今回は宮城県の温泉宿に泊まった記録です。
宮城県や山形県をはじめとした東北地方は自宅から遠いということもあり、今まで自分が積極的に訪問しようとしてこなかった場所でした。しかし前回の山形ライドでもちらっと触れたとおり、東北地方は総じて温泉の宝庫として有名です。温泉が有名ともなればその魅力に惹きつけられるのは当然で、今後は飛行機等を活用して今までよりかは訪問回数を上げたいところ。
さらに、東北の温泉宿は長期間滞在して温泉療養を行う行為、いわゆる湯治文化が現在でも根付いていることから、建物の造りそのものも通常の温泉宿とは異なるという側面があります。例えば、自炊場の存在など。
そういう湯治場の雰囲気を味わいたいという思いもあって、今回の訪問に至りました。泊まったのは宮城県大崎市にある鳴子温泉郷、その一つの東鳴子温泉の一角にある高友旅館です。
宮城県を訪ねる
最寄駅であるJR鳴子御殿湯駅で下車し、駅前の道路を左折してガードをくぐって少し進んだ先に旅館がありました。
高友旅館は1924年(大正13年)創立で、実に96年もの歴史を持つ老舗の温泉宿。東鳴子温泉自体が静かな温泉街で、この高友旅館も隅から隅まで静寂の中にある素敵な宿でした。
まずは外観から。
ちょうど雪の季節に訪問したため、積雪×木造旅館という自分好みなシチュエーションになっています。後述しますが高友旅館は館内が非常に広い一方で、玄関周辺から見える視覚情報だけではまだその全容が謎に包まれている状態でした。
ちなみに玄関前はロータリーになっていて、往時はここを送迎の車が往来していたことが伝わってきます。
今回は電車移動及び徒歩での訪問だったため無関係ですが、車で訪れた場合は道を挟んで反対側にある駐車場に停める形になるようです。
フロントで記帳を済ませ、まずはお部屋に案内していただきました。
泊まったのは、先ほど通ってきた玄関部分の上に位置する「桔梗」の部屋。高友旅館は現在では日帰りで訪れる人がほとんどのようで、すぐに使える状態にある客室はそれほど多くない様子でした。
この桔梗は見ての通りこじんまりとした部屋で、建物の古さも相まって「鄙びた感」はなかなかのもの。しかしあくまでも鄙びているだけであって、掃除が行き届いていないとか、汚いというようなことは決してありません。部屋の絶妙な狭さが逆に心地よく、狭いところが好きな自分にとってはまさに安心できる空間でした。
設備としてはエアコンやこたつはありませんが、ファンヒーターがあるので寒さは問題ありません。
まずは浴衣に着替えてから座椅子に座り、思い出したかのようにファンヒーターのスイッチを入れる。
その後はポットのお湯を使ってお茶を淹れ、外気温そのままの部屋の寒さがファンヒーターによって解決されるまでの間にしんみりと飲む。さっきまでの「屋外で散策する時間帯」は終わり、ここから先は温泉宿で過ごす落ち着いた時間だ。
言葉にするのは難しいんだけど、この「旅先の宿で過ごす時間」が本格的に始まるまでの、いわば遷移域の時間の過ごし方が好きだったりする。具体的に言うと荷物を置いて浴衣に着替えるのもそうだし、はたまたお茶をすすったり、部屋に備え付けてある案内や注意事項を眺めたりしているあの時間帯。
時間にするとわずか数分間しかないものの、身体を宿に順応させていく儀式みたいなもの。これがなんか好き。
館内散策
しばらく部屋でゴロゴロした後は、この高友旅館を隅々まで散策してみる。
フロントで伺ったところ、今日はなんと自分ひとりの貸切状態なため、日帰り温泉の時間帯が過ぎてしまえば何も憂うことはありません。
とりあえず、高友旅館の平面図を確認。
高友旅館はかなり複雑な造りになっていて、大きく分けると帳場や食堂がある本館と、昭和52年に建てられたという52年館(湯治棟)から構成されています。温泉についても各地に散らばっているため、散策を意図しなくても自動的に館内を歩き回る形になります。
ただし上の写真に載っている別館については現在では使われていないようで、平面図でいう大広間から先へは封鎖されていました。
玄関から散策を始めていきます。
玄関の左手前には大きな下駄箱があり、ここに靴を納めてからスリッパに履き替えます。玄関正面には2階への階段、右奥は高友旅館の温泉であるひょうたん風呂(男湯)及びラムネ風呂(女湯)へと続いており、左奥に進めば食堂や黒湯、それに湯治棟へと行くことができます。
基本的に玄関部分はすべての建物へと続いているので、滞在中は必然的に一番訪れる回数が多くなるはず。
一番中心にある建物から細部へ道が伸びていく形になっていて合理的だし、散策中も分かりやすいことこの上なかった。
館内は昭和のまま時が止まったような空気が広がっており、寒さも忘れてさらに奥へ奥へと歩を進めてしまうほどでした。
