今回は、山形県米沢市にある滑川温泉 福島屋旅館に泊まってきました。
福島屋は江戸時代の宝暦13年(1763年)に開湯した山間部の秘湯であり、昔から湯治場として賑わってきました。立地としては吾妻連峰の北側(一切経山など)の登山口に該当し、標高850mの高所にあるため夏でも涼しいのが特徴です。
また、福島屋は現在においても温泉宿では珍しい「湯治」文化を色濃く残す宿であって、館内には一般的な客室とは別に自炊部が設けられています。従って自分で自炊をしての長期滞在が容易に可能で、今回の宿泊時は自炊部がなんと満室という盛況ぶりでした。
かなりの山奥にあることから電力は大正時代から自家発電(水力発電)でまかなっているほか、一部には創業当時の建物も残されているという良い意味で現代感があまりない宿。逆に言えば下界のあれやこれやを忘れて温泉と宿泊のみに没頭できるわけで、そういう体験を求めて今回泊まってきました。
外観
福島屋への移動手段は大多数が自家用車になると思いますが、この道中がなかなか過酷でした。登山やってる人なら「登山口へ続く山道」と言えば雰囲気がだいたい掴めると思うけど、そんな感じです。
県道232号はまだ普通に走れるものの、その先の分岐(JR峠駅付近)から宿まではカーブが非常に多い山道となります。対向車が来るとなかなかに絶望すると思うので注意が必要でした。峠駅からの送迎もあるようなので、運転が不安な場合は利用するほうがいいです。
福島屋に到着。
視界が全く開けない山中を走ってくると旅館前で展望がよくなるので、到着した実感があります。ここまでの道のりが自然率100%なので、宿そのものが大自然の中にあることが説明されなくても理解できる。
福島屋周辺の地形をざっくり説明すると、旅館前を流れる前川という渓流がまず視界の右側にあり、そこから左側の山に向かって斜面が連続していました。その前川に沿うように並行して2つの棟があり、向かって奥側(上流側)へと続く細長い構造をしています。
上の写真に写っているのが川に近い方の棟で、微妙に向きを変えながら弧を描くようにして連なっているのが見えると思います。高低差が大きな斜面の上に建っていることもあり、建物の床下を柱で固定する「懸け造り」が見られました。
道なりに歩いていくと、棟と棟に挟まれた道の奥に玄関があります。
てっきり玄関はどちらかの棟の1階に接続されているものだと思っていたのが、実はその真ん中にあるという面白い配置。遠目に玄関が見えるのに対して、両側の2階建ての棟の高さがより強調されるようでした。
その日泊まることになる宿に到着したときの安堵感はかなりのものですが、こういう風に完全に山の中に宿があるとより顕著だと思います。道中の険しさに加えて「突然大きな建物が目に入ってくる」という状況が福島屋の良さに拍車をかけており、玄関前に来ると安心感がすごい。
館内を抜けて外湯方面へ向かうと、福島屋の全景を見渡すことができました。大小色んなサイズの建物が集まって一つの旅館を形成している様子が分かると思います。
ここからだと建物奥側に相当する自炊部や内湯の建物も見えて、外湯へ行く前に山の様子と一緒に眺めたりしてました。旅館の前が川なので空間的にある程度開けており、「山の中の一角」というシチュエーションを認識しやすいです。
というわけで、ここから福島屋での滞在の始まり。
チェックイン可能時間は14:00からと比較的早めだったので、予めこの時間に到着するように時間調節をしました。なお山の天候は特のこの時期だと変わりやすいので、余裕を持って着くようにした方がいいです。
館内散策
玄関~1階 廊下
最初に福島屋の館内図を示すと、下記の通りです。
- 地階:川側のみ。主に客室があり、一番奥には内湯がある。
- 1階:川側(客室)+山側(運営サイドの部屋)という分け方になっている。一番奥に屋外への扉がある。
- 2階:山側のみ。奥側に自炊部がある。
先ほど確認した通り、建物は大きく分けると2つの棟から構成されています。その中でも客室が多いのは川側の方で、手前から奥まで客室が連なっていました。01~03番、06~08番、それから地階11~18番の部屋はいずれも客室です。
