川野旅館 大正4年創業 宮大工が建てた曽於市大隅町の木造旅館に泊まってきた

今回は、鹿児島県曽於市の川野旅館に泊まってきました。

こちらの歴史についてまず述べると、建物の前の坂道を上っていった先にある覚照寺というお寺を宮大工が建てた際、この川野旅館も一緒に建てられたという経緯があります。創業は1915年(一説には1908年)で、水回り等の一部改修を行った以外は基本的に保存状態は良好とのこと。なお後日調べたところ、覚照寺の開基は岐阜県出身らしくて意外なところで縁があります。

今回はロードバイクでそこそこ疲れる行程を走ってからの投宿になり、寛げる部屋と美味しい食事で体力や精神を回復できて心に残る良い滞在となりました。ご主人や女将さんはお二人とも朗らかで接しやすく、川野旅館の良さに彩りを加えています。

もくじ

外観

まずは外観から。

大隅町の立地としては鹿児島県沿岸部の志布志市と宮崎県内陸部の都城市の中間地点に位置し、近くを国道269号が通っていることから往来はそこそこ多いです。建物の表通りである県道63号もまた交通量が多めで、川野旅館はそんな県道の傍らに建っていました。

川野旅館 正面外観
左手前の角部は斜めになっていて、瓦屋根もそれに応じて斜めに取り付けられている。

川野旅館の外観は一言でいうと重厚感を感じさせる見た目をしており、瓦屋根と目立たない色合いの壁の組み合わせがどっしりとした印象を与えています。ただその瓦屋根は下から見上げるとかなり小さくまとまっているように見え、特に1階の庇は必要最小限の大きさ。

これによって相対的に壁の面積が多いように感じられるほか、道路と建物の間のスペースはほとんどなく、塀を隔ててすぐ内側に建物が位置していました。なお建物左手前側の角部はまるで面取りのように斜めにカットされていて、直角で交差しているよりも柔らかい様相になっています。

表通り側から見ると建物のど真ん中に正面玄関があって、そういえばこの分かりやすい左右対称の構造は多いようで案外少ない。以上の要素から、川野旅館は木造旅館であるにも関わらず内部の密度が高く感じられました。

建物後方、外壁の色が異なっているのが増築部分
こちらも増築部分

建物左側の道路を通って、旅館の左側面へ。

左側面2階部分は全体が窓で構成されていて、よく見ると欄干がそのまま残っていることが確認できます。さらに視線を左に移していくと外壁の色が灰色から白色に切り替わっていますが、ここが後年になってから増築された箇所となります。屋根の造りや窓の位置など、年代が新しいことが伺えました。

さらに左に行くと1階で接続された別の建物の前にこじんまりとしたスペースがあり、車で訪問した場合はこちらに止める形になるようです。実際に今回はバイクで来られた方が駐車されていたほか、自分はここの屋根の下にロードバイクを置かせていただきました。

館内散策

玄関~1階 廊下

外観の様子は以上で、続いては館内へ。

川野旅館の構造を先に説明すると、1階には宴会用の大広間や厨房、洗面所、お風呂場、ご主人達の生活スペースがあり、客室はすべて2階にあります。なお2階にも別の洗面所があるほか、トイレやシャワーもあるのでかなり便利でした。1階と2階の階段は建物手前と奥の2箇所あり、近い方を使えばいい点も親切です。

で、何よりも素晴らしいのが玄関入って最初に見る光景がこれという点。

玄関扉の真正面に2階への階段があり、その階段も上から下まで真っ直ぐ通っている。確かに宿泊客の導線を考慮すれば階段は玄関に近ければ近いほどいいものの、外観と同じように内部構造もまた非常に分かりやすいものになっていました。廊下も直線だし階段も直線だしで、次にどこへ行けば良いのかが瞬時に理解できる。

あと、玄関の正面に階段があるのって古い建物の中でもかなり珍しいと思います。まず階段が少し離れたところにあるのが大多数な上、もし玄関近くにあったとしても大抵は微妙に左右に寄っていたりするか、もしくは階段が途中で踊り場を介して曲がっているかのどちらか。

