今回は、長野県小谷村にある小谷温泉 山田旅館に泊まってきました。
縦に長い長野県の北部、白馬村のさらに北にある小谷村は一部が妙高戸隠連山国立公園に属しており、その近くには日本百名山である雨飾山をはじめとした山々がそびえています。山田旅館はそんな大自然の中に溶け込むように佇んでいる温泉旅館であり、雨飾山の登山基地にもなっていることから、利用者には登山者が多いことが特徴の一つ。
「秘湯」って大抵の場合は山の中にあるものですが、その標高が高いということは当然のように登山がセットになってきます。登山で疲れた身体を温泉で癒せるという意味合いもあって、登山と温泉の相性がいいことは言うまでもありません。実際に紅葉シーズンになると登山客で賑わうそうなので、その前に行ってきました。
妙高戸隠の秘湯へ
概要
最初に、山田旅館の概要について書いておきます。
- 登録有形文化財の宿で、本館、新館、長屋、湯殿、薬師堂、資料館の計7棟が登録されている。
- 温泉は源泉掛け流しで、元湯の湯殿と外湯の展望風呂の2箇所がある。
温泉の利用時間等については上の写真のとおりです。
外観
国道148号から県道114号に入り、傾斜が厳しい山道をひたすら登っていったところに山田旅館はあります。旅館周辺はとくに道が狭く、このあたりを走る路線バスが走ってきた際なんかはかなり緊張しました。
その先に見えてくるのが、赤い屋根が特徴的な山田旅館の建物群。山田旅館の敷地はかなり広く、その中には江戸、明治、大正、平成と、それぞれの時代に建築された建物がずらっと並んでいるのが壮観でした。確かに古い建物には数多く泊まってきましたが、建てられた年代がこれだけ異なる建物というのは初めてかもしれません。
山田旅館の敷地内に入って最初に見えるのが上の視点で、右側にあるのが江戸時代に建てられた木造3階建ての本館。1階は座敷、2階と3階はいずれも客室になっていて、今回泊まったのは本館2階です。
山田旅館の入り口から本館と土蔵の間を進んでいくと、奥に控えている建物が見えてきます。
本館の左横に繋がっているのが大正3年建築の新館で、玄関のすぐ横からL字に曲がった上で左奥に続く構造になっていました。新館はその曲がった直後(長屋)や温泉がある部分(湯殿)こそ2階建てになっているものの、そこから左横にある部分は3階建てという変わった造りになっています。具体的に上の写真でいうと、白塗りの看板の1階が温泉でそこまでは2階建てで、その奥は3階建ての客室棟です。
3階建て部分の客室はいずれも広縁付きのようで、手前の駐車場に面したところがすべてガラス戸になっているのが綺麗でした。
最後に、新館の左横に繋がっているのが平成元年建築の別館です。
こちらは他の建物とは異なり鉄筋コンクリート造りの3階建てで、1階に大広間があるみたいです。客室は全部屋トイレ付きだそうで、宿泊数の増加に対応するために増築された棟として活用されているようです。確かに全室木造だとちょっと…という人もいるだろうし、ニーズに応じて部屋を選べるのは大きなメリット。
便利なのは断然別館ですが、不便をいとわずに昔ながらの雰囲気に浸りながらの宿泊がしたいという場合には、本館や新館がおすすめです。※ちなみに今回の宿泊時はコロナ対策のため、部屋割については宿側におまかせする形式でした。
山田旅館に宿泊する
この日は完全に雨だったので早速館内へ。
こんな日でも雨飾山に登山に行っている人はそこそこいる様子で、国道114号を上ってくる車は割と多かったです。
本館1階 玄関周辺
玄関を入ってすぐの玄関土間は戸で仕切られているのですが、土間自体はその奥にも続いていました。
