今回は熊本県小国町にあるわいた温泉郷、その中の岳の湯 清涼荘に泊まってきました。
わいた温泉郷は小国町と大分県玖珠郡九重町の境に位置し、「玖珠富士」「小国富士」の名で親しまれている涌蓋山(わいたさん)の麓に湧く温泉地帯のことをいい、はげの湯・岳の湯・守護陣温泉・鈴ヶ谷温泉・麻生釣温泉・地獄谷温泉の6つの温泉から構成されています。
周辺には黒川温泉や湯布院、別府などの知名度が高い温泉が集まっていることから、わいた温泉郷はまさに知る人ぞ知る場所という印象を受けました。清涼荘はご夫妻が二人だけで経営されている宿なので一度に泊まれる人数は多くなく、この日の宿泊者は我々を含めて2組のみ。過去に「出川哲朗の充電させてもらえませんか?」で登場したこともあって、それ目的で泊まる人も多いようです。
後述する通りに岳の湯には湯煙の幻想的な風景があり、喧騒とは無縁の世界。ひっそりとした山間の宿で静かなひとときを過ごすことができました。
外観
まずは外観から。
岳の湯の中心部にある湯けむり道を過ぎ、西へ向かっていると看板と建物が見えてきます。
清涼荘の建物は横に長い形をしており、その色は見ての通り特徴的な薄緑色。一発で記憶に残るくらいのインパクトがあります。
岳の湯は後述する湯煙以外は至って普通の集落であるため、ここまで大きな建物は集落内でかなり目立っていました。なお客室はすべてこの表通り側に面した2階にあって、この時点からすでに眺めが良いことが理解できます。
建物の左側から玄関を通り過ぎて右側へ。玄関は建物の中央に位置し、古風な構造に暖簾の組み合わせが実に良いと感じました。他の部分が比較的近代的なのに対し、玄関のみ昔からそんなに変わっていないという印象です。
車で訪れた場合はこの玄関前を通り過ぎて右側にある駐車場に車を停める形になりますが、そこそこ道が細いので注意が必要でした。ちなみに清涼荘の温泉については今見えている薄緑色の建物内にあるわけではなく、すべてが建物の背面、つまり山の斜面上に固まっているためにここからでは視認できません。
この日の最高気温は20℃以上もあって、九州の冬はもう終わってしまったのかと思うくらいに春のコンディション。屋外をこうして散策するのにはもってこいのシチュエーションでした。気持ちのいい小春日和に快晴な天気が加わり、最高に気分上々になってからの投宿です。
館内散策
玄関~1階
それでは早速館内へ。
大きな玄関を通って中に入ると右側手前に靴箱、右側奥にフロントがあり、客の導線は正面から左側へと続いています。向かって正面が厨房で、フロントから右側の1階部分は宿の方の生活スペースになっているようでした。
清涼荘の館内はどこを見ても明るい雰囲気で、白色と木材を基調とした清潔感のある内装がとても見事です。掃除も行き届いており、モノが多すぎない程度に観葉植物や大きな皿などが飾られています。
ここには派手な意匠は存在せず、肩に力を入れずに気兼ねなく過ごすことができる。館内構造がシンプルなので廊下が広々としているため、屋内であっても狭さを感じません。
厨房前から左側に進むと、広間や1階のトイレがあります。
広間については夕食/朝食会場として用いられていて、時間になったらここに降りてくる形式です。逆に言うと食事以外の時間で1階に降りてくることはなく、滞在中は主に2階で客室と温泉の往復をすることになります。導線が非常に限定されているぶん客の行動が一本化される上に温泉も一箇所、そこへ向かうための通路も一本しかないので、館内のあちこちに温泉が分散しているような温泉宿とは対極にある宿といえます。
2階 廊下
次は、階段を上って2階へ向かいました。
2階は建物の向かって奥側横一直線に廊下が通っており、そこから手前側に客室が並んでいるという造り。展望がない建物奥側(山側)ではなく表通り側に客室があるという点に設計者の配慮が見られます。
廊下が一直線で見通しが良く、1階と同様に導線が分かりやすくなっています。
奥に進むと建物左側の客室と2階のトイレ(ウォシュレット付きで便利)、そして温泉への入り口があります。温泉の入り口にはソファなどが置かれていて、温泉に入った後に一休みするのにちょうどいい感じ。
そして自分が着目したのがこの温泉への入り口で、扉を開けた先は長い階段になっていました。自分がいる薄緑色の建物と奥の山側斜面上にある高台の温泉とは高低差があり、そこをこの階段で繋いでいるというわけです。従って客が普段過ごすことになる滞在スペースと温泉が完全に切り離された格好になり、両者の場所がはっきりと分かれている。
