三重と和歌山と奈良の県境付近、その山深い奥地にある一つの村を今回は走ってきました。
その名は北山村。
この村は和歌山県に属しているにも関わらず、村に隣接する町や村はすべて三重県や奈良県なんです。いかにも不思議な話ですが、ネタを言ってしまうと北山村はいわゆる飛び地の村。和歌山県に編入されたのは明治4年のことで、それ以来ずっと「村」のまま今日まで来ているという歴史があります。
北山村とは
この村を訪れようと思った理由は、数年前に行った大峯奥駈道の縦走時のこと。
釈迦ヶ岳や玉置山などの山々を体力ズタボロになりながら歩いている中で、自分はこの奈良県南部の秘境さに魅入られていました。ひたすらに山しかない領域を歩いていった先にはほんの数件の民家が連なる集落があり、その向こうはまた山が続く…という、まさに冒険心をくすぐるような道が連続していたからです。
あのときはいつかこの周辺を自転車で走ってみたいと計画していて、さらに数年前に以下に示す衝撃的な写真をSNSで見かけたことで、その訪問欲がマッハになりました。
山の麓に建てられた集落、そして川の中州にある近代的な建物。
さながら中世の城郭のような地形がそこには広がっており、ここには一体何があるのか、住民の方はどんな生活をされているのだろうか、と気になって仕方ない。というわけで早速行ってきました。
点在する集落を訪ねて
今回のポタの方針を一つ決めるとするならば、「集落を巡ってみる」ということになります。
いつもだったらひたすらに景色がいい場所や高度感のある場所に行くのが目的となる一方で、その土地そのものの雰囲気を十二分に味わおうとすると、景色の方に時間を取られていたりするので十分ではない。ならば今回は割り切って、景色ははじめから考慮せずに走ってみました。
ただ道沿いに走り、そこで出会う風景にただ感動する。たまにはこういうのも良い。
北山村の周辺は、基本的に川沿いに集落が形成されています。
そもそもの北山村の成り立ちが「切り出した木材を、流送を行って下流の新宮まで運んで売ることで暮らしを成り立たせる」という形態だったため、必然的に川が中心となる生活になっているわけです。
まさに"筏師の村"というにふさわしい北山村、今日では流送という運送方式はなくなったものの、代わりに筏下りという伝統文化が根付いており、全国的にも有名なようです。
北山川沿いに自転車を走らせ、気がつけば北山村の中心部にやってきました。
ここは役場や郵便局、そして村では数少ない宿泊施設などがあり、必然的にこの辺りの民家が集中しているようです。
肝心の目的地はここ。
上に示した、北山川の中洲にできた出島っぽいところ。それの入り口がここです。この地一帯を治める豪族の城…があるわけでなく、ここにあるのは保育園や診療所、そして社会福祉センターでした。
この出島の構造もなかなかに出会えるようなものではなく、大きめの橋を渡ってから東側に保育園などがあり、西側一帯は畑になっています。
確かに紀伊山地に住もうと思った際、最も大きな問題となるのが土地の確保じゃないかなと思います。周囲は山しかないし、川沿いにも大した土地はない。となると川の中洲に建物を建てるしかない。しかし、中洲にここまでの大規模な施設が集中しているのはあまり見たことがないと思う。
なんか、初っ端からとんでもない光景に出会えて運がいい。
帰りは大きい橋ではなく、脇にあったこじんまりとした橋を渡って集落側へ戻りました。
周囲の険しい地形とは対照的に、北山川の流れは静寂そのもの。この辺りは流れが緩やかなため、流送の中継地点として設定されていたらしいので納得といったところです。
北山川の流れ
北山村のメインストリートを後にし、再度北山川に沿って西へ自転車を走らせていきます。
川に沿って道が続いているということは、橋に出会う機会も多いということ。
ただし、利用頻度的には橋って集落のすぐ近くにあるもの。その法則はここでも適用されていて、遠くに橋が見えてきたら民家が近いということです。
このかみ瀞橋はキャンプ場や道の駅に近いところにあり、高さ1.8m+重さ1tまでなら車も通行できるという珍しい吊橋でした。実際に軽トラがここを渡っていくのを見たので、車が通行可能なのは間違いありません。
吊橋なので下が丸見えなのはもちろんのこと、北山川の吸い込まれていくような緑色の川面と相まって恐怖感はかなりのものでした。
ここで自転車で走っていくと振動もそこそこあるし、どちらかというと眺めの良さと引き換えにスリルを味わいたい方向けだと感じました。
そんな吊橋のすぐ近くにある道の駅おくとろは、数多くの施設が揃っているので北山村散策の拠点として利用するのがおすすめです。
先に述べた筏下りへの発着点になっている他に、コンビニや宿泊施設、それに温泉も併設されています。この周辺で補給できる数少ないポイントだったりするので、特に自転車の場合はありがたい存在。
最果ての集落に遭遇する
北山村の散策はこれでひとまず終了。
もともと北山村において自転車で走れるのは北山川に面したほんの一部分だけで、あとはわずかな道しかない山岳部が大部分を占めています。なので、ここからは完全にフリーで出発地点までぐるっと大回りで戻ることにしました。
そういえば、昨年の三重ライド時に通った丸山千枚田が近くにあったことを思い出したので、そっち方面へ舵を切ることにします。ルート的には今まで通ってきた国道169号から国道311号へ移り、最後に三重県道44号を走って北山村へ戻るという算段。
