今回は、宮崎県椎葉村にある旅館鶴富屋敷に泊まってきました。
鶴富屋敷の正式名称は「那須家住宅」といい、国の重要文化財に指定されていて椎葉村を代表する観光名所の一つ。今回泊まったのはその鶴富屋敷のすぐ横にある別館なのですが、宿泊プランによってはなんと鶴富屋敷内で夕食をとることができるんです。
椎葉村~外観
最初に、鶴富屋敷について軽く説明。
鶴富屋敷を語る上で欠かすことのできないのが、椎葉村に伝わる平家落人伝説です。有名な壇ノ浦の戦いで敗れた平家の武士たちは全国各地の山深い場所に逃れてひっそりと暮らすようになり、ここ宮崎県の椎葉村もそのうちの一つでした。実際に椎葉村を訪問する道中ではその深山幽谷さに度肝を抜かれましたが、宮崎の最奥とも言える山の険しさが隠れ住むにちょうどよかったのでしょう。
その後、なんやかんやあって平家の娘である鶴富姫と平家追討にやってきた那須与一宗高という武士が結ばれ、二人の子供は那須一族として椎葉村を治めるようになりました。代々の那須一族が居住したのが鶴富屋敷であって、初代から現在に至るまでずっと那須家が所有しており現在で33代目となります。
ここまでだったらシンプルな観光名所の案内で終わるところ、母屋に隣接した別館(こちらも那須家が営業)は宿泊が可能で、今回はこちらを予約しました。せっかく椎葉村に一泊するのだから、歴史ある場所で一夜を過ごしたいとの思いによるものです。
お話によれば昔は屋敷の厩だったところを旅館に改装した歴史があり、旅館としての創業は約40年前。なお厩は三階建て(2階が乾草置き場、3階が物置)で規模が相当大きなものだったそうです。ちなみに現在駐車場がある場所(屋敷の左側)には蔵があったものの、なくなってしまいました。
今回は椎葉村中心部の南方にある大河内方面から、やっとの思いで椎葉村に到着。
時間帯的にまだ日没には早いものの、四方を山に囲まれているのですでに一帯は暗くなっています。同じ理由で椎葉村に朝日が差し込む時間帯も比較的遅く、ここにいると「山」の存在感を感じずにはいられない。
鶴富屋敷の駐車場は国道265号から道を一本入って直進方面にありますが、もう一つの入り口は椎葉村のメインストリート沿いにあります(上の写真)。
鶴富屋敷の外観はこんな感じで、源氏や平氏の時代から続いているだけあって古びた外観をしている。
木造1階建てとはいえ高さも間口も相当に広く、ロードバイクと比較するとその大きさがよく伝わってきます。
建物の手前側には横一直線(25m)に縁側が通してあり、例えば夏の時期だとここに座っているだけでのんびりできそう。
家の構造自体は「鎌倉時代初期に基礎付けられ安土桃山時代ごろまでに完成された造りとされ、平安時代の寝殿造の形態を残している」そうで、そういえばここまで縁側が広い家はあまり見たことがない。
そして、こちらが今回泊まることになる別館の外観です。主屋(鶴富屋敷)に隣接しているので歩いて5秒くらいで着けました。
見た感じは旅館というよりは民家の外観に近く、どちらかというと肩の力を抜いて訪問できるのが良いところ。しかし何も知らないで鶴富屋敷を訪問したら、横にあるこの家は管理人の家か何かと勘違いしてしまいそうになる。ここに宿泊できるなんて、予め知ってないと分かりません。
ロードバイクについては、別館前の休憩所のところに置かせていただきました。
また別館の前には休憩所とは別に観光案内所のような建物があり、営業時間内ならあれこれ情報を得ることができそうです。
鶴富屋敷に到着した時点ですでに見学時間は終了しており、片付けをされている係の方にご挨拶して宿泊が始まりました。
それにしても今日の行程は割と限界ライドなところがあって、無事に到着することができてよかった以外の感想がない。疲れた身体をここからの宿泊で癒やしたいところです。
館内散策
主屋(鶴富屋敷)
鶴富屋敷の見学は有料なのですが、宿泊者は無料で見れるとのことなので投宿前に見学させていただきました。