こんな風に建物と建物が渡り廊下や階段で接続されている空間もまた自分が好きな要素の一つで、要は「別の場所に行く」という行為が明確になっている点に惹かれました。例えば長い長い階段を下っていった先に温泉があったり、その逆も然り。周辺の地形が館内の移動に影響を及ぼしているのがなんか素敵だ。
2階 泊まった部屋
今回泊まったのは2階左手の「かし」の部屋で、広さは6畳+広縁付きです。
設備についてはエアコン、空気清浄機、テレビ、ポット、内線、洗面所、冷蔵庫があります。アメニティは浴衣、タオル、バスタオルがあり、基本的に困ることはありません。
広縁からの眺めはご覧の通り。岳の湯の中心部に加えて「わいた温泉郷」の象徴でもある涌蓋山が一望できました。
今日が晴れていてよかったとはまさにこのことで、この展望を得られた時点でもう十分満足です。数ヶ月前に予約したので当然ながら天候なんて分かりっこないし、純粋に嬉しい。
清涼荘周辺は基本的に人工的な音はあまり聞こえてこずに自然の音、今回の場合だと風の音が聞こえてくるのみでした。近くにある日帰り温泉へ向かうルートからは外れているので交通量も多くないです。
温泉
館内を歩いて部屋に到着したところで、他にやることがないので次は温泉へ。
清涼荘には露天風呂2箇所、内湯2箇所、家族湯の合計5箇所の温泉があります。これらはすべて家族湯形式で入る形式となっており、つまり他の宿泊客を気にすることなく入れるのが一番の特徴。露天風呂と内湯については昔は男女別だったようですが、後から現在の形式に変わったようです。
泉質はアルカリ性単純温泉(ヌルヌルする)で、美肌や疲労回復、筋肉痛などに効能があります。
温泉へ続く階段はこんな感じで、まるで異世界へ続いているような感覚。木造である点に加えて、階段の横幅が必要最小限なのも素敵です。
階段を上がった先はとても分かりやすい造りをしており、向かって右側が露天風呂、左側が内湯と家族風呂です。温泉に入る際にはそれぞれの入口の暖簾の下にスリッパを置き、他の人が分かりやすいようにしておいてねと説明を受けました。
家族風呂&内湯
そんなわけで、最初は家族風呂と内湯の様子から。
貸切で使う温泉と聞いてそんなに広くないのかなと思っていたのが、全くの予想外。内湯については脱衣所も含めて男湯・女湯ともに十分な広さがあり、グループで入ったとしても全く狭さを感じないほどでした。
落ち着いた色合いの浴室には洗い場が2箇所あって、湯船の前面には窓が大きくとってあります。窓からは宿方面の木々や畑といった植物がよく見えるので雰囲気がグッド。
露天風呂
続いては露天風呂へ。
投宿してから寝るまでにどんな温泉に入るかについては、今回は日が落ちて暗くなるまでは景色を堪能できる露天風呂に入り、辺りが暗くなる夕食後は内湯に入るという流れにしました。これだと時間的に夕暮れ時に露天風呂に入れる形になって、清涼荘への宿泊がより充実したものになると思います。おすすめ。
露天風呂からの眺めは上記の通りで、山の斜面側に位置する男湯の方からは岳の湯の町並みと涌蓋山がはっきりと見えます。今日が雲ひとつない快晴で本当に良かった、こんなに快晴の日に露天風呂に入れるなんて運が良すぎるとしか言えない。
清涼荘の建物を見つけたとき際には外観から温泉の位置が視認できず、てっきり展望が望めない内湯しかないと思いこんでいました。しかし蓋を開けてみると山の斜面の上に温泉があり、その温泉からは抜群の眺めを得ることができる。これについては下調べしすぎない自分の性格がいい方向に働いてくれたと思います。
露天風呂の温度はぬるめなので長湯が可能で、そこに浸かっていると強めの風が一帯を吹き抜けていくのが分かったり、風によって岳の湯名物の湯煙が流れていく様子が見えたりと変化に事欠かない。あと二人という小規模経営である点に反して5箇所ある温泉のどれもが湯を豊富に使用する「かけ流し」になっていて、とにかく感動することばかりでした。
温泉の後は部屋に戻って横になり、夕食の時間を待ちながらのんびりと過ごす。
何しろ今日は2組しか泊まっていないので館内がとても静かで、過ごしやすい環境といえます。
夕食~翌朝
待ちに待った夕食の時間になったので、階下に向かいました。
清涼荘は「湯煙かおる摘草料理の宿」と公式サイトにも記載されている通りに四季折々の摘草料理が有名であって、そこに岳の湯ならではの蒸し料理をプラスした豪華なコース料理を楽しむことができます。
宿泊プランは料金別に数種類ありますが、今回はせっかくなので品数が一番多い【*当館最上級*陶板焼きと地獄蒸し鳥付田舎料理*14品】を選択。
