今回は、青森県の下北半島 風間浦村にある下風呂温泉に泊まってきました。
アクセスが困難な本州最北端の場所、しかも寒い冬になぜそんなところを訪れたのかというと、答えは単純で「最果ての地」に留まってみたかったから。下北半島は以前にロードバイクで一周したことがあって、その道中で温泉郷の前を通った際からずっとここに一泊したいと思ってました。
自分が宿泊するようなところは賑やかさ・華やかさとはどこか無縁なところが多くて、山の奥だったり海岸線の端っこの方だったりと行きにくい場所にあるのが特徴の一つ。今回の行程では日頃の労働から開放されるのはもちろんのこと、限りなく隔絶されたところで温泉に入りたい。そういう思いから宿泊を決めました。
景色や美味いものを目当てにした一般的な旅とは異なり、ふとあるときに日常の生活圏内からとにかく離れたところに行きたいと思うことが誰にもあると思う。気分的に言うとそんな感じです。
下風呂温泉までの道のり
その方針は行程にも現れており、今回の旅では「下風呂温泉まで公共交通機関のみで向かう」ことに決めてました。
普通に下北駅周辺からレンタカーで向かってもよかったし、というか路線バスの時間等を考えると断然そっちの方が便利。でもあえて時間や本数に制限のある電車やバスで向かうことによって、最果ての地に向かう道中の過ごし方が自分好みになってくれる。
単純に車で目的地だけを目指すのではなく、車窓に揺られながらぼんやりと外を眺めて輸送されてゆく。そういう選択肢もいいかなと思います。
弘前駅から青森駅、さらに下北駅へと乗り継いでいく過程では青森県の中心部から周辺部へと移動していくことになり、当然ながら乗客は徐々に少なくなっていく一方。
ましてやこの日は日曜日で、ここから下北半島方面に向かう人はほとんどいません。そういう意味でも、人の流れを間近で感じられる電車に乗ったのは正解でした。車だと運転で一杯一杯になっちゃうし、ただ座っているだけで到着してくれるのは良い。
というわけで、JR大湊線下北駅で下車して路線バス(佐井線)に乗り換えます。
下風呂温泉に向かうバスは一本しかなく、しかも大湊線の終点である大湊駅からではなくて一つ前の下北駅からの発着となります。本数は意外にも多く、昼間の時間帯なら2時間に一本程度。まあ良心的な方かも。
下風呂温泉に向かうまでがまたなかなか面白い道のりでした。
かつて下北半島にはJRのほかに、下北交通大畑線(2001年廃止)と、その終点である大畑駅から大間までを結ぶ大間線(未成線)の2つの路線が通ってました。いずれも現代では線路跡くらいしか残っていないのですが、路線バスがその路線を辿るようにして下風呂温泉まで向かってくれるんです。
これが個人的にかなりグッと来て、しかも大畑駅では待ち時間のためしばらく停車してるので簡単な見学も可能。
下風呂温泉の場所自体は昔から変わっていないものの、そこに至る手段が時代とともに変わっているというのがなんだか素敵だ。おそらく大多数の人が自家用車等で下北半島を巡るところ、そんなに車が普及していなかった当時と同じ手段で自分も温泉地に向かっている。
最近は旅の道中の良さを改めて認識している面があり、今までの旅では気にかけてこなかったところにも着目してみようと思っています。
この「移動手段」というのはそのうちの一つで、今までの自分だったらたぶん普通にロードバイクや車でサクッと訪問していた。あえて不便な方法を選んでみるのも、案外悪くない。
下北駅を出発したバスは国道279号を北上し、大畑の町並みを通過して津軽海峡を臨む海沿いへ。
日もかなり傾いてきており、いよいよ観光の時間が終わって宿泊の時間に差し掛かりつつあります。夕暮れの中、ローカルバスに乗って宿泊地を目指す。日曜日の過ごし方としては申し分ない。
次第に眠くなってきた目をこすりながらうとうとしていると、ついに下風呂温泉郷に着きました。
距離的には大したことないのに、体感的にはかなり遠方まで来たような感覚になってしまう。
しかしこの感覚はある意味で当然で、下風呂温泉郷は青森県の中でもトップクラスに端っこの方にあります。Google mapとかで見ると分かるけど本当に端の端。本州で最果て感を味わうにはここ以外の場所はないだろう。