鶴富屋敷は平地が極端に少ない傾斜地に建築することを十二分に考慮しており、奥行きを最小限に留めて間口を広く取った間取りをしています。部屋としては向かって左から「こざ、でい、つぼね、うちね」の4部屋と「どじ」と呼ばれる土間があり、各部屋の役割が明確に分かれています。以下引用。
- こざ:21畳。神仏を祭る神聖な場所で、昔は女性の立ち入りが禁止されていた。
- でい:24.5畳。一番広い部屋で客間として用いられ冠婚葬祭などの行事も行った。
- つぼね:14畳。寝室、夫婦の部屋。お産にも使用された。
- うちね:17.5畳。茶の間。
- どじ:雑穀をつく空臼と大小の石造りのかまどがある土間(調理用)。
個人的に一番驚いたのは全ての部屋の背面に一体型の戸棚が設けてあることで、建物全体を見ても背面部分には出入りするための開口部がありません。手前は縁側、背面は戸棚という極めてシンプルな造りが気に入りました。
木材の黒さも相まって、真正面が重量感のある造りというのは厳かな雰囲気を感じさせます。旅館で言えば床の間や押入れがある部分が戸棚に変わるだけで、受ける印象がこうも異なるとは。
別館 玄関~1階
それでは、次は別館へ。
外観から確認した通り、別館は民家のような構造になっています。
玄関を入って正面に廊下が続き、廊下の右側に広間(朝食会場)、左側に受付があります。廊下を曲がると2階へと階段があり、廊下を直進すると厨房がありました。
玄関前の廊下にはソファが置かれているほか、受付には椎葉村のことを詳しく学ぶことができる本が多数あるので、暇なときには読んでみるのも良いかもしれません。
別館 2階
続いては2階へ。
客室や主要な設備はすべて2階にあるので、1階に降りる機会は多くはないと思います。
階段を上がって右側に洗面所、男女トイレ(ウォシュレット付き)、お風呂場があります。お風呂については時間によって男女別になるのか家族風呂形式なのかは分かりませんが、この日の宿泊者は男性のみだったので気にすることはありませんでした。※お風呂は夕食後も入れます。
階段から左側に向かうと各客室が並んでおり、内訳は10畳が1室、8畳が1室、7.5畳が4室、6畳が1室の計7部屋です。この日は自分を含めて一人が2組、二人が1組でした。
全体的にどこを見ても清潔感が保たれているため過ごしやすく、何かが気になるようなことは一度もなかったです。
別館 2階 泊まった部屋
今回泊まったのは、廊下の突き当りにある「桧」の部屋。広さは8畳で一人には十分すぎるほどでした。
設備はエアコン、テレビ、ポット、内線があります。布団については投宿時には敷かれておらず、夕食の間に敷いてくれる形式。なお後述のように夕食は確実にお腹がいっぱいになるので、すぐに横になれるのは嬉しいです。
その日の宿に到着してお部屋に案内していただき、着替えもそこそこに畳の上に横になって感じる安堵感はシチュエーションにより様々なもの。ただ椎葉村においては道中が道中なだけに、おそらくどのような移動手段を用いたとしても部屋に入った瞬間に疲れがドッと押し寄せてくるはず。
広大な面積の約96%が森林という椎葉村は「日本三大秘境」の一つとして知られ、市街地から遠く離れたこの地では古き良き山里が広がっています。自分のように熊本県側からアクセスするのはもとより、たとえ宮崎県の沿岸部方面からの場合でも椎葉村にたどり着くのは並大抵のことではありません。
九州の秘境をロードバイクで訪問してみたいと思って計画したこのライドが一段落し、無事に投宿できたことに喜びを感じる。今はこの疲労感が心地よい。
夕食~翌朝
鶴富屋敷の一番の特徴として、10,000円以上の宿泊プランを選んだ場合、別館ではなく重要文化財である鶴富屋敷の部屋で夕食をいただくことができます。
料理を担当されているのは現在の那須家33代目であり、先に結論から言うと椎葉村の郷土料理や緑豊かな山々が育んだ山の幸を心ゆくまで堪能できました。せっかく鶴富屋敷に泊まるのであれば屋敷の歴史やその雰囲気を楽しむのが吉だし、これは私としてもぜひともおすすめしたい。
