最上屋旅館 大正15年創業 酒田中町に佇む木造3階建て旅館に泊まってきた

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今回は、山形県酒田市にある最上屋旅館に泊まってきました。

酒田市は、江戸時代には北前船と西廻り航路で発展し「西の堺、東の酒田」と称されるほど繁栄した港町です。今でも海に沿って町並みが形成されているものの、1976年(昭和51年)に発生した酒田大火によって市街の中心部がほぼ消失しました。従って、町並みとしては比較的新しいものが目立っています。

最上屋旅館の創業は大正15年で、今回泊まった部屋を含む建物の大部分が当時からそのまま残っています。創業当初は下宿屋を営んでおり、5年くらい経ってから旅館に転業しました。今のご主人の曽祖父が初代にあたり、材木商だったことから建物各部には当時で一番品質の良い材木が使用されています。

経営方針としてはご主人曰く、あえて建物の設備を新しくせずに古いままにしているとのこと。利便性よりも古さを残した館内や客室はそういうのが好きな自分みたいな人間にとっては最高で、こういう歴史のある旅館が少なくなった今では貴重な存在です。

もくじ

外観

まずは外観から。

JR酒田駅で下車し、駅から市街中心部へと歩いていくと最上屋旅館が見えてきます。周辺には居酒屋を始めとして飲食店が非常に多く、まさに町の中心部といえる雰囲気がありました。

最上屋旅館 外観
正面

最上屋旅館の外観です。

表通りから見える部分は特徴的な黒い壁の棟(旧館)と、そこに繋がっている右隣の白い壁の棟(新館、風呂の煙突がある)のみです。いずれも2階部分は客室になっていて、たぶん白い壁の棟の正面にあるのが駐車場。

しかし、最上屋旅館は奥へ奥へと建物が続いている鰻の寝床のような構造をしているので、ここからはその全容は見えません。見えているのはほんの一部というわけで、宿泊してこそ全体像が把握できます。

創業当初から存在しているのが旧館で、後から建てられたのが新館です。外観からそれらが明確に分かれていることが分かりました。

館内散策

玄関

それでは館内へ。

先程述べたように、最上屋旅館には文化財にも引けを取らないくらいの良い木材が使われているのが良さの一つです。自分のような素人でも一般的な木材とは確かに異なるというのが分かるくらいなので、たぶん詳しい人が見たらより驚くと思う。

なので、館内はそういう目線で見て回りました。

玄関

玄関への戸を開けるとまず右側に靴箱があり、やや左方向に向かって玄関土間から上がり框に続くような動線になっています。

その向こう側には2階への階段と、障子戸の前には古風な椅子と机。他にも色々なものが置かれていることがここからでも認識できて、今日泊まる宿に到着してまず目にする光景がこれなのだから楽しみになってくる。

あと、視界のあちこちに見える「木」の要素が多くて嬉しくなりました。木造旅館だから木が多いのは当然…というだけではなく、それらはどれも色や艶の具合が異なっていて、自分が木の質感に興味を惹かれるくらいです。

玄関がある入口付近の空間はとても広々としていて、しかも天井が高い。

一般的に屋外から屋内に入ってきたときに感じる閉塞感が、ここにはありません。玄関方向からは自然光が多く入ってくるような間取りになっているので室内は明るく、なんかもうここにいるだけで心が落ち着いてくるのが分かる。

木造旅館というだけで自分が好きな雰囲気が漂っているのに加えて、所々に植木鉢が置かれていて自然が多いのも良さにプラスされています。現代的な無機質な建物とは対極に位置するような温かさがここにはある。

玄関を上がった後の動線としては、旧館右側面に沿って奥へ続いている廊下を歩いて行く形になっています。

なお、左側にある階段は2階にある一部の客室へ向かう用途のみに使われており、建物奥の2階部分とは繋がっていません(つまりその客室のみに向かう階段)。

玄関の戸を開けて真正面に位置しているこの壁の部分は一部が格子になっていて、廊下奥への視線を適度に遮る役目があります。完全な壁ではなく、微妙に向こう側が見える構造になっているあたりに工夫が見て取れました。

この壁は「蔵」を入り口から入って、その3枚目に位置する扉の部分だそうです。
親戚の家にあったものを持ってきて取り付けたみたいで、2枚目に位置する扉については後で登場します。

蔵といえば家財や商品などの大事なものを安全に保管しておくその建物であって、てっきり飾りがなにもないような構造になっていると思っていました。しかし実際はそうではなく、その家の裕福さを象徴する目的もあったのかもしれません。目立つところに金色の家紋を設えているくらいだし。