自分以外に誰も居ないとはいえ、しんと静まり返った館内を歩いていると次第に現実感が喪失していく気分。年季の入った設備もそこかしこにあって、落ち着いた時間が過ぎていきます。
窓の外の風景は雪国そのもので、現在進行系で降雪はしていないもののかなりの積雪があります。
自分が泊まっている桔梗の部屋に行くまでにもいくつかの客室の前を通ることになり、例えばここに他の人が泊まっていた場合は窓からこんな風景が見えるんだろうな、とか考えながら歩いていました。
客室が集中している一角は広いものの、上で述べたとおりほとんどが物置として機能している様子。こっそり中を覗いたりしてみると、客室の今と昔の温度差を感じました。
52年館
ここからは本館を離れて、北側にある52年館の方へ向かってみることにします。
1階への階段を下りた先、北側に続いている通路の手前側にフロント(帳場)があります。
このフロントの造りがとにかく素敵だった。丸みを帯びた端部から滑らかにつながるように窓口へと接続されていて、その窓口も引き戸式で風情がある。フロントの横がすぐ調理場になっているらしく、時間帯によっては料理を作っていると思わしく音が聞こえてきました。
フロントの前にはアイスや飲み物を販売している冷蔵庫があり、特に夏場とかは重宝しそうです。
フロントや玄関周辺に貼られているポスターがまたいい味を出していて、紙の劣化具合が貼られてからの年月の長さを物語っている。
JRやバスの時刻表については流石に新しいものが貼られていましたが、観光系のポスターについては十数年前のものだったり。あえて剥がさずにそのまま継続して貼っているという点に好感が持てました。
そのままフロント前の廊下を直進すると、黒湯と52年館への分岐があります。
分岐はかなり広い休憩所になっており、湯から上がった後はここでまったりしていました。館内は暖房がないので何もないときには寒さを感じてしまうものの、風呂上がりだと適度に身体が冷えてくれるのでちょうどいい。
52年館に到着。
52年館は3階建てになっており、1階から3階までほぼ同じ間取りになっているようです。湯治が目的なので設備については必要最小限に抑えられており、部屋によっては自炊用の簡易的な台所も備えられているみたいです。写真には写ってませんが、共同で使用する炊事場もあります。
確かに本館よりは52年館の方がどことなく古いっぽい感じがしましたが、これは単に人の出入りが多いか少ないかだと思います。
本館の方は宿泊以外の日帰り温泉客も毎日訪れているし、建物というのは人が行き交う以上は生き生きとしているもの。52年館は基本的に湯治目的の客しか訪れないみたいなので、その差が現れているのかなと思いました。
「人が住まなくなった家は痛みやすい」という言葉もあるくらいだし、建物と人というのは切っても切り離せない存在だ。
これで一通りの散策は終了。
建物自体はどこも古さを感じさせており、個人的にはすごく好みな旅館というのが散策後の第一印象でした。古いといっても整理整頓はきちんとされているので、年季が入っているという良い面だけが全面的に押し出されている。
館内の至るところにはこけしが飾られています。
こけしは宮城県の伝統工芸品であり、県内には「鳴子こけし」「遠刈田こけし」「弥治郎こけし」「作並こけし」「肘折こけし」の5系統があるようです。
こけし自体が「東北地方の温泉地において湯治客に土産物として売られるようになった人形」なので、まさに鳴子はこけしの聖地のような場所。こけしがたくさん飾られているのも当然といったところかも。
宮城の伝統的工芸品/宮城伝統こけし - 宮城県公式ウェブサイト
散策中に身体が冷えてしまったため、早速温泉に入りに行くことにしました。
温泉
散策が終われば次は温泉ということで、高友旅館の館内にある温泉に入りに行きます。
高友旅館には以下に示す6つの温泉があり、黒湯を除いてどの時間帯に入ってもOK。いずれも個性的な泉質かつ豊富な湯量を誇っており、湧出した鮮度の高い天然温泉をそのまま湯壺に引き込んでいます。
- 黒湯…混浴。含硫黄-ナトリウム-炭酸水素塩泉、低張性中性高温泉
- ひょうたん風呂…ナトリウム-炭酸水素塩泉、低張性中性高温泉
- ラムネ風呂…ナトリウム-炭酸水素塩泉、低張性中性高温泉
- プール風呂…ナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩泉、低張性中性高温泉
- もみじ風呂…ナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩泉、低張性中性高温泉
