今回は、青森県の黒石温泉郷にある青荷温泉に泊まってきました。
青荷温泉は南八甲田の山中に位置する温泉旅館で開湯は昭和4年、山の奥深くにあることから周りに建物は一切なく一軒宿となっています。不要な喧騒が一切ない環境で温泉を満喫することができることに加えて、館内には電灯や照明がない「ランプの宿」として知られています。
ランプの宿とはその名の通り館内の灯りのほぼ全てがランプになっていて、普段の生活ではまず感じることがない「灯りの大切さ」や夜の暗さを十分に味わえるところです。また周辺一帯は電波が全く届かないため、余計なことを考えずに温泉に没頭できる環境が整っていました。
ただでさえ人工的な音が聞こえてこない長閑な環境で、今回の訪問が冬ということで尚更気持ちよく過ごせたのがいい思い出です。
灯りはランプだけ
冬期間(12月1日~3月31日まで)の間は温泉までの国道102号から先の道が閉鎖されているため、直接温泉に向かうことはできません。
代わりに送迎バス(無料)が運行しており、近くにある「道の駅虹の湖」まで何らかの形で到着し、ここからバスに乗る形になります。なお道の駅も冬期間は閉鎖になっているため、車を止めることはできますがトイレ等は使用できません。
送迎バスは片道15分程度で、9~16時までだいたい1時間刻みで運行されています。青荷温泉のチェックイン可能時間は15時からですが、14時のバスに乗って到着した場合はそのままチェックイン可能でした。
あとはバスに揺られているだけで青荷温泉に到着。温泉までの道中もなかなかに秘境で、そんな場所にいきなり大きな建物が登場してくるのが印象的でした。
青荷温泉は2階からなる本館とその隣にある水車館、それに温泉を含めたいくつかの離れから構成されています。なので宿泊場所はこれらのうちのどれかになるのですが、現在ではほぼ100%が本館の1階か2階に割り当てられるようでした。
まず最初に、全体の見取り図を示しているのが上記の写真。
館内にも男女別の内湯があるものの、その他の温泉については全てが離れにある形になっています。なので季節や天候によらず、温泉に入るには一度外に出る必要があるのも特徴の一つです。
館内散策
本館
それでは早速館内へ。
本館の玄関奥には広い空間が広がっていて、ここが玄関ロビーになっています。
建物奥を正面に見て右側が夕食・朝食会場となる大広間で、左にあるのが売店。玄関正面奥には帳場や厨房があり、客室はさらにその奥にあります。
玄関ロビーは2階部分がない吹き抜け構造で、青森名物のねぶた関連の絵が飾ってあって迫力があります。吹き抜けの上部からは青荷温泉においては貴重な日光が降り注いでおり、日中の明るさが強調されていました。
売店はかなり充実しており、お土産品だけでなくアイスや飲み物も販売されています。
また、ここにはストーブもあるので寒い館内でもくつろげる場所になっていました。
売店を過ぎて奥に向かうと帳場があり、送迎バスから降りて中に入った宿泊客はここで館内の説明を受けます。夕食や朝食の時間、温泉の入り方に加えて自分の部屋の場所が書かれた紙を手渡してもらえるので、少なくとも迷うことはないはず。
なお、帳場は玄関から奥まったところにあるのでこの時間でもすでに若干暗く、ランプの灯りの存在感がありました。
帳場から奥側が宿泊エリアで、廊下の左右に客室が配置されています。
宿泊エリアには客室のほか、洗面所、トイレ、ゴミ箱など滞在する上で使用する設備が集中しています。
本館は廊下・階段ともに横幅が広く、歩いて移動する際に窮屈に感じることがありませんでした。廊下は本館の建物中央に走っていて、その両側に客室がある分かりやすい構造になっています。
洗面所やトイレは上のような感じで、冬だからといって特に使用不可能になることもなし。洗面所についてはランプでなく通常の証明になっていて、時間帯によらず視認性はいいです。
本館の階段は帳場横と奥側の2箇所にあり、後者については降りた先が温泉への出入り口になっているので使用頻度は高いです。
こうしてみると、青荷温泉の建物としての分かりやすさはかなりものでした。
