群馬県の南西部に位置する神流町。
今回は大部分を山が占める神流町の中で、比較的平地が多い万場集落(神流川のほとりにある)にただ一軒残る宿・今井屋旅館に泊まってきました。
公式サイトには創業350年と記載されているほどの歴史がある旅館です。
山間部の集落に佇む宿
まずは外観から。
見ての通り、構造としては通りに面した木造3階建てです。個人的にはこの木造3階建てというのが旅館の形式としてかなり好きな部類に入るため、鄙びた宿を探す過程においても比較的重要視しています。今となっては木造3階建ての旅館はめっきり数を減らしてしまっているため、方針としては早めに泊まっておきたいというのが正直なところ。
客室としては2階と3階にあって、今見えている通りに面した客室の他に、廊下を挟んで反対側(神流川側)にも客室があります。このあたりについては追々紹介していきます。
ところで、ここ神流町の隣りにある上野村には秩父事件の舞台にもなった「今井家旅館」という旅館があって、名前が間違えやすいです。そちらの方も気になっている鄙びた宿でもあるため、また機会を見つけて訪れたい。
館内散策
1階
1階はこんな感じで、ロビーが大部分を占めています。
ロビーの先には食事会場があって、今回は朝食をここで取る形になりました。食事会場はかなり広かったので疑問に思っていたのですが、今井屋旅館は宿泊だけでなく料理の提供も行っているようで、私が夕食を取るタイミングで近所の家族連れの方がここで食事をされていました。
なんか1階部分の造りが新しいのは、2019年の年末に老人が運転する車が突っ込んだとのことで、その後修復されたからだそうです。外のごつい車止めもその際に設置したもので、傍から見たら災難としか言いようがない。
で、2階に進む前にとんでもないものを見つけてしまった。
階段の脇に「電話 六番」と書かれたこじんまりとした部屋があって、一体なんなのかと思っていたら電話室の跡でした。しかも中の電話機もそのまま残っていて、当時の面影を垣間見ることができます。
自分が知ってる電話機は古くても黒電話くらいで、それより古い電話は現役では見たことがありません。昔は交換手が手作業で回線を接続してたりしたらしいので、それからすると今のスマホは随分進化したものだと実感できますね。というかこれはめちゃくちゃ貴重なものなのでは…。
客室
散策は後回しにして、まずは部屋に案内していただきました。
今回泊まった部屋は玄関から見ると最奥に位置する3階の客室で、通りとは反対側に面しています。広さは15畳もあって、たぶん今井屋旅館で一番広い部屋なんじゃないかと思います。
この部屋は玄関等がある棟とは別棟にあるようで(上の方に示した裏庭から見た写真だとわかりやすい)、すぐ下が宿の方の生活スペースになっている様子。
案内していただいた時点ですでにお布団が敷かれており、暖房としては炬燵があるので特に憂うことはありませんでした。
2階
部屋に荷物を置いて浴衣に着替えたところで館内を散策してみます。
まずは玄関に戻り、そこから改めて2階へ。
幅広の廊下を上っていった先にはちょっとしたスペースがあり、2階への客室へと続いています。その他にも旅館の方の居住スペースに繋がっているらしく、階段を上がって正面の扉がそれっぽい感じでした。
階段回りの木の板はどれも濃く黒光りしており、年季が入ってるのが如実に伝わってきますね。というか宿泊客だけでなく旅館の方もここを毎日上り下りされてるわけで、そう考えるとこの尋常でない濃さも納得といったところ。
3階
1階から2階への階段は短い水平距離で1層分の高低差を稼いでいるためにそこそこ斜度が急だった一方で、2階から3階への階段は旅館の側面に沿って走っており、水平距離が長いので斜度は緩めでした。
よく考えてみたら階段が設けられている場所によって斜度が変わるのは当然ですが、1階→2階はまだしも2階→3階への階段は3階建てじゃないと存在しないわけで、よくよく見ると貴重そのもの。一つの旅館の中に階段が複数あるのが一般的には珍しいというか。
3階の廊下の両側にずらっと並んでいる客室。廊下が狭い分だけあって「両側から迫ってくる感」が強く、障子戸といっても圧迫感はかなりのものでした。
ちなみに客室数こそ多いものの、現役で使われている部屋としてはあまり多くないようです。特に2階についてはほとんどが物置みたいな感じになっていて、そもそも戸が開かなかったりするところも少なくありません。
宿場として往来の激しかった江戸時代と比較すると今では大人数が泊まることもないでしょうし、これも時代の流れでしょうか。
今回泊まった部屋ではありませんが、通りに面した客室を拝見したところこんな様子でした。
廊下を挟んで両側に客室が配置されている都合上、廊下と直角方向にはそれほどスペースをとれません(幅は1.5畳分)。なので、上の写真のように廊下と平行する方向に長くスペースを確保することで部屋の広さを得ているようです。
自分が泊まった部屋にはここから更に進んでいった先にある階段を上がったところにあります。特に部屋番号も割り当てられていなかったため、旅館の方の居住部屋を客室に変更したか、そもそもこの棟自体を後から建てたのだろうと推測してみたり。
こういう風に館内を散策してみると、普通に泊まるだけでは絶対にしない視点であれこれ考えられるので結構好き。
温泉はかなり広く、これを一人で使えることが嬉しい。
夕食
お風呂から帰った後は夕食の時間となります。
1階の食事会場でいただく形かと思いきや、3階の別の客室でした。1階の厨房からここまで階段を上って料理を運んでくるのはかなり大変じゃないかと思うんですが、意外。
食事の内容は天ぷらや刺し身に加えて実に家庭的なものが並び、濃すぎない味付けが自分好みでなお良しでした。日本酒も注文したりして、炬燵に入りながら静かな食事を楽しむことができました。
ここでちょっと書いておくと、モンベル会員だと(当然、限度はあるだろうけど)食事時の飲み物代が無料になるようです。翌朝の会計のときにちらっと掲示を見かけたので聞いてみたところ、そういう話のようでした。
もしモンベル会員なら話しかけてみるのがいいかと思います。
食事を終えたところで、寝る前にささっと半纏を羽織って夜の町並みに繰り出してみる。
万馬集落の夜はこれ以上ないくらい静かで、今井屋旅館の回りに人の気配が感じられないくらい。さっきも書きましたが、昔賑わっていたであろう町並みと、今の静まり返った町並み。その場にいるとこの3次元的な時間の流れが直接感じられて、旅館で過ごす時間をよりよいものにしてくれます。
鄙びたというのはかつては鄙びてない時期があったということに他ならず、当時の面影を感じつつ思いを馳せていく。ただ食べて寝るだけ以上の存在が自分にとっての旅館そのものだと改めて感じました。
翌朝
翌朝は二度寝を決めたい衝動を抑えつつ起床。
今日は移動がそこそこ大変だったため、布団から一発で抜け出ることができました。
そのままの勢いで朝食をいただき、出発の準備をして1階に下りていく。
3階建ての旅館の3階の客室に泊まって、翌朝に旅館を後にする。つまりは階下に下っていくにつれて昨日見た風景が視界を流れていくというわけで、名残惜しさが何倍にもなってくる。建物が広いということは移動距離、ひいては自分が歩いていく中で目にする景色が多いということでもある。
こんな感じで、今井屋旅館での一夜は終わりを告げました。
おしまい。
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