- 家族風呂…ナトリウム-炭酸水素塩泉、低張性中性高温泉
ただし黒湯とプール風呂はほぼ隣にあるため、場所としては5箇所ということになります。
黒湯とプール風呂については普段は混浴になっていて、宿泊者に限り20~21時は女性専用になります。今日は自分一人の貸切状態なので特に影響ないものの、例えば夕食の後にすぐ行こうとすると女性専用の時間帯になってると思われるのでそこだけ注意かと思います。
ラムネ風呂についても普段は女性専用で、宿泊者に限り19~21時は男性専用になります。
長くなりましたが、結論を言ってしまえば宿泊者はすべての温泉に入ることができるため、高友旅館を訪問する際にはせっかくなら宿泊するのがおすすめです。
まず最初に訪れたのは、自分が泊まっている桔梗の部屋から一番近い家族風呂。
家族風呂は1階に位置しているものの、たどり着くためには一度2階に上がり、そこから階段を下る必要があるのでなかなかの奥地にあります。所見だったらまず見落としてしまいそうになるくらいには目立たない場所にあって、平面図を見ていないと気づきにくいかも。
家族風呂なだけあって脱衣所は広く、家族でまったり入るには適していると思います。お湯も個人的にはちょうどいいくらいの温度で、何も考えずに長い時間入っていられるほど快適でした。
ここに限らず高友旅館の温泉にはいずれも洗い場がちゃんとあるので、どれを最初に訪れても特に変わりはないです。今回は温泉に入りに行こうと思ったのがまだ日帰り温泉客がいる時間帯だったため、宿泊者しか入れない家族風呂に最初に入りに行きました。
続いて入りに行ったのは、玄関から右手方向に進んだ突き当たりにあるひょうたん風呂。
その名の通り湯船がひょうたんの形をしておりユニークで、これが背もたれとして身体にぴったりフィットするのがたまりません。湯船そのものは2人も入ればいっぱいになるくらいの大きさなのですが、一人だと実に絶妙なサイズ感でした。水深?も自分の身体に合っているようで、姿勢的にも優しい。
浴室も窓が多く設けられているので採光は十分あり、日が出ている時間帯に入ると露天風呂のような開放感があります。
窓が常時開放されているおかげで外気温そのままの寒さを味わうことができ、首から下はぽかぽか、首から上は寒いというシチュエーション。お湯の温度は家族風呂よりかは若干ぬるめなので、出るタイミングを逃すと本当に永遠に入っていられるような心地よさがあります。
ところで、こういう風に窓を開けっ放しで入れるというのも冬の温泉ならではの利点。
春や秋だったらなんだかんだで虫が入ってくるので難しいものがあるし、夏は暑いので温泉そのものに入るという機会があまりありません。建物自体が古めということもあるけど、温泉旅館はやはり冬に訪れるのがベスト。寒さについては温泉でカバーできるし、そもそも寒いから温泉に入りに来ているわけなので。
黒湯
2回連続で温泉に入ったことで身体はすでにかなりの熱を持っており、このままの勢いで残りの温泉へ入りに行くと途中でダウンしてしまいそうな予感。普通ならここで長めの休憩をいれるところ、冬場なので勝手に身体が冷えていくためインターバルは短めで済みます。
もちろん水分補給はするとしても、館内を適当に歩き回っているだけで温泉に入る身体の準備が自動的に整うのだから冬はお得すぎる。
ちょっと休憩した後にお目当ての黒湯へ。
黒湯は高友旅館の目玉ともいえる温泉で、日帰りで訪れる人も多いとのこと。時間帯的にはちょうど日帰り温泉が終わったくらいなので、もうここから先は気兼ねなく利用できます。
黒湯とプール風呂は浴室としては一つになっており、手前には黒湯が、奥側にはプール風呂があります。ご覧の通り他の温泉と比較するとかなり広々としていて、大人数で入っても問題ない様子。
この温泉に漂う>異世界感が凄かった。
コンクリート製の壁面を這うように配置されたパイプ、変色した床。そして湯口付近には想像もつかないような析出物の量。さらには匂いについてもなんかタイヤのような、油のような匂いが広がっており、今まで自分が訪れたことがないような景色が目の前に広がっていました。
特に析出物については本当に目をみはるものがあり、一体どれだけの効能の高さと年月があればこれだけの量が積み重なるのか。
とにかく情報量が多すぎて、すぐに温泉に入るどころではありませんでした。
ざっと見渡してみると、湯とコンクリートの境界付近には例外なく析出物が堆積している。
特にプール風呂(温め)については、水面下では湯船の壁面がつるつるしている一方で、水面から上の部分は析出物によってごつごつしているのが特徴的でした。特に難しいことを考えなくても、ただ湯に浸かっているだけでこの析出物を形成するだけのパワーが身体に染み込んでいくのが即座に理解できる。
