Part 1:南阿蘇~高千穂 天安河原~天岩戸神社
Part 2:高千穂峡~高千穂夜神楽~日之影~延岡
棚田と渓谷
天岩戸神社を後にし、今日の宿泊地をとっている高千穂の中心部へと移動していく。
時間的にはもうすでに夕方に差し掛かっている中で、予め決めておいたのは宿泊場所のみです。しかも素泊まりなのでどこかで夕食や朝食を確保しておかないといけないものの、それらはまだ何も決めていません。
まあ個人的には寝る場所さえあればあとはどうでにもなると思っているので、食事については二の次になっている感はあります。こんな脳天気な思考だから昼食抜きの行程になることが多いんだけどな。
とりあえず順当に県道7号を南下していきますが、ここでも高千穂ならではのダイナミックな光景を見ることができました。
これよこれ。
道路のすぐ脇には広さをもつ棚田が形成されており、その向こう側には川とそりたつ山。本日とそれから明日はこの高千穂の「渓谷」っぷりをまざまざと見せつけられるような行程になって、山に囲まれた地形であることがすぐに理解できる。
しかもただ単に山深いところではなく、川が流れていて農耕が可能ということで有名な棚田がこのあたりには集まっています(栃又棚田、尾戸の口棚田など)。よく考えてみれば昔から集落としての歴史が深いということは、そこが農業をするにあたって適しているところということ。
なので、田んぼが多いのは至極当然と言えます。
と、そんな風に走っていくと唐突に線路と橋梁が出現。
これは旧国鉄高千穂鉄道 高千穂線の線路の跡で、この地域を行き来する往来の足として重要な役割を果たしていた存在です。しかし2005年の台風被害により継続が困難となり、最終的に2008年に全面廃止に至ってしまいました。従って、現在では高千穂を訪問するにあたって利用できる電車はありません。
実はこの日の翌日、結果的にこの高千穂線の線路沿いを延岡まで走る形となりました。
高千穂線という路線の存在を最初に認識したのがこの箇所で、廃線となったのに意外にも大部分の遺構が残されていたので驚きました。旅先において予想外の出来事に遭遇すると楽しいと思うタイプだけど、こういう出会いが本当に好き。
その後は、高千穂の町の中心部へと走りました。
渓谷の地形が前面に押し出されていて、いかにも山谷ある里山の風景!というのは郊外だけだと思っていたのが、アップダウンの多さはむしろ中心部のほうが顕著という。
小学校や役場、飲食店が立ち並ぶ表通りであっても例外ではなく、平坦なところが見つからないくらいです。長崎や尾道とまではいかないものの、坂の町としてそこそこ移動が大変でした。
で、ここから宿にチェックインをしてしまうのはまだ時間的に早いような気がする。実は明日の予定をこの時点ではまだ決めきれておらず、今日のうちに高千穂峡に行っておいた方が後の選択肢が広がりそうな予感がしました。というわけで、日が落ちてしまう前にちょっと高千穂峡に向かうことに。
高千穂神社を通り過ぎ、帰り道が心配になりそうなほど標高を下げる坂道を下りに下って高千穂峡(高千穂峡谷)に到着。
ロードバイクにおいては「渓谷感」を手軽に実感しやすいのが強烈な斜度の坂道で、高千穂峡はダイレクトにそれを満喫できます。もうそこら中に坂道があるので。
ただ、高千穂峡を訪問するのは実のところ徒歩やロードバイクがベスト。付近の駐車場はとても限られているので、どっちにしろ歩く羽目になります。帰り道でダンシングしながら上ってたら外国人観光客から「ガンバッテ!!」と声をかけられたりもして、疲れるのは疲れるけどロードバイクで来るのも案外悪くない。
高千穂峡といえば断崖に挟まれた五ヶ瀬川の風景が有名ですが、これは阿蘇カルデラを形成した火山活動の結果によって形づくられたものです。
この地に流れてきた火砕流が冷えて固まって溶結凝灰岩(柱状節理)となり、五ヶ瀬川の流れによって周囲が削られて顕になったというのが経緯。そう思うと、今回の行程を阿蘇→高千穂という順番にしたのは理にかなっている。
以前やった大分ライドや、今回の旅の前半の阿蘇の存在。場所的には異なるものの、数万年前の火山というキーワードで全ては繋がっている。こういう風に、「そういえば…」と過去の旅との関係性を思い出すのも面白いものだ。一つ一つの旅は独立しているように見えて、意外なところで関係している。
