仮に温泉旅館に泊まると決めたとして、その温泉、又は温泉街に求めるものは何だろうか。
泉質や効能、はたまた旅館の雰囲気や食事。各人によって考慮すべき項目はもちろん異なると思うし、場合によってはその時のタイミングも重要になってくる。温泉そのものをはしごしたいという時もあれば、宿そのものに重きを置きたい気分というケースもあるだろう。とにかく、日本全国に星の数ほど分布している「温泉」はあらゆる意味で気分をリフレッシュさせてくれる存在で、目的に応じた温泉を探してみるのもなかなか面白い。
今回自分が温泉を探すにあたって重視したのは、温泉そのものだけではなく温泉街も含めて「温泉にとにかく集中できる」ところ。
要は、あまり観光客が多くないところです。有名どころだとなんだかんだで人が多いし、そういうところで一夜を過ごすのもいいですが、今回はなんとなくそういう気にはなれなかった。静かな温泉街で、心ゆくまで温泉を堪能できる場所。
そんな理想郷を探しててたまたま見つけたのが、今回訪れた霊泉寺温泉です。
山深い温泉街を訪問する
霊泉寺温泉は長野県上田市にある温泉で、同じ美ヶ原高原の東側の麓に位置する鹿教湯、大塩と合わせて丸子温泉郷を形成しています。これ以外にも霊泉寺温泉周辺には別所温泉や最近訪問した田沢温泉などもあるし、ここらへんをぐるっと回るだけでも十二分に温泉を満喫できるという幸せ感。
というか、長野県って本当に温泉が多い。
何も考えなくてもとりあえず長野県に行けば温泉に入れるし、しかも有名どころも多い。長野県は個人的には登山でも訪れる機会が多いところなので、登山+温泉がセットになった行程も組みやすいです。
霊泉寺温泉の開湯は、かつて鬼を退治した平維盛が山の中を彷徨っているうちに湯が湧きだしている泉を発見したとも、968年(安和元年)に霊泉寺が建立された際に、寺の傍から温泉が湧出したとも言い伝えられています。
霊泉寺温泉にはいつものようにロードバイクで向かったところ、距離感を誤って早く着きすぎてしまい、時間をつぶすためにこの寺の境内でのんびりしてました。
そんな中、自然の音以外の人工的な音がほぼ聞こえてこないことに違和感を覚えるほどでした。
詳しくは後述しますが、霊泉寺温泉は本当に静かな場所です。
この時期だけかもしれないけど訪れる人がほとんどおらず、共同浴場に入りに来る地元の人以外は皆無。逆に霊泉寺温泉に泊まった翌日に別所温泉を訪れてみたらめちゃくちゃ人が多くて、つまり、はっきり言ってしまえば霊泉寺温泉は穴場です。
温泉街の様子はこちら。
メインストリートの両側に旅館が数軒(現在では4軒)と共同浴場がある以外には何もなく、いわゆる観光地みたいな華やかさはここにはありません。しかし、ここで一夜を過ごすと思うともう満足以外の何物でもない。霊泉寺温泉全体に広がるこの空気感。これをこそ味わいに来たのだから。
宿へチェックイン
今回泊まった宿は、現在営業されている霊泉寺温泉の宿の中では最も温泉街の入り口側に位置する遊楽。
他にも気になる宿はあったものの、食事がとにかく美味しいとの噂なので気分でここにしました。
遊楽は旅館というよりはどちらかというと民宿のような造りになっていて、全て木造です。
どこか温かみを感じるような雰囲気が全体に漂っていて、まるで親戚の家を訪れたような気分。気兼ねすることなく精神的にも開放されたような居心地の良さがありました。
泊まった部屋はこんな感じで、すでにお布団が敷かれていました。
ここに限らず、自分が泊まる部屋にお布団が敷かれているとなんか安心できます。夕食が終わったタイミングで部屋に戻った際に敷かれているのももちろんいいし、こういう風にチェックイン時に予め寝る準備が整っているのもまた良い。
霊泉寺温泉を歩く
部屋に案内していただき、早速浴衣に着替えたところで夕食の時間までにはまだだいぶあります。
これから共同浴場に行くのは当然としても、まずはこの遊楽の内湯に入ることにしました。
遊楽の内湯は大小の二箇所あって、どちらも完全貸切形式。空いていれば自由に入ることができて、入り口の戸が閉まっていれば誰かが入っているし、開いていれば自分が入れるという至ってシンプルな形式でした。
この日の宿泊者は自分を含めてたった2人だったこともあるけど、温泉に入っているのが自分だけ、というのは想像以上に落ち着けるもの。例えば大きな旅館に泊まる場合は家族湯という名前で貸切湯があったりもしますが、宿泊者数が多いとなかなか入れなかったりします。そういう意味では、遊楽に泊まることは今回の主目的である「温泉に集中する」に即した宿選びと言えると思う。
「小」の方の内湯はこんな感じ。
そして、「大」の方はこのように非常に広いです。
貸切というのが本当に良くて、同じタイミングで入る人に遠慮する必要がないのが素晴らしい。
めちゃくちゃ広い温泉ならそんなことはあまり気にならないかもしれないけど、広すぎず狭すぎずの広さの温泉っではそれが難しいもの。洗い場が数カ所しかなくて、湯船も5人くらいしか入れないようなところ。ああいうところだと、他の人の状況を見ながら「身体を洗って、湯船に浸かるのをいつにするか?」とか結構気になってしまう。
