はやし屋旅館 萩往還の宿場町 佐々並市に佇む老舗旅館に泊まってきた

今回は、山口県萩市佐々並にあるはやし屋旅館に泊まってきました。

この旅館が位置する佐々並市(市集落)の歴史は古く、江戸時代には萩往還という道の宿場町として栄えました。萩往還は関ヶ原の戦いの後に形成された参勤交代道であって、今で言う萩市(日本海)と防府市(瀬戸内海)をほぼ直線で結ぶ約53kmの道。

つまり萩藩にとって萩往還は主要の道路な一つで、佐々並市は萩往還の中継地点として重要な場所だったわけです。さらに時代が進んで幕末になると吉田松陰をはじめとして維新志士達の往来もあったことから歴史的にも注目され、今でも萩往還を通しで歩く人は多いとのこと。

はやし屋旅館は江戸時代当時から現在までただ一軒残る旅館であり、文献によれば萩藩主がこの地で旅籠を営むよう初代当主に命じたのが始まりとされています。今では1日1組限定で宿泊することができ、佐々並市を代表するささなみ豆腐のフルコースを味わえるという意味でも濃い体験となりました。

もくじ

外観

萩市から山口市までを結ぶ国道261号、そのだいたい中間地点に佐々並市の町並みはあります。国道から東に入ったところに「萩市佐々並市伝統的建造物群保存地区」があり、ここには古い家屋が多く並んでいました。

ただし町の中には特に店があるわけではなく、周辺にあるのは萩市の支所や商工会議所、消防署といった公共の施設が多いです。あまり観光という雰囲気でもないので、自分以外に観光客は見かけませんでした。

市集落は大きく分けると貴船神社から西に向かって街道沿いに町並みが展開する上ノ町と、そこから直角に折れて北に向かって伸び、佐々並川に至る間に町並みが展開する中ノ町の2つの区域に分けられます。
このうち宿泊の方の機能を持っていたのは上ノ町の方ですが、現在ではそもそも建物自体があまり残っていません。中ノ町は醤油や豆腐の製造が行われ各種商業の機能を担っていて、はやし屋旅館が位置するのはこの中ノ町の方です。

佐々並市
古い建物が残る
高台からの眺め
中央やや奥、屋根にソーラー温水器が付いているのがはやし屋旅館

山口県は基本的に海沿い以外には山が広がっており、佐々並市もまた山間部の中にある集落の一つという感じ。

ただし山口市街からは割と近いのでアクセスはよく、国道そのものの交通量は多いです。国道の脇にひっそりと佇む一角という雰囲気が強いものの、山越えの途中にあるので車以外の交通手段、例えば徒歩や自転車旅だと到着した感をより味わえるはず。

というか山間部の宿場町って当然ながらある程度開けた場所に形成されるのが普通だし、比較的平地が多い+川の近くという立地的な特徴をみれば発展するのは自然な成り行きだったのかもしれません。


そういうわけで、まずは外観から。

はやし屋旅館の建物は女将さん達が住まわれている主屋(明治中期建築)と、宿泊に供されている新館(昭和中期建築)から構成されていて、昔は街道に面した主屋も宿泊用途に使っていたが、女将さん達が帰られてきてからは住むところがないので新館に一本化された経緯があります。

主屋は昔ながらの和風建築
料理屋の方の入り口

街道を歩いていると壁に「はやし屋」と書かれた建物があり、これがはやし屋旅館の主屋です。なんとも分かりやすい。

1階は豆腐料理屋の入り口が右の方にあって、住居部分はどうやら2階部分にあるようでした。また壁には説明書きが書かれていて、ちょっと書き出してみると

”江戸期以来、この地に居住し、「林屋」と号し旅館を営み今日に至っています。幕末には維新の志士達が宿泊したと言われています。主屋は平入りの二階建、屋根は切妻造桟瓦葺で、角地に面した隅部のみ入母屋造として、軒は上裏に造り、持送りで支え手すりを巡らしています。新館は片入母屋造で正面に切妻屋根の玄関を付し、洋風要素を加味した昭和中期の旅館建築として貴重とされています。”とありました。

主屋の奥に繋がっているのが新館
新館の玄関
一帯の建物の中では一際巨大である

そのまま右奥に移動していくと明るい色の壁をした新館が見えてきます。

主屋と異なり新館は横幅が非常に広く、全体が道に面しているのでとても存在感がある。確かに主屋とは建物の年代が明らかに異なるのが見て取れますが、建物の真ん中に配置された玄関や洋風な柱・欄干などにもそれが感じられました。