階段の下には、千石船が往来していた江戸時代において貨幣は帳面、印鑑などの貴重品を入れて積み込んだ「酒田船箪笥」や、借用書などが保管されていた昔の金庫が展示されていました。

船箪笥については引出しの奥に隠し箱が組み込まれている様子などを説明していただき、非常に勉強になりました。船に積むことを前提としているので水の侵入を防ぐ+水に浮きやすい桐材で作られているなど、匠の技を間近に見ることができたのは嬉しい。

現役の真空管ラジオ

さらには、階段前のガラス戸近くにはゼンマイ駆動の蝿取機(回転する部分に蝿をおびき寄せ、そのまま回転して入れ物に集める)や、なんと現役で稼働している真空管ラジオがありました。

真空管は名前だけ聞いたことがあるものの、実際に装置として動いているのを見るのはあまり経験がありません。しかも壊れているわけではなくその場で電源オンしてラジオ放送が聞けたし、この一帯だけで博物館と遜色ないレベルで歴史の勉強ができる。

ご主人が古いものを保存しているというのはあくまで建物のみのことを言っていると思っていたのが、建物に留まらず家具や道具類に至るまでということを知ってとても驚きました。

雉子杢目

そして、最上屋旅館の玄関における最大の特徴がこの天井部分にあります。

天井に使用されているのは、なんと今では入手不可能な木材である屋久杉。屋久杉にしか見られない雉子杢目(きじもくめ)と呼ばれる木目が随所に見られ、本土の杉とはあまりにも違う特徴を有していることが理解できました。
この屋久杉天井は玄関に限った話ではなく、旧館の客室はどれも屋久杉天井になっているというから驚き。

以上が玄関部分の紹介ですが、まだ玄関だけなのにそこに含まれている要素があまりにも濃すぎてお腹いっぱい状態。

しかもまだまだ見どころがあるエリアは多く、最上屋旅館では滞在時間があっという間に感じられた理由の一つがこれです。

1階廊下~洗面所

玄関を過ぎ、奥に伸びている廊下を通って建物奥方面へ。

ご主人たちは普段この廊下の左側にある居間にいらっしゃるようで、いつもテレビの音が聞こえてきました。

一枚板の廊下

廊下には洋風な椅子や机が配置されているほか、玄関に引き続いて多数の展示があります。

廊下自体が旧館の右側面に面しているために日当たりもよく、自然光によって木材が照らされている様子が美しい。玄関やこの廊下と、座ることができる場所が多く設けられているのも寛げる感じがして良いです。

で、この廊下に使用されている木材は米松と呼ばれる松の木。
驚くべきはその木材としての長さにあって、なんと5間(9m)もあります。しかも節目が一切ない一枚板が玄関の端から洗面所付近(後述)までスラッと続いており、その直線感は相当なものでした。

確かに、廊下のように直線状に長い距離続く部分には一枚板を用いるのが適しているといえます。その上を歩く宿泊客としてはその構造的な見通しの良さから屋内での開放感を感じるもの。
長い距離を木材で構成しようとすると当然ながら多くの木が必要になるけど、その一方で木を組み合わせてしまうと繊維としての繋がりが途絶えてしまい、木の特性と連続性が失われてしまう。しかしここでは長大な長さの一枚板が用いられており、「木」としての特性を一切失っていない。

9mもある板を何枚と得ようとするとかなりの直径の木が必要になって、つまり長い樹齢を重ねてきた歴史ある木ということ。創業から先、何代にも渡ってこの建物が受け継がれていってほしいという願いが込められていることに他ならず、現に大正時代から続く最上屋旅館にそういう希少な木が使われているのは納得がいきました。

廊下の途中には、酒田が栄えた時代を象徴する北前船の模型が展示されていました。

それにしてもこの廊下、上を歩いた際に軋むような音がせず、強度的にも非常に優れていることが理解できました。

足元がしっかりしているとなんか安心できるし、これから宿泊する際、それから旅館を去る際に通ることになる廊下がここまで存在感があるのは客としても嬉しい。


廊下を歩いていくと開けた場所に到着し、ここには共同の洗面所やトイレ、お風呂場があります。特に洗面所はここにしかなく、どこの部屋に泊まっていたとしてもここを利用することになります。

それと同時に2階客室へ向かう階段が左右にあって、たぶん大部分の宿泊客はここを上り下りすることになると思います。

交差点のように動線が交差している
向かって右側は新館部分
昔は壁だったところを改築し、階段を付けたところ

ここは一見するとかなり入り込んでいるように見えて、実は配置としては合理的なものでした。

まず、今まで通ってきた部分を含めて正面に続いている廊下と、廊下の左側部分は今までと同じく旧館が続いています。廊下を含めない右側(階段より右)は後から増設された新館部分になって、ヒノキを中心とした比較的安普請の構造になっているとのこと。