どこを切り取っても、川野旅館の構造は実に「シンプルイズベスト」という言葉が似合う。

玄関右側には靴箱が設けてあり、館内用のスリッパは目立つ赤色をしています。

廊下に面した窓
洋風な扉

玄関を上がってそのまま1階の部屋に向かう場合は、階段の左側を通っていくことになります。その左側には洋風な扉があったり、その先には廊下に面した窓があったりと細かいところでお洒落なのが良い。

ちなみにこの窓は現在では新しいものを作れる人がいないとのことで、歯抜けがある格子はそのままになっていました。伝統的な建築だったり構造だったりは、一度壊れたら直せないところが多いのがネックかと。

1階廊下をそのまま直進。右側の部屋は大広間
階段の裏側
廊下の奥には別の階段がある
廊下の突き当たりにある洗面所とトイレ(画面奥)
お風呂場前。こちらの棟はさらに新しい。

そのまま廊下を進んでいくと大広間があり、その先の廊下の右側に厨房、左側に洗面所やトイレがあります。もっとも、自分は2階の洗面所等を使っていたので1階まで降りることはありませんでした。なお大広間についてはもっぱら宴会用ですが、たまに脚が悪くて階段の上り下りが辛い客が泊まることもあるみたいです。

さらに奥へ行くと別の棟に切り替わり、ここにはお風呂場(大小の二箇所!)がありました。

川野旅館は全体的に水回りを一新されているので清潔感が気になることはなく、むしろ古い旅館だからこそお風呂場などが新しいのは好感が持てます。お風呂場が二箇所あるのに加えてシャワーもあるというのも本当に便利で、例えば自分のように日中は運動してきたのでまずはシャワーを浴びたい、というケースにも対応してもらえます。

2階 階段~廊下

1階は以上で、続いては2階へ。

印象的だった玄関前の階段を上ることにしたところ、この階段は上に乗っても不安を感じることがないくらいに強度がありました。全てが木製でしかもかなりの年代物なのに、上り下りの最中に軋んだりすることがない。

後述するようにデザイン(意匠)もまた独特のもので、川野旅館の一番好きな場所を挙げるとするなら自分はこの階段を選びます。

この川野旅館は宮大工が建てたというのはすでに書いた通り。

すなわち宮大工ならではの構造や意匠が随所に見られるのが川野旅館の特徴であり、例を挙げると階段が通っている天井板の端部はこのような形状の補強(リブ)が施されています。

お話によるとこれはお寺によくある構造だそうで、覚照寺建築時の技術を流用したっぽいです。

階段の手すり
2階への接続部分

階段の手すりは洋風のような形状の大きめの支柱が一番下にあり、そこから等間隔で細めの支柱が配置されていました。強度を考慮して角材を板材と同じ向きではなく45°傾けてあるのが見て取れます。

その手すりは2階部分にまで伸びていると思いきや、実際には2階の床板と同レベルの高さになった時点で一体化していました。木材を無理なく合理的に組み合わせていて美しいです。

2階に上がったところの様子はこちら。

階段がある部分だけ2階の床板を除去していて、その周りを転落防止の手すりが囲うようにして回っています。手すりの意匠は段差部分と揃えてあって統一感があるほか、この意匠自体が凝りすぎていない簡素なものなので全体を見た時にまとまりが良い。

あと、段差部分の手すりが途中で床板へと接続されていることによって、手すりがオーバーラップすることなく収まっていることが理解できました。具体的に言うと段差部分の手すりをそのまま2階まで繋げてしまった場合、穴の部分を囲う手すりと一部が被ってしまいます。でも川野旅館の階段ではそれを回避するような意匠を用いているため、それぞれの手すりを独立に確立させつつもごちゃっとした感じを出すことなく一体感を演出している。

文章にするとちょっと分かりづらいですが、一部ではなく全体を見たときにこの階段の美しさが認識できた。設計した宮大工は本当にすごい感性を持っていたんだろうな。

階段を上がった先の2階廊下の配置は1階と同様で、建物の手前から奥まで伸びていてその左右に客室があります。

廊下の手前側の様子はこんな感じで、突き当たりがすぐ壁になっているのではなく物入れになっていました。

2階客室は階段を上がって左方向に一番~三番、右へ移って五番、六番と続きます。

左方向に三部屋が設けられているのは1階と同様で、間取りも広さも同じであるようです。

先へ進んでいくと廊下の右端に共用の冷蔵庫が置かれていて、買ってきた飲み物などを冷やしておくことができます。あと古い旅館では珍しく館内にはWi-Fiが飛んでいるため、そのパスワードが冷蔵庫に貼ってありました。