小谷村は豪雪地帯ということで、山田旅館の造りも雪国に合ったものになっています。具体的に言うと長屋や湯殿前に融雪用の池があり、冬の間だけは池として用い、春になると埋め立てて通行できるという方式をとっていました。この時期に訪問すると単に地面が続いているようにしか見えないのですが、そんな工夫があったとは驚きの一言。掘って埋めてを毎年やっているということなので、とんでもない手間だ。
本館1階部分の軒先には土間がずっと続いていて、天候に問わず移動がしやすくなっています。これは雪国というよりも、江戸時代建築の特徴なのかもしれません。
受付(帳場)は玄関の奥にあり、ここで記帳を行います。
なお、受付の奥は厨房になっているようでした。
館内の各所にはこのような案内図があり、自分がどこにいるかがわかりやすくなっています。
本館1階 広間と座敷
本館1階には受付のほかにも広間や座敷があって、受付のすぐ横にあるのが広間です。
こちらには古い箪笥やテレビ、囲炉裏などが置かれていて、昔はこちらが本来の帳場だった感じ。というかこっちの方が雰囲気がいいので、ここを帳場にすればいいのにと思いました。
旅館には玄関近くにこういう広間がありがちですが、どういうときにここでくつろげばいいのか毎回迷ってしまいます。くつろぐなら自分が泊まっている部屋に行けというのが普通だし、温泉旅館だったら主に日帰り客がここで休憩する用とかで分かりやすいけど。今回は散策中にちょっと座って休むくらいに留めておきました。
個人的にちょっと好きになったのが、広間の奥にある廊下の場所。
廊下というよりは縁側のような構造になっていて、昔はここから直に建物内に入ることができたっぽい。縁側のすぐ内側は障子戸が並んでおり、この内部が座敷となっていました。
本来はここは座るところではないのですが、ここに座って一息ついているとめちゃくちゃ落ち着けます。縁側の左右に空間が広いので視界も広く、こちらを訪れる人もいないので実に静か。立地そのものが静寂そのものな山田旅館のなかにあって、ここの一角は心静かに物思いに耽るに特に適している。
いまでこそ土間のすぐ外側にガラス戸が張り巡らされているものの、昔はそんなものはなかったので雨の際には雨戸を引っ張り出す必要がありました。今でもその雨戸は残っていて、縁側の一番端っこの方にまとめて重ねられています。
こういう風に、今では必ずしも必要ではないものをちゃんと残しておいてくれているというのが良い。江戸時代から令和へと時代は移り変わって、そもそも論でいうと本館も近代的に改装して問題ないといえば問題ないわけです。そんな中でも古い建築を今に残し、そこに実際に宿泊することができる。それが何よりもありがたいことだと感じました。
座敷の様子は、一見すると客室と変わりありません。
座敷=客間という扱いなので日中のみここで過ごすケースで使用する部屋なのか、はたまた昔はここも宿泊として使っていたのかは不明。
本館2階 客室
次は、自分が泊まることになる本館2階の客室へ。
本館1階から2階へは受付横の階段のほか、隣の長屋にある階段から向かうことが可能でした。特に後者の階段は降りた先がすぐに湯殿なので、何回も通ることになりました。
階段を上がった先にあるのが新館2階の廊下で、現在ではこの新館部分を主な客室として割り当てているようです。
その新館2階の廊下に繋がっているのが本館2階の廊下で、客室群の入り口には漆喰で文字が書かれているのが特徴。新館の客室の出入り口には木の戸が設けられているのに対し、本館の方は障子戸のみというのもシンプルでした。その分音は響きますが、今回は新館2階に2グループ(2人組と6人組)ほど宿泊客がいた程度で、その部屋からはだいぶ離れていたので特に気にならなかったです。
自分が泊まったのは本館2階の突き当りに位置する5号室の部屋。広さはなんと12.5畳もあって、下手に新館に泊まるよりも広いです!