広い玄関部分、幅が狭い廊下ときて再度空間の広がりが大きい部分を通ることになって、ここには建物の大きさを一意に感じさせないような工夫が見て取れました。

また、向かって左側(旧館)の踊り場がある階段は昔は存在しておらず、壁しかなかったとのことです。つまり下宿屋だった頃は、2階に上がるための階段が玄関側にしかありませんでした。
旅館に転業する際、客室への食事や暖房用の炭を玄関側の階段から2階まで持って上がるのは迂回になるということで、壁を取っ払って階段を増設しています。なので、階段周辺には比較的窮屈な造りが見られました。

洗面所の前から旧館方向を見た風景。

左側にある巨大な扉のようなものが、蔵の2枚目の扉です。すでに述べた通り玄関には3枚目の扉があって、ここには2枚目を飾っているというわけです。

洗面所はこんな感じでタイル張りで、歯ブラシはここに置かれています。ドライヤーも設置されていました。

左側の階段の先には厨房がある

洗面所左側、階段の下にはトイレの入口がありました。

トイレには個室が3箇所ありますが、女性用の個室はさっきの廊下をもう少し進んだ先に別にあるので、ここのトイレは男性用のようです。

この交差点部分?は動線が交差している面白いところで、特に2階への階段が左右どちらかではなく両方にあるのがとても便利。後付した背景があるにしても、どこかを経由せずに各々が泊まる部屋までアクセスできるのはよく考えられていると思います。

あと今更だけど、ここにも多数の展示があって単純に楽しい気分になってくる。どこを見渡してみても目を引くものばかりで、個人的にはこういう展示は最上屋旅館のような古い建物とセットになっていてこそだと思いました。

例えばめちゃくちゃ新しい建物の中に古いものが置かれていてもギャップを感じてしまうし、古い建物の中で一緒に年月を経てきたものがあるからこそ良いというか…。そういう意味では全体的に統一感があります。

洗面所右側に位置するお風呂場はこんな感じで、空いていれば入ることができる家族風呂形式でした。

このお風呂場の向こう側が、表通りから見えた駐車場になるのかな。

2階廊下~2階客室周辺

続いては、右側の階段を上がって2階へ。

階段を上がった先は明らかに時代が異なると分かる新しめの造りになっていて、客室への入り口が2箇所あります。

廊下は折り返して反対方向へと続いており、先程見た左側の階段と繋がっています。なので、どちらの階段を進んでも相互に行き来が可能です。

居間の真上に位置すると思われる客室
階段は斜めになって踊り場に接続

そのまま進んでいくと下りの短めの階段があって、そこを下ると左側の階段の踊り場に繋がっていました。

さっき旅館転業の際の…と言った箇所はここに現れており、踊り場に接続する部分が直線ではなく斜めになっていました。しかし移動経路として見るとこの踊り場はあまり遭遇したことがなく、非常に狭い範囲で1階と2階を結ぶ通路が複数確保されている。
建築するのはかなり難しかったと思うけど、狭い空間が好きな自分としてはこういう場所の方が落ち着く。

階段を下ると、さっきの洗面所前の場所に出ます。

で、逆に階段を上がったところにある旧館2階の客室をご主人が案内してくれるということで、拝見しました。
旧館の客室は玄関と同じく屋久杉天井を採用しているほか、黒檀(エボニー)などの高級木材をふんだんに使用しています。これについては木材の色が明確に異なっていて、自分でもそれと分かりました。

2階客室の様子。黒い柱が黒檀。

こちらの部屋は8畳×2の二間続きで、木材だけでなく欄干の意匠などにこだわりが見られます。

今まではあまり意識したことはなかったものの、最上屋旅館のようにその建物を形作っている構造部材が高級品ということを知っていると、滞在中に思う感想がまた違ったものになってくる。
このブログではそういった感想をうまく言葉に出来ないので抽象的な表現になっているのですが、建物を建てた人の意思や思想が、最近はなんとなくでも分かるようになってきました。自分が泊まっているのは現代で、一方で遥か昔にここに建物を建てようと決めた人がいる。

