TAMAISM

旅の記録、宿泊先や行程とか

市比野温泉 割烹旅館 みどり屋 与謝野夫妻が愛した旅館に泊まってきた Part 1/2

川沿いの静かな旅館

鹿児島県の薩摩川内市に位置する市比野温泉は、市街地から遠く離れた田園地帯にある鄙びた温泉街です。

名前にこそ温泉という名称が入っていますが、"温泉街"という存在が際立って目立っている風ではなく、あくまで町並みと同化するように佇んでいるのが特徴の一つ。喧騒から離れて静かに湯治を味わうにはまさに最適の地といったところです。

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みどり屋 全景

今回泊まったのは、その温泉街の中でも市比野川沿いに位置する割烹旅館 みどり屋。昔はみどり屋旅館という名前で、現在では"割烹"を前面に押し出しています。

前回の新潟ライドに引き続いて今回もロードバイクでの訪問になり、鹿児島空港から桜島経由でここまで走ってきました。というか、今回の九州旅の主目的の一つがこのみどり屋投宿にあって、そういう意味では宿泊がメインの旅というわけですね。

最近では宿泊地を先に決めておいて、それをつなぐようにライド行程を考えるのが自分の中でのブームになりつつあります。実に良いことだ。

で、この旅館について軽く説明する前に、まずは外観から確認していきます。

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昔使われていたと思われるもう一つの玄関

旅館の正面玄関がある通りは市比野温泉のメインストリートになっており、通りの左右に商店が集中しています。

みどり屋もその通りの一角にあるのですが、ここからだとその全貌は掴むことができません。旅館の裏手に回ってみてようやく理解できたのが、このみどり屋は木造3階建てということでした。

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県道39号方面から向かうと、市比野川の橋のそばに旅館が見える。1階及び2階に加えて、温泉がある地下1階を含めた3層構造になっている。

表からだと2階建てにしか見えませんが、裏手からだと地下1階部分が見えているんですよね。

実はこの地下1階部分は温泉になっていて、Part 2で詳しく述べますが浴槽が2箇所あります。お湯はそのまま直で繋がっている川の方に流れていく構造になっているので、よく考えてみれば合理的。

みどり屋の沿革

いきなり木造3階建てという造りが隠し要素的に発見できたことで、外観からもうすでに「忘れられない滞在になる」ことが確定しているようなもの。

しかもですよ、この記事のタイトルにもあるように、このみどり屋はかの有名な文豪・与謝野鉄幹と与謝野晶子夫妻が宿泊したことで有名です。その部屋には今でも泊まることができるというわけで、もう興奮しないわけがない。

で、ここからはチェックインからの館内散策に進んでいくわけですが、まず最初に女将さん(4代目)から伺った「みどり屋の沿革」について、ざっとまとめることにしました。

  • 大正時代:創業(詳しい年代は不明)。
  • 昭和元年:現在の2階部分が完成した。
  • 昭和4年:2代目のときに与謝野鉄幹・晶子夫妻が宿泊した。
  • 昭和10年:女将さんのご家族が、2代目から旅館を買取り。女将さんの祖父が3代目。
  • 昭和53年6月:女将さんが旅館に来られた年。2代目から買取った時点では旅館はかなり荒れていたようで、女将さんが来られる10年ほど前からずっと修繕を続けていたとのこと。2階前方部分が歪んでたりとかなり大変だったらしい。ちなみに修繕を担当されていたのは女将さんのご主人。

2階部分が完成してから与謝野夫妻が泊まりに来るまでに3年しか経っていないため、かなり新しい状態で泊まったんだろうなということは少なからず想像がつく。こういう歴史を知ってから宿泊すると、普通に泊まるのと比べて一層趣きが出てくるというものです。

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関連する新聞記事

与謝野晶子は昭和4年7月30日にこのみどり屋(文献では緑旅館)に泊まった日の夜に、「水鳴れば 谷かと思ひ 遠き灯の 見ゆれば原と 思ふ湯場の夜」と詠んだのが知られています。