プライベートスペースを広く確保できるし、温泉に入った後でくつろぐのも比較的しやすいのではないかと思います。やっぱりなんだかんだで客室の広さは精神的な余裕にも繋がるし。
先程も書いたとおり、廊下との仕切りは障子戸のみ。
年代を考えると当然ですがエアコンはなく、夏場でも扇風機のみで乗り切る必要があります。しかし標高が高いこともあってこの日の最低気温は20℃程度で、就寝の際に暑すぎるということはありませんでした。
気になった点としては、江戸時代の建築なので天井が低いこと。天井の高さは目測で190cm程度しかなく、自分の身長だと髪の毛が天井に擦れるくらい。昔の人の身長だとこれで十分だったのかもしれない。
とはいえ、横方向に空間が広いので天井の高さは気になりませんでした。
あと、個人的にかなり驚いたのがこちら。
なんとなく押入れを開けてみたところ、そこに湿気防止のために貼られている新聞の年代がなんと明治でした。明治時代の人も実際にここに泊まったということで、江戸時代のすぐ後の時代の痕跡がこんなところに現れています。
畳とかは新しくなっているものの、ここが江戸時代に建てられた建物ということには変わりがない。外観だけでなく、自分が泊まる部屋の雰囲気一つとっても趣がある旅館。それが山田温泉でした。
館内の散策
本館と長屋
ここまでの流れとしては、外観の確認から本館1階を経て2階へと到着したところです。
せっかくなので、このまま館内の散策を続けることにしました。
まず、今自分がいる本館2階から3階へと向かってみます。
階段は本館の建物の左右端にありますが、右横(2階から繋がっているが、1階へは繋がっていない)の方は普段からあまり使っていないような雰囲気でした。というか、そもそも3階の客室自体がそれほど使用頻度が高くないようで、今回の訪問時に関わらずひっそりとしている感じ。
本館3階の客室と廊下との仕切りは2階とは異なり襖戸で、その広さは8畳。客室の配置は廊下を挟んだ左右にあって、客室の端には窓があります。このように2階とは明確に構造が異なっていますが、たぶん階段の配置などの影響でこうなったんじゃないかなと思います。特に「廊下の左右に客室がある」というのが旅館として一般的な感じがするし、そうなるとむしろ2階の構造の方が近代的というか。
2階へ戻って、同じ2階にある長屋部分の客室の前を通ってみます。
客室を通り過ぎて奥に進むと階段と廊下の分岐があって、ここを直進すれば新館へ、階段を下れば湯殿に行くことができます。今日ではこの長屋や新館に部屋を割り当てられるのが多いことや、客室は基本的に2階より上にあることを踏まえると、この廊下を歩く機会は多いんじゃないかなと思いました。
新館
新館の客室については、廊下との境界が襖戸になっています。
客室の広さは8畳や6畳など複数あるみたいで、内装な客室内部の様子をみても湯治宿っぽい印象を受けました。
その他、別館へ向かう通路には元湯源泉や湧き水の飲み場所があったり、昔使っていたと思われる巨大な歯車が展示されていたりします。
源泉や湧き水は常時流れ出ていて、ただ水分補給をするのよりもなんか効能がある気がする。湧き水は冷たく、自分も温泉入った後によく飲んでました。
温泉に入る
元湯の湯殿
ひとしきり散策した後は、特にやることもないので早速温泉へ。
山田温泉の温泉には大きく分けて内湯と外湯があって、まずは内湯の方に入りに行きました。
元湯の温泉は浴槽の上部2mの高所から滝のように湯が注がれていて、湯が貯まる浴槽(100以上前から変わっていないらしいです)、それに湯が排出される付近の構造が、自然界にある滝壺周辺のような構成になっていました。
泉温は48.0℃(浴槽42℃程度)、pHは6.9のナトリウム炭酸水素塩泉(中性低張性高温泉)。ほとんど透明で濁りが少なく、主に切り傷や火傷に対して効能があるそうです。しばらく湯に浸かっているとヌルヌルしてくるタイプの湯が気持ちよくて、お湯がぬるめということもあって長湯ができる感じでした。
しかも、お湯の排出口付近は寝湯ができるように水深が浅くなっていて、ここでしばらく横になっていると次第に眠くなってくる。山田旅館は温泉旅館なんですが、自分以外の宿泊客はそこまで温泉に入りに来る頻度が高くなく、独占できる時間が結構多かったです。
滝になっている部分などは特に析出物が多く、この滝の裏がすぐ源泉になっているだけあって、成分の濃さは相当なもの。例えば登山をした後で、この湯に浸かればたちどころに疲れが消えていくんだろうなと思わざるをえない。
元湯のすぐ横には飲み物の自動販売機があります。日帰り/宿泊を問わずに、飲み物の購入はここで可能でした。
外湯の展望風呂
元湯に入って身体を温めたところで、そのまま外湯の方も連続で入りに行きました。