「昔」のことに思いを馳せるのは今までにも多数あった。でも今回の体験によって、より明確に想像できるようになったというのが正しいのかな。

1階厨房横廊下~建物奥

洗面所付近を通り過ぎると、食事を作っている厨房、そして夕食や朝食をいただくことになる食堂があります。

ここまで奥に歩いてくると両サイドに窓は見られず、自然光はわずかにしか届かないようです。従って、昼でも夜でも雰囲気はあまり変わりません。

向かって右側には勝手口や女性用トイレ、そして洗濯物干し場への戸がありました。

泊まった部屋

今回泊まったのは最上屋旅館の最奥、3階に位置する「六番室」の客室です。最上屋旅館において3階にある客室は六番室のみで、他とは異なる特別感があるというのがまず大きな特徴です。

ここは元々客室ではなく、家人の客室だったところを後から客室にしたもの。そういう背景もあってか、一般的な客室とは異なる部分が見られました。
まず広さが四畳半×2の二間続きという変則的な面積で、両者の間の境界は襖戸…なんですがその襖戸が一回り小さく、屈まないと入れないほどでした。これらの客室は以前は別々の部屋として使用されたところ、音漏れ等の点から二間続きで提供されるようになった経緯があります。

部屋の設備は炬燵、ヒーター、テレビ、ポット、内線電話があり、エアコンはありません。

まずは、六番室へ向かう道中から説明。

旧館の一番奥にある階段は六番室と七番室へ向かうため専用で、直線上になっている途中に踊り場がある形式です。最初の階段から踊り場へは戸で仕切られていて、客が泊まる客室とはまた異なる構造になっているのが分かりました。
元々は家人のための部屋だったということで、利用者のための空間とは明確に区切られています。

そして、踊り場からさらに奥の階段を上ったところにあるのが六番室です。この階段は幅が狭い上になかなかの斜度があり、ここだけ切り取っても昔の建物という感じがします。

階段の上にはそのまま細い廊下が続いていて、右側が旧館の側面に相当するのでここには窓がありました。

六番室は廊下の左側に位置しており、手前側が寝室、奥側が主室です。

奥側の部屋はこんな感じで、中央に炬燵がデンと置かれています。向こう側の壁には床の間があって、ここにはテレビや鏡台、時計、お茶セット等が置かれていました。

やはり冬の時期の宿泊で一番嬉しいのが炬燵の存在で、炬燵があるのとないのとでは快適さがまるで違います。しかも寒い地方なので余計に暖房は重要だし、炬燵のおかげで滞在中はぬくぬくできました。

なお炬燵とは別にガス式のヒーターもあるので、部屋の暖房はこれで必要十分です。

滞在中は主にこの部屋で過ごすことになることを踏まえると、この四畳半という部屋の広さがぴったりでした。

一般的に一人用の客室でよくある広さが「6畳」で、これはある種の基準にもなっていると思います。なので四畳半だとちょっと狭く感じるのでは?と当初は心配していたものの、実際はそんなことはありません。むしろ炬燵に入って読書をしたり、うとうとするにはこの絶妙な部屋の体積がちょうどいい。

なんだろう、四畳半だと部屋の隅から隅まで意識が届くので「自分が認識していない部分がある」という感覚がないというか、冬=滞在中に大して移動しないから余計にそう感じるのか。
こじんまりとした部屋の中にものが多くて良い意味でごちゃついているし、居心地の良さが半端ではありませんでした。

廊下側の上部にある欄間には、凝った模様が彫られています。

部屋の右側の壁にある丸窓。

丸窓は数寄屋など伝統的な建築でよく見られる窓で、特徴としては自然光が丸い形となって部屋の中に入ってくるということ。柱や障子戸、襖戸などが軒並み四角形の中に丸い形状があると柔らさを感じることができて、精神的な強いアクセントになっています。

炬燵に脚を突っ込んで、向かって左側にテレビやポットなどがあります。

四畳半という広さも影響して、すぐ手が届くところに物が置かれているのは個人的に助かりました。やっぱり炬燵を使うときって寒いから入っているわけで、可能な限りそこから移動せずに色んな動作をしたくなるもの。

物が遠いところにあると手が届かなくて面倒になってしまうけど、ここではそういうことがない。

浴衣、タオル、バスタオル、歯ブラシは準備されているので、こちらで用意する必要はありません。

最上屋旅館は、年配のご主人と女将さんが二人きりで営まれている旅館です。なので食事についてはどの部屋も一斉スタートかと思いきや、時間帯には意外に幅がありました。

あと、古い旅館なのにも関わらずなんとWi-Fiが整備されています。

六番室だと残念ながら電波が微妙に届かないけど、1階に下れば普通に繋がるので問題なし。こういう風に目に見えない部分で現代に順応されている点は嬉しい。


続いては隣の寝室に向かいますが、先程も述べたように主室と寝室を繋ぐ襖戸はサイズが小さいです。

一般的な旅館なら、襖戸や障子戸があるところはその一面の壁がそっくりそのまま戸に置き換わっているような配置。しかしここでは壁の一部が襖戸になっていて、壁がくり抜かれたような外観をしています。
従って襖戸をくぐる際には腰をかがめる必要があって、これがなんか秘密基地感があってとても好き。