すでに述べたように現在ではこの新館のみが宿泊場所になっているので、宿泊者はこちらの玄関から中に入る形になります。

館内散策

玄関~1階

それでは玄関から館内へ。

1階部分にはトイレやお風呂場がありますが、トイレは2階にもあるほか、お風呂場については後述の理由から使うことがないので1階はほぼ素通りすることになると思います。

玄関

玄関は建物の広さに応じたこじんまりとしたもので、玄関土間の左側に靴箱があります。

玄関入り口上部のガラス部は細い格子が組み合わされているほか、玄関土間の壁には竹が取り付けられているなど凝った造り。一見すると古い構造のように思えるものの、とても古い建物では逆に見たことがないので確かに比較的新しい建物のようでした。

館内に入ってまず感じたこととしては、向かって正面方向の窓から差し込んでくる陽光が柔らかいということ。屋内はどうしても薄暗くなってしまうので採光が重要になってくるところ、廊下には大きな窓が設けられているのでとても明るいです。

そのまま正面に進み、左側を見ると2階への階段やお風呂場、そして廊下を直進していくと主屋の方に繋がっています。

玄関から逆に右側の廊下を進むと突き当りに仏間がありますが、その周辺の部屋も含めて宿泊客用ではありません。

しかし家具等が比較的多く置かれているにも関わらず雑多になっている感はなく、廊下の木材の古さや壁の白さ等がとても心地よく感じられる。単純に古い建物ならこうはならず、やはり現在進行系で人の手が入りながら生活とともに存在している建物…という独特の良さがあります。

なお窓の外に広がる庭園には小さな池がありますが、水は入っていません。

窓の上の欄間?部分は木の板で塞がれている
階段の途中から
新館の隣にある池

その他、新館のちょうど隣にはかつて宿泊の礼にと藩主が掘らせたと伝わる池がありました。隣には見事だった松の木があったものの今は枯れ、あたりには静けさが広がっています。

以上が新館1階の様子ですが、庭園とそれに面する廊下という位置関係が好きになりました。表通りからは決して見ることができない奥まった場所に緑が広がり、そこに降り注ぐ陽の光が実にまぶしい。

2階~泊まった部屋

続いては階段を上って2階へ。

2階への階段は途中で手前方向に折り返す方式で、踊り場周辺の壁には円形や瓢箪の形をした特徴的な窓が設けられていました。このような窓は伝統的な建築に多く見られ、泊まった旅館で発見できると嬉しくなります。

踊り場の次の階段は段数が3段しかなく、昔からこうだったのかは不明。1階と2階との高低差を若干多めにすることで階段周辺の空間を広くしており、先ほど通ってきた1階の開放感が持続しているようなイメージ。

階段を上がって右側にトイレと洗面所がある。

階段を上がって右側には男女別のトイレ及び洗面所があります。トイレのさらに右側、主屋方面にもどうやら廊下が繋がっているようですが(ちょうど丸窓の先)、通れるようにはなっていませんでした。

で、実を言うとここから先の廊下には、今回泊まることになる部屋しか存在していません。つまり滞在中に移動できる館内の導線は非常にシンプルにまとまっており、「客室が多い=廊下がたくさん必要=自動的に建物自体が大きくなる=散策する時間が増える」という流れがここには無いことになります。

1階の玄関から入って階段を上がり、2階の客室に到着する。宿として考えるとこれほど分かりやすい形もないし、1日1組方式だからなんか新館全体が自分のもののような気分にもなれる。ちょっと言葉にはしずらいけど、要は自分がいつも泊まっているような旅館とは異なる体験ができたということ。

建物が広すぎると自分が把握していない部分が残る中での滞在となるのに対して、はやし屋旅館では何もかもが手の届くところにあるような感覚。旅館というよりは家にいるような感じです。


廊下はそのまま新館奥へと続いています。

特徴的な廊下
廊下の突き当り

個人的にはやし屋旅館で一番好きになったのが、この客室に面している長い廊下でした。

廊下には大きなソファがいくつも並べられ、共用の廊下というよりは広縁のような扱いになっている。これは1日1組形式によるものであって、共用部分の代わりにくつろぎスペースを増設したような格好です。

