- 八代~多良木~国道265号 狭上稲荷神社~椎葉村
- 椎葉村~五ヶ瀬~小笹円形分水~通潤橋~熊本
椎葉村から五ヶ瀬へ
椎葉村へ到着して迎える次の日の朝。
前日の行程がかなりの激動だっただけに、朝起きた際には安堵しました。今日は大きな核心部はなく、要所を巡りながら熊本県に入って空港まで向かうという流れです。
当初は椎葉村で宿泊せずに通過するだけという選択肢もありましたが、改めて考えてみるとやはり「目的地で一泊する」というのはただ単純に通過するのとは全く違った印象を受けました。
これは短時間ではなく夕方から夜、そして朝までの長い時間をその土地で過ごすことで充実感を高めるという思想のもと行動した結果によるもの。椎葉村を目指す旅にした時点で、椎葉村で宿泊するのをセットにしておいてよかったと思います。
まだ一日が始まったばかりの椎葉村を走っていく。
村全体が山の中にあるので日が差し込む時間が遅く、山の上の方は照らされているのに対して村の中心地は暗いままです。
この日は平日ということもあり各所から生徒を送迎していると思われる車が多く、村のメインストリートは交通量が結構ありました。他にも日曜日には営業していなかった商店が開店の準備をしていたり、バスやタクシーの発着場には世間話をしているドライバー達の姿が見えたり。
普段自分が生活している環境からでは想像できないくらいに、椎葉村という村は奥深い山間部にある。でも実際にこうして訪れてみて、その土地にはその土地の一日があり、生活があり、自分が知らないものがたくさん存在していることを実感することができた。
私が全国各地を訪問しているのはまさにこういう風景を見たいからで、今回椎葉村を訪れてよかったと思います。
椎葉村のメインストリートから国道265号に合流し、名残惜しさを感じながらこれにて今回の椎葉村訪問は終了。これほど自然豊かな環境は日本でも有数であるし、次回訪れるときにはまた別の顔を覗かせてくれるだろう。
これからのルートとしては国道265号を北へ向かって五ヶ瀬町に入り、そこからは進路を西へとって熊本県に入ります。昨日の時点で目的は達成しているので、あとは熊本県ならではの「水」に関連した場所を巡って空港まで向かうことに。
それにしても一昨日、昨日に引き続いて今日も天気が良くて本当に嬉しい。冬場のライドは夏場と比べてウェアが少々嵩張ってしまうところ、快晴のおかげでそれほど寒くないので軽装でなんとかなってます。
昨日の西米良村~椎葉村間ではかなり苦しめられた国道265号ですが、椎葉村~五ヶ瀬町の間はまるで別人みたいに平和になっていて走りやすい。同じく山間部を走っているとはいえ高低差も少なく、朝の冷え込んだ時間帯に走れば準備運動にちょうどいい感じ。
ただ、長さが2.8kmほどもある国見トンネルというトンネルを通る際にはちょっと緊張しました。片側一車線+センターラインにポールが立っているので車が追い越しできず、しかもデカいトレーラーが2台も後ろから迫ってきたので気が気がじゃなかったです。タイミングを見計らって左の歩道に逃げるしか選択肢がない。
熊本の神社と水スポットを巡る
幣立神宮
そんなこんなで上り区間が終わって下り区間に入り、多少の丘を乗り越えて五ヶ瀬町に到着。
ここからのルートの選択肢は大きく2つあって、一つは引き続き国道265号を走って阿蘇に行くルート。もう一つは国道218号を走って山都町や美里町に行くルートです。阿蘇周辺はすでに何度も訪問したことがあったので、今回は川を下る方面に進むことにしました。
熊本県に入って最初に向かったのが幣立神宮(へいたてじんぐう)という神社。国道のわきにひっそりと存在する神社で、最初はうっかり通り過ぎてしまいそうになりました。
一説によれば幣立神宮は高天原神話の発祥の地と言われており、なんでも15000年の歴史があるとか、ここで写真を撮るとオーブが映り込むとか…。ただしよく調べてみると15000年というのは御神木のことを指しており、神宮事態の歴史は2000年前くらいとのことです。
