今回は、那須岳の近く標高1450mの高地に位置する三斗小屋温泉 煙草屋旅館に泊まってきました。
三斗小屋温泉は1142年(康治元年)に発見されたと伝えられている古い温泉で、江戸時代には「那須七湯」の一つとして関東から会津へ行き交う人々や、那須の山岳信仰の行者などで賑わいました。
明治初期の頃には旅館が5軒あったそうですが、今ではこの煙草屋旅館ともう1件の大黒屋の計2件を残すのみとなっています。より古いのは大黒屋の方で、煙草屋旅館は明治末期からの営業。現在では那須連山の登山拠点として、登山客を中心に賑わう人気の温泉になっています。
那須岳周辺には数多くの温泉が存在するものの、そのほとんどが茶臼岳の東側に分布しています。それに対して三斗小屋温泉だけが西側にあり、温泉としては隠居倉火山の熱による単純泉です。
名前こそ「旅館」と名がついていますが、その実態は完全な山小屋。
地図を見てもらうとよく分かる通り、周辺には登山道しか存在しない完全な山の中です。一般的な旅館とは異なり訪れるには登山が必須になってくるので、99%くらいは那須岳登山目的の人が一泊するのに選択する宿、という立ち位置だと思っています。
ただ、最も近い登山口である峠の茶屋からの所要時間はだいたい1時間(約4km)で大したことはない感じ。
もちろん那須岳の茶臼岳や三本槍岳に寄り道してから向かおうとするとそれなりに大変なものの、あくまで宿泊と温泉を目当てに直行するなら難易度は低いです。自分の脚で1時間くらいだったので、一般的な成人ならもっと早く着けるはず。
もっとも峠の茶屋駐車場は平日でもそこそこ混んでるので、場合によっては那須ロープウェイ山麓駅から歩くことになるかもしれません。
登山必須な木造旅館
宿泊にあたって気をつけることとして、繰り返しになるけどここは旅館ではなく山小屋ということ。
タオルや歯ブラシ等のアメニティの類は一切ないので自分で用意する必要があるほか、部屋と部屋の境界が襖戸なので防音性は無いに等しいです。というか防音性がある山小屋なんて見たことも聞いたこともないので、登山やってたらこの辺は理解できるはず。
防音性がないのは自分が普段泊まっているような古い旅館だと普通ですが、留意点としては山小屋=宿泊者が多いという点。実際に自分が訪れたのは平日にもかかわらず、旅館はほぼ満室でした。なので、音については無視できないレベルだと認識していたほうがいいです。
あと公式サイトではシーツや枕カバー用のタオルも持参するようにと書かれているものの、別料金で借りることもできるので今回はそれを利用しました。
道中はこんな感じで、危険箇所は一切なし。平和すぎる登山道だ。
ちょうど行程の半分くらいの場所にある那須岳避難小屋まではずっと上りで、そこから旅館まではずっと下り。帰りはその逆ですが、獲得標高は大したことないので安全でした。
道中の道はかつては牛が通っていた道として知られており、昭和の時代、茶臼岳では噴気孔のガスから硫黄を採取していました。戦前には三斗小屋周辺からも木材を牛の背にのせ登山口の精錬所へ運んでいたそうです。つまり牛が通れるくらいなので、それほど斜度は高くないです。
そんなことを思っていたら煙草屋旅館に到着。チェックイン時間よりも少し早く着くことができました。
なおチェックイン、日帰り温泉ともに営業しているのは13時からとなって、それより前に到着しても入れないので注意です。
外観
まずは外観から。
那須岳避難小屋方面から下ってくると最初に平屋の建物が見えてきて、これがどうやら別館のようです。
道の両側にはいくつかのテントサイトがあり、数は少ない(7張りまでの完全予約制)ですが予約すればここでテント泊をすることも可能。ただしテン泊料金は一人2200円とちょっとお高めでした。
その先に進むと大黒屋への分岐があり、右側に煙草屋旅館の建物がそびえています。
建物は大きく分けて2棟あり、向かって右側が玄関や食堂、内湯、洗面所などがある比較的新しい棟。左側が客室のみで構成されている古い棟です。
山の斜面に建てられているために何階建てと定義するのは難しく、斜面の奥へ進むにつれて階数が変化していくタイプの建物でした。道の脇には川が流れており、その脇には温泉卵を作るためのスペースもあります。
玄関脇の渡り廊下を通って建物の奥へ進んでいくと、清流で冷やされた飲み物類がたくさん。
登山後に宿に着いて一杯やってる人はどの山でも見かけるものの、このような環境下で飲み物を冷やすのには川が欠かせません。三斗小屋温泉周辺は森林限界ではないので森林も水も豊富にあるため、キンキンに冷えたビールを満喫できるというわけです。
旅館の裏手はこんな感じで、全体を見てみても木造建築ということがよく理解できる造り。
右も左も緑に囲まれているので気持ちがよく、夏場なのに適度な気温のおかげでさらに快適になってくる。やはり暑いときは標高が高いところに行くに限ります。
なお、到着したときはスタッフの方が総出で旅館裏手の発動機の点検をされていました。
このような場所だと仮に機械が故障したとしても復旧は楽ではないし、食材や荷物はすべて麓から歩荷の方が運んでおられます。すべてが人力で賄われてる秘湯の旅館。そこに泊まることができたたのは、いつもとは別の意味で感謝でした。
館内散策
1階
チェックインを済ませ、煙草屋旅館での宿泊がはじまる。