構造的にはなんか学校のような感じで、自分が今どこにいるのか、どこへ向かえばいいのかがすぐに理解できる。滞在中は何回も温泉に入りに行くことを考えると、やっぱりこういう風に移動に支障がないのが一番です。
水車館
1階の階段横にはもう一つの宿泊棟である水車館への通路があって、一応こちらも回ってみました。
水車館の本館よりも後に建造された風になっていますが、造りとしてはそれほど変わらないようです。
客室
今回泊まったのは、本館2階にある205号室です。広さは8畳で畳敷きでした。
客室によっては6畳の部屋もあるようですが、今回は一人なのにも関わらず8畳の部屋をあてがってもらえて嬉しい。
客室の造りは少し特殊で、まず廊下から引き戸を開け、奥にある襖戸を開けると客室があります。
引き戸には外鍵が付いているので、例えば温泉に向かうときなどはこの外鍵をかけてから向かうことになります。寝るときは襖戸に付いている内鍵を使います。
今まで結構な数の旅館に泊まってきたけど、ここまでシンプルな客室はなかなかないと思う。どこか湯治宿のような雰囲気があって、一般的な旅館とは様相が全く異なっている。
客室内にあるのは机とお茶セット、ストーブ、それに金庫のみ。テレビやエアコンはなく、灯りは各部屋の中央に吊り下げられているランプのみ。まさに「山奥で温泉を楽しむ」ことを最大限に高めた設備で、どうせ温泉入るんだから他のことしないでしょ?という声が聞こえてきそうだ。
何もないぶん逆に自由さが際立っていて、例えば布団も自分の好きなタイミングで敷くことができる。窓からは外の風景が眺められるし、昼寝と温泉を繰り返してももちろん良い。なお暗くなってからだと敷くのが面倒になるので、今回は部屋に着いてすぐに布団を敷いておきました。
暖房については、ストーブという強力な存在がいるので全く問題ないです。むしろ夏のほうが冷房手段が限られているので心配になるレベル。
あと、密閉空間でストーブを点けっぱなしにしていると酸欠の恐れがあるため、入り口の襖戸は2cmくらい開けておくようにと言われました。窓は転落防止のためか開かないように細工がしてあるので、開け閉めできるのは襖戸に限られます。
これの影響で廊下からの防音性は無いに等しいので物音が筒抜けになりますが、逆に隣の客室の音はそれほど聞こえませんでした。施設の古さを考えると単に隣の宿泊者が静かな人だった可能性もあって、これはこれで助かった。
忘れてはならないのが、「ランプの宿」の代名詞にもなっている灯油ランプの存在。
中央に吊り下げられているのでとても存在感があるものの、まだ館内が暗くなる時間には余裕があります。ランプの存在を頼もしく感じるのはもう少し後になりそう。
なお、ランプについては不用意に触ると火傷をするので触らないでくださいとのことで、夜寝るときであっても点けっぱなしとなります。
温泉
部屋にいるだけだと正直何もできないので、青荷温泉の滞在中は食事と就寝以外はほぼ温泉に入ってました。冬の時期に訪問したので適度に寒く、4つある青荷温泉の温泉も比較的入りやすかったと思います。
青荷温泉の温泉は単純温泉(無色透明、無味無臭)で、癖がなく入りやすいお湯。入る場所によって温度が大きく異なるのが特徴の一つで、例えば屋外にある露天風呂はこの時期だとぬるく、逆に館内の内湯は結構熱かったです。
- 本館内湯…男女別。温度は熱め。
- 滝見の湯…男女別。温度はちょうどいい。
- 露天風呂…混浴。女性専用時間あり。温度は冬だとぬるめで長湯可能。
- 健六の湯…男女別。総ヒバ造りで雰囲気が良い。温度はちょうどいい。
すでに述べたとおり、本館内湯以外は本館とは別の離れにあります。
今回はそこまで雪が降っていなかったので問題なかったものの、天候によっては吹雪の中入りに行くことになるかもしれません。でも冬の山の静けさを実感するにあたってはこの配置というか環境が実によくて、温泉に行くまでの道中も楽しめました。
一度外に出るという関係上、どうやら寒い季節は部屋から出たがらない人が多いらしくて温泉で別の客と鉢合わせることは稀でした。
