今回の舞台は群馬県です。かねてより行ってみたかった松の湯温泉 松渓館の予約が偶然とれたので、雨のなか訪問してきました。
群馬県の温泉といえば草津や伊香保、万座、老神あたりが有名ですが、その中間地点にぽつんと一件存在している温泉宿。それが松の湯温泉の松渓館です。松の湯温泉にはこの松渓館しか温泉施設がないため、松の湯といえば松渓館のことを指します。
立地と外観
梅雨の真っ只中、松渓館に到着したので外の様子から確認していく。
建物としては左右の2つの棟に分かれていて、左側が女将さん達の居住スペースになっており、右側の1階が温泉、2階が客室になっています。建物の前には車一台分の駐車スペースがあるので、車で訪問した場合はここに車を停める形になります。



松渓館に至る道は車一台分しかなく、向こうから車が来ると結構大変そう。

松渓館までの道のりもなかなかハードで、対向車が来るとバックで戻ることを覚悟しなければならないくらいに道が細いです。駐車スペース付近では一応切り返せますが、それ以外の場所だとちょっと厳しい。


この松渓館の温泉は「源泉かけ流し」が特徴で、建物に入る前からその効能の高さを感じることができました。
建物内部の浴槽から溢れ出た温泉は排水溝を伝って溝に流れていく過程で、その排水溝には大量の析出物が付着している。温泉が接触する部分には温泉の成分が析出することを踏まえると、これだけの量の析出物が付着する理由は成分がとても濃いということ。温泉に入るのが早速楽しみになってきた。



温泉周辺はすぐ近くまで山が迫ってきていて、ちょうど川沿いの谷になったところに建物が存在しています。
季節も春から徐々に初夏へと移り変わってきており、植物の緑色が目に飛び込んでくる。今日の天気は曇りのち雨で、雨に濡れた植物がより輝いて見えた。
館内散策
予約の際に伝えておいた時間になったので、早速チェックインすることにします。



2階へ続くコンクリート製の階段を上り、玄関を入って女将さんにご挨拶をしました。
玄関を入ってからの動線は左右の2つに分かれており、宿泊客用の部屋は玄関から右側に伸びる廊下の道路側に、反対側の山側には厨房があります。玄関から左側に伸びる廊下沿いにも客室がいくつかありますが、一番近い部屋を居間として利用している以外は現在では使用されていません。

この松渓館は女将さんお一人で運営されている宿で、そのため宿泊できるのは1日1組と限定されています。従って予約が何週間先までずっと埋まっているということが普通で、今回自分が泊まることができたのは運がいいとしか思えません。
この後女将さんとのお話しした限りでは、現時点では来月6月から先の予約ができないとのことです(2021年5月時点)。これは女将さんのワクチン接種のスケジュールが未確定だからであり、つまり自分は本当に良いタイミングで泊まることができたということ。
お次はお部屋に案内していただきました。




泊まったのは玄関から見て一番右奥にある「ゆり」の角部屋。広さは6畳です。
松渓館はすでに書いたとおり1日1組限定なので、どの客もこの部屋に泊まることになるはずです。設備としてはファンヒーター、炬燵及びテレビ等があって快適で、エアコンはありませんが場所的に夏場でも涼しいので問題はないと思われます。
隅まで清掃が行き届いていて、屋外の曇天や雨雲が嘘みたいにリフレッシュできました。




浴衣に着替えたところで、目の前の通りの交通量がないことに気がつく。
この道の先にも集落があるはずですが車が全く通りません。まだ日がある時間でこれなので完全に日が落ちてからはもう無音の世界になることは想像に難くない。静かな場所とは聞いてきたけど、まさかここまで静寂だとは思ってなかった。
松渓館のぬる湯を満喫
まだ夕食の時間まではかなりあるものの、それまでの時間は温泉に費やすことにします。
この松渓館の温泉は「ぬる湯」で有名で、つまり長湯が前提ということ。長湯となれば早い時間に入り始めるのがベストです。





この松渓館の構造はとてもシンプル。道路から階段を上がればすぐ温泉へと続いていて、さらに階段を上がれば玄関を経て客室へと続いている。宿泊客は階段を1階分降るだけで温泉と客室を行き来することができるというわけです。
1日1組ということを改めて踏まえてみると、温泉に行きたいときにすぐ行くことができる手軽さも松渓館の売りの一つなんじゃないかなと思います。温泉がある1階部分についても余分なものがなくて、扉を開けたら脱衣所があり、脱衣所を開ければそこはもう浴室。

こちらが有名な松渓館の浴槽です。唯一無二の独特の形をしている点に心が惹かれました。
一般的に浴槽といえば四角だったり丸だったりしますが、ここではそんな前提を覆してくるかのようなL字型。L字の浴槽が源泉かけ流しで、左手前の四角形の浴槽が加温された湯となっています。源泉はL字の上の方の底から湧き出てきていて、それがL字の右手前方向に流れていって縁から溢れ出ていくという仕組み。

浴室内で聞こえてくるのはこの浴槽の縁から温泉が流れ出ていくわずかな音と、あとは屋外の断続的な雨の音のみ。温泉を満喫する上でこれ以上の環境はないだろう。

この浴槽、最初はとても奇抜な形なんだなとしか思ってなかったものの、実際に浸かってみると相当に居心地がいいということに気が付いた。
浴室のこじんまりとした広さと、このL字に区切られた浴槽との相性が実にいい。仮にこれが区切りがなくて、ただ一つの大きな浴槽だったら感動はそんなになかったと思う。一人あるいは二人で温泉に浸かる状況を考えると、自分の左右になんらかの壁がある造りが心地よさを増幅させているような気がしました。自分の身体に何かが接していたほうが安心できる原理。
この特徴的な浴槽は約30年ほど前に改装されたもので、源泉湧き出し口の場所を変えずに加温された浴槽を追加できないか?と女将さんが職人さんと相談して決めたそうです。当初は単純に二分割したかったけど、湧き出し口の位置の影響でL字になったそう。