高千穂における最も有名な観光スポットなだけあって、高千穂峡は夕方でも人が多かったです。
柱状節理の様子は結構わかりやすくて、さらに遊歩道からだと壁みたいな断崖が目の前にあるので迫力がヤバい。
当然ながら長い年月をかけて形成された結果をいま自分は眺めているわけで、自然の力って本当にスケールが違う。川幅が狭くなっているところには真名井の滝という滝もあって、硬さを感じる柱状節理と、柔らかな水の流れとの対比が美しさを増幅させていました。静の中に動がある、という図式が良いというか、そんな感じ。
付近には食事ができる店がいくつかあるほか、お土産屋もあるのでのんびり見て回るのがおすすめです。高千穂は居酒屋以外の飲食店がそれほど多くないので、見つけたら訪ねてみるくらいのほうがいいかも。
この後は高千穂神社周面まで戻り、宮崎県といえばこれでしょ、ということでチキン南蛮をおやつにしました。
値段の割に量が多くて、もうこれだけで夕食に十分なくらい。その土地の名物を食べるのは旅の基本だ。
高千穂神社の参拝をするにはもう薄暗いので明日の早朝に行くことにして、宿にチェックインをして一休み。思えば、今日は朝から濃い体験をしてばかりだ。
伝統的な夜神楽を観に高千穂神社へ
通常ならここで一日が終わるところが、高千穂に限ってはそうではない。高千穂の夜は「神楽」の時間です。
高千穂には毎年11月中旬から2月上旬にかけて、町内のそれぞれの集落で伝統的な夜神楽が奉納されます。神楽といえばその土地の歴史を感じさせる民俗学的な行事であって、しかもここ高千穂は神話の里。神を祀る目的で、神楽が盛んになるのは自然の成り行きだと言えます。
高千穂の夜神楽は一番からなんと三十三番まであって、徹夜で行われる神聖な儀式のようなもの。
観光客の身でこれを堪能するには冬場に訪問するしかないのですが、三十三番の中で代表的なものについては、なんと毎晩欠かさず公開されているんです。これがありがたくて、高千穂に宿泊することに決めた理由が実はこれ。見られるものは見ておくのが吉だ。
場所はさっき前を通った高千穂神社の神楽殿で、20時開始で所要時間は約一時間ほど。この日は、広々とした神楽殿がほぼ満員になるような人の多さでした。高千穂夜神楽の人気のほどが窺えます。
公開されているのは「手力男の舞」「鈿女の舞」「戸取の舞」「御神体の舞」の4つあって、岩戸にこもった天照大神を見つけ出してから次は誘い出す場面、それから岩戸を開く場面へと順番に移行していきました。
全体的な動作としては激しさはなく、一動作ごとの間隔が長めな印象かな。なので迫力があるというよりは静かで厳かな面が強くて、すべての舞が終了した頃には神楽が持つ神聖さを強く感じました。
旧国鉄高千穂鉄道 高千穂線沿線の風景を巡る
眠りから覚めて、翌朝。
この日は昼過ぎには海沿いの延岡に到着しておく必要があって、つまり午前中は散策してばっかりというわけにはいかない。でもただ単純に走って終わりというのは個人的に一番避けたい行動だし、時間が許す限りは今日も立ち寄りメインでやっていく。
朝の時間でまず何をするか考えた結果、朝日に照らされる高千穂神社を参拝しに行きました。昨晩は闇夜の中の訪問になったけど、今日は打って変わって明るいシチュエーションです。
うん、やっぱり自分は神社が好きだ。
木造建築の大きな建物に加え、神社そのものの立地も個人的に好きな要素。なぜ神社を訪れるのか自分でも気になっていたけど、なんか神社を発見したら自動的に足が向かっているような気さえ最近はしてきた。
なんというか、ここにいると安心できるというのを身体が理解している。
石段を上った先にある境内には巨木が立ち並び、目を閉じて深呼吸するだけで精神が和らいでいくのが実感できます。高千穂神社は観光スポットなのは観光スポットなんだけど、訪れる人すべての心を穏やかにするような効果がここにはある。
巨木という自然の大きさと、そこに根付く人間の営み。そして祀られている神様の存在。それらすべてが神社において一心同体になっていて、静寂の中に佇むことの良さを改めて感じることができました。
高千穂の町並みを離れ、県道237号から国道218号へ。市町村としては高千穂町から日之影町へと移っています。