滝見の湯及び露天風呂へは、本館1階奥にある出入り口でサンダルに履き替えて向かう形になります。
出入り口から外へ出て、橋を渡って対岸に向かいます。
本館裏手周辺は基本的にランプ小屋や温泉に用がある人しか訪れないっぽいですが、どうやら滝見の湯の周辺には離れの客室がいくつかあって、冬場でなく他の季節で主に使われているようです。
対岸の様子はこんな感じで、通路以外はほぼ雪で埋まってました。
露天風呂
露天風呂は対岸の手前側にある温泉で、通路から若干下った位置にあります。そこへ雪が鬼のように積もっていたため、傍から見るとここに温泉があることが全く分かりませんでした。
露天風呂はこんな感じ。
入ってすぐの右手方向に大きな岩風呂の湯船と、左手方向に脱衣所があります。露天風呂は混浴になっているので湯船は一つだけ。脱衣所からの仕切りもないので完全に丸見えです。
温度の方は外気温にさらされているためにぬるめで、中でずっと浸かっている分には寒さを感じることはありませんでした。また、源泉かけ流しなので常に新鮮なお湯が供給されていて、溢れた分は脱衣所奥の水路を通って渓流に流れ出ています。
大きな湯船の向こう側には屋根なしの円形の湯船(一人分)もあって、こちらの温度は比較的熱め。まずはここで身体を温めてから岩風呂に入るのがいいと思います。
露天風呂としての展望は控えめになっているものの、本館奥に見える雪山はここからでも問題なく見ることができました。雪という明らかに寒さを感じる要素が常に視界に入っている中の入浴、これが温泉の温かさをより増してくれている。
露天風呂は何回か入りに行きましたが、結局自分以外に入っている人に遭遇することがありませんでした。湯船がかなり広いし、ゆったりと入りたい場合には露天風呂が狙い目かもしれません。
健六の湯
続いては、本館手前側の離れにある健六の湯へ。
こちらは玄関でサンダルに履き替える形になっています。
入り口の引き戸を開けて脱衣所へ。
健六の湯に限らず、青荷温泉の温泉は基本的に建物が新しめです。なので木造といっても木目がとても綺麗だし、何より清潔感があって温泉として素敵。脱衣所にはファンヒーターが置かれており、寒さについても大丈夫でした。
そして、予想以上に雰囲気が良かったのが浴室の造り。
なんといっても総ヒバ造りの浴室は風情たっぷりで、床から壁、窓枠、天井までが木で溢れていて温かみを感じました。窓も天井付近まで大きくとってあって日の光がバッチリ入ってくるし、ランプの宿=灯りが貴重、という環境によく合っていると言えます。
風情がある温泉は日本中にたくさんあると思うけど、上から下まで全部木製というのは個人的にかなり好き。
浴室を歩いているときや湯に浸かっているとき等、身体に接触する箇所や目に入ってくる箇所を木が占めているというのは自分が思っているよりも居心地が良い。木というだけで心なしか寒さを感じないようなほのかなぬくもりを感じることができて、しかも窓の外に見えるのは雪山。
お湯の温度以上に精神的な部分でとても満足ができ、滞在中はこの健六の湯に入る回数が一番多かったです。
浴室内にはランプが2つあります。
夕方頃まではこれだけで問題なく入ることができる一方で、夜になるとかなり暗くなりました。温泉で夜の山の暗さを感じつつあったまるのも、なかなか趣があって良い。
夕食
温泉に入った後は夕食の時間。
夕食の時間は18:00~20:00で、遅くとも18:30までには食事会場である玄関横の大広間に入ることになります。
この時間になるともう館内は真っ暗で、大広間については各席の真上にそれぞれランプが吊り下げられていて数が多めになっているものの、それでも結構暗いです。そもそも、ランプの灯り自体が豆電球くらいの明るさしかありません。
ただ、自分が今何を食べているかくらいは視認できるので特に問題ありませんでした。
大広間を入って玄関側に夕食の御膳が並べられていて、中央には囲炉裏で焼かれたイワナの塩焼き(各自一本ずつ)とお茶、それにご飯と"けの汁"(青森県の郷土料理)が置かれていました。ご飯とけの汁については自分で好きな分をお椀につぐ方式で、おかわりも自由です。