一般的な旅館だとチェックイン時間は15時とか16時が多いのに対して、煙草屋旅館は13時から可能です。これはあくまで登山時の宿という意味合いが強くて、山では早い時間に出発して早い時間に宿泊地に到着するのが鉄則。煙草屋旅館でも、できるだけ16時くらいまでに到着してくださいとのことでした。
13時に到着すると単純にのんびりできる時間が数時間多めに確保できることになって、つまり温泉に入ったり部屋で昼寝をしたりといった自由が得られるということ。山の中なのでできることは限られていますが、逆にこういう環境で気分をリフレッシュするには最高でした。
玄関の様子です。
右奥に登山靴置き場があり、日帰り温泉客/宿泊者はここに登山靴を置いてから上がる流れになっています。
個人的には、煙草屋旅館に到着するのはチェックインが可能になる13時すぐがベストだと思います。
その理由が実は上の画像に表れていて、女性専用内風呂の下の方に「男性専用時間」が書かれているのがまさにそれ。他の2箇所の温泉については男性は問題なく入ることができるものの、女性専用内風呂については男性は13:00~14:00の間しか入ることができません。
まあ本来は女性専用なようなので、1時間のみとはいえ男性も例外的に入れるのはありがたい。
これは早く到着した人のみの特権というわけで、3箇所すべての温泉に入りたい男性の方は道中の寄り道をほどほどにしておくのがおすすめです。
玄関を入って正面にあるのが食事用の大広間で、夕食や朝食はここで一斉にいただく形。
他には1階に厨房や内風呂、トイレ、洗面所等があり、この棟の客室はすべて2階にあります。なので特にやることがなければ2階に直行する形になると思います。
通路は基本的に必要最低限な幅なので、すれ違いがギリギリできる程度。山小屋なのでそれほど大きなスペースを確保しているわけではなく、このあたりは一般的な旅館と異なる部分だと感じました。
この奥に男女兼用のトイレがあり、個室の方はすべて様式でした。
2階客室
続いては2階へ。
2階はすべての部屋を客室に割り当てているため無駄な部屋は一つもなく、登山者をできる限り受け入れる体制が構築されています。あと部屋の広さと宿泊人数は必ずしも対応していないようで、例えば2人で泊まる場合でも部屋の広さは4.5畳だったり、もっと広かったりする場合もある様子。登山は天候次第な面が強いですが、早めに予約するほうがいいです。
ただ、一般的な山小屋のように雑魚寝スタイルではありません。
ちゃんと(空いていれば)1グループ1部屋が確保されるようで、空間的に他のグループと仕切られるので安心感があると思います。以前私が泊まった山小屋だとすぐ横に全然知らない人が寝ているというシチュエーションだったりして、よく考えてみればこういう就寝スタイルは登山だけかもしれない。
そういうのに比べれば人権のある夜が過ごせると思います。
客室の造りはこの通りで、廊下との境界は障子戸、客室と客室の境界は襖戸という構成。
いずれも押し入れや床の間には布団がぎっしりと入っているほかに、外に面した部分には半周分ぐるっと繋がった広縁のような廊下がありました。凝った装飾などは設けられていないシンプルな客室には、まさに寝るためだけに特化した一種の美しさがあります。
山小屋の部屋って突き詰めれば「寝られればOK」みたいなところがあって、要は床と天井があって雨風を凌ぐことができれば天国みたいな思考。山小屋という用途を加味してこの光景を眺めてみると至極納得がいく部分があり、余計なものが一切ない潔さがむしろ嬉しい。
今回泊まったのは、階段を上がって右に進んだ突き当りにある「まつ」の部屋です。広さは4.5畳あって、4面のうち2面が外に面していて明るいのが特徴。
室内は意外と新しく、壁紙や襖戸、畳、障子戸も含めて最近更新をしたようです。
設備としては布団だけで、山の中なのでエアコンや扇風機、ポット、コンセント等はなし。標高が標高なので気温の方は夏でも問題なく、夜になると寒すぎて掛け布団を追加するくらいでした。
あと、山の中となれば心配になるのが虫ですが、昼間はともかく夜は窓開けっ放し(網戸はあり)でも自分は気にならなかったです。もしかしたら入ってきていたのかもしれんけど、寝ていたので気が付かなかったかも。
こんな感じで本館の方は散策終了。
今回泊まったのは一番狭い部屋ですが、様相としては基本的にどの部屋も変わりません。
別棟
続いては、渡り廊下を渡って反対側の棟へ。
こちらの棟は入口付近の図書室を除いてすべてが客室で構成されている客室棟で、造りは本館よりも古いのが特徴です。
場合によっては人が集まる本館に比べて静かなので過ごしやすい…かと思われるものの、宿泊者に対する部屋の振り分けはどのようになっているのか分かりません。本館が埋まったら別棟に振り分けるとかかも。
廊下の床板は新しくなっているのに対して、柱や窓などの木材は古いまま。全体的に本館よりも空気が静かなのも影響して、文字通り時代が異なるような感覚になりました。
個人差があると思うけど、自分としては本館より別棟の方が好きかもしれないです。
年代の違いこそあれど、寝る部屋という位置づけは本館と変化がないです。どの部屋にも布団が満載されていて、到着したら自然と昼寝がしたくなってくるほどの眠気を誘ってくる。なんか布団が目に入ると眠くなりません?