途中にある雲海橋からは、高千穂鉄道の高千穂橋梁を臨むことができます。この端は川の底から橋までの高さが105mもあって、これは日本一の高さ。ちょうど渓谷一体が朝もやに包まれており、実に幻想的な風景となっていました。
ここにきて今更思うこととして、高千穂ってロードバイクで景色目的で訪問するには絶好の地だと思う。
景色がいいと聞いてまず想像するのは「標高の高いところから低いところを眺める図式」で、そこには臨むと望まざるとに関わらずヒルクライムが登場してくる。そういう地形は大部分は山であって、高いところに向かうには山を上るしかない。
翻って、高千穂の地形は山ではなく渓谷です。すなわち標高の低いところは自分が今いるところよりもさらに低く、そこまで自分から上に行く必要がない。斜度についても大したことはないし、狭い範囲に渓谷が形成されているので水平方向への移動も最低限で済むのが良いところ。
ちょっと走れば川や谷、郊外へ行けば田園風景や里山が広がっている。ここまでお手軽に絶景を楽しむことができるなんて思っていなかっただけに、高千穂のことが秒で好きになりました。
ひとしきり橋の上からの眺めを堪能した後、目的地となる延岡に向けての移動を開始。
高千穂から延岡に向かうには、この国道218号を無心で東に向かえば最短で到着することができます。
ただし途中に九州中央自動車道が通っていたり、ずっと国道を通るとなると標高を下げずに山間部を通過することになるので、正直あまり面白い道ではない。なので、途中からは五ヶ瀬川に並走している県道237号を走ることにしました。
国道は旧道(県道とか)だと走行に時間がかかるところを改善するために建設されているので、雰囲気の良さとか静けさはあまり含まれていません。時間に余裕があって、行程を楽しむのなら個人的には県道の方を選ぶ事が多いです。
国道を走っていく途中ではいくつもの集落を通ることになり、結果的に人家の近くに作られた棚田が目を引きました。棚田を眺めていると白米を食べたくなってくるのは、自分だけではないはず。
道自体が山の中腹くらいを通っているので、棚田を自動的に見下ろすような格好になる。ガードレールの先には自分が好きな景色が広がっていて、今日は散策は控えめに…とか思っていたのを早速破りました。こんなん見てしまったら100%長居したくなるでしょ。
山脈と並行して道が通っているので展望がとても良くて、こちらの山から向こうの山に伸びている巨大な橋についても、その全体像を把握することが容易です。似たような場所は全国にある中で、ここまでの「高さ」を得られるところはそう多くない。Z方向が大きいというだけで、こんなにも清々しい気分になれるなんて…。
そんな風に思いながら、日之影町役場の近くで国道から県道へとイン。この先にある光景をぜひ見たくて、川沿いへと下りました。
やってきたのは日之影町の中心部、郵便局や旅館がある通り(県道209号)です。
今の国道が完成する前はここが幹線道路として用いられていて、一帯にはいわゆる旧道の雰囲気が残されていました。静けさが残る川沿いの町並み…まさに自分好みじゃないか。
ここは川の合流地点になっており、郵便局の前くらいで五ヶ瀬川と、それから山の向こう側から流れてきた日之影川が交わっています。その遥か上に架かっているのが青雲橋と呼ばれる橋で、見ての通り川からの高さはかなりのものでした。あの橋の上からバンジージャンプとかできそう。
時代が経つにつれて町並みというものは徐々に姿を変えていく中で、ここまで明確にそれを実感できる場所もなかなか無い。
昔は存在しなかった青雲橋は町並みのどこからでも視認することができ、大きな存在感を放っている。同時に交通の便はかなり改善されただろうけど、景観は一変した。これも、昔から続いてきた町の現在の姿の一つなのかもしれない。
この日之影町から先、延岡までの道のりはずっとこの五ヶ瀬川とともにある中で、川と並行して走っているのが高千穂鉄道の路線の跡です。
昨日ちらっと触れた通り、この高千穂線の最終的な目的地は高千穂の町。その道中である日之影町には路線の路線が残されていて、この「日之影温泉駅」はその内の一つです。駅舎としての役目を終え、今では温泉施設へと姿を変えていました。