こちらが寝室の様子です。

床の間の造りは主室と左右対称になっており、炬燵の代わりに平机がある以外は基本的に同じ構造でした。布団はすでに敷かれているので、投宿早々に昼寝をすることもできます。

布団については、寒い地域特有の掛け布団の上に毛布をかける形式。

以上が今回泊まった部屋の様子となって、もう本当に雰囲気がいいです。

四畳半の広さが冬の滞在の心地よさを加速してくれて、部屋が広すぎないおかげでヒーターによる暖まり効果も大きい。一箇所で何かの作業に没頭するという過ごし方をするなら最適だと思います。

あと、六番室で忘れてはならないのが「音」に関する要素。

古い宿だと防音性の低さから、特に寝る時などは音が問題になるということが多いです。しかし六番室は完全に独立したところにあるので、他の部屋の物音が気になるということがない。日中・就寝時ともに静かなので、より充実した時間が過ごせるはずです。
というわけで、最上屋旅館に泊まるならこの部屋がおすすめかなと思いました。

夕食~翌朝

これ以上ないくらいに部屋でゴロゴロしていると、いつの間にか夕食の時間。

この日は自分を含めて3組の宿泊者がおり、彼らと同タイミングでの夕食となりました。

食堂の様子
夕食の内容

今回の夕食の内容は鱒のあんかけ、ヒラメ・ホタテ・マグロの刺し身、白子、すき焼き、味噌汁です。

いずれも家庭的な濃すぎない味付けで、それでいて食欲が次から次へと湧いてくるような美味しさがありました。美味しすぎてご飯を2杯もおかわりしたくらい。

禁酒をはじめてもう結構経つけど、宿泊において禁酒してよかったと思えることの一つは、白米が多く食べられるようになったことです。酒を飲んでしまうとその分だけ満腹感に影響するのでご飯の消費は少なかったのが、やめてからは食欲が1.5倍くらいになりました。

夕食後は再度館内を散策し、部屋に戻ったら眠くなったので早い時間に布団に入って就寝。

布団にイン

管内の各所にある電灯はとても優しい光をしていて、この灯りが眠気を誘ってくるようです。

最上屋旅館の周りは比較的交通量が少なくて、夜になってもそれは変わりませんでした。六番室の部屋はその表通りから遠くて寝るのに最適で、久しぶりにぐっすりと眠れたような気がします。


翌朝。

この日は秋田へ移動して帰路につくのみの予定で、朝は全く急ぐ必要がない。昨晩ちらっと小耳に挟んだ話では、宿泊者のうちの一人は今朝の6時出発とのことでした。自分はと言うと二度寝をして惰眠をむさぼっており、あくまで行程次第になるけど旅館の朝はゆっくりと迎えたい。

おはようございました

この日は朝から雨で、比較的気温は高いといっても館内はまだ寒い状態。

そんな中で布団から這い出してヒーターと炬燵の電源を入れ、急須の中に残っていたお茶を飲んで再度布団に入り込む。そうこうしているうちに目が覚めてくるので、布団から炬燵へと移動してテレビの電源を入れる。

旅館での朝は、こうして静かに始まっていく。これからもこの時間は大切にしたいと思います。

朝食の内容

最後は朝から元気が出る朝食をいただき、ご主人と女将さんにご挨拶をして最上屋旅館を後にしました。

おわりに

最上屋旅館は酒田の町で古くから歴史を重ねてきた木造旅館で、創業から100年近い歳月が経ったとは思えないくらいに建物がしっかりとしています。木材を始めとして建物のあちこちには初代が持っていたこだわりが見られ、それを知ることによって居心地の良さが何倍にもなりました。

現在のご主人も古い建物を残していこうという考えで、館内は必要最低限の改修のみがされているので雰囲気が損なわれていません。冬のしんとした空気のなか、最上屋旅館で一夜を過ごせたことを嬉しく思います。

おしまい。


本ブログ、tamaism.com にお越しいただきありがとうございます。主にロードバイク旅の行程や鄙びた旅館への宿泊記録を書いています。「役に立った」と思われましたら、ブックマーク・シェアをしていただければ嬉しいです。

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