今回は高知県の仁淀川周辺をロードバイクで走る機会があり、その際に宿泊地として選んだのが川又屋旅館でした。
川又屋旅館は仁淀川でも屈指の名スポットである「にこ淵」のすぐ近くにあり、実際にここに泊まる方は翌日ににこ淵を訪れることが多いそうです。また、四国の中心部に位置しているという優れた立地からツーリングの際の拠点としても有名で、ここに何泊かしつつ各地を走りに行くバイク乗りも多いのだとか。
ただ、自分はそういう利便性の高さよりも、この旅館が建っている集落の雰囲気、そして旅館が持つ長い歴史が琴線に触れました。私がこの旅館に泊まることを決めたのも、現地で旅館に出会った際の感動が理由だったりします。
仁淀川沿いの宿
仁淀川水系の支流である枝川川。
にこ淵から流れるその川は下流へ向かうにつれて徐々に規模が大きくなっていき、吾川郡いの町清水下分(日比原)のすぐ側を流れていました。川沿いに集落が形成されたことは容易に想像がつき、実際に川に下りる道や橋についても、かなり古くからあるものだと思います。
この川又屋旅館はそんな枝川川の脇にあって、川の斜面に沿った独特の構造をしていました。表通りから見ると木造2階建てなんですが、橋の上から反対側を確認すると3階建てに見えます。四国は川沿いにすぐ山々がそびえているので、限られた土地を有効に活用した結果なんだと思います。
1階部分は分類としては地下1階のようになっていて、全体の構成としては2階が客室、1階に玄関や客間、厨房があり、地下1階にお風呂があります。
館内散策
ご主人に川又屋旅館の歴史について伺ったところ、以下のような興味深い話を聞くことができました。
- ご主人(60代)の曾祖父さんがこの建物を買い取って旅館を始めた。建物自体は昔からあったが、旅館を始めたのは百数十年前になる(つまり、建物自体はもっと古い)。
- ここ周辺を木材を積んだトラックが走るNHKの映像が残っており、それになんとご主人が出演している。集落の道幅に対してトラックの幅がギリギリすぎるので、当時は軒先に一升瓶をぶら下げていて、トラックが接触すると音で分かるようにしていた。
- 川又屋旅館に限らず川沿いの家々は、今の地下1階部分は吹き抜けになっていて全て繋がっており、ここを通って隣の家まで普通に行けたりしていた。しかし1950年・51年の台風で地下1階部分は流木で流されてしまった。旅館の柱や2階の床などは無事だった。
お話に出ていたNHKの映像というのが下記のYoutube動画(1:03~)で、ご主人が登場しているのは2:03から。動画を見るとマジで軒先ギリギリをトラックが通過しているのが分かります。どんな運転テクニックだよ。
ちなみに、この日比原の町並みは今も当時からそんなに変わっていませんでした。この記事の最後にご紹介します。
外観としては完全に民家のような雰囲気で、それは玄関を入ってからも同じでした。
広めの玄関土間の向こう側に廊下があり、ソファやウォーターサーバーなどが置かれています。川又屋旅館では客室にお茶セットなどが置かれていないため、喉が乾いたら1階に降りてきて飲むという形になります。
廊下の天井には過去に泊まった方の記念写真がずらり。少数だけでなく割と大人数で訪れているケースもあって、それが写真に残っているというのが良い。旅人に愛されている旅館という感じが伝わってくる。
あと、この1階の天井板がなんとそのまま2階の床板になっています。床板の上に畳が敷かれているものの、現代の建物構造のように中間の空間が一切ない。シンプルかつダイレクトな造りをいきなり目の当たりにしてしまって自分でも驚いている。
廊下の正面が食事をいただく居間で、その右隣には地下1階へ下る階段があります。
空間としては玄関の右側方向に続いており、すぐ脇には地下1階と2階への階段が、その奥には厨房などがありました。
2階への階段の下端が廊下にかなりラップしてしまっていますが、これは階段を後から傾斜のゆるいものに改装したからではないかと思います。昔の階段って梯子と見間違うレベルで急なので、少なくとも旅館として運営するには今くらいの傾斜がちょうどいい感じ。
地下1階への階段を下っていくと突き当りに脱衣所があり、扉の奥は浴室と洗濯機などがある空間となっています。
投宿する際に洗濯物の有無を聞かれたため、例えば汗をかいている場合などはお言葉に甘えて洗濯してもらった方がいいでしょう。一般的な旅館だと洗濯してくれるようなサービスはないのが普通なので、これはありがたい。
浴室の床から浴槽までは妙な高低差があって、これはおそらく薪で沸かしていたときの名残だと思います。旅館の外側にもそれっぽいのが見えました。
客室
次は階段を上って2階の客室へ。
客室の数は全部で3つあり、今回泊まったのは旅館正面から見て一番左の部屋でした。
2階の廊下は旅館を横切るように一直線に走っていて、客室はすべて廊下の奥側にあります。廊下は旅館正面の表通りに面していて、上のNHKの映像から全く変わっていません。
泊まった部屋はこんな感じ。
川に面した側は障子戸+欄干になっており、昔はここに座って川を眺めていたんだろうなと思います。まず欄干が残っているというのがいいし、ガラス戸は後付だとしても障子戸もそのままというのが実に素敵だ。ちなみに障子戸は立て付けが絶妙に悪くなっていて、スライドさせるのが苦労しました。
窓についてはなんとなく想像がついていたものの、気になったのが客室左側面の造り。客室ならば床の間とかがあるのかなと想像してたのですが、以外にも下部には高さのある物入れ(地袋)が付いていて、その上に障子戸が取り付けられています。なかなか見たことがない造りで、昔は民家だったとしても用途がよく分からない。実用性に振っていたんでしょうか。