ここは全体的に神聖な空気が漂っていて、分かりやすく言えばパワースポットに属する静かな場所。パワースポット巡りの一環で参拝しに来たという方も複数いらっしゃり、自分もそれに倣って交通安全や健康を祈願しておきました。
パワースポット云々は個人的には重視してませんが、すぐ近くにある高千穂も含めると自然由来の神秘的なスポットが周辺には多いような気がします。そういえば高千穂には有名地だけではなく田園のそばにポツンとあるような社も多くて、古来から信仰が盛んだったことは伺えました。
神社単体でももちろん満足できるけど、険しい山間部に住む人々の暮らしの傍らに神々の存在があり、美しい景観と信仰が一体になった風景が好きな人にとっては堪らない。
小笹円形分水と通潤橋
次に訪れたのは、通潤用水小笹円形分水と通潤橋という二大スポットです。
熊本県は阿蘇由来の地下水をはじめとして「水」がとにかく綺麗なことが有名であって、白川水源などの名水地が各地に存在しています。水は人々の生活に密接に関わる重要な要素なことを踏まえると、豊富な水資源があるのは熊本県の大きな魅力です。
小笹円形分水はすぐ近くを流れる笹原川の水を水田の面積に応じて分配(分水)する装置のこと。ここから分水された水は後述する通潤橋へ送られているので、セットで訪問するのをおすすめします。
こちらがその小笹円形分水の様子です。その名の通り円形の部分から水が勢いよく湧き出していますが、機械を使わずに自然の力だけで水を押し上げているのがまず凄い。
あとは…やっぱりその外観が良いよね。真ん丸という形状がもう美しすぎる。
自然界にある水の流れって岩や石などによって流量や経路が様々に変化しているのに対して、ここでは全方位に均等に一定流量が流れ出ているので見ていて気持ちがいいです。機能美というか、自然界には存在しない人間の力による水の流れの良さがダイレクトに実感できる。
上の写真で言うとやや左にある区切りを介して左側に流れていく分(3割)が野尻・小笹地区へ、右側へ流れていく分(7割)が通潤橋へと分水されていくようです。円周上に区切りを設けることで分水の割合を調整していることになり、水量を変更することなく公平になっていて本当によく考えられている。
円形分水の周りは自然が満ち溢れているのも素敵ポイントの一つで、大きな川の流れ、田畑、紅葉する木々と、訪問する時期によって異なる印象を受けるはずです。
今回の訪問時は近隣地域の小学生がバスで見学に訪れており、水の流れに歓喜してました。
一般的な風景、樹木や田畑、集落などで構成された景観は動きがないのに対して、水の流れというのは明確に動きがあります。なので視界の中で常に存在感を発揮していて、気がつけばそこを流れていく葉っぱなんかを目で追ったりしている。
地域の利水に直結する重要な場所なので、こういう産業的な設備は大事にしていきたいですね。
続いては通潤橋にやってきました。
通潤橋はもともと白糸地区に水を運ぶために作られた水路橋で、近世では最大級を誇る石造りのアーチ橋です。水路の長さは119m、橋の長さは78m、橋の高さは21.3mもあり、遠くからでもよく見えます。
1960年に国の重要文化財に指定されたのちに2023年に国宝にも指定され、訪問時は国宝指定を祝う表示が目立ってました。どうやら土木建築物が国宝指定されるのは全国初らしく、技術的に完成度の極めて高い近世石橋の傑作と評価されています。
通潤橋の近くに寄っていくにつれて、そのデカさが徐々に理解できる。
橋の下にさっきも会った小学生の一団が映ってますが、人間と比較すると橋としてシンプルに巨大であることが分かります。また「石橋」の通りに通潤橋はすべてが石で形作られており、その様相はさながら城郭の石垣のような強固さを感じさせる。間近で見上げてみると迫力が本当にすごいです…!