駅舎の横にはTR列車の宿というところがあって、これは何かというと昔走っていた列車の車両に宿泊することができるようです。こんなに趣のある宿は珍しくて、例えばグループ旅行には最適かもしれない。
高千穂から日之影町まで走ってきた感想としては、第一に「ずっと国道を走ってこなくてよかった」ということ。
高千穂周辺は渓谷の景観が素晴らしいとはいっても、同じような展望の道を走っていると次第に飽きてくるというもの。特に自分は飽きやすい性格なのでそれは避けたくて、雰囲気の違いを味わうためにもあえて県道まで下ってきました。
自分と五ヶ瀬川との距離感がここにきてグッと縮まり、思い描いていたような集落と川との近さが目の前にある。もちろんこの「選択」という行動はルートが複数あるような経路でないと得られないものだけど、自分で何かを選ぶことができるのなら、ちょっと立ち止まって考えてみるのも悪くない。
別にこの道を終点まで走れと誰かに命令されているわけではないし、旅って決められた道を行くばかりじゃないと思う。自分の気分のままに、良さそうと思う道を進めばいい。
後はもう、時間の許す限り旧道を散策しながら延岡を目指すだけ。
ここからの道中は散策というよりはむしろ廃線巡りの様相を呈してきて、場所によっては見事な橋梁を眺めたりすることもできます。上の写真のところなんか本当に凄くて、川のカーブに沿って線路も曲線を描いている様子が美しすぎる。
廃線とはいっても遺構が数多く残っているし、駅舎がそのままという場所もあります。中でも橋梁はやっぱり巨大すぎて撤去するのも大変なのか、残っている割合が大きいですね。
個人的に高千穂鉄道高千穂線の廃線遺構で一番好きになったのが、吾味駅跡から少し行ったところにある第三五ヶ瀬川橋梁でした。
対岸からこちらに向かって伸びてくる線路と、それに付随する橋梁の柱。川を横断するために架けられている橋梁の奥行き感がここでは強く感じられて、線路が川の流れと直行せずに斜めになっているのが良い。この線形の影響で、橋梁の奥側と手前側の奥行きが連続的に変化しているのが個人的に性癖でした。
山奥の交通量が皆無な県道沿いにここまでの遺構が突如として登場してくる様は圧巻の一言で、最初に遭遇したときは大声をあげてしまった。単に新しい国道を普通に走っていたらこの感動はなかったはずで、これについては自分の性格が良い方向に働いてくれたと思います。
遺構の中には町の中に溶け込んでいる存在もあり、この日向八戸駅では線路の跡が道路になっていました。しかし駅のホームはそのまま残っていて、ここにいるとなんか不思議な気分になってくる。
日向八戸駅の周辺は駅の周りに家屋が比較的多く、延岡~日之影温泉間において最も人々の暮らしと駅の存在が密接な箇所のようです。
駅舎はもう残されていないけど、ここに駅があったことは誰が見ても理解できる。こういう場所を巡るのも楽しそうだ。
こんな感じで五ヶ瀬川の流れに従って下流方向へ進み、意図していた通りの時間に延岡駅に到着。
阿蘇から始まった神話の旅はこれにて終了し、同時に山岳から海沿いへと移ってきました。区切りとしても精神的な切り替えとしてもちょうどよく、山が始まる区間からスタートして、山が終わるところで旅が終わる。今回の行程も、自分の中でかけがえのない存在になりそうだ。
この後はライドの環境が180°変化して、大分県の保戸島を散策してきました。これについてはまた別記事で。
おわりに
宮崎県の高千穂は個人的にずっと訪問したかった場所で、阿蘇から高千穂という、その土地の成り立ちを如実に実感できるルートで到着できたのが一番嬉しいです。
ポイントとポイントを繋ぐようにではなく、地形としての繋がりがある中を走っていく。これがもう堪らない。
高千穂の各地を回っていく中では「神」の存在を身近に感じることができて、まあこんなに雄大な景色が広がっていたら神が宿ってそうと思うのも無理はない。短距離で周囲の景色が目まぐるしく変わっていくので走っていて飽きることがなく、ロードバイク的にもおすすめできる場所。それが高千穂の魅力かな。
高千穂の周囲は棚田が多くて山が近いということで、たぶんだけど紅葉が美しいのではと予想しています。なので、秋の季節になったらまた再訪したいと思っています。
おしまい。
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