この物入れの上のスペースがまた濃いものでした。
置かれている映画が全部VHS(+ビデオデッキ)だったり、Dreamcastが置かれていたりと2021年とは思えない空気に包まれている。
建物時代も古いのに、置かれているものも微妙に歴史を感じるものばかり。流石に今では使われていないとはいえ、何年ぶりに見たんだろうかと懐かしさを覚える品があってじんわりしてました。
部屋からの眺めは素晴らしいの一言。
川面からの高低差がある上に、川沿いということで周りに視界を遮るものがありません。日比原の家や田畑、それに橋方面への眺めが抜群にいいです。
さっき見たNHKの映像からしてみても、この日比原の町並みのほとんどは当時から変わっていない様子。ここからの眺めはもちろんのこと、自分と同じように景色を眺めた旅人がいたことも、おそらく同じ。昔の人と同じ体験をするのが好きな自分にとっては、これ以上ないくらいに満足のいく時間でした。
隣の部屋はこのような造りになっており、自分が泊まっている部屋と対称な感じ。
そして、1階への階段を挟んで右端にある客室はこんな造りです。
前室も客室のような立ち位置になっていて、奥の客室と同様にテレビがあります。なお、客室としては比較的小さめですが床の間がありました。こちらは隣の客室がないため、音もそんなに気にならないかもしれません。
このように、川又屋旅館の客室は全3室です。
めちゃくちゃ広いというわけではないし、食事する居間も一つの客室の客でいっぱいになるくらい。なので知る人ぞ知る旅館という立ち位置なんじゃないかと思います。この日比原の町並みだって国道から一本入ったところにあるし、前もって情報を知っていないと気が付かないのでは。
今回は「とにかく良さそうなところはどんどん寄り道していく」という自分のスタイルが功を奏して、この旅館に出会うことができた。こういう何気ない行動が良い体験に繋がっていくので、今後も旅の道中で寄り道をバンバンやっていきたいです。
夕食~翌朝
あとは自室でまったりすごしていると、夕食ができたとの言葉があったので階下へ。
夕食はカツオのたたきを中心に、天ぷらや鮎の塩焼きといったとても豪華なもの。川又屋旅館の宿泊料金が1泊2食付きで5000円なことを考えると、これはとても嬉しいです。明らかに安すぎる。
お酒もばっちり揃えており、今回は高知の地酒を2合瓶でいただきました。やはり古い旅館で日本酒を飲むのはやめられない。どの品も美味しく、ご飯のおかわりも進んだ。
夕食が終わればもうやることがないので、早速布団に横になって寝てました。
川沿いにある旅館なのでせせらぎの音が絶え間なくやってきて、これが眠気を誘ってくる。逆に、国道からは離れているので車の音は皆無。至って平穏に寝ることができた環境だった。
翌朝の6時には集落全体にサイレンが響き渡り、自分はこれで目が覚めました。
朝が来れば、朝食をいただいて出立するだけ。この日も快晴になることを革新しつつ、この日の目的地へ向けて移動を開始。今回も旅先で良い時間を過ごすことができた。
日比原の町並み
そんなこんなで川又屋旅館での滞在はこれで終了。続いては、この日比原という集落の雰囲気がすごく良かったのでご紹介します。
なんというか「昔は一帯のメインストリートだったところの近くに国道が開発され、かつてのメインストリートはひっそりと静まり返っている」という場所のままなのがいい。
こういう場所って日本各地にあって、普通に国道を走るよりも自分好みな風景が広がっている。国道からの分岐の先に集落があるので目印の一つなので、今後も見逃さずに散策をしていきたい。
集落の中央付近には橋がかかっています。
集落は川沿いに並行になるように形成されていて、そこの中に橋があるということは道がカーブしているということ。映像で見たとおりにかなりの曲率を描いて道は曲がっており、ここを車で通るのはかなり難儀しそうでした。道幅は車一台分しかなく、対向車が来たら終わりです。
道のカーブの途中には階段があって、それを一番上まで上るとこじんまりとした寺があります。
ここからは日比原の集落が一望できて、要所として寺が高台に配置されていたということがよく分かる。集落の道のほとんどは徒歩でしか移動できないようなところばかりで、まさに歩きで散策するのが適していました。
山と川に囲まれた静かな集落。ここを流れる時間のスピードは、どこかゆっくりとしている。
川と集落の組み合わせは、ある意味で動と静が組み合わさっているので個人的にかなり好きです。
集落を形成する道や家屋、田園はもちろん動くことがなくて、人通りも少ないので出歩く人を見かけることもあまりない。なので視界の端から端までが不動の要素で形成されているのかというとそうではなく、ここに川という"動"の要素が追加されている。
昔から変わらないであろう枝川川の流れは一定のリズムで音を奏でていて、視覚的にもここに彩りが生まれている。時代が経って変化するものと、今も変わらないもの。それらを一度に味わえるという意味で、自分はこういう集落が好きなのかもしれません。
おしまい。
コメント
コメント一覧 (1件)
こんばんは。
ここもかなり年季の入った渋い宿ですね。
見たかぎり旅館というよりは民宿、さらに言えば故郷のおじいちゃんおばあちゃんの家に泊まるという印象でしたが、いかがでしょうか?
あと、変なこと聞いて申し訳ありませんが、ここのトイレは水洗、簡易水洗、汲み取り式のうちどれでしたか?