の廊下はこのようにめちゃくちゃ狭いので気になってました。
この廊下を使うと竹の間から直接梅の間にも行けてしまうように感じられるものの、実際には置物が置いてあって通れないようになっていました。ちゃんとできておる。
その後は館内の散策へ。
この薫楽荘、とにかくこだわっていないところがないくらい随所にこだわりがみられます。
まずは玄関入り口付近。
入ってすぐの両脇にこじんまりとした庭があり、屋内に入る前にワンクッション入ることで気分的に切り替えができます。玄関→いきなり中へ、という順番でない分、空間的に適度な開放感を保ったまま屋外から屋内へ入れるような気がする。
庭の規模的にいうと裏庭が非常に立派なので、もっと植物を堪能したい場合は裏庭へ回ってねというスタイル。
玄関からは、今回泊まっている竹の間の縁側がちらっと見えます。
この玄関周辺で特徴的なのはこの左右に並べられているタイル。こういうところで白色柄入りのタイルは珍しい気がする。
このタイル、玄関前と玄関内部で模様が違うものでした。
同じものをただ並べているのではなく、ちゃんと使い分けられているのがすごい。
玄関です。
入ってすぐ左手に2階へ向かう階段があり、直進方向は裏庭前までぶち抜きの廊下が続きます。ランプ風の明かりや置き時計が静かな時間を演出していて雰囲気が良い。
1階部分には客室はなく、その代わり食堂として使っている大広間があります。
この薫楽荘さんは通常ならば朝夕ともに食事付きプランをされている(要電話予約)ものの、現在はコロナの影響で中止中とのこと。従ってしばらくは素泊まりのみです。
続いては階段を登って2階へ。
2階でまず目に入ってくるのはこの談話室。この談話室がまたいい味を出してまして、部屋に入る前にここで一服…ということもできます。四隅の柱を支柱にして東屋のようなつくりになっており、天井も特殊なもの。
今回泊まる竹の間しかり、2階へ上がった瞬間に雰囲気の良さに驚いてしまう。
竹の間以外の部屋についてはあえて公開しません。これは実際に泊まってみてのお楽しみということで。
部屋によって雰囲気が全く異なっており、床や柱の木の種類もそれぞれ違いました。
これは設計した人の好みなのか、茶屋としてのつくりを第一に考えたゆえなのか、はたまたその両方なのかは定かではありませんが、旅館としてこれほど個性のあるつくりはなかなかお目にかかれるものではありません。
この日、自分ひとりしか宿泊しないということで散策も自由気ままに行えたのは奇跡だし、一人ということが旅館の静けさを冗長させていて、その雰囲気に十二分に浸ることができました。
そして、夜。
自然光がほとんどを占めていた昼間と異なり、夜の薫楽荘はまた異なった顔を見せてくれます。
ちょうど夜の散策から帰ってきて、そしたらこんな風に灯りがともされていている。実に素敵だ。
お風呂も当然ながら貸し切り。
入浴中は札をひっくり返す形式です。
お風呂に入ったら一気に眠くなって、そのままお茶を飲みつつ就寝。
荘厳な漢詩の襖の前でしたが、これ以上ないくらいスッと眠りにつけました。
翌朝。
旅館でのひとときは、個人的に寝るまでがピーク。寝て起きてしまうともう朝ご飯食べて出発するしかないわけで、そうなると途端に名残惜しさがマッハになる。あれだけ濃い時間を過ごしていたのがほんの数時間前だというのに残念で仕方ない。
でもそれがいい。
時間にすると確かに滞在としては僅かなんだけど、旅館で過ごしている間は身体も心も落ち着けるし、何より温かい気持ちになれる。
最後は女将さんにご挨拶して宿を後にしました。それにしても本当に居心地がいいところでした。また伊賀を訪問する際は訪れたい。
おしまい。
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