対して山側の棟の1階にはフロントやオフィス、厨房など運営サイドの部屋が多く、客室は2階にまとまっているようでした。
この中では手前の21~24が一般的な客室(旅館部)で、奥側の50番台及び60番台の部屋は自炊部となります。自炊部へ続く導線は階段1つのみになるように途中の廊下が封鎖されていて、これは防音性が低い自炊部に泊まる人への配慮。廊下の前の通行量が増えるとトラブルになりやすいのでこうしているようです。
というわけで、まずは1階から。
玄関周辺の様子。
玄関は横幅・高さともに余裕がある造りで申し分なし。外観からも分かる通り館内も木造一色になっているほか、照明も派手すぎない落ち着いたものになっていました。
玄関って建物の屋外から屋内へ入るときに最初に通る場所であって、自分としてはその建物の第一印象を左右するスポットだと思っています。福島屋の場合は外観と屋内との空気感の落差がそれほどなく、こういうのが好きなんだという感じ。
あとは玄関土間ですが、見たところ宿泊人数が多かった昔は台形部分の床を取り外して土間の面積を広げていたようです。現在だと宿泊客の靴は別の場所にある靴箱に置く形になっているので、そこまでの広さは必要ありません。
向かって正面には売店の商品であるお菓子類や酒類が陳列されていました。周囲にはお店の類が一切ないため、滞在中にちょっと小腹がすいたとき等に調達できるのは便利ですね。
ちなみに1階部分の廊下はある程度左右対称になっており、玄関から見える2本の廊下を見るとそれが分かりやすいと思います。
玄関左側には帳場があり、その左側には旅館の方が使用されている居間があるようでした。滞在中に確認した限りでは旅館の方は帳場右側にある厨房か、もしくはこちらの居間にいらっしゃるみたいです。
一般的に建物において経営側の方々が常駐されているのは管理人室ということになるけど、それが旅館になるとご主人や女将さんがいらっしゃるのは厨房か居間というケースが多いです。
しかも福島屋の居間は廊下から障子戸のみで区切られており、ここだけ切り取るとなんか宿泊施設のようには思えないほど実家感がある。木造構造なのは宿泊客側も経営サイドも大差ないというわけで、全体としてのバランスが保たれています。
細長い廊下の先には階段があり、ここは旅館部2階へと続いていました。
1階 廊下~地階 廊下
玄関から見て左側を散策したので、今度は右側へ。
すでに述べたように福島屋が建っているのは山の斜面であり、従って場所によっては館内に高低差があります。玄関左側には2階へと階段があったのに対し、右側にあるのは2階ではなく地階へ向かう階段。
客室配置とかをマップで見ているので頭の中では分かっているけど、実際に館内を歩いてみると旅館周辺の地形の影響を強く実感できました。やはり建物の構造はそれが建てられている地形に大きく左右されます。
基本的に建物は細長く、それに従って館内を走る廊下も一直線に続いているので明確です。廊下の両側端部に階段が設けられていて、1階と地階の行き来も非常に楽でした。
「長い廊下の片方に窓、もう片方に部屋」という造りの中に適度な薄暗さが広がっていて、明暗の差が比較的大きい。自家発電によるものとはいえ、派手ではない館内の様子が実に湯治場っぽくて好きになりました。
これは建物の新旧を問わずに比較的規模が大きい宿泊施設では必ずと言っていいほどよく見られる代表的な構造ですが、廊下の見通しが良いので遠くまで視認できるし、直線上の廊下の横に客室があるので自分の部屋までたどり着きやすいという利点があります。
温泉についても内湯は右側廊下の突き当りに、外湯は左側廊下の突き当りから外へ出たところにあるのでこれまた迷う心配がなく、福島屋の館内構造を一言で言うとすればめちゃくちゃ分かりやすいということ。ここへ行くにはどこを曲がって…という風に考える必要がありません。
2階 廊下~泊まった部屋
続いては2階へ。
今回泊まったのは旅館部2階の部屋で、つまり帳場横の階段でのみ向かうことができます。
2階廊下はこんな感じで、途中にトイレと流しがある以外は廊下しかありませんでした。
廊下と客室との境界は見ての通り格子戸と襖戸で、格子戸に内鍵がついていますが外鍵はありません。なので、例えば温泉に行く場合等には室内の金庫に貴重品を保管する形となります。