いつも泊まっているような旅館ではここまでたくさんの布団が目に入る機会がないので、ここだけ切り取っても宿としての役割が異なっているのが理解できます。しかもその用途は煙草屋旅館の知名度が大きく向上した江戸時代からあまり変わってなくて、周りの自然も大差はない。
旅館というものは昔と今とで変わっていない部分もあるし、変わっている部分もある。
そんな中で煙草屋旅館はその立地や環境から、この土地で昔とそう変わらない佇まいを残している貴重な宿です。昔も現代もここを訪れるのは徒歩客のみということで、自分も同じ体験ができた気がして嬉しくなりました。
温泉
夕食までの時間は、ひたすら温泉に入る→昼寝をするの繰り返しでした。
山奥の一軒宿で電波も圏外、到着したけどやることがない…というのはここでは当てはまらない。温泉が3箇所もあるので、それらに入りまくっていたらあっという間に夕食や寝る時間になってます。
何よりも登山中の宿に温泉があるというのが本当に素敵で、今日一日歩いてきた疲れが湯で癒せるのは予想以上に快適です。
登山中って風呂に入れないので身体が徐々に汚れていくし、そのままシュラフに入って寝たとしても翌日に疲労が残ってしまう。でも煙草屋旅館ではそんなことはなくて、温泉のおかげで翌日には身体の調子がすごく良かった。
温泉は以下の3箇所があり、基本的には混浴となっています。
- 露天風呂…13:00~翌朝6:30
- 共同風呂…13:00~20:30
- 女性専用内風呂…13:00~20:30
これらのうち夜を通して入れるのは露天風呂だけですが、夕食が終わったら大多数の人が速攻で寝るので、こっそり入りに行くのは結構難しいかもしれません。
泉質は単純泉(低張性中性高温泉)、無色透明で温度は75.6℃。加水していますがすべてかけ流し。3つのお風呂とも源泉が異なり、それぞれ個性も異なります。
まずは女性専用内風呂から入っていく。
男性が入れるのは13:00~14:00の1時間のみです。湯船は石でできており、一度に入れるのは大人三人程度の広さ。
温度はおそらく一番熱めで、単純泉と書かれているもののどこか金属感のあるお湯のように感じられました。
登山において温泉が気持ちよく感じられる理由の一つはやっぱり疲労感の存在だと思っていて、疲れている時に温泉に入ると冗談抜きに身体の力が抜けていく。今回はそれほど歩いてないにもかかわらず、温泉の効力は抜群でした。入った瞬間に気持ちよくて声が出そうになったレベル。最高すぎる。
温泉にしても食事にしても、楽しむ前には適度に運動しておくと何割か増しで堪能できるはずです。
続いては共同風呂。湯船は木でできています。
2つの湯船はそれぞれぬるめと熱めで分かれていて、長湯したいならぬるめ、上がり湯として熱めに入るといった使い分けをすることができます。てっきり煙草屋旅館は温泉の種類が多いだけで温度はどれも似たりよったりだと思っていたのが、良い意味で期待を裏切られました。
女性専用内風呂と同じく内風呂なため天候に関係なく入ることができ、部屋からも近いので温泉に入りに行きたくなったときに気持ちにラグなく行けるのが強み。湯船自体も広くて、多少人数が多くても問題ありません。
最後は露天風呂です。湯船は石でできていて身体へのフィット感が良かったという印象。
露天風呂には玄関を抜けて旅館正面方向に向かい、扉の奥にある靴箱でサンダルに履き替えてから向かう形になります。場所的には旅館がある場所よりも少し高台に位置しており、多少段差はありますが大したことはありません。
階段を登っていった先にあるのは、大きな湯船と小さな小屋(脱衣所)。露天風呂は混浴になっていますが脱衣所に仕切りはなく、実質的に混浴時間は男性専用みたいな扱いになっているようです。
湯船は共同風呂と同じくぬるめ/熱めの2つに分かれていて、源泉が注がれている左側が熱い方でした。
露天風呂の特徴は、なんといってもその圧倒的な開放感にあります。