さらに奥へ行くともう一箇所の階段が左側にあって、廊下の幅と階段の幅は同じくらいあります。実は玄関前の階段を上がったところからここに至るまでに廊下の幅が微妙に縮小しており、その影響で冷蔵庫やソファのあるところはわずかに狭さを感じました。

こちらの階段(+手すり)も玄関前の階段と同じような意匠をしていて、同時期に造られたのは間違いないっぽいです。あんまり注視したことはないけど、同じ館内で意匠が統一されているのはスッキリしますね。

建物奥にも客室が並ぶ

建物奥に至ると廊下が今度は縦方向ではなく横方向へと切り替わり、後から増築された客室が横に並んでいました。ここは客室でいうと表通りから最も遠い位置にあることから車の音などが響きにくく、滞在中は静かに過ごせるのではと思います。

廊下を左に折れた先には洗面所やトイレ(2箇所)、シャワーがあり、これらはいつでも使えるので大変便利でした。やっぱり泊まる部屋と同じフロアに共用設備があると万人にとって利用しやすいし、不便を感じないように工夫されていると思います。

2階 泊まった部屋

今回泊まったのは建物奥の方の階段横にある「一番」の客室で、広さは8畳。設備としてはエアコンやテレビ、空気清浄機があるほか、窓側に面した廊下が洗濯物干しスペースになっているので何かしらを干すのに利用できます。

この部屋で一番目を引いたのは、向かって右側にある床の間の造り。

シンプルという言葉とは対極にあるような様々な意匠が施されており、これは自分としても今までに見たことがないレベルでした。話によれば当時の宮大工が遊び心で色んな技術を用いてこれらの細工を盛り込んだようで、せっかく旅館を建てるんだからと派手な感じにしたのかもしれません。

泊まった部屋

これがその客室の様子です。テレビや掛け軸がある中心部分を境にして、左右に特徴的な床の間があるのが分かると思います。

広さは8畳もあるので一人だと広々と使用できる上に、よく見ると天井もなんか高いような気がする。つまり縦方向にも横方向にも広いので、屋内にいながらも圧迫感を感じません。

廊下と客室との境界は襖戸ですが、隣の部屋との境界には木の板が貼られて壁になっていました。

おそらく昔は障子戸なり襖戸なりを設置した昔ながらの和室構造だったところを、時代を経てプライベートを重視するようになってから塞いだようです。同様の造りは他の旅館でも一般的に見られるもので、まあ全く別々の客が泊まるのならこの形式の方がいいのは間違いない。

右側の床の間
床柱に沿うようにして設けられている窓
天袋上部の天井は木材を湾曲させている

で、さっきから気になっている床の間を確認していく。

向かって右側の床の間は天袋と地袋が設置されていて、地袋の上には棚と収納を一体化させたような部分があります。天袋に関しては左右で奥行きが異なる造りをしているほか、天袋上部の天井を確認するとなんと構成部材が湾曲していました。しかも湾曲した一枚板と通常の板材を組み合わせるという凝りようで、一体どうやったらこの構造を考えつくのだろうか。

さらには床柱と接している仕切の壁は半円状に取り除かれており、そこに竹を持ってきて窓を構成している。これによって幅の狭い右側の床の間を左方向からでも視認することができています。

左側の床の間

続いては左側の床の間へ。

こちらの床柱は途中で切られており、仕切の壁も大きく弧を描くようにして取り除かれています。真ん中にあるのは細かい木材を緻密に組み合わせで枠を形作ったガラス製の窓?で、見ての通り右側とは明らかに設計思想が異なる様子。なお床の間上部の天井部分は直線上の格子の上に板材を配置する構造で、これも右側とは異なっています。

いや、見れば見るほど惚れ惚れするような唯一無二の床の間だ。宮大工もこれを造るのは楽しかっただろうなと思わざるをえません。

客室奥の障子戸を開けた先には細い廊下が連続していて、この廊下は一番~三番の客室までずっと繋がっています。昔はこちらも導線の一つとして用いられていたのか、もしくは客室へ料理を運ぶ用の通路だったのか。

