鮱武旅館 奥州登米の歴史ある木造旅館に泊まってきた

今回は、宮城県登米市登米町にある鮱武旅館(えびたけ旅館)に泊まってきました。

登米市登米町は江戸時代には登米伊達市の城下町・また宿場町として栄え、主に北上川の水運による河川交通の中継地点として重要な役割を担っていました。鮱武旅館はそんな登米の一角に建つ創業250年(江戸時代後期創業)の旅館であり、旅館裏の土手からは雄大な北上川を眺めることができます。今の女将さんで9代目で、ハキハキと話される元気な様子が印象的でした。

なお旅館名の鮱は「おおぼら」と読み、出世魚である鯔(ボラ)がさらに成長した姿のことをいいます。一般的に「えび」と読むのは珍しく、初見だとまず読めない独特の名前からもインパクトがあると思います。

もくじ

外観

まずは外観から。

東の方角から登米大橋を渡って市街地に入り、最初の信号を左に進んでいったところに鮱武旅館はあります。すぐ近くには登米を代表するスポットである「みやぎの明治村」や古い町並みがあり、いずれも歩いていける距離にあるので散策する際にも便利だと言えます。

鮱武旅館の外観

表通りに面している側には「鮱武旅館」と書かれた大きな看板があるので視認性は良く、遠くからでもよく分かりました。さっきも書いたけどここでしか見ないような「鮱」の漢字が用いられているし、旅館のことをまったく知らなかったとしても興味を惹かれるはず。

1階部分は牛タン料理を提供する飲食店(飲み屋)になっていて、つまり宿泊施設と飲食店を一緒に営まれている形。業務の多角化か…と思うと同時に、もうこの時点で食事が美味しいことが確定したようなものなので夕食の時間がとても楽しみになりました。

館内散策

1階 玄関~廊下

続いては館内へ。

館内については古い雰囲気をほぼ保たれていますが、東日本大震災で建物のあちこちが歪んでしまい、ところどころを補修されています。ただ水回りは新しめで、滞在にあたって不便に感じることはありませんでした。

少し驚いたこととしては、今回の宿泊時はこの鮱武旅館がなんと満室だったこと。実は宿泊日の翌日がカッパマラソンというイベントの開催日だったために予約が多かったみたいです。自分が泊まるような宿で満室はとても珍しいな。

車庫を通って玄関へ
正面玄関

早速中に入ろうとしたところ、玄関は表通りに近い方ではなく車庫をくぐっていったかなり奥に位置していることに気が付きました。敷地や建物そのものが奥に長い「うなぎの寝床」形式とはまた異なる、シンプルに玄関が遠い場所にある形です。一般的に玄関といえば表通りからすぐにアクセスできるところに設けられているのに対して、鮱武旅館では前庭?部分が広いことになります。

一方で飲食店を含んだ向かって左側の建物は表通りから奥までずっと連続しており、要は玄関部分から先が右側に出っ張っているような感じ。玄関前に来ると左側の棟の2階部分が覆いかぶさってくるようで迫力がありました。

玄関

旅館の顔とも言える玄関の様子。

向かって正面には2階へ向かう階段があり、左側へ進むと手前側(表通り側)に居間が、奥側に進むと洗面所や風呂場があります。客室はすべて2階にあるので、投宿してまず最初は誰もが階段を上がることになるというのがなんか素敵。

玄関入ってすぐに階段がある宿って造りが古いものが多いような気がする中で、こちらは玄関から見て正面方向ではなく横向きに設置することによって階段部分を省スペース化しているようです。

左の廊下を進んでいくと居間がある
兵士?の写真が飾られていた

玄関土間を含めて玄関~階段周辺には実に様々なものが置かれており、履物に加えて観葉植物やゴルフセット、燃料入れ、観光の幟、壺、観光案内のチラシ、大きなポスター等々。旅館というよりは、ここだけ切り取るとどこかの古民家の玄関に見えなくもない。

その中でちょっと目を引かれるものがあって、戦時中に撮られたと思われる写真が壁に貼られていました。玄関上のガラスの意匠などは現在と全く同じで、当時と変わらない建物に泊まれることに感謝。

階段の左側へ
ご主人はゴルフが好きなみたいです
たくさんのこけし

玄関横を抜けて左側に進むと、手前から奥まで一直線に繋がっている廊下があります。廊下の左右に部屋が設けられていて、シンプルながらも利便性が良い昔の建物ならではの造りです。