昔は水争いという言葉に代表されるように、田んぼに水を送れないと未来が立ち行かなくなる状態でした。そんな中でこの地に水を送る道筋を造り上げたのは素晴らしいことだし、この外観を見るだけでも道筋としての安心感や信頼性が半端じゃない。
同じ九州地方の大分県によく見られる古い石橋もそうですが、石造りのものを見ると長持ちしそうという感じが直感で分かります。通潤橋も同じで、これは今も昔も変わらず地域にとって頼もしい存在だ。
通潤橋の見学を終えた時点で、時間はちょうど昼過ぎ。お昼は隣接している「道の駅 通潤橋」で日替わりランチを注文しました。
割とあっさりした料理が多いのにも関わらず充実感があり、空腹感の割にはスッと食べられて美味しい。
橋の近くには棚田になっている田んぼがあり、まだ収穫前の米がたくさん残っているのが見えます。
通潤橋は要するに田んぼのために造られた橋。通潤橋によって運ばれてきた水が田んぼに注がれて美味しい米ができていると思うと、水路と田んぼがセットになっているこの風景が実に素敵なものに思えました。橋の由来の説得力がありすぎるし、その恩恵は現代になっても続いているのが伝わってくる。
熊本空港までの道のり
通潤橋を後にした時点で、飛行機までの時間はまだ余裕がある。
当初は西の海沿いまで走って輪行で空港近くに向かうつもりが、ちょっと考えた結果どうせならと自走で向かうことに決定。頭上に広がる天気がいいのでなるべく屋外で過ごしたい上に、屋内よりは屋外でうろうろしている方がいいです。
ダウンヒルの途中、美里町にある霊台橋は工事中のためなかなか現代的な外観になってました。
こちらは通潤橋と同じく江戸時代に建造された石造りのアーチ橋で、水路としてではなく通行用のものです。その耐荷重は上に人だけではなく車が乗っても問題ほどであり、すぐ上流に鉄橋がかかるまではバスなんかも通行していたとのこと。
形状の面で通潤橋と異なるのは橋の上部が微妙にカーブを描いていて、これによって荷重を分散させている様子でした。個人的に平面よりはこっちのほうが好きかもしれない。
その次に訪れたのは、かつて南熊本から美里町までを結んでいた路線・熊延鉄道の遺構の一つである八角トンネル。
熊延鉄道が昭和39年に廃線となった後もその遺構は各地に残り、このトンネルもそのうちの一箇所というわけです。名前からも想像できる通りに穴の形が八角形で、八角形だから八角トンネル。自分もこれくらいのシンプルな思想で生きていきたい。
八角トンネルはトンネルという名前こそ付いていますが完全なトンネルではなく、両側の崖が崩れないように造られた7基連続の洞門です。つまり走行する車両や線路への落石を防ぐのが目的…であるものの間隔が空いていたり、断面の形状が独特だったりと奇抜な造りになってました。
八角トンネルのさらに奥には橋脚も残されています。なお橋脚へ続く道中にはかつて線路が通っていた広場が続いているものの、トンネルを含めてコンクリート以外の遺構は特に残っていません。
自然の中にいきなり人工物が登場してくるシチュエーションも見事であることに加えて、「今はここに電車が通っていたけど、今はもうない」という過去形の情報がプラスされることによって、ある種のロマンを生んでいるような気がします。
廃線しかり廃墟しかり、「廃」が付くものは昔そこに人間の営みがあったということ。現代を生きている我々が、普段は見えない過去の時間の流れを「廃」を通じて認識する。その軌跡に人は惹かれるのかもしれない。
最後は夫婦神の浮島神社に参拝し、熊本空港まで丘を上って今回の旅は終了。
浮島神社は浮島池と呼ばれる池の半島部分に神社が鎮座しており、対岸から眺めると浮島のように見えるというロケーションが美しかったです。神社って大抵は山の中にあったりするところ、なんだか不思議な感じの神社でした。
今回のライドは秘境の椎葉村を目指すのが目標ということで、久しぶりに宿に無事到着できるのか不安になる体験ができたと思います。
当たり前のように安全な道を走って観光スポットを巡り、予定通りにその日の宿に到着する。そんな安心安全な行程とは程遠かった気がしなくもないですが、あれだけ奥地にある場所にロードバイクでたどり着けたのは感動が大きかった。宮崎県の山間部は九州の中でも比較的アクセスに難があって、行程を通じて達成感を得られて良い刺激になりました。
今回のようにタイミングをみて、今後は普段とはちょっと毛色が異なる体験を増やしてみるのもいいかもしれないな。
おしまい。
コメント