温泉そのものについてはどうなのかというと、一言でいうと短時間であっという間に身体が温まるのが黒湯の特色じゃないかなと感じます。
黒湯は濃い緑色をしており、温度も実にいい湯加減で申し分なし。しかし、別に熱めでもなんでもないのに不思議とすぐに身体に熱が入ってくるような気がしてなりませんでした。
お湯の成分によるものだと思うけど、これだけでも普通の湯とは明らかに違う。黒湯に長い時間入っていると身体の中の悪い成分が自然と抜け出ていくような、そんな感じ。
夕食
黒湯とプール風呂を行ったり来たりしながら温泉を最大限に満喫し、湯から上がった頃にはもう放心状態になってました。
その後は部屋に戻ってだらだらしたり、再度館内をぶらぶらしたりして過ごす。ただこれだけ館内に温泉があると一通り巡るだけでもそこそこ体力が必要になると思われます。肉体的/精神的な休息を得るために温泉宿に泊まっているはずなのに、なんか逆に疲れてきたっていうレベル。
でもそれがいい。
温泉タイムとだらだらタイムを交互に繰り返すこと自体が非日常なわけで、まさに自分のしたいことができているという実感があります。
遠方に来ているのだから日常では味わえない体験をしたいと思うのが普通というもの。思い返してみれば高友旅館を訪問した瞬間から非日常な風景や体験ばかり堪能しているし、そんな時間の過ごし方が好きな人にとっては天国みたいなところかもしれない。
気がついたら夕食の時間になってました。
全品が美味しいという幸せ感あふれる夕食。
旅においては旅館の食事をいただくために投宿している感がある。今回は温泉がセットになっているけど、旅館の良さの一つは夕食や朝食の素晴らしさにあると思います。
地物を活かしたそのままの品ばかりで、それを地酒と一緒に楽しむと最高に堪えられない。冬ならではの鍋物もあって、一品一品をいただくごとに白米が無限に消費できるくらいでした。
食後はこのまま寝てもよかったものの、残りの温泉に入ってから就寝することにします。
まずは、通常女性専用になっているラムネ風呂へ。
その名の通り泡が湧いており、湯船に浸かると同時に泡が一斉に拡散していく様子が面白い。お湯については少し熱めで、しばらく浸かっているとだいたいちょうどよく感じるようになりました。
浴室はコンクリート製で、蛍光灯の灯りがほのかに全体を照らしている様子がいい。時刻はもう夜になっており、旅館周辺に響く音は皆無。
温泉街そのものが静寂ということも含めて、静かな中で温泉に入れるというのは本当に素敵です。
最後は、52年館にあるもみじ風呂。
ここは源泉温度が74.6℃もあり、他の温泉と同じような気分で入ったら激熱すぎて悲鳴上げました。もみじ風呂も家族風呂に分類されるので脱衣所は小さく、湯船も2人くらいがちょうどいいくらい感じ。
無色透明のお湯の中には湯の花の量が非常に多く、熱くて長湯は難しいですが効能は高そうです。
その後は自室に戻って布団に潜り込み、気がついたら寝てました。
夜中に溶けた雪が雨樋をつたう音以外は何も聞こえず、館内も寂として声なし。ここまで静かだと今日の宿泊客が自分だけであるというのが今更だけど実感できる。
翌朝
翌朝は寝たときと同じ用にいつの間にか起きており、起きてから自分が旅館に泊まっていることを思い出す。
自分が寝ていた布団や枕もいつも使っているものとは当然異なるし、何よりも寒さの質が違う。宮城の冬は芯から冷えてくる寒さだった。
部屋を出てみると窓際にポットが置かれていて、今日の分のお湯を宿の方が準備してくださったようです。こういうちょっとした心遣いを感じると、また泊まりに来ようという思いも自然と湧いてくる。朝から良い気分だ。
朝食前には朝風呂として黒湯に入り、身体の調子を整えました。
朝食を済ませ、自室に戻って宿を去る準備をする。
高友旅館の一日はまだ始まったばかりで、時間帯としては日帰り温泉の受付時間がはじまるまでの微妙な朝のひととき。駐車場を見ると、どうやらすでにそれを待っている地元の人っぽい姿が見えた。
名残惜しいものの、宿泊者にとっての時間はもう終わりのようです。
そんなこんなで、高友旅館での一夜は終了。
おわりに
ふとしたきっかけから知ることができた黒湯の高友旅館。
どうせなら冬の時期に訪問してみようと思っていたところ、これほどまでに味わい深い時間が過ごせるなんて予想外でした。温泉も旅館も独特の味を持っていて、温泉に入るもよし、館内をぶらぶらするもよし。
忘れられないほど充実した二日間になったし、精神的にも静かになれるのは良い宿ならでは。おすすめです。
おしまい。
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