今回は長野県青木村にある田沢温泉 ますや旅館に再訪してきました。
まずや旅館には2020年10月に泊まって以来、2回目の宿泊となります。宿泊当日及びその翌日の2日とも天気がとても良かったことに加え、前回宿泊時にその存在を知った「新館」に宿泊できたのが今回の一番嬉しいポイント。春になる直前の時期に夫婦二人で泊まってきました。
歴史と概要
ますや旅館は自分が好きな木造建築の旅館ですが、特筆すべきは建物の規模。複数の棟から構成されており、建物全体の大きさは全国でも屈指です。以下、館内に記載されていた歴史の概要を述べます。
- ますや旅館(宮原家)は文禄1593年からの墓を有し、庄屋を代々営んでいた。昔は宿場がないこの地域は庄屋の家に泊まることが多く、旅人の宿屋も兼ねていたようである。以来11代目として今に引き継がれる。宿としての創業は明治元年(1868年)。
- 文豪・島崎藤村も愛した宿として知られ、小諸義塾で教鞭をとっていた明治32年(1899年)に宿泊。藤村が宿泊した東館の「藤村の間」には、実際に使ったとされる茶箪笥や机などが今も残されている。
ますや旅館は歴史ある建物ということで「島崎藤村が泊まった宿に宿泊できる」という点が大きな知名度を誇っていますが、それに加えて後述するように建物の巨大さや温泉の快適さ、食事&酒の美味しさなど、歴史的な貴重さ以外にも一夜を過ごす施設として素敵な魅力で溢れています。
ますや旅館の建物群は想像以上に巨大であって、建物群を構成する木造宿泊棟4棟と白壁土蔵2棟の計6棟全てが国の登録有形文化財に指定されています。木造3階建て以上の建物自体が現代では希少そのものだけど、ますや旅館には木造3階建ての高楼が4棟もあるというからもう驚くしかない。
- 東館:創業前から存在する、ますや旅館最古の棟。江戸後期(1813年~)の建築で、温泉街の顔となる場所に建っていて坂道を登っていくと最初に目に入る。入母屋造りながら独特の外観が特徴。3階には島崎藤村が投宿した「藤村の間」があり、一般の人も宿泊できる。
- 本館:玄関・フロント・家族風呂がある建物(明治40年頃の建築)。大規模かつ高さがあり、内外とも豪壮な造りである。食堂部分はリニューアルされている。江戸時代の2階建ての建物を明治後期に3階建てに増築した。2階及び3階に客室が並び、前回は2階北東側の客室に泊まった。外から眺めた際は3階の縁側にはガラス窓がなく、雨戸のみであった。
- 新館:蔵の上に建物を建てた大正元年(1912年)の建物で、木造4階建て。最上階にある51番客室は「藤村の間」と同じくらい人気がある(階下の58番客室も良いとの情報)。縁側から本館及び東館の立派な木造建築の外観を眺められる、個人的におすすめの棟。昭和初期からは味噌蔵・漬物蔵として利用され、2階部分は配膳室として使用された。南側と北側で2人の棟梁が競い建てられており、意匠が見事。
- 西館:本館の南西に建つ大正末期の建物。玄関脇の階段を登って行くことになり、共同炊事場のある自炊棟となっている。湯治客が激減した現在では使用されておらず、また建物外に面した廊下にはガラス窓が設けられていない(雨戸のみ)。
- 土蔵:明治前期の築造で、本館玄関脇にある立派な蔵。頭上に「ますや旅館」の看板がある。
- 東蔵:通りを隔てて建つ土蔵で、やはり明治初期の築造。
このうち新館の奧には男女別の大浴場(露天風呂付き)がある。下階には、温泉宿には欠かせない卓球場がある。卓球台が3台置かれており、ラケットとピンポン玉は無料で借りることができます。映像作品の舞台としては長野オリンピックが開催された1998年、松坂慶子や牧瀬里穂が出演した「卓球温泉」や、直近では金曜ナイトドラマ「探偵さん、リュック開いてますよ」に登場しました。
外観
それでは外観を見ていきましょう。標高700m、渓流沿いに敷かれた石畳のゆるやかな坂道を上っていくと、向かって右側にますや旅館が登場してきます。