国道169号の終盤では川面と橋との標高差もかなりのものになり、橋の上から眺める景色もさっきまでとは激変します。川の流れも北山川から瀞峡→上瀞へと移り変わっていくにつれて急流になったり、また穏やかに戻ったり飽きさせません。
高低差がある橋の上からの風景についても同様で、かなり遠くまで見渡すことができたりするのでこれも疲労回復に役立ちます。疲れたら良い景色を見て回復に努めるというのは、もう旅の茶飯事になってる気がする。
そんな中で出会ったとある集落が、それはもう素敵だったのでちょっと紹介。
マップを見てもらえるとその秘境さがよく伝わると思う。国道311号を逸れた道の先には周りに観光名所も何もなく、川沿いに伸びていくただ1本しかない道を走っていったところに突如として出現する集落。
それが木津呂集落です。
穿入蛇行と呼ばれる河流形態(蛇行状に曲がりくねった谷の中を流れる)の一角にその集落はありました。
この集落に来るまでには、車がすれ違うことなど到底不可能な道を4kmほど走らなければなりません。その道のりを考えると、この山奥にひっそりと存在する家々が隠れ里のように思えてくる。
といっても普通に軒先に自動車はあるし、もちろん電柱もここまで通っている。だけどなぜだか、まるでここだけ時代が止まったような錯覚を覚えるのは気のせいではない。
日中なので単に不在なだけかもしれないけど、立ち並ぶ家屋の中に人の気配は感じませんでした。
集落には畑以外にも広い草原が多く、かつてはここにも建物が建っていたであろうことを想像させます。
後で調べたところ、この木津呂集落もまた筏流しによる流送の中継地点として賑わっていたとのことで、多くの筏師たちが住んでいたといわれています。今となっては空き家が多く、実際に住まわれている方は10人程度しかいないのだとか。
隔絶された地域に位置していることも踏まえると、今後はもう人が減っていく一方なのかなと寂しい思いに駆られました。
まだ人が多かった頃の集落の面影を感じさせるのが、この廃校のプールを再利用した防火水槽。
一見しただけだと防火水槽だということが分からなかったものの、近くに赤文字で「消」と書かれた倉庫が在ることから連想しました。
近くには校舎らしきものは確認できず、おそらくですがプールの前のだだっ広い草原に校舎や体育館があったのかもしれません。
人によっては、この集落の移り変わりや現状などについて、現地の住民の方に聞き取り調査を行ったりする場合もあるようです。
自分の場合はあまりそういうことはせずに、あくまで目の前に広がる風景からあれこれ勝手に想像するだけ。でも、意外にもこれが結構面白い。ここに来ているのは自分一人だし、この孤独感の中で思考にふけるというのは一人旅行でしかできない。
一人で散策して一人で考え、そして一人で納得する。こういう行程が何より自分は好きだったりします。
丸山千枚田へ
木津呂集落を後にして、今回の最後の目的地へ。
前回も訪問した丸山千枚田へ到着。
相変わらず国道から千枚田までの登りがきつかったものの、ヒルクライムをする=高低差がある=眺めが良い、という風に楽観的にとらえれば精神的に楽になれる。で、稲刈りの時期はもう過ぎているため、跡に残っているのはその豊かな実りの残り香しかない…と思わせておいて、実際には優雅に咲き誇る彼岸花が棚田の風景に彩りを添えていました。
田んぼと彼岸花ってセットになっているのか?と思うくらいよく咲いている。確か地元周辺でもそうだった気がするし、旅先でも彼岸花といえば田んぼ、と想像するくらい実に相性がいい。
棚田というのは上下方向に奥行きがあり、そのほとりに彼岸花が咲いているのでよりダイナミックな光景になっているのが分かります。
田んぼの緑と彼岸花の赤。この季節にしか見られない光景を見ることができて、視覚的に秋の到来を感じずにはいられません。秋は気温もちょうどいいし風景も素晴らしいしで、実に自転車で走るにもってこいの時期だと思いました。
ヒルクライムで火照った身体を涼しい秋風が冷ましていく。
棚田群を後にした時点で、北山村に戻る途中にあった喫茶店でジビエカレーをいただきました。
ジビエカレーといっても肉がごろごろしているわけではなくて、しっかり煮込んであるので臭みもクセもなく、むしろその風味を楽しむといった感じ。スパイスも効いていて非常に美味しく、山間部の味を十分に堪能できました。
自分は旅先ではその土地ならではのものを食べたいと常々思っていて、海に近いところなら海の幸を、逆に山の中なら山の幸を中心とした料理を味わいたいです。
今回のジビエカレーは猪や鹿、牛、豚、鶏に野菜を加えているそうですが、その点でいうともう満点といったところ。紀伊山地の動物をいただくことができて満足満足。
そんなこんなで無事にスタート地点まで帰ってきました。
終わってみれば行程の半分くらいは電波が繋がらないような道を走っていたので、むしろ何事もなく終えることができて一安心でした。
おわりに
紀伊山地の山々は、徒歩や自転車に関わらず訪れてみて楽しいところです。前回の縦走と今回のライドを通じてそれが再確認できました。やっぱり自転車だと長い距離を走ることができるし、公共交通機関が期待できないところを散策する際には重宝してくれる。
今後もこんな雰囲気の場所をポタっていきたいと思います。
おしまい。
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