今回の温泉旅では温泉と食事を中心に楽しみたいと計画しており、景色についてはあくまで副産物。要は「温泉に入って美味しい料理を食べて寝るだけ」←これをやりたいがために満腹になれるプランを選びました。
料理をざっと挙げてみると、前菜として金柑・里芋・鴨肉・和物、牛肉の冷しゃぶ、旬の摘草の天ぷら(この時期でないと採れないフキノトウ等)、ヤマメの塩焼き、蒸気で蒸した地獄蒸し鶏、茶碗蒸しと煮物(角煮)、そして〆の牛肉の陶板焼き、デザートとなります。
何を食べても美味しすぎて涙が出てくる。
清涼荘は山の中の宿であるにも関わらず意外にも肉料理が多く、そういえば九州は肉が有名だったと思い出しながら白米を消費していく。日帰り温泉に加えて宿の温泉で消耗した体力を急速回復させるかのように食欲が加速していたけど、これはもう仕方ないです。
個人的に料理は食材の美味しさと料理としての美味しさの2種類があると思っていて、清涼荘の場合はその両方。肉も野菜も料理の出来栄えも、心から美味しいと思えるものでした。
夕食の後は再度温泉に入りに行き、身体が温まったところで布団に入って就寝。投宿からいま現在に至るまでストレスを感じることが一切なく、温泉と食事、そしてゆったりとした時間の流れを満喫できている。こういう時間の使い方が人生には必要だと改めて感じることができました。
翌朝は普通に目が覚め、階下に降りて朝食を頂く。
この日もまた日帰り温泉+食事メインの行程が続いたわけですが、普段の生活とは違って朝の時間を焦らずに過ごせるのは嬉しいです。朝食の時間は一日の始まりを意味するわけで、ここをどうやって過ごすかでその一日の気分が決まると言っても過言ではない。
翌日の天気予報は完全な雨のはずなのに、実際には朝日を拝むことができました。
清涼荘に到着した昨日も晴れだったし、こうして出発しようとしているときも晴れ。昨日と同じように音もなく岳の湯に漂っている湯煙を眺めながら車を走らせ、今回の訪問は終わりを迎えました。
おわりに
清涼荘は一般的にはあまり知られていない岳の湯の一角にあり、人が多くてわいわい賑やかな温泉街とは正反対のシチュエーションにあります。
そのぶん俗世間から離れて安心したひとときを得たいという人にはおすすめできるところで、食事についてはこれ以上ないくらいにボリュームたっぷり。岳の湯全体の雰囲気も相まって、これからもひっそりと続いて行ってほしいと思える宿でした。
おしまい。
番外編 わいた温泉郷 岳の湯の風景
最後に、岳の湯が一体どういうところなのかについて軽く説明します。
当初はあくまで食事目的だったこともあり、清涼荘に宿泊を決めたときには「岳の湯は山の中にある温泉」ということしか知らずにほぼ事前情報なしで訪れました。それだけに目の前の風景がとても衝撃的で、車で通った後に改めて徒歩で散策することを決めたくらいです。
何にそんなに驚いたのかというと、集落の至るところから真っ白な温泉の蒸気が噴出しているという点。配管だけではなく畑や石垣からも湯気が出ており、自分としては今までに見たことがない景観でした。
どうですかこれ。
確かにここが温泉地帯だと聞けば、地熱の働きによって地表に湯気が湧き出してくるのは一応納得することができる。しかし目の前に広がっているのはあくまで田舎の集落という感じの景色であって、一見するとここが温泉街だとは気が付きません。
そんな長閑で静かな風景と、岳の湯が温泉地帯ということを強く主張してくるダイナミックな白い蒸気。そして漂ってくる硫黄の匂い。これらのギャップがこれほどの非日常な景観を生んでいることは明白で、あまりにも素敵すぎないか。
あと蒸気は風の強さや向きによってその姿を自在に変えることができ、動きのない景色の中に明確な「動」を形作っています。ポカポカとした陽気の中を散歩しながら蒸気を眺めていると、なんか得をした気分になってくる。
どこに目を向けても面白い場所だ。
集落の中にはあちこちに温泉用の配管が張り巡らされているほか、民家の庭先には蒸気を活用した「地獄蒸し」用の設備が設けてあったりと、古くから温泉とともに生活を続けてきた人々の歴史を垣間見ることができました。
よく考えてみれば、自然から自動的に熱を得られるってとんでもなく恵まれている。この蒸気を使って料理ができるしお湯を沸かすこともできるし、熱量が多いので洗濯物の乾燥にも利用することができるだろう。この様子からするとどの家も当然ながら温泉を引いてそうだし、温泉の真上に暮らすってこういうことなのか。
上記のように、岳の湯を訪問した際には思わず立ち止まってしまうくらいの幻想的な景観に出会うことができました。
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