最初に目に入ってくるのが東館と土蔵で、堂々たる木造3階建ての建築。重々しい木造部分と土蔵との白壁の対比が実に美しい。この建物に実際に泊まれると思うと感動も大きい。
土蔵の上部には、「島崎藤村ゆかりの宿 ますや旅館」の看板があって分かりやすいです。

東館手前の細道を少し進んだ先に見えるのが新館の建物。
新館の上層階からは本館や東館、はてには田沢温泉街が一望できますが、新館の建物そのものは表通りからは見えにくい配置になっています。






東館と土蔵の奥へ進むと正門があり、門の先に本館の建物がそびえています。
配置でいうと本館と土蔵が直角に交わる交差部に玄関があり、玄関が門の方を向くように角度を工夫されていました。門の位置は本館建物の中央部分にありますが、玄関を門の正面ではなく少し右にずらすことで玄関前のスペースを拡大しているのが分かります。
そして本館に目を向ければ、見上げるような木造3階建ての重厚さが感じられる。本館は横幅が大きいため、視界の隅から隅までを占めていることもインパクトの大きさに繋がっています。なお本館は建物外周部に廊下が通る「周り廊下」の造りをしており、2階はガラス窓があるものの、3階には何もなく手摺と欄干のみであることが分かります。



門を通り過ぎて左側へと向かうと、西館の建物が見えます。こちらも木造3階建てですが1階よりも2階・3階がせり出すように通路と欄干が取り付けられています。




そのまま道路を右回りでぐるっと歩いていき、和泉屋旅館の駐車場にお邪魔して撮影したのが上のアングル。本館の裏側及び新館の側面が見えます。
こうして色んなアングルから眺めてみると新館の外観はやや近代的になっているのに対して、本館は本当に古い造りをしている。ガラス窓すらない昔ながらの構造、具体的には柱や欄干、部屋の壁、障子戸などが露出している点が大きな特徴です。白黒写真で見る「昔の◯◯旅館の外観」の特徴そのままで、つまり木造建築が主流だった時代の建物がそのまま現代に残されている感じ。まさに貴重そのものだ。


本筋から逸れますが和泉屋旅館の周辺には猫ちゃんが複数匹います。近くに給水器などが置いてあったため旅館の猫のようで、向こうから近寄ってきてスリスリするので癒されました。
後述するように新館廊下からは和泉屋旅館の駐車場方面の眺めがよく、猫たちが駐車場や建物の屋根で昼寝している様子が見えました。
館内散策
本館1階 玄関~玄関ロビー
それでは駐車場に車をとめて館内へ。注意点としてはますや旅館の駐車場は狭いため駐車にかなりのテクニックを要求され、全長がデカい車の場合は駐車に慣れていないと困るかもしれません。

玄関上部には「天然温泉 長野県温泉協会員」と、「電話一番」の表示。
後者については昔は各個人宅に電話がなかったため、周辺地域の主要な建物に番号が割り当てられていた名残です。それが一番ということは、ますや旅館は田沢温泉の中で最も大きな建物だったということに他ならない。



玄関を入って右側に大きな靴箱があり、動線は左側へと続いています。玄関の配置が斜めなので玄関土間も三角形になっていました。








建物方面はまず左端に本館2階への階段があり、前回宿泊時はここを上って客室へと向かいました。階段の右側に写っていくと帳場があって、受付や料金の支払いはここで行います。帳場の奥側には厨房があるようです。動線のスペースを確保するために帳場が長方形ではなく、角が取れた形状になっているのが良いですね。
帳場周辺や玄関ロビーには展示物が多く、昔の写真も多く飾ってありました。明治初期のますや旅館の絵図もあり、昔は中庭を中心にして建物が四方にあったことが分かります。
また田沢温泉の共同浴場である有乳湯に行く場合は、帳場で割引券を購入可能です。割引券は正規料金の半額の150円/人なのでぜひ買っておきましょう。