また大広間の奥側には厨房へのカウンターがあり、飲み物の注文はここで行うようでした。
夕食の内容は煮物(五目・きんちゃく・絹さや・しめじ・人参)、ならたけ、サーモンのカルパッチョ、鴨鍋、いがめんち、わさびの辛子和え、ひらたけの生姜煮、なめこのおろし、白菜の漬物、イワナの塩焼き、けの汁、ご飯(青森県産のあきたこまち)。
どれもが青森県のものを使った地元感あふれる料理ばかりで、素朴でしんみりとした味わい。ガツンとくるような美味しさではなく、まさに山の中で静かにいただくに似合っているような飾らない美味しさという感じです。特に、個人的にはけの汁がとても好きになっておかわりをしました。
ランプの宿という名前から想像した通りの夕食内容で、こういうものを求めていた自分としてはとても嬉しかった。
夜の時間~翌朝
夕食の時間である18頃を待たずして16時くらいからすでに館内は思った以上に暗くなっており、特に廊下や客室内はランプの灯りがないと行動不能になるレベルでした。
何かしようにもここまで暗いとなかなか難しいので、仮にやることがあるならチェックインしてすぐにやっておいたほうが良いかも知れません。
夕食後に再度温泉に入りに行く道中で、色々散策。
昼間ではあまり目立たなかったランプがここにきて猛烈な存在感を発揮していて、暗闇の中でほのかに浮かび上がっている灯りが実に頼もしい。
しかもランプの火ってゆらゆらと揺らめいていてこれ以上なく幻想的で、その火はなんというか原始の時代を感じさせる。なんでもヒトが火を見て癒されるのはヒトの遺伝子に組み込まれているかららしく、そんな火に安心感を覚えつつもじっと見つめていると眠くなってくる。
昔は電灯ではなくてランプが一般的だったというけど、文明の進歩の中で失った温かさがここにはある。気がついたら自分でも驚くくらいに眠くなっており、明るいうちに行動して眠くなったら寝るというヒト本来の行動パターンに戻れた気がします。
結局、完全に暗くなるまで温泉と玄関ロビーを行ったり来たりするような時間を過ごしました。
温泉にはいつでも入れるので、布団に入るまで思う存分入るのもいいかもしれない。
寝たのは20時頃で、その時に撮ったのが上の写真。余計な灯りが一切ないのがよく分かると思います。
翌朝。
朝起きてからはまず眠気覚ましに朝風呂に入りに行き、その道中で昨夜の積雪量に驚く。雪国は降雪量が半端ではないので、積もっているのが目に見えて分かるのが良い。
例えばの話で、温泉も含めて滞在中の行動が館内だけで完結するのであればここまでの感動はなかったと思います。
ほとんどの温泉が離れにあるおかげでほぼ自動的に屋外へと出ることになり、旅館周辺の自然だとか、雪の時期なら降った量とかを目にすることになる。これが本当によくできていて、ここが青森県の山中にあることを強く実感させてくれる。
朝食の時間は7:30~8:30で、これも夕食と同じくほぼ一斉スタートです。
内容はホタテの卵とじ鍋や山芋など、朝にぴったりな品ばかりでした。
最後は送迎バスの時間まで二度寝をするなどして過ごし、下界へと帰還しました。
おわりに
青荷温泉は通年営業している旅館なのでどの季節でも差異なく満喫できるところではありますが、今回の体験を通しての感想としてはやはり冬の季節がおすすめだと思いました。
まず送迎バスに乗ることでしか現地に向かうことができないので特別感があるし、バスから降り立った場所は携帯圏外、さらに余計なものが一切ない温泉に集中できる環境です。
夜についてはランプを頼りに昼間とは全く雰囲気が異なる状況を楽しむことができ、温泉の気持ちよさを何倍にも増幅させてくれること間違いなし。
適度に不便な環境にあえて自分から飛び込んでいく分、その不便さを最大限に満喫するのが青荷温泉の正しい過ごし方だと感じました。世俗から切り離された一軒宿で、何もかも忘れてじっくり温泉に浸かってみてはいかがでしょうか。
おしまい。
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