昭和4年というと1929年で、今の自分からすれば生まれるよりもはるか昔の話。なので当時の情勢はおろか、この温泉街の風景すらも今と比べてどう違っているのか全く想像もつかないレベルというのが正直なところです。

でも、そのときには確かにこの旅館は存在していて、そこに泊まっている人がいた。それは間違いなく事実だ。それを思うと、これからの短い滞在時間がより一層充実したものになる予感がした。

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みどり屋のすぐ近くにある与謝野晶子の歌碑

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市比野川は静かな川ですが、みどり屋の目の前だけ滝の如く高低差があります。歌にもある「水鳴れば…」とは実はこのこと。

自分が鄙びた宿巡りを始めてからというもの、旅館はただ単に泊まる場所というだけでなく「歴史を感じさせてくれる情緒あふれるところ」という認識が強まったのはもう間違いないこと。普通に生活していたらまず味わえないような、昔の空気感が自分にとっては心地よく感じてくる。

みどり屋を散策する

みどり屋に到着した時点で、時刻は予約時に女将さんに伝えておいたよりも早い16時ごろ。

ただ、これ以上行動するのはひとまず宿で一息ついてからということで、まずはチェックインを済ませました。まあ、館内散策が想像以上に楽しすぎたので、今日はもうロードバイクに乗ることはなかったわけですが。

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玄関入ってすぐの景色

みどり屋は外観だけで一目惚れするくらいに素敵でしたが、玄関入って最初に目に飛び込んできた風景でそれが極地に達しました。だっていきなりこの風景ですからね。全てが木造というのがもう最高以外の何物でもない。

一番奥までぶち抜きの直線廊下、そこから館内に入ってくる陽光、玄関横には2階への階段、そして掛け軸や生花に加えてめちゃくちゃ古そうな壁掛け時計…。もうパーフェクトすぎる。

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玄関右側。ロードバイクはご厚意で中に置かせていただきました。

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玄関左側。左奥は厨房に繋がっている。

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旅館内部から玄関方向を見る

みどり屋はその名の通り「割烹」がメインのようで、昔から1階にある大広間で時折宴会をされているようです。

そのため大人数が滞在することが前提となっており、玄関の幅が広いのが特徴。天井も高くとってあって、さらに奥行きも十二分にあるので建物内部という閉塞感を全く感じませんでした。

その日の宿に到着したときの第一印象というのは結構大事な気がしますが、その点で言うとみどり屋は客に開放感を演出してくれる良さがありますね。やはり玄関口周辺の構造はかなり重要だと感じました。

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玄関右側奥の部屋

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時が止まった時計

玄関右側奥の部屋は今でこそ物置になっていますが、女将さんのお話によると昔は女中さんが6人ほどもいて、その部屋になっていたそうです。ちなみに左の小窓(火灯窓?)は受付用だったとのこと。

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これ、なんだと思います?

そして個人的にめちゃくちゃ衝撃だったのが、厨房入り口にあったこの黒電話風の通信機器でした。

これは黒電話かと思いきやそうではなく、かつて各客室からの注文に対応するための内線電話だったというから驚くのも無理はない。このタイプのものは初めて見た…。

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昔の内線電話

各客室にはこのように番号が割り振られていて、ここの電話が鳴ると同時にその部屋の番号に応じたランプが点灯するため、どこから架かってきたか一発で分かるという仕組みです。逆に、特定の客室に電話をしたかったら、ツマミをその部屋番号のところに合わせて電話をかければ繋がるというわけ。単純故に使いやすいシステムになっている。

これでビールの注文とかしてたんだろうな。

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もう使われていない内線電話の乾電池

ちなみに内線電話はこの通り乾電池式で、この乾電池は今では入手困難みたいです。ちらっと調べたら東芝製の黄マンガン電池っぽい。

「もう使ってないし、保管しておいてもどうしようもないと分かってはいるけど、捨てるのももったいないしねぇ…」とは女将さんの談。このシステムを使っていた当時はなかなかに便利だったらしく、逆に使わなくなってからは注文に対応するのがちょっと大変だったらしいです。