帳場の前が玄関ロビーとなっています。
この玄関ロビーの雰囲気がとてもいい。玄関近くに配置されたソファ、高い天井、木造の床、古めかしい展示物。決して散らかっているわけではなく、適度に物が多い空間。館内に入ってまず最初に飛び込んでくるのがこの光景なのだから居心地がいい。

玄関ロビー正面には、階下の家族湯へと続く戸があります。




玄関ロビーの動線は帳場の前を進み、右へ90°折り返して直進すると家族湯や展示スペースの前を通過して廊下方面へと続きます。本館2階に宿泊する以外は滞在中に玄関ロビーを通ることはありませんが、夕食後の時間帯はここでのんびりしていました。
本館1階 東館前廊下~食堂~新館への階段
次は戸を開けて廊下方面へ向かいます。



戸を開けた先の東館前廊下の様子。右側に東館へ続く引き戸があり、宿泊者のみが入ることができます。動線は廊下の左側へと続き、洗面所、飲み物の自動販売機が配置されていました。そのまま廊下を進むと正面に新館へ続く階段、右側に温泉への通路、そして左側に食堂があります。
どの棟に泊まっていたとしても別の場所へ向かう際には必ずこの廊下を経由する必要があるため、ますや旅館の中でもっとも通行頻度が高い場所といっても過言ではないでしょう。


玄関ロビーに引き続いて、廊下にも多数の展示(歴史関係が多い)や著名人のサインが並べられています。



直進した先にあるのが本館から新館へと移動するための階段。館内でも印象的な一角であり、まっすぐではなくやや右側に斜めに配置されているのが特徴の一つ。全体で見ると階段自体が平行四辺形の形をしていて、自然と奥へと吸い込まれていきそうな吸引力がある。
また階段の横が壁に接しているにも関わらず手摺がしっかりと設けられていたり、古い建物にしては階段の一段のステップがかなり小さかったりと、自分のお気に入りのスポットでもあります。

「大浴場 大広間 露天風呂→」の案内の通り、右側の戸を開けて通路を進んでいくと温泉へ行くことができます。



本館廊下から自動ドアで繋がっている食堂。すぐ横が厨房に繋がっているらしく、食事の提供のしやすさを考慮してこの箇所に設けられたようです。
室内にはテーブルが4つほどありますが、これだけ巨大な旅館の食事場所にしてはやけに小さい。それもそのはずで、ますや旅館を運営されているのがご主人(調理担当)、若女将さん、大女将さんの計3人しかいないようでした。それは大変だわ…。現に土曜日にも関わらず、この日の宿泊者は自分たち以外にご夫婦、一人客、三人組の計4組でした。館内の広さに反して宿泊人数を大幅に制限されています。
もう少し詳しく書くとご夫婦が新館2階(自分たちの真下の部屋)、三人組が東館(藤村の間)、一人客は予想するに本館に泊まっていました。おそらくですが一つの棟やフロアに一組が泊まる形になるようで、すぐ隣の部屋に別の客が泊まることはないように思えます。
新館2階外廊下~温泉への通路
新館へ入っていく前に、大浴場と露天風呂へ続く廊下を歩いてみました。


本館から温泉棟までの間には新館2階の休憩所及び、大広間と卓球場がある新館とは独立した棟があります。この棟は本館や新館の建物ができた後に建てられたようで、現にそこへ続く廊下は新館の建物内ではなく建物外に巡らされていました。





廊下を歩いていくとすぐに、2層に分かれた休憩所があります。ここは前回宿泊時にはなかったスポットであって、満足度を高めるために増設された様子。手前のフロアには主に酒瓶が、奥のフロアには掛け軸などが展示されていました。