館内散策
下風呂温泉はご覧の通り、津軽海峡に面した海岸沿いの山肌にある温泉街です。メインストリートとなる通りに沿って旅館や民宿が並んでいて、集落が過ぎ去った道の脇にいきなり建物群が登場してくるのが驚きでした。
温泉街といっても宿泊施設の数は少なく、ひっそりと営みが続けられている静かなところです。つい最近でいうと今年8月の大雨で発生した土砂崩れのために孤立状態になっていましたが、9月中頃から各旅館が徐々に営業を再開されていました。
下風呂温泉に到着したのは15時30分頃。まだ早い時間帯とは裏腹に辺りはもう薄暗いし、何より寒い。早速宿に向かいます。
今回泊まったのは、メインストリートから道を一本逸れたところにあるまるほん旅館です。
まるほん旅館は明治20年開業の家庭的な雰囲気が売りの旅館で、昔から湯治場として栄えた下風呂温泉の中で一夜を過ごす場所として選びました。他にも良さげな旅館はあったものの、ホームページ等を見て今回泊まるならここかなと思ったのがきっかけ。
玄関にはなんと明治36年(1903年)の記事が展示されていて、そこには確かに「マルホン」という名前の旅館があることが示されている。
下風呂温泉は刀傷にも効果があると言い伝えられており、温泉が発見された室町時代から江戸時代には多くの傷ついた人々が訪れたようです。現在のように旅館が建ち並ぶようになったのは明治時代のようですが、その時代からこの地で営まれている旅館ということになる。
まるほん旅館は1階と2階から構成されている旅館で、1階には厨房や居間、宴会用の大広間(この日もどこかの団体が飲んでた)があり、2階は完全に客室になってます。
客室も人数に応じて広めのところもあり、今回泊まったのは2階の角部屋。広さ的には2人くらいまでOKな感じでした。
海に面した2階の客室は4つほどあり、ここからの眺めが予想外に良い。まるほん旅館が坂の上にあることもあって海との高低差がちょうどよく、かなり建物が立ち並んでいる中でも問題なく海が見えます。
夕暮れ時なので空と海の境界がオレンジ色に染まっていて、ふと寒さを忘れて窓を開けっ放しにしてました。目の前の海は津軽海峡で、その向こうはもう北海道。
そうか、今自分は確かに津軽海峡を臨む土地、本州の最果てに居るんだな。
温泉
このまま部屋にいても眠くなるだけなので早速温泉へ。
まるほん旅館の温泉は1階にあり、2階の客室からはもう一つの階段を下っていくだけですぐに行くことができます。
廊下から脱衣所に入り、そこから浴室へ向かうという流れはどこも同じ。
異なるのは浴室の造りで、入ってすぐに階段があり、そこを下っていくと湯船や洗い場がある特徴的なものでした。なので、温泉がある場所は地下1階ということになります。
階段の先には洗い場が1箇所と正方形の湯船があってそこに満たされている湯がとにかく白い。
"白みがかかっている"とかのレベルではなく乳白色で、中に浸かると自分の身体がまったく見えなくなるほど。温泉の成分によるものとはいえ、ここまで白いのはなかなか出会えない気がする。
かき混ぜてみると余計に白くなって、これだけ白いと何か身体にもいい影響がありそうな感じ。
下風呂温泉は、複数の源泉から湯を引いている全国でも珍しいところです。
古くから知られている「大湯(白濁だが天気によっても変わる)」「新湯(透明に近い)」の他に、海辺に湧いている「浜湯」があり、合わせて三箇所の源泉から温泉を引いています。なので下風呂温泉の各旅館の温泉は、このうちのどれかの源泉のものという形になります。
「大湯」「新湯」についてはそれぞれ共同浴場が整備されており、そこに入ることで源泉直結の湯を味わうことが可能でした。しかし残念なことに2020年11月30日をもって老朽化のためにいずれも閉館となり、現在では建物すら残っていない状況です。
これから新しい施設が新しく建てられるんでしょうかね。できればそうであってほしいけど。
このまるほん旅館は「大湯」の源泉を引いていて、泉質は酸性・含硫酸-ナトリウム-塩化物・硫酸塩泉(硫化水素型)。