廊下は端から端までガラス戸で占められているので、ここからだと外の様子がよく確認できます。

欄干がそのまま残っている
年月を感じさせる細い廊下の床板

窓際には欄干が当時のまま残されていて雰囲気がいいほか、廊下の端には椅子が置かれていたのでこれに座って寛いだりもしてました。

あ、欄干の造りもまた階段の手すりと同じ(中央に穴を設けた部材が使用されている)ので、ここでも統一感を感じることができました。一度気になった意匠ってずっと覚えているし、別の場所の散策で似たようなところを見つけると嬉しくなってしまう。

アメニティとしては浴衣、タオル、バスタオル、歯ブラシがあるので準備する必要はありません。

ひとしきり散策を終えて一旦外に出てみると、大隅町の一日がもうすぐで終わろうとしていることに気がつく。

さっきまでは曇っていたのが日没間際になると快晴になっており、暑さも和らいでいたのでとても快適。もう夏が終わろうとしているタイミングで、この旅館に泊まることができてよかった。

夕食~翌朝

夕食や朝食は部屋出しで提供されるので、部屋で待っているだけでOK。

ただこの食事のボリュームも質も、完全に予想を上回るもので個人的に大満足でした。今回の川野旅館の宿泊プランは二食付きで7,000円なのですが、この内容で7,000円は明らかに安いです。

夕食の内容(最初に出ていた分)

夕食の内容は上記の通りで、刺し身、煮物類、サザエのつぼ焼き、サンマの塩焼き、焼肉、茶碗蒸しです。

どの料理も女将さんが腕を振るう家庭的な品であり、特に旅館で出るのは珍しいサンマの塩焼きにそれを感じました。もちろんいずれの品も白米の消費を促進させる美味しさがあって、食べ終える頃には満腹になってました。

就寝
翌朝

夕食後は特に何をすることもなく、日中がそこそこ疲れていたのでそのまま就寝。適度な疲労と美味しい食事、温かいお風呂、そして自分が安心できる空間がセットになってよく眠れました。

翌朝は急ぐような行程ではないので遅めに起きて、気がついたら朝食の時間です。

朝食の内容

朝食の内容はご飯、味噌汁、焼鮭、豆腐、納豆、卵焼き、さつま揚げ、サラダ、ウインナー、酢昆布、梅干し、ヨーグルト、デザートです。

まず「品数が多い」ということに感動してしまって、どこから食べようか迷ってしまう。焼鮭もすごく大きくて塩加減もよく、朝からこんなに食べて良いのかってレベルでおかわりをしました。

こんな感じで、川野旅館での一夜は終了。

とても良い時間が過ごせたというわけで、ご挨拶をしての出発となりました。

おわりに

川野旅館は宮大工が建てたという変わった経緯を持つ旅館であり、現在においてもその特徴的な造りは健在のままこの地で営業されています。

古いところは古いまま、かつ新しくすべきところはちゃんと改修されていて、居心地の良さだけでなく過ごしやすさや快適さも併せ持っているという、まさに現代に適応された旅館。不便を感じることは一度もなく、特に食事の内容が凄すぎたのでまたお世話になりたいと思っています。お二人の人柄の良さも含めて、本当に素敵な旅館でした。

おしまい。


本ブログ、tamaism.com にお越しいただきありがとうございます。主にロードバイク旅の行程や鄙びた旅館への宿泊記録を書いています。「役に立った」と思われましたら、ブックマーク・シェアをしていただければ嬉しいです。

過去に泊まった旅館の記事はこちらからどうぞ。

  • URLをコピーしました!

コメント

コメント一覧 (1件)

  • 先月、喜至楼に宿泊しました。
    鄙びた歴史ある宿が好きな私もこの宿に惹かれて行ってまいりました。
    ただ、あいにくの大雪に見舞われ、キャンセルが多かったのか
    夜は暗くてひっそり…怖い雰囲気であまり探検して回れませんでした。
    こちらのたくさんの写真をみて改めて感動しています^^
    本当に細部まで良く撮れていますね。
    このような素晴らしい宿を少しでも長く現存してもらえることを願いたいです。
    ぜひまた、次は本館に泊まりに行きたいです。

コメントする

もくじ