あとはなんといっても、中庭に面した側に大きなガラス窓が設けてあること。

窓はちょうど膝下くらいの高さのところで二段式になっていて、壁の一部分が窓になっているのではなく壁そのものが窓になっているくらいの割合。ここを開け放つことで十分な採光が得られるほか、風通しも非常によくなるというメリットがあります。

建物の外周部に廊下が通っている構造だと窓がある=明るいという図式が成り立つけど、ここまで窓に全振りしているのはなかなか見たことがない。特に風通しの良さが如実で、屋内にも関わらず屋外にいるような開放感が感じられます。

廊下の天井
廊下の木材の経年劣化感が良い
窓の木枠の溝部分。近代的なアルミサッシではなく木製のまま。
下側の窓
古いガラスなので、斜めから見るとゆらゆらしている

この一角の居心地がとにかく良すぎたせいもあって、滞在中は客室で横になるよりもソファで昼寝をしていました。

旅館の客室にはこのような大きな窓は一般的に設けられていないし、客室内で横になると視線の高さも下がるので景色を得ることはできません。ただし広縁がある場合はそこに座ることで景色を楽しむことができるというのが広縁の良さであって、はやし屋旅館ではその広縁が大幅に拡張されたような形です。

広縁特有の景色の良さはそのままに、自分が落ち着くことができるスペースが横方向に広くなっている。しかもここに座っていると適度な陽光や夏の終わりの風が感じられるし、自然と眠くなってくるのも無理はない。

長々と書いたけど、要するに「適度な広さを持つ窓際のスペース+自分以外に人が居ない1日1組という静けさ」がこの感を生んでいると思います。

泊まった部屋

泊まった部屋はこんな感じで、8畳×2の二間続きです。向かって手前側が客室用で、奥側が寝室にあてがわれていました。

設備としてはテレビ、扇風機、ポットがあります。アメニティはタオル、バスタオル、歯ブラシがあり、これらは準備する必要はありません。

注意点としてはエアコン(業務用のでかいやつ)が寝室にしかないことと、もしエアコンを使う場合は当たり前ですが客室周りの障子戸や襖戸を全部閉めなければならないこと。今回の訪問時はそこそこ気温が高かったものの、自分としてはありのままを感じたかったので日中は扇風機のみで過ごしました。

部屋からの眺め

客室を通り抜けて表通り側に進むと、こちらには畳敷きの細い廊下が通っています。

今では物置みたいに色んなものが置かれているものの、昔は今で言う洗面所付近から通り抜けができたっぽいです。比較的古い建物だと建物の外周側に廊下が通っている構造になっていて、はやし屋旅館もまさにそれでした。

なお転落防止用の柵は旅館でよく見られるような木製の欄干ではなく、金属製の頑丈なもの。形状は中心にある丸の部分から放射状に四隅へと棒が繋がっています。今までに金属製はあまり見たことがなく、これも一種の洋風な部分なのかもしれません。

寝室の方は向かって正面奥に床の間や付書院がある豪華な部屋で、建物の右端に位置しているので隣の部屋はありません。

女将さんに部屋に案内していただいたあと、自家製の梅を使ったという梅ジュースを頂きながら休憩タイム。

この日は割りと長い距離を移動してきた上、日中がとても暑かったので疲れました。でもこういう経験をしてから宿に到着するとかなりの安堵感があって、身体の方が一気に宿泊モードに切り替わるので好きだったりします。

廊下、ソファの向こう側には夕焼けに照らされる風景が見える

その後は昼寝をしたり、時間帯が昼から夕方へと切り替わっていくのを廊下で実感したりしながらはやし屋旅館でのひとときは過ぎていく。

ただ単純に寝泊まりするだけなら別に旅館でなくてもいいけど、せっかく旅館に泊まっているのだから滞在そのものを満喫したい。明日のことや佐々並市のことを考えながら過ごしました。

お風呂は萩阿武川温泉へ

夕食までまだそこそこ時間がある中で、ここでお風呂に入りに行きます。

はやし屋旅館のお風呂は近くにある萩阿武川温泉に車で送迎してもらう形となっており、これはシンプルに温泉のほうがお客さんの満足度が高いからだそうです。宿から温泉までは約12kmあるため、送迎時間を含めると1時間以上は見ておいた方が良いでしょう。