でも、ここではそういうことが一切ない。
霊泉寺温泉の特徴は、一言で言えば温いこと。
この遊楽の場合だと源泉温度は38.5℃で、泉質はpH8.2のカルシウム・ナトリウム-硫酸塩温泉(弱アルカリ性温泉)です。源泉温度が低いため、気温によっては加温しているとのこと。なので、自分のように「温泉は好きだけど、温度が熱いと長湯ができない」という人にとってはまさにうってつけだと思いました。特にこれからの季節は気温が上昇していく一方なので、そういう中でもじっくり入れる温泉は貴重です。
湯の色は無色透明で、湯船のタイルの色が透けて見えるのがなんか銭湯感を彷彿とさせる。青い色のタイルなのも綺麗で素敵でした。
そんなことを考えながら、普段よりも思いっきり長湯をしてみる。不意に窓を開けてみると宿の裏手を流れる川の音。日も徐々に傾いてきており、その寒暖差に驚きつつも湯に浸かっている限りは安心。このときはあれこれ考え事をしながら長湯をしていたけど、場合によっては本でも読みたい気分になった。
結局30分ほど温泉に入り、十二分に身体が温まってから部屋に戻りました。
共同浴場~夜
せっかく温泉に入った余韻が残っているので、このままの勢いで共同浴場にも入りに行くことに。
共同浴場は温泉街の一番奥にあり、通常ならば入浴料が大人¥200かかります。
しかし、おそらくどの宿でも無料券を配布しているため、宿泊する場合は無料で入りに行くことが可能です。非常にありがたい。
湯については遊楽と同じように温めで、浴槽がそのまま大きくなったようなイメージを想像してもらえるとわかりやすいと思います。そして共同浴場に入りに来る人は完全に地元の人ばかりで、パッと見だと観光客っぽい人は見当たらない。
地元に愛され、ひっそりと佇んでいる一角。山中にあってまるで時代に取り残されたような感覚になりつつも、ここには確かに人の営みが感じられる。
共同浴場から上がった後は、遊楽に戻るついでにぶらぶら散策してました。普段だったら寒すぎて速攻で屋内に駆け込むところ、温泉で温まった身体にはこの寒さがむしろちょうどよく感じられる。
共同浴場から戻ったら夕食の時間になってました。
遊楽の食事は口コミで絶賛されるほど評判がよく、女将さんが作る料理はどれも絶品です。一品一品が手作り感溢れる料理ばかりで、温泉に連続で入りすぎて若干消耗した身体の隅々まで染み渡っていくような、あっさりとした味付けが好きになりました。
赤飯も当然のようにおひつを空にしてしまい、満腹で食事を終えたという話。ちなみに食事の際には酒類を持ち込んでOKみたいで、同じ日に泊まった常連っぽい方は日本酒を持ち込んでました。
その後は再度内湯に入りに行ったり、割と極寒だった屋外の散策に出かけたりと気ままに過ごす。
宿泊先での夕食後に何をするかは結構個人差があると思っていて、大抵の場合は風呂を夕食前に済ませているので速攻で寝る人もいれば、持ち込んだ小説を読む人もいます。これについては性格が出やすいと思う。
自分の場合は散策を続けているか、温泉に入りに行くか、もしくは広縁に座って何も考えずにお茶を飲んでるかの三択だったりします。散策もなかなか奥が深くて、時間帯によって全く異なる風景が見えたりするのが面白い。夕方の景色は夕方の特徴があって、夜は夜でまた良いもの。特に霊泉寺温泉の場合は夜に繰り出していくタイプの町ではないので、夜に屋外に出てみると寂しさを感じられたりもする。
翌朝
まずは6時から入れる内湯に入りに行き、内湯から上がったら布団に潜り込んで二度寝を決める。旅先での二度寝の気持ちよさは突出していて、この日の行程が割とどうでもよくなるレベルで何も考えられなくなってしまう。
もちろん二度寝をしたのには理由があって、遊楽の一般的な朝食時間は8時となっています(夕食時に、朝食は8時でいい?と聞かれる)。なので早く行動する理由はなくて、朝の時間を思い思いに過ごすことができる。
朝食の時間。
昨晩あれだけ食べたのに朝になったらしっかりお腹が減っているあたり、人間の身体というものは不思議なもの。でもいわゆる「食べすぎ」のときとはまるで様相が異なっていて、遊楽での食事は量に関係なく、実に違和感なく身体に吸収されている感がしてくる。
それは温泉の気持ちよさであったり、旅館そのものの快適さもプラスされた結果なのだと思う。
そんなことを考えながら、霊泉寺温泉を後にした。
おわりに
今回、霊泉寺温泉を宿泊地に決めた背景と理由。
その結果として過ごした一夜はかけがえのないものになり、ただ単に温泉を楽しむことの良さを改めて実感できたような気がします。静かな土地の静かな宿で、温泉と食事を堪能する。そんなのが好きな人に間違いなくおすすめできるところだし、個人的にも何もかも忘れて一泊したいというときにまた訪れることになると思う。
おしまい。
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