休憩所の外側は、廊下から見ると蔵のような硬い壁になっていました。元々は蔵として使用されていたのかもしれません。




休憩所脇の廊下を曲がり、防火扉を抜けた先は別の棟に入ります。この棟は2階が大広間、1階が卓球場になっている比較的新しい棟。よく考えてみれば本館や新館には大きな客室がなく、宴会等をする際にスペースが不足したことから後年になって増築された感じ。廊下が一直線に通っていて見通しがとてもいいです。
他の棟と同様にこちらも外周部に廊下が通り、大広間はその内側にあります。従って比較的新しいといってもそこまで新しいわけではなく、古い造りです。





まずは正面に向かい、階段を下って階下の卓球室へ。「ピンポン室」と書かれた部屋がその卓球場です。



卓球室の様子はこんな感じで、卓球台は全部で3つあるため複数の客がプレーするのにも支障ありません。
いや、ここまでしっかりと明確な卓球場がある木造旅館は全国を見てもかなり珍しいと思う。いつの時代からか卓球は「温泉文化における定番の娯楽」みたいな風潮があるけど、どうやら一節によればますや旅館が舞台となった映画・卓球温泉がその火付け役になったらしいです。


昔は娯楽が少なく、旅館に泊まるにしても夕食を食べて温泉に入ったら他にやることが何もない。そういうときに身体を適度に動かせる卓球は娯楽として最適だったのでしょう。スマホが個人に普及した現代の民からしても、こういう時間の使い方は実に素敵だと思います。
卓球場もまた全面が木造建築であり、窓際からは夕日の光が差し込んでくる。静寂を感じる温泉旅館の館内で卓球ができることは素晴らしいし、こういった空間をちゃんと残されているのは嬉しいですね。





2階へと戻り、廊下を進むと大広間があります。こちらは休憩用というよりは、ドラマ撮影の記録を残しているという意味合いが強め。作中で使用された看板(縦・横)が展示されていました。




廊下の突き当たりに男女別のトイレ、給水所(ウォータージャグ)、洗面所があり、その奥に温泉があります。
宿泊者が泊まる本館や東館から温泉までは結構な距離を歩くことになるものの、途中に大きな高低差はなく水平移動が大部分のため労力は少ないです。温泉位置そのものが昔から変わっているのかそうでないのかは不明ですが、ますや旅館の前身が庄屋だったことを踏まえると、もしかしたら田沢温泉では誰もが共同浴場(現在でいう有乳湯)に入りに行き、旅館自体には内湯がなかったのかもしれません。




温泉から本館への帰路の様子は上記。廊下を歩いていくにつれて新館の建物が徐々に近くなっていき、かと思ったら次は本館の建物が見えてくるのが印象的でした。
外に面した廊下の窓が大きいため屋外の様子がよく見えることにより、自分がいま歩いている廊下(手前側かつ屋内)と楼閣(奥側かつ屋外)との対比がより美しくなっています。
新館2階 階段~廊下
続いては今回泊まることになる新館へ向かいます。新館は客室、洗面所及びトイレが存在する宿泊のための棟であり、他の共同設備はありません。「新館」の名の通り、ここは宿泊者数の増加に対応するため本館や東館の後に増築された棟です。
本館2階や東館と同様に新館には宿泊者のみがアクセスできるため、新館入口にはその旨の注意書きがありました。

本館最奥から階段を上った先、右側の廊下を進めば新館2階客室、目の前の階段をさらに上れば新館3階客室へと続きます。



新館2階廊下から見る温泉への通路。こうしてみると温泉への通路が新館とは別の時代に建てられたことが分かりやすいです。
で、よく見ると新館は厳密には木造4階建てになっていることが分かりました。一番下の階に農機具などが置かれており、その上に温泉への通路が沿っている階(縁側に灯油の缶が置かれている)、さらにその上に客室フロアが2階分あります。ただし今回泊まった新館最上階の客室備え付けのパンフレットには「ここは新館3階(要約)」と記載されていたことから、1階及び2階をまとめて1階と呼称しているようです。