玄関前からここまで1階を歩いた感想としては、ここは自然光よりも人工的な明かりの方が支配的な空間だということ。鮱武旅館は玄関前の時点で左右を建物で囲まれているため日光があまり届かず、館内へ入るとさらに暗さを感じるのが特徴です。そのため旅館の各所では明かりの有無で明暗の差がはっきりと現れており、これは新鮮に感じました。

旅館が建っている環境(町の中、自然に近い場所)や周囲の建物の有無、建物の構造などによって館内の雰囲気はガラッと変わるもの。鮱武旅館の滞在ではそれを久しぶりに認識できたような気がする。

洗面所
お風呂場

そのまま奥へ歩いていくと広い洗面所とお風呂場がありました。風呂については部屋ごとに貸切で使用できる家族風呂形式で、誰かが入っている場合は出るまで待つ必要があります。

洗面所については2階にもあるものの(蛇口が)一箇所しかないため、場合によっては1階のここを使うほうがいいかもしれません。

2階 階段前~客間

続いては階段を上がって2階へ。

鮱武旅館の館内図

2階へ上がる前に鮱武旅館の館内図を示すと、上記の通り。すでに述べたように、奥へ奥へと続く細長い形をしていることが分かります。

2階の客室は階段を上がった先の1~5号と、そこから左側へ向かったところに6号~13号があります(なぜか10号は無い)。これらのうち1~5号については宿泊に供されていないらしく、客が泊まるのは6号~13号になるようです。今回の場合は女将さん曰く「満室」だったのですが、1~5号には誰も泊まっていませんでした。

造りの新旧を観察すると玄関から奥の部分が昔からの建物で、表通りに近い側については最初は旅館の方の生活スペースだったところを、2階部分だけ後から宿泊用途に改装したと想像しました。どのような背景があって改装に至ったのか気になるところです。

階段の手すりは太く、安心して荷重をかけられる
太いです

で、自分が鮱武旅館の中で一番好きになった場所がこの階段です。

上から下まですべてが木材で構成されているのもありますが、階段の幅や手すりの造りなどに大きな安心感を覚えたのがその理由。幅については大人二人が余裕を持ってすれ違えるくらいに広く、手すりについては重厚感がある。

建物を構成する要素の中で、廊下や階段は客が実際に上を通ることになる存在。自分が実際に体重をかけながら歩くわけなので壁や天井とは異なり、その軋み具合や変形の程度を意識しやすい場所だと思います。そんな中で鮱武旅館の階段は足裏や手から伝わってくる感触が実に頼もしく、「これ、気をつけないと折れるんじゃ…」という余計な心配がいらない。

今までに数え切れないほどの宿泊客の移動を支えてきた部分なだけに、他の場所よりも深い歴史を実感できました。

階段を上がったところ
階段を上がって左に向かうと表通り側に続いている(ここで新旧が切り替わっている)
猫の置物

階段を上がると1階と同じく長い廊下があり、動線は廊下の左右へと続いています。向かって左側には廊下が少し広くなった一角があって、こちらには長持や掛け軸、衝立、大きな扇子などが飾られていました。古そうな品ばかりですが、単に置き場所がないから置いているというわけではなさそうです。

ちなみに衝立が置かれているところの奥側の部屋(布団置き場になっていた)は玄関の真上にあたり、外から見たときに小さな窓が横並びに二箇所あった部分に相当します。

2階廊下

1~5号客室前の廊下の様子。

鮱武旅館内で数少ない窓が大きく取られているところであって、散策の時間帯にはちょうど夕日が差し込んでいて実に美しい。向かって右側が窓、左側が障子戸で仕切られた客室…という風にメリハリがついた構成なのも良いです。

客室の様子

1~5号客室の様子は上記の通りで、メインで使われていないといっても掃除が行き届いているのですぐにでも泊まれそうなくらいです。おそらくここは宴会などに用いていて、宿泊とは別に切り分けられているのかもしれません(長机が多いし)。もしくは客室入口の柱に「食堂」と書いてあったことから、本来はここが食事場所に決められているとか。

どの部屋も大きな床の間を設けた格式ある客室という雰囲気があり、選べるのであればこっちの方を希望するといった感じ。

廊下の天井付近にあるつっかえ棒は、震災による歪みを矯正するものだろうか。

そのまま廊下を進んでいくと突き当りで左に折れ曲がり、その先にトイレと階段があります。階段を降りた同じ位置にもトイレがあるようで、混んでいる時はそっちを使ってねと張り紙がありました。