周りが森に囲まれていて人工的な要素が非常に少なく、自分が今まさに大自然の中にいるという実感が味わえるということ。向こうに見えるのは那須岳周辺の山々で、当然ながらざっと見渡してみても山しか見えません。
大自然を味わうだけなら割とそこらへんでも可能ですが、ここまでの山の中に滞在するというのはなかなか得られない体験だと思います。何よりもここまでの道中ですでにそれを体感しているし、そして温泉に入りながら改めてそう思うんじゃないでしょうか。
温度の方はいずれも共同風呂と同じくらいなので長湯ができるほか、露天風呂のシチュエーションを活かして風の流れやたまに揺れる木々の音なども感じ取れるはず。
普段の日常から解き放たれて思う存分入っていられるのが良いところですね。
温泉上がりにおすすめしたいのが、旅館の玄関で受け付けている特性の燻製セットです。
これはどうやらチェックイン時間から販売されるものらしく、燻製単体の販売のほかに白/赤ワインとのセットも売っているという幸せ感。1日に何皿限定なのかは聞き忘れたものの、まあ少なめなのでほしいと思ったらすぐに注文するのが良さげです。
この赤ワイン(そこそこ量が多い)との組み合わせが絶品で、登山で疲れる→温泉で身体をほぐす→ぐったりしたところに燻製とワインを接種、という一連の流れがあまりにも完成しすぎている。
山で飲む酒はある意味で格別のものがある中で、温泉後の優雅なひとときを過ごすにはぴったりでした。
夕食までの時間はこんな感じでワインを飲みつつ図書室で本を読んで過ごし、気がつけば夕食の時間になっている。山の中という隔絶された環境でこんなに贅沢な時間が過ごせるなんて思ってもみなかったです。本当におすすめ。
夕食~翌朝
夕食/朝食はともに大広間でいただきます。
太鼓がドンドコ鳴ったら食事の合図。宿泊者の皆さんがぞろぞろと集まってきました。
この日の夕食は、「黒毛和牛陶板焼き」に「栃木産いわな甘露煮」がメインの豪華な献立です。しかもご飯についてはおかわり自由!
山の中でこんな贅沢な食事を取ったことは今までにないレベルで、写真を見返していても自分であの美味しさを思い出せるくらいでした。そもそも旅館で牛肉を食べる機会が少ないのに、山小屋で食べることができるなんて…感動…。
繰り返しになるけど、煙草屋旅館における食料品や消耗品はすべて人力、徒歩で運んでいます。
なので食事についてはレトルトを多用するなどその負担を軽減する案はいくつもありそうなのに、まさかの生肉をその場で焼くという選択。ありがたいというほかない。
温泉に入って美味しい食事をいただき、床につくというムーブはどの温泉旅館でも同じ。でも、この水準が百名山の那須岳で提供されているというのが本当にすごいです。
その後は再度温泉に入りに行った後、19時過ぎくらいに就寝。
周りの部屋の人もそれくらいに床についていたようで、登山時の夜の寝泊まりはどこか一体感のようなものを感じられる。登山と温泉による心地よさがここにきて効いてくれて、良い睡眠がとれました。
翌朝は朝食の1時間くらい前に起床し、温泉に入りに行った後に朝食をいただく。
しかしあれですね。就寝に引き続いて起床もみんな大体同じ時間だったらしいので、そのへんが分かっている人ばかりだと安心感があります。
朝食はおかずの種類が多く、またしてもご飯のおかわり自由なので米の消費が進んでしまう。場所的に登山が必須なのは行きだけではなくて、帰りもそこそこの距離を歩くことになります(しかも上り)。
でも、この元気が湧いてくる朝食のおかげで帰りの懸念はありませんでした。
おわりに
今回の宿泊は登山のリハビリを兼ねる目的があり、それと合わせて温泉宿に泊まれれば満足程度に思っていました。
でも、終わってみれば煙草屋旅館での宿泊の方が印象に残っており、那須岳を訪れる登山客に人気があるのも納得。登山と温泉の相性の良さは予想以上のものがあるので、登山が好きな人も興味がある人も、ぜひ一度訪れてみることをおすすめします。
おしまい。
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