新館のうち客室フロアである2階と3階でほぼ同一のようで、新館に入ったところの左側にトイレ、次いで洗面所があり、廊下は新館左端にまっすぐ通っています。建物中心に至ると廊下が横方向に分岐し、北東側に面した客室の入口がその廊下の先の左右に設けられています。
建物中央に廊下が通るのは比較的新しい旅館に見られる特徴ですが、後述するように実際には外周部にも廊下が通っており、古い建物であることが理解できました。これは新館の外観からも確認でき、屋外に面した側に欄干や雨戸が見えています。
新館3階 階段~廊下
2階を確認したところで、次は3階へ。





洗面所やトイレといった共同設備の配置は新館3階と2階でほぼ同一ですが、3階は階段を上がって右に折り返したところに客室57番があります。
この57番客室入口は廊下の途中に鍵付きの戸が後付されている形で、つまり昔は外周部の廊下から障子戸を開けて各客室へ直接入れるようになっていたところを、後年になってセキュリティ向上のために改築した経緯があります。障子戸そのものを戸に置き換えるのは大変なので、他の旅館でもこういう形をとっているところは多いです。


2階から3階への階段を振り返る。上部から階下を見下ろすアングルが好き。
お洒落な電灯や視認性を第一に考えた大きな壁掛け時計、木製の窓から差し込んでくる陽光など、ここがまるで木造校舎であるかのような静かな佇まいがあります。





洗面所及びトイレの様子。
トイレはウォシュレット付き、洗面所は水と温水の両方が出るため使用にあたって特に憂いはありませんでした。洗面所の前が大きな窓になっていて手元がよく見えるのも素敵です。他の旅館では洗面所が窓のない奥まったところにあったりして、電灯の光のみに頼らざるを得ない場合もありました。





53番客室の入口を通り過ぎて奥に向かうと左側の窓際に消化器と避難はしごが備え付けられていました。避難はしごの名前が「オリロー」なのが面白い。

前述のとおり隣の和泉屋旅館の駐車場に猫が4匹くらいいて、消化器などがある一角からだとよく見えるので癒されました。屋根の上に上って日向ぼっこをしているのが確認できましたが、よく見ると猫用の水入れが地面ではなく用具入れの屋根の上にあります。宿の人が頑張って置いたのだろうか。
気温が上がってくると猫たちは屋内や日陰に退散するので、日向ぼっこ風景を見たい場合は今の時期がちょうどいいです。


そのまま廊下を奥へ向かうと新館北西側客室の入口があり、入口手前の廊下を右へ向かうと奥まったところに新館北東側の2部屋の入口があります。今回泊まった51番客室の入口もここです。
新館2階及び3階には1フロアに4つの客室があり、これらのうち3階で表通り(南東側)に面した客室は51番及び53番の二つのみ。現在では(おそらく)1フロアに一組が宿泊可能であるため、どちらに泊まっても眺めの良さや室内の明るさについては大きな差異はありません。
新館3階 泊まった部屋「51番客室」
今回泊まったのは館内で最も眺めが良いと評判の新館3階「51番客室」。広さは次の間6畳(寝室)+座敷8畳の計14畳及び広縁付き。設備は次の間のエアコン、座敷のガス式のエアコン、こたつ、ポット、コーヒーメーカー、お茶セット、お水、テレビ、鏡台と充実している。特にコーヒーメーカーによって、広縁に座って朝日に照らされながらコーヒーを飲む体験ができたので嬉しい。
日中に寛ぐ座敷と就寝する部屋が完全に分かれており、時間帯によって滞在する部屋が切り替わることによって精神的にもメリハリがつきやすいです。とはいえ、滞在中は夫婦揃って常にまったりしてました。









次の間と座敷の様子。
51番客室の部屋のうち座敷は新館北東側と南東側に面しており、さらに外周に周り廊下が巡っているため部屋の4面のうち2面が障子戸になっています。周り廊下には大きな窓が取り付けられていて、結果的に午前中のほとんどの時間帯で十分な量の自然光を室内に取り込むことが可能。ますや旅館に限らずほとんどの宿の客室は部屋の一面のみから自然光を得ていますが、51番客室では角部屋ならではの明るさの利点を強く感じられました。
また南東側の周り廊下には椅子や机が置かれていて、広縁のような扱いになっています。