個人的には夕食の時間は18時くらいと決めてあるので、私と同じような形を取るのであれば宿には早い時間に到着しておくほうがいいです。

萩阿武川温泉は日帰り温泉で内湯のほかに露天風呂もあり、館内には休憩スペースも完備されていました。

確かにお風呂において湯船が広いというのは満足度に大きく影響するし、温泉旅館ではない一般的な旅館ではお風呂を重要視していないのも事実。そういう意味では、温泉への送迎をとられている方針は実に素敵だと思います。

夕食~翌朝

温泉から戻ってきて少し経ったら夕食の時間。実は自分がはやし屋旅館に宿泊することを決めた理由の一つがこの夕食の内容にあって、佐々並を代表するささなみ豆腐を堪能できるからなんです。

ささなみ豆腐は、昔ながらの藁で縛る製法で作られている特殊な豆腐です。昔は旅館の目の前にある豆腐屋「土山商店」から購入していたところが、2017年に営業をやめてしまったので製法を教えてもらい旅館で出すようになりました。なおはやし屋旅館では宿泊のほかに料理屋も営まれており、こちらも旅館の食事と同じように予約を受けてから豆腐を作り始めるというこだわりようです。

ささなみ豆腐は現在では佐々並でも手に入りにくく、食べることができるのは製法を受け継いだはやし屋旅館のみ。あくまで製法を教えてもらっているだけなので"販売"はできず、つまり食べるには自分のように宿泊するか、食事の予約をするしかありません。

そういう背景もあって、電話予約時にささなみ豆腐のフルコースをお願いしておきました(一応、通常の夕食も受け付けています)。

夕食の内容
うなぎ
厚揚げ
田楽
茶巾揚げ
冷奴
揚げ浸し
ご飯は赤飯でした。もちろんお吸い物の中にも豆腐が入っています。
デザートは豆乳プリン

こちらがそのフルコースの内容。

冷奴や厚揚げに始まり、田楽や茶巾揚げ等も含めたまさにフルコースと呼ぶにふさわしいメニュー。刺し身やうなぎなど全体的にヘルシーな料理が並んでいるように見えますが、量的には相当なものがあって気持ちよく満腹になれました。

旅先ではその土地特有の幸を食べたいと常々思っている中で、はやし屋旅館では土地どころか旅館限定の料理を味わえるから感動するのも当然といったところ。豆腐という素材を実に様々な料理に発展されており、食べ進めていっても飽きることが全くないです。いや、ここまで「食」に感動したのは久しぶりかもしれない。

ささなみ豆腐の食感はというと、一般的な豆腐と比べて3倍くらい固いのが特徴でした。これは特に冷奴で顕著で、弾力性があるので箸で切るのがちょっと大変だったくらい。まさに大豆の旨味が凝縮されているような力強い食感がします。

夜の時間
翌朝

夕食後はあっという間に辺りが暗くなっていき、そういえば佐々並市は山間部の集落だったことを思い出す。夜の時間は特にやることもないので、さっさと布団に入って寝てました。

翌朝は至って普通に目が覚め、布団から出てきてソファに座っていると朝食の時間。はやし屋旅館に泊まる人は99%が萩往還を歩かれる人なので、朝食の時間は割りと早めでも対応してもらえるのがありがたい。

朝食の内容

朝食の内容はこんな感じでした。

夕食に引き続いて朝食にもしっかり冷奴があり、最後まで佐々並市を堪能することができたと言えます。

おわりに

はやし屋旅館は萩往還の佐々並市に残る歴史ある旅館であって、1日1組ということもあってとても静かな時間を過ごせるのがまず大きいです。

旅先での時間はかけがえのないものだし、一夜とはいえできることなら最大限にリラックスしたいもの。2階には心からくつろげる広々とした広縁があるほか、旅館近くの交通量は少ないので雰囲気に浸れると思います。

極めつけは、ここでしか食べられないささなみ豆腐をつかった料理の数々。江戸時代から引き継がれてきた美味しい豆腐をいただきつつ、幕末の時代に思いを馳せる体験は忘れがたいものとなりました。

おしまい。


本ブログ、tamaism.com にお越しいただきありがとうございます。主にロードバイク旅の行程や鄙びた旅館への宿泊記録を書いています。「役に立った」と思われましたら、ブックマーク・シェアをしていただければ嬉しいです。

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