壁にかかっている温泉分析書の通り、この松渓館の源泉温度は32.5℃と低めです。
32.5℃というと温水プールよりも若干高い程度なので、いわゆる「ぬる湯」の中でも一際低い温泉といえます。この日は寒かったはずなのにそんな温度が低い湯に入って温まれるのかって話なんだけど、意外や意外、これが思いのほか満足できました。
言うなれば暑くもなく寒くもないちょうどいい温度。体温よりも低く外気温よりも高いというこの温度がまさに絶妙で、長湯をしつつも身体が次第に冷えていくという感覚はまるでない。当然ながら温度が温度なのでのぼせるという状況にもなりえないため、文字通りいつまでも入っていたくなるような気分になれます。

浴槽を構成しているタイルの感じもよくて、お湯に入りながら浴槽ばっかり見てました。建物の外で見かけた析出物はここでも存在感を主張していて、これだけの効能をもった湯が次から次へと湧き出ているのがすごい。

源泉かけ流しなので自分が浴槽に入る前には湯が満たされている。そこに自分が浸かると自分の体積分だけ湯が盛大に溢れ出ていって、ほんのちょっと時間が経つだけでまた浴槽の縁から湯が少しずつ流れる音が聞こえてくる。これが実に印象的でした。静寂そのものな山間部にあって、この湯の音がとても心地よい。
温度以外の湯の特徴としては無色透明で硫黄臭があります。手ですくって飲んでみると明らかに濃い味がして、析出物という視覚情報以外からでも温泉の強さが実感できる。実質、1時間ほど浸かってから上がるタイミングで明らかに身体が疲れたため相当に効いているようです。
加温された浴槽については、これはもう人によって使い方がはっきりと異なると思います。源泉と交互に入るのもいいし、出る直前に入って身体を暖めるのもよし。自分は最初は前者をやっていたところ、加温から源泉に移った際に体感でかなり冷えたので以降は上がる前に入るスタイルに切り替えました。もちろんこれは訪問する時期によっても変わってくると思います。
夕食と食後の温泉
想像以上に疲れた状態で夕食の時間を迎える。
食事は玄関に一番近い「きく」の部屋でいただく形となります。





夕食の内容は豚のしゃぶしゃぶや塩焼き、野菜の天ぷらなど。どれもが優しい味付けで食欲をそそってくる。一応ビールも頼みましたが、酒に合うというよりは完全にご飯に特化したような内容だと感じました。
温泉の効能で体力を消耗して、体力を補うかのように夕食をいただく。温泉があるから食事の美味しさが何倍にも増すし、食事が終わればまた温泉に行きたくなってくる。


夕食から戻るとお布団が敷かれていましたが、まだ布団に潜り込むのは早いので寝る前に再度温泉へ。浴槽に浸かってしばらくするとどこからともなくオオミズアオが室内に入ってびっくりしました。
長湯をしていると必然的に考え事が捗るので今回の行程のこととか、あるいは次の旅の行程のことなんかを考えながらぼんやりと湯に浸かる。特に何をするわけでもなく自分の頭の中だけであれこれ思考をして、身体は脱力しきっている。
温度が高い温泉だと身体の熱や湯から上がる時間のことを頭の片隅に置いておく必要があるのに対し、松渓館の温泉ではその心配は一切なし。ここまで思考を妨げない温泉は初めてかもしれません。

考え事以外にも例えば本を持ち込んで読むのもいいし、どちらにしてもここでは「自分ひとりの時間」を最大限に満喫することができる。女将さんもいい意味であまり干渉してきません。
宿での滞在中を通してこれほど静かに時間が過ぎ去っていった経験はあまりない。ここには俗世間の喧騒は入ってこないし、旅先の宿でそういった時間を過ごしたいという自分みたいな人間にとっては大当たりの宿だと思います。そんなことを考えながら暗くなった階段を上がり、いそいそと布団に潜り込んだらいつの間にか寝ていた。
翌朝
翌朝の天気は完全に雨で、朝からシトシトという雨音が部屋にうっすらと聞こえてくる。



布団から這い出して朝食前に温泉に入りに行き、眠気を飛ばそうと思ったら余計に眠くなってきた。雨の時期特有の湿った空気と、浴槽内部の湿気が混じり合ってなんだか不思議な感覚になれる。
L字形の浴槽の右側は底が若干浅くなっていて、ここに寝転がるようにして浸かると考え事をしやすいということに昨夜気が付きました。朝にやると二度寝するレベルで眠くなります。おすすめ。

朝風呂は1時間ほど浸かり、温泉から朝食へとスムーズに繋がって朝のニュースを横目で眺めながらご飯をいただく。
温泉に入っている時間が長いというのもあるけど、食事の時間を除けば一瞬で夜から朝になったように錯覚してしまう。宿を去らなければならない時間も当然ながらすぐに来てしまうというわけで、毎度のことながら旅館での翌朝は名残惜しい。
おわりに
今回はこんな感じで松渓館に泊まってきました。宿を去る前には女将さんに温泉のお話を伺えたし、松渓館にファンが多い理由は温泉の良さに加えて、女将さんの人柄の良さにあるのは間違いないです。次は寒い時期にでも訪れてみたい。
女将さんのワクチン接種の日が確定すれば来月以降の予約も再開される上に、これからの暑い時期はまさにぬる湯のシーズンといっても過言ではないです。山間部の一軒宿で、思う存分温泉を味わってみてはいかがでしょうか。
おしまい。
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