今回泊まったのは「23号室」で広さは8畳+広縁。
広縁には洗面所が備え付けられているので便利なほか、廊下の目の前にトイレが位置していたため滞在中に不便を感じることはありませんでした。
設備はテレビ、扇風機、金庫、ポットと内線で、古い建物なだけあってエアコンはありません。ただし標高が高いので温泉から帰ってきた後でも扇風機のみで問題はなく、夜も涼しく過ごせました。
アメニティについては、浴衣、タオル、バスタオル、歯ブラシが揃っています。
荷物を置いて深呼吸し、広縁からの眺めも確認したりしてからようやく投宿が始まったという実感が湧く。客室とはいわば今日から明日にかけての自分のテリトリーなわけで、最初に客室に到着したときの説明し難い感覚が好き。
福島屋では宿泊客によるセルフサービスを重視しており、布団は自分で敷くことになります。後は後述するように食事についても自分で準備する形で、旅館の方は積極的には関わってきません。
例えば高級な旅館になるとサービス面が他より優れていたりしますが、福島屋のそれは放任主義的な部分が強いです。逆に言えばある程度自由がきく滞在が可能になり、自分としてはこっちの方が合っている。
あと余談ですが、福島屋には権兵衛(年齢不明)というキジトラっぽい大きな猫がいます。
元野良猫だったのが故あって福島屋の一員になり、主に居間や帳場付近をうろうろしている様子。居間へ繋がる障子戸には猫ドアが設けられていたりと猫にとっても過ごしやすそうです。
鳴き声が特に可愛かったので廊下をたまに確認しに行ったりしたものの、旅館の方によればほとんど外にいるので神出鬼没だそうです。滞在中に出会えた方は運がいいかもしれません。
2階 自炊部
旅館部は以上で、最後は自炊部を歩いてみました。
自炊部は福島屋の建物の最奥に位置しており、その名の通り素泊まりで長期滞在して療養する目的の人が泊まる部分です。自炊部に泊まっていた方とちょろっと話をしたところ、今日で一週間目と仰っていました。
山奥ともなれば余計な要素が存在しないので湯治に向いているし、何なら自然に囲まれているので療養効果も高そうです。
自炊部は廊下と客室、それに自炊スペースから構成されるシンプルな一角が特徴で、客室については隣の部屋同士の境界が障子戸のようでした。根本的な構造はおそらく創業当時から変わっておらず、変わった部分は水回りくらいなのではないだろうか。
防音性はちょっと気になるところだけど、古い建物に長期滞在して湯治をするというのは個人的に憧れがあります。
湯治向けのプランを用意している宿を思い浮かべてみた結果、そういう宿は人の往来がある程度ある町の中に存在していることに気が付きました。福島屋のように完全な山の中にある湯治宿はおそらく珍しいと思われ、「気軽に旅館外へアクセスできない環境」が好きな場合はおすすめですね。
温泉
部屋にいてもやることがないので、早速温泉へ。
温泉の詳細はこちら▶滑川温泉福島屋 お風呂ご案内
福島屋の温泉は混浴内湯1箇所、女性専用内風呂1箇所、そして露天風呂が2箇所の合計4箇所あり、女性専用内風呂以外は入れる時間帯が設定されています。
3つの自家源泉から供給される白濁の温泉は極上であり、加水や加温等は行っていない源泉かけ流し方式。まさに最高というほかない。
- 泉質:含硫黄-ナトリウム・カルシウム-炭酸水素塩・硫酸塩温泉(低張性中性高温泉)
- 泉温:44.8℃
- pH:7.0
公式サイトにもある通り「ここまで来てよかった」と思えるほど温まり効果が高く、自分は混浴内湯の湯が好きだったのでもっぱらここばっかり入ってました。温度は自分にとっては高めで、部屋に戻ってからも熱が持続するタイプです。
で、個人的に一番感動した体験が温泉から帰ってきての昼寝。
適度に温まった身体が標高の高さからくる涼しさによって冷やされ、そこに扇風機と布団が加わることによって昼寝に最適な状況になる。仮にこの時期に低地で温泉に入ったとするとエアコンがなければ即座に汗をかいてしまいますが、福島屋ではそういうことがない。