その湯は源泉温度66℃ながらも湯船に注がれるのは適温になっていて、寒い冬の日に入るのには最適な温度でした。
まるほん旅館は下風呂温泉の中では比較的温度が低くて長湯がしやすいらしく、すぐに身体が熱くなってしまう自分でも気持ち長く浸かることができたと思います。
ただし湯船はあまり広くなく、二人入ればもう一杯という感じなので場合によっては順番待ちが必要かもしれません。この日は宴会勢以外は自分の他に宿泊者が一人しかいなかったため、自分の好きなタイミングで入ることができました。
各所に貼られている手作り感あふれる表示も味がある。
湯治十戒というのがなかなか面白くて、湯治目的で来る人の場合は禁酒なんだなと思って眺めてました。
夜の時間
その湯治十戒に完全に反するんですけど、1回目の入浴の後はちょっと外へ出て通りを散策。
明日はもう平日で地元の方の往来もなく、宿泊客も屋内にいるので通りには誰もいない。というか冬の下北半島でチェックインのあとに出歩く人自体が珍しいので、自分のやってることは風邪を引く目的以外にないといえば確かにそうなる。でも、せっかく旅先に来たんだからこういう時間があってもいいと思ってます。
この時間に外を歩いてみてよかったことの一つは、車の音が全く聞こえないこと。
ものすごい山奥にでも行かない限り、この今の時代に車の音を聞かないで過ごすなんてなかなかできない。でも下北半島という端っこの地、それに夜となればそんな音は聞こえてきませんでした。聞こえてくるのは港に出入りする漁船のエンジン音くらいで、逆に言うと漁船の音しかないというのが最果て感を増幅させている。海沿いの温泉地というのがよく伝わってくる。
あまり歩いていると本当に風邪を引きそうだったので散策は早めに切り上げ、旅館に戻った後は再度温泉に行ったりしてました。場所が場所なだけに夜になると途端に心細くなったけど、「その日帰る宿がある」という意味で、灯りが灯っているまるほん旅館はとても安心できる存在。
旅において人の存在というのは、やはり大きい。
夕食~翌朝
そんなまるほん旅館の食事は変化球なしの海鮮一色で、肉は一切ない潔さが光っています。
夕食は刺し身、煮物、焼き物とすべてが下北の幸なので、当然ながらどれを食べても美味しい。プランによってはウニや鮟鱇、あわびを満喫できる献立も選べますが、通常のプランでこれなので間違いなく満足できるはずです。
また一品とか二品とかそういう話ではなく、メインとなるおかずがすべて魚介類なのが嬉しかった。これのおかげで、一緒に注文した日本酒が実に進みました。
朝食は優しい落ち着いた品が中心ですが、その中でも朝水揚げされたてのイカ刺しがでて朝からテンションが上がる。こんなにイカって美味しいんか!?って感じでどれも新鮮、かつ美味でした。
最後はまるほん旅館の看板猫であるてんちゃんにご挨拶をし、下風呂温泉を後にしました。
駆け足になってしまったけど、食事に温泉にと宿泊そのものを最大限に楽しむことができたと思います。まるほん旅館は女将さんがとにかく優しい方で、食事もボリュームたっぷりで海の幸が好きならおすすめできる宿。
何よりも下風呂温泉の旅情あふれる雰囲気、一度味わってみて虜になりました。次はロードバイクで下北半島を再訪する際に泊まることを検討しています。
蛇足になりますが、翌日はバスの時間の関係上大間には行けなかったので、代わりに浅虫温泉の鶴亀屋食堂で本マグロ丼を食べました。小を選んだのに明らかに15枚より多く入っていてボリュームがヤバい。これだけで満腹になるレベルです。
この本マグロ丼も含めて今回の行程を振り返ってみると、とにかく魚介類が美味しかったのが印象的でした。今回は温泉と温泉街の雰囲気を目当てに青森を訪れたけど、いっそ海鮮を味わうためだけに訪れるのもアリかもしれません。
海に近い土地の海鮮が美味しくないはずがないし、その美味しさはもう何度も経験済み。どの季節に訪れてもお腹いっぱいになりそうな予感がして楽しみだ。
おしまい。
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