宿泊プランは確か値段別に4つくらいあって、今回はその中でも一番値段が高いプラン(二食付き14,300円)を選択。夕食時間の18時になって用意ができたら部屋の内線に電話がかかってくるので、それまではのんびりしていて大丈夫です。
いそいそと鶴富屋敷の方へと向かってみると、ついさっき見学していた「うちね」の部屋に夕食が用意されている…!しかも囲炉裏には火が入っていて、寒さを全く感じません。
伝統的な家屋の中で囲炉裏を目の前にし、その土地ならではの料理をお腹いっぱいになるまでいただく。これはちょっと最高すぎないか。
夕食の内容はこんな感じで、ここまで地元の食材しか使っていない料理は初めてかもしれないと思えるほどでした。野菜については山の幸、肉については猪肉や鹿肉などのジビエ料理が並んでいます。
ちょっと料理を挙げてみると、ヤマメの塩焼き、ごま豆腐、奥日向サーモンの刺し身、野菜(むかご、かわのり、しいたけ、オクラ)の天ぷら、ヤマメの煮付け(甘露煮)、鹿肉の竜田揚げ、野菜の和え物、菜豆腐、椎葉村の手打ちそば、そして猪肉のステーキと鍋。ご飯については栄養価が高い胚芽米(だと思う)が並び、幸せすぎて何から手を付けて良いのか分からなくなってくるレベル。
しかもどの料理も出来たてなので、要は一番美味しいタイミングで食べることができるということ。同席した一人泊の方と一緒に、その美味しさに震えてました。
いや、本当に何もかもが旨さに溢れていてご飯のおかわりが止まらない。今日の行程が辛かっただけに料理の旨さもさらに数倍になって感じられ、こんなに肉体と精神を回復できたのは予想外だ。
野菜も川魚も当然ながら美味しかった一方で、個人的にあまり経験がなかった鹿肉や猪肉がスッと食べられたのもびっくりしました。野生の「獣」の肉なのに臭みやしつこさは全くなく、むしろ食べた瞬間から自分の血となり肉となっていくのが実感できるくらい。
よく考えてみれば山の中の宿なのだから、肉といえば豚肉や牛肉よりもジビエ料理が出てくる方が自然なのは間違いないです。でもそれが体験できる宿が多いかというとそうでもなくて、鶴富屋敷はその環境から想像できる食事、いやそれ以上の豪勢な食事を楽しむことができました。
夜になると辺りはあっという間に真っ暗になり、散策よりは眠気の方が強かったので早目の時間に就寝。疲れているときは睡眠時間を長めにするのがマストですが、夕食の内容が良すぎたので快眠できました。
翌朝は朝6時になると椎葉村全体にサイレンが鳴り響き、これで目が覚めました。特に急ぐわけではないので二度寝をした後、他の宿泊者の方と同タイミングでの朝食(7時)。
朝食の内容はこんな感じで、ご飯のおかずとして頼りになる品ばかり。今日の行程も決して楽とは言えないのでおかわりをしておきました。
最後になりますが、椎葉村に宿泊する場合は最初に椎葉村観光協会を訪れて上記の割引クーポンをもらってください。
これは村内の施設で使用することができる2,000円分のクーポンで、宿泊施設以外にも商店や飲食店で割引を受けることができます。鶴富屋敷では上記の2つのクーポン(宿泊、旅得)の両方が使用できるため、宿泊料金がなんとそっくり2,000円引きになります…!!
これらのクーポンはなくなり次第終了なので、求めている方はお早めに椎葉村へGO。自分はこのクーポンの存在を全く知らないまま到着し、係の方に教えてもらったことで結果的に2,000円もお得になりました。
おわりに
椎葉村は宮崎県の山深い奥地に位置し、そこには平家落人伝説が語られるほどの長い長い歴史があります。ここは単なる秘境というだけでなく人々の確かな生活が息づく地であって、滞在中は山とともに生きる村の方々のことを知ることができたように思えます。
鶴富屋敷は夕食の美味しさに加え、それを重要文化財である屋敷内でいただけるというのが最大の特徴。喧騒から離れて静かなひとときを過ごすという目的において、これ以上の宿はありません。
おしまい。
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