次の間と座敷は古めかしい襖戸で仕切られており、それぞれの部屋に冷暖房があるので季節を問わずに快適に過ごせると思います。今回の冬の時期にはコタツが設置されていて、これに入っていると気持ちよすぎて溶けてしまいそうでした。エアコンだけでももちろん暖かさは確保できるけど、冬場のコタツに勝るものはないだろう。
座敷の広縁近くにはお茶セットがあり、ポット用の水やコーヒーメーカー用の水もたくさん用意されています。





泊まる部屋に到着して荷物を置き、一通り室内の様子や設備を確認し、浴衣に着替えてコタツに入る。そしてお茶を入れてお菓子と一緒にいただく。旅館に投宿してからのこの一連の流れが、これからこの宿での時間が始まるという実感をより強めてくれる。



実際に新館に宿泊してみて、自分は次のような仮説を立てました:「昔の新館は外周部に周り廊下、その内側に客室が4部屋並び、周り廊下から障子戸を開けて客室内へアクセスしていた。その後時代が経ち、障子戸ではセキュリティに難があることや、客のプライバシーを尊重するようになったことから、周り廊下を分割して各部屋の広縁として扱い、周り廊下以外の出入口として建物中央部に廊下を追加した。」
南東側にある広縁の上部にはその仮説を裏付けるものがありました。広縁から客室に入る障子戸の上に「新館壱番(座敷)」「新館弐番(次の間)」と書かれており、これはつまり現在の広縁が昔は廊下として使用されていたということです。客室配置が新館が建てられた当時から現在と同じだったのなら、ここに客室番号を記載する必要はありません。こういう風に建物の構造について思考を巡らせるのが結構好き。


そして、新館の客室を象徴する広縁の様子がこちら。屋外に面した大きな窓が特徴で、窓の外側には欄干がそのまま残されていました。広縁に置かれている椅子や机のモダン感、木造の廊下、そして窓の外の圧倒的な眺め。ますや旅館の新館3階でしか味わえない風景がここにあります。
広縁を本館方面に直進すると、隣の53番客室との間に戸が設けられていました。よく見ると戸や上部の壁そのものが後から取り付けられたものであり、前述の仮説を補強するものとなっています。




広縁を今度は温泉棟方面へと向かうと廊下が角部で左側へと折り曲がり、付書院の裏側へと通じていました。どこを切り取っても窓が大きくて眺めが良く、日差しの当たり具合もちょうどいい。やっぱり窓の大きさは正義だ。
肝心の広縁からの眺めについては、宿泊当日夕方よりも翌朝の景色の方が素晴らしかったため後述します。
温泉
内湯及び露天風呂
続いては温泉へ。
建物群の一番奥に男女別の内湯と露天風呂、本館地下1階に家族風呂×2箇所があります。温度はぬるめで長湯しやすく、飲むと薄い卵のような味がしました。
- 源泉名:田沢温泉1号泉、田沢温泉2号泉と3号泉の混合泉
- 泉質:アルカリ性単純硫黄温泉(低張性アルカリ性温泉)
- 源泉温度:1号泉34.6℃、2号3号混合泉40.0℃、使用位置40℃
- 適応症:筋肉若しくは関節の慢性的な痛み又はこわばり(関節リウマチ、変形性関節症、腰痛症等)、冷え性、末梢循環障害、胃腸機能の低下等
- 知覚的試験:ほとんど無色透明、強硫黄味・微硫化水素臭を有す
- pH:9.6
- 加水なし、加温冬季のみ、循環なし、入浴剤又は消毒なし
源泉温度が低くどちらかというと夏向きの温泉ですが、冬場でも問題なく入ることが可能。じっくり長湯ができるという意味で自分に合っている湯です。








内湯は洗い場・浴槽ともに大人数でも対応できるようになっており、露天風呂側の壁の全面が窓になっていてとても明るいです。また寒い時期は露天風呂の温度が低下するため、内湯の方が温かさが持続します。