建物の構造的には手前、中央(玄関)、奥(今いるところ)の3箇所に階段がある形になり、自分がどこにいたとしても1階と2階の行き来が楽に行えるのはとても便利です。

あとは…廊下の木材が経年によって黒く変色しているのが個人的に好き。

新築みたいに肌色っぽい木の色もいいけど、木材の黒さは建てられてからの年数に直結しているので自然と目がいきます。

2階 客室区画

これまで見てきた館内の部分は比較的古い構造だと予想するのに対して、現在メインで泊まることになる一角は新しめな造りとなっていました。

細い廊下
左側が階段側、右側が客室側
階下への階段。階下のすぐ左に居間がある様子。
トイレと洗面所

細い廊下を進んでいくとまず最初に客室が3つ連続し、奥の階段を通り過ぎた先に残りの4部屋があります。一番奥にはトイレと洗面所があって、滞在中は主にこちらを用いました。

こちらの区画は部屋の配置を見ると最初から宿泊用途で考えられていたのではなく、やはり後から書く部屋を少しずつ改装したような気がします(見るからに家屋の部屋配置になっている)。

2階 泊まった部屋

今回泊まったのは、現在の客室の並びで最も玄関側に近い13号室です。広さは6畳+広縁で、設備はファンヒーター、テレビ、ポット、内線があり、アメニティは浴衣と歯ブラシがあります。

6畳という一般的な広さながらも広縁があるというのが大きく、畳の部分とは別に寛げるスペースが存在する実感が精神的に良い。なお広縁は押し入れも兼ねており、向かって左側に布団が保管されています。

広縁
窓の外にはちょうど玄関が見える

暖房としてはファンヒーターがありますが、これで十分暖かいので問題なかったです。逆に夏場は扇風機で過ごすことになるのかな。

夕食~翌朝

そんなこんなで自分が投宿した後に別の宿泊者が次々とやってきて、館内が結構賑やかになりました。そして風呂に入って部屋に戻ってゴロゴロしていると、気がつけばもう夕食の時間。夕食及び朝食は部屋出しでしたが、これは今回が満室だったからかもしれません。

登米は三陸沿岸に近いため海の幸が豊富であり、さらに宮城県ならではの牛タンが名物となっています(宮城県自体が和牛の生産量で全国屈指)。鮱武旅館ではその牛タンをなんと炭火で提供していて、これ以上ないくらいに幸せな時間を過ごすことができました。
なお牛タンについては夕食前の時間帯において焼いている匂いが階下から漂ってきていたので、早く夕食にならないかなと待ち遠しかったのもあります。

夕食の内容
炭火で焼いた牛タン
新鮮な海鮮
うなぎ
ホヤやホタテの酢の物

夕食の内容は写真の通りで、牛タンに海鮮、うなぎ、酢の物、豆腐などおかずとして強力すぎる品ばかり。これでご飯もまた美味しいのだから食欲が出ないわけがなく、案の定お櫃を空にしてました。

旅館で美味しい食事を頂き、布団に入って寝るモードになっていると本当に恵まれた時間を過ごしていると実感できる。寝るときになって明日も良い一日になりそうだ、と思えるのは良い宿の特徴だと思います。

夜の時間

翌日はマラソンに参加するため早起きする人が多いなか、自分はというと至って普通の時間に起床。今日はバスで仙台に向かうだけなので急ぐ必要はありません。

朝食の内容

朝食はこんな感じで品数が多く、お腹に優しい品が中心となっています。

朝食の後は女将さんにご挨拶をし、鮱武旅館を後にしました。マラソン開催による交通規制がかかろうとしている前に高速バスで登米を後にしましたが、バスの中で昨夜食べた牛タンの味がまだ忘れられなかったのを覚えています。

おわりに

鮱武旅館は登米の町の中に佇む木造旅館であり、江戸時代から続く町並みの中に身を置いていると自然と気分が落ち着いてくる。その一方で食事もとても満足がいくもので、滞在中は日常を忘れた安らぎと充足感を感じることができました。やはり木造旅館×美味しい食事の組み合わせはQOLを向上させてくれる。

さらに宿泊後には宿泊予約サイト経由で「ご宿泊ありがとうございました」のメッセージをいただいたほか、お礼のハガキまで郵送してくれるなど心温まるサービスが光っていた点にも感動しました。宿泊後にまで親切さが及ぶ宿は決して多くなく、これは鮱武旅館にはまた再訪することになりそうです。

おしまい。


本ブログ、tamaism.com にお越しいただきありがとうございます。主にロードバイク旅の行程や鄙びた旅館への宿泊記録を書いています。「役に立った」と思われましたら、ブックマーク・シェアをしていただければ嬉しいです。

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