外湯があるのは別館のさらに奥になるので、自分が泊まっている本館からだと一番遠いです。歩くとそこそこ距離があり、ここを何回も往復するのは結構疲れるかも。
別館の横に繋がっている棟の2階部分でスリッパを脱ぎ、階段を降りた先に外湯があります。
こちらの建物は比較的新しいので、どうやら別館を建てる際に一緒に改装をしたっぽいです。
「外湯」と名が付いていますが露天風呂しかないというわけではなく、ちゃんと内湯もありました。
先に元湯の方に行って身体を洗っておく必要がなくて、こちら単体だけでも問題なく入ることができます。どっちかというと外湯は一度に入れる人が少なめなので、山田旅館に到着したらまずこっちに入りに行くのも選択肢の一つかと。
こちらが本命の外湯です。
平成26年に薬師堂の建物を利用し、昔あった外湯を再建して建てられたもの。外湯自体が単独で存在しており、そこへ向かう小さな橋を渡って入りに行くというのがちょっと変わっている。
浴槽には露天風呂らしく壁が一切なく、あるのは屋根を支える柱だけ。
その分圧倒的な開放感があって全方向に見晴らしがいいので、特に紅葉シーズンだとそれはもう素晴らしい景色だと思います。その他にも外気温に晒されているために湯の温度も多少低くなっており、内湯よりもさらに長湯が捗る感じ。
ただ、この夏の時期だとアブの襲来が結構気になりました。半身浴っぽいことをしていると奴らの餌食になりやすいので、常に全身を浸かっているのがおすすめ。さすがに秋以降だとその危険はなさそうですが。
とにかく山田旅館の温泉は効能もあり、温度も高くないのでじっくり入るのに向いています。今回訪れた完全に夏真っ盛りのさなかでも問題なく長湯ができたし、それ以外の季節では言わずもがな。時間を忘れてこの雰囲気に浸っていました。
夕食
そんな風に温泉ばっかりに入っていると、夕食の時間になったので夕食会場に向かいます。
夕食会場は長屋1階部分で、夕食も朝食もここでいただく形でした。
こんな山奥に位置しているんだし夕食の献立は山の幸がメインかと思いきや、意外にも刺し身が出ました。
しかし、よくよく地図を確認してみるとそれも納得。実は小谷村は日本海までの距離が直線で30kmほどしかないので、山の幸だけでなく海の幸も入手が容易というわけです。
山の中にいたと思いきや実は海に近いところにいて、そして美味しい刺し身をいただくこともできる。宿泊において可能ならばその土地のものを食べたいと思っている自分でも、この恵まれた立地に合致した献立で嬉しかったです。
天ぷらは揚げたてでサクサクとしているし、塩焼きも当然ながらうまい。
夜~翌朝
夕食後はまた温泉に入りに行ったり、部屋で座布団を枕に昼寝したりして時間を過ごしました。
旅館には一般的にテレビが備えつけられていますが、個人的にはそこまで見ることはないです。翌朝の朝食が部屋出しだったり、食事会場にテレビがあればぼんやりと眺める程度。特に、客室内にあるテレビを見ることはほとんどありません。
それは特に理由があるからではなく、脳に情報を入れない状態で過ごす時間を大事にしたいから。具体的に言うと旅館のことだったり温泉のことだったり、この地で過ごした過去の宿泊者のことなんかを考えながら過ごしています。テレビのニュースという今現在の情報をリアルタイムで仕入れるよりも、なんというか旅館で過ごす時間の方を重視したい。
これは投宿単体でも、ロードバイクによる旅の途中で泊まる鄙びた宿でも基本的に方針は同じ。明日のことは明日考えればいい。
今回に限らず自分の宿泊はいつもこんな感じです。
その日にたまたま見つけたような宿じゃないんだから、宿泊そのものに思いを馳せる時間があるのも旅のやり方の一つ。これは今後もたぶん変わらないと思う。
翌朝も基本的にやることは同じで、客室で二度寝したり温泉に入ったり、本館1階の広間で意味もなく座ってみたり。
正直に言うと、旅館で迎える朝の時間は冗談抜きに一瞬で終わってしまうので、あれこれやるのは泊まった当日だけです。そう思えるくらいに自分が好きなタイプの旅館で過ごす一夜は、本当に短い。山田旅館もまたそのタイプの宿で、温泉に浸かって、朝食を食べた後にちょっとまったりとしているだけでチェックアウト時間になりました。
※ちなみに、山田旅館では朝食中に布団が片付けられてしまいます。朝食後に二度寝しようと思ってもできないので注意。
そんなこんなで、山田旅館での2日間はあっという間に終了。下界の喧騒を忘れて、温泉と宿泊に没頭するにはこれ以上ないくらいに良い旅館でした。
おしまい。
コメント
コメント一覧 (1件)
有益な情報ありがとうございます。
自身も交通事故に遭い療養にと考えております。私の親も大正生まれで四年と十五年です。
十五年の父親は令和4年の2月末に亡くなりました。戦時は船に乗っていたようです。
その時代感を感じながら泊まってみようと思います。長崎に原爆が落ちる一週間前に港を出たと言っていました。