いや、しかし…まだ玄関なのにも関わらず色々と"濃すぎる"な?このみどり屋は。

これだけ歴史を実感できる旅館だとはつゆとも知らなかった自分が恥ずかしく思えてくる。

けど同時に、自分の知らない世界を見せてくれる存在に心を惹かれてならない。これは何にでも当てはまると思うけど、ありきたりだったり、自分の予想できる出来事ばかりが連続で起きるようになると、次第に精神が飽きてしまったりするもの。そこへいくと、みどり屋を訪れてまだ数分しか経っていないのに驚くことばかりだ。自分が求めていたのは、まさにこういう宿なのかもしれない。

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玄関に近い方の階段

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奥に見えるのがもう一つの階段

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奥の方の階段は途中で曲がっている

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直進方向の廊下。右側が1階の大広間

今いるのが3階建ての中央の階となる1階部分で、ここから上や下に続く階段は建物の中心部に集中しています。

まず、玄関に一番近いのが1階から2階へと続く階段。そのまま廊下を直進するとすぐ横に地下1階への階段があり、それを過ぎるとまた2階への階段があります。なので、例えば2階から地下1階へ温泉に入りに行きたい、という場合でも手軽に移動することができます。

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1階の大広間

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今でも使われているようです

それらの階段の正面にあるのが、1階の大広間です。

玄関から一番近い部屋かつ広い三間続きの部屋となっていて、かなり大人数でも問題なく収容できそうな予感。1階にあるこの大広間で騒いで、騒ぎ終わったらそのまま温泉に行ってもいいし、眠くなったら2階へ行って客室で寝るという使い方が一般的だったのかなと思います。最近だと宴会だけやって解散、というケースが多そうかな。

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そのまま直進してみる

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大広間の奥、1階の一番奥の部屋は客室で、その前の廊下では布団干してました

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1階のトイレ

トイレについては1階と2階にあって、1階の方はウォシュレット付きでしたので特に憂うことはないかと思います。

2階

1階はこんな感じで散策が終了し、続いては階段を上がって2階へ。

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2階廊下。手前の階段を降りると玄関に繋がっている。

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2階廊下奥。右奥が今回泊まった部屋、右側の障子戸が2階の大広間。

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階段は多くの木を複雑に組み合わせていて、手で木をなぞっているだけで気持ちいい

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1階への階段

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階段の意匠

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2階の大広間方面を見る

2階には大広間と客室、それにトイレがある完全な宿泊スペースになっており、廊下は広めで歩きやすい印象でした。

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2階の大広間。現在では使われていない。

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主に布団置き場になっている様子

1階と同じく2階にも大広間があって、廊下方向の幅は同じですが、1階で言う玄関部分までも部屋が伸びているので面積的には2階の方が広めです。

窓側の障子戸を開けると廊下(広縁?)がずっと続いており、往時はこの障子を全部取っ払ってスペースを確保しなければならないくらい、宴会時の人数が多かったとのことです。今では1階の大広間で十分まかなえてしまうので、2階を使うことはないそう。

それにしても、これだけの広さの大広間が全部人で埋まるほどの時代があったということと、今の閑散とした雰囲気の差を感じずにはいられない。これも時代の移り変わりなんでしょうかね。。

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他の客室の一例

客室については、今回泊まる部屋以外の部屋をちょっと覗いてみたところ、すぐにでも使えるくらいに整頓されていました。

というのも、みどり屋は今現在では宿泊できる人数を1日1組に限定しているのです(しかも週末はたいてい埋まっている)。なので、今回泊まる部屋(与謝野夫妻が泊まった部屋)以外の客室は実質待機状態にあるため、どうなっているのかちょっと興味がありました。

でも、実際にはどこもものすごく掃除が行き届いているし、かの1部屋以外を疎かにしているというわけでは断じて無い。そういう意味でも、みどり屋の方針にはとても好感が持てましたね。

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旅館の前の通り

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とりあえず、こんな感じで1階と2階の散策は終了。お次は今回泊まる客室へと向かってみます。

つづく。