露天風呂の様子。両側の垣根やレトロな電灯など雰囲気がよく、何よりも温泉に入りながら「外」の空気を味わえるのが特徴。喧騒から離れた土地で静かに温泉に入っていると心が落ち着いてくる。
宿泊当日は温泉に入りに行ったのが夕方以降の時間帯だったため、温泉に常に浸かっていないと寒さを感じるほどでした(露天風呂から上がって内湯の浴室内に入るまでが寒い)。内湯と露天風呂を交互に入ると結構いい感じです。
家族風呂
続いては家族風呂へ。家族風呂は本館1階の階下にあるため、どの棟に泊まっていたとしても気軽に行きやすいです。









家族風呂の浴槽の大きさは三人くらいが余裕を持って入れるほど大きく、また高齢者用の椅子や子供用の玩具があったりと親切な造り。いずれも内湯であって天候に関係なく使用できるほか、朝の時間帯は窓から陽光が入ってきて室内が明るくなりました。






両方の家族風呂は左右で大きな差はなく、中央の壁を境にして左右対称になっています。そのため空いている方に入れば満足度はそう変わりません。
家族風呂の良さはなんといっても他の宿泊者に気兼ねなく入ることができるという点。大浴場や露天風呂では自分と同タイミングで入浴中の方の行動に少なからず影響される部分があり、見知った人、あるいはグループのみで温泉に入れる選択肢があるのは安心できます。
夕食~翌朝
さて、館内散策したり温泉に入ったりしているといつの間にか夕食の時間になりました。食事は夕食・朝食ともに本館1階の食堂でいただく形となり、夕食の場合は支度が整うと18:15くらいから内線で順次呼ばれます。
ますや旅館の素敵ポイントの一つがこの「食事」にあって、ご主人が腕によりをかけて作られている料理はどれも絶品の一言。料理は出来立てを順次運んできてくれるので一番美味しいタイミングでいただくことができるし、お酒の種類も豊富に取り揃えているため満足のいく時間を過ごせると思います。
女将さんによる料理の説明を聞き取れた範囲でメモしました。夕食の内容は次のとおりです。
- 舞茸とドジョウの唐揚げ
- いぶりがっこのチーズ乗せ
- 酒粕のお味噌
- 蜂の子
- ふきのとうの酢の物
- 信州サーモンの麹和え
- エゴマの豆腐
- 春菊の白和え
- 鴨団子と蓮根の団子
- かぼちゃの餡が上に乗った茶碗蒸し
- 刺身:信州サーモン、馬刺し、鯉の昆布締め
- 煮物:信州ならではの鯉のうま煮。赤ワインやバターを使用して味付けされており、柔らかくまるで鯉料理ではない別物のように感じられた。
- ふき味噌
- 蕎麦入りの鴨鍋
- 焼き物:岩魚とまぁーず(味噌と酒粕を混ぜ合わせた信州産のソース)と里芋の焼き物、下にごぼうのチップが敷かれている。
- デザート:りんご(サンふじ)、わらび餅、ブラウニー及びいちごのパンナコッタかけ












何もかも美味すぎだろ…。ご主人による調理が素材の美味しさを引き出しており、味付けも上品な感じがします。ご飯にも合うしもちろんお酒にも合う。
今回は別途、地酒飲み比べセット(3種類、各半合)及び岩魚の骨酒(2合)を注文し、夫婦で料理に舌鼓を打ちつつ日本酒を飲んでいました。やはり日本酒と美味しい和食は抜群に合う。ずっとこういう食事がしたいと思っていた身としては願ったりかなったりだ。






夕食前に温泉に入りに行き、夕食後は旅館周辺を軽く散策。昼間の明るさはどこかに行ってしまい、人工的な明かりが支配する時間帯に突入しました。他の宿泊客は部屋でのんびりしているのに対して、自分は時間帯によらず散策自体が結構好きです。妻もそれは同じみたいで散策についてきてくれました。
散策から帰還後は夫婦で卓球をプレーしてみたところ、妻にコテンパンにやられてしまう始末。ただ夕食でお腹いっぱいになった状態の卓球は食後の運動としてちょうどいいですね。適度に身体を動かせるのでむしろ満腹のときほど卓球をしたほうがいいのかもしれない。