昼過ぎからは雲が湧いてきて天候が不安定になり、周りの木々は真っ盛りの緑に包まれている。自然に目を向けると間違いなく夏なんだけど、日常においていつも味わっているような行き過ぎた気温の夏ではない。
うまく説明できないものの、夏のいいところだけを堪能しつつ温泉に入りやすい場所、それが夏の滑川温泉福島屋の良さなんじゃないかなと思います。温泉からの昼寝という黄金パターンをこの時期に行えるのは貴重です。
夕食~翌朝
そんな風に温泉に入っていると夕食の時間。
福島屋の食事は夕食・朝食ともに膳の状態で客室前まで運ばれてくるので、客はそこから自分で客室内に移動させるというスタイルです。食べ終わったらまた自分で客室前まで運び、あとは旅館の方に持っていってもらいます。
食事の提供をこの形で行っている宿は個人的に初めてで、特に宿泊者が多い宿においては極めて合理的な方式だと思いました。客室内にまで運ぶとなると時間も手間もかかるし、うまく簡便化していると思います。
で、夕食である和食膳のお品書きは以下の通り(原文ママ)。
- 前菜 タケノコ湯葉、ぜんまい、ホタテ醤油バター、天豆、ウコギ麩田楽
- 造り マグロ、カンパチ、甘エビ
- 焼物 サーモン西京焼き、昆布巻き、ふくさ焼き、はじかみ
- 米沢豚一番育ちの塩レモン鍋 豚バラ肉、白菜、もやし、椎茸、舞茸、しめじ、水菜、パプリカ、レモン
- 米沢牛のステーキ 陶板焼き
- 吸い物 わかめ真丈、タケノコ、じゅんさい
- 味噌汁 麩、わかめ、ネギ
- 香の物 きゅうりの醤油漬け
- 水菓子 抹茶ミルフィーユ、パイン、オレンジ、いちご、ブルーベリー
まず料理のバリエーションがとても豊富なほか、やっぱり米沢を訪問したらこれだよなという""肉""があるのが嬉しいです。
見た目の通りどれも美味しいですが、特に肉が舌がとろけるほど美味すぎる…美味すぎる…。
料理がテーブルとかではなく膳に乗っているというのも食欲を加速してくれて、これ以上ないくらいに満足できました。あっさりとした味わいの品と肉100%の料理が良いバランスで配置されており、その緩急を堪能しながら食べ進めていくのがたまらない。
最後の米沢牛のステーキについてはステーキソース、わさび、塩コショウが揃っているほか、自分で肉の焼き加減をコントロールできるので冗談抜きに一切れごとに白米の消費が追いつかない。幸せな時間ってこういうことを言うんだろうと思う。
精神が疲弊しているとき、自分としては「温泉に入って美味しいものを食べる」のが一番の解決方法だと思っている。福島屋の温泉や食事は見事にそれを実現してくれて、温泉→夕食→就寝までの一連の流れで悩み事が雲散霧消していくようでした。
夕食後は、館内を回りつつ再度温泉へ。
旅館の夜は特にやることもなく、旅館の周りがもう漆黒の闇なので寝るよりほかない。暗くなったら寝る、という人間本来の健康的な行動ができている感じがしてとても良い。
なお自分の部屋の周辺にも泊まっている人は多かった様子ですが、自分と同じように早めに床についたようでした。
朝は夜以上に扇風機いらずの気温が続き、下界もこんな感じに快適だったらいいのにと思いながら起床。掛け布団でちょうどいいくらいです。
朝食の内容はこんな感じで、睡眠時間をたっぷりとって健康体になった身体に染み渡っていくような味わい。夕食が比較的激しかったのに対して、しんみりとした品が多いです。
そんなこんなで、滑川温泉 福島屋での一夜は終了。
朝がやってきたばかりの山中を眺めながらの下山となりました。
おわりに
今回の訪問はメンタルをリセットする意味合いが強く、そういうコンディションで選んだのが滑川温泉 福島屋でした。
気分をリフレッシュさせるためには豪華な宿で贅を尽くす…のも一つの案だけど、自分としては不要な考えを排除できる環境下で温泉や食事を楽しみたい。そうすることで身体の外側と内側を健康にもっていくことができ、最終的には精神を回復させるという狙い。
福島屋での滞在は見事にそれを叶えてくれ、例えば同じ半日という時間でも日常とは比べ物にならないくらい濃い体験ができました。山と川という大自然も含めて、俗世間のことを忘れたいときにはまた訪問したい旅館です。
おしまい。
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