あとは…新館廊下や温泉までの道中、果てには家族風呂の脱衣所など館内の各所にストーブやファンヒーターが設置してあり、旅館側の心遣いを感じられてほっこりとした気持ちになりました。電灯だとか暖房機器とか、誰もいないところで人工的な設備が静かに稼働している光景が好きなんです。建物全体で見ると相当な数になって灯油補給の手間が大変だろうけど、無人の廊下で稼働中のファンヒーターを見ると心から安心できる。
その後は温泉へ再度入ってから就寝。布団はふかふかで寝やすく、寒い夜でも安眠できました。
翌朝は起きてから家族風呂に入りに行き、朝食の時間となります。8:00くらいに準備が整うので各自で食事会場に向かう形となり、朝食の内容は下記の通り。
- 鮎の稚魚の甘露煮
- 梅とごぼうの付け合わせ
- 紫蘇で煮込んだしめじ
- 醤油豆
- ナスの田楽味噌
- レタスとポテトのサラダ
- きんぴらごぼう
- 切り干し大根
- 卵焼き





いいね。
朝食は胃に優しい料理が並びながらもボリュームが多く、ご飯を複数回おかわりしていると元気が出てくる。お安心できる宿に泊まることで温泉で身体を癒やす、美味しい食事と布団で体力回復してこれからの日々に備えることができる。定期的な温泉旅館での宿泊は人生を豊かなものにしてくれます。
朝日に照らされる至高の朝
そしてクライマックスが51番客室の広縁からの眺めです。
部屋自体が南の方角に面していることに加えて旅館の西側には山がそびえていることから、投宿は日がやや傾きかけのタイミングになると思います。その一方で日の出からチェックアウトの時間までは建物群全体が陽光に照らされており、眠気が一瞬で吹っ飛ぶような清々しい目覚めとなりました。今回の宿泊がとても運が良かったとはまさにこのことで、快晴を引き当てたことは""持っている""としか言いようがない。





この荘厳な眺めよ。眠気眼で障子戸を開けた瞬間に、その風景に目が離せなくなりました。
外部的な要因なく自然に目が覚め、障子戸を開けて広縁に向かい、広縁の窓も大胆に開け放って外の空気を味わう。左側に目をやれば日が昇ったばかりの田沢温泉の町並みが、そして右側に目をやれば本館や東館の楼閣が朝日に照らされている。ここまで感動する旅館の朝があっただろうか。
室内の古さといい広縁からの眺めといい、51番客室は本当に最高でした。特に広縁からの眺めは、視界手前の欄干、真ん中の渡り廊下、そして視界奥の本館&東館が一望でき、「自分は高層の木造旅館に泊まっている」という事実を強く感じられる。また天気に依存されますが、翌朝の朝日に照らされた建物群の眺めが素敵すぎるの一言。広縁の椅子に座ってのんびりする時間は何物にも代えがたいと思います。
写真で示している通り、部屋が面している方角的に日の出の時間帯から午前中はますや旅館全体が朝日に照らされます。そのため冬であっても特に広縁は比較的暖かく、ガラス窓を開け放っても問題ありませんでした。暖かい時期だと外から虫が入ってくるだろうし、この時期の宿泊でよかったです。
まとめると虫の存在が皆無な冬の時期、しかも快晴の日の朝に周囲一体を見渡すことができる高層階の広縁に佇み、優雅な時間を過ごしているということ。この唯一無二の体験はますや旅館でなければできないだろう。







あまりにも気分がよくなったので、朝食後は広縁に座ってコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを飲んでました。風景効果も相まってコーヒーが何倍にも美味しく感じられる…。実に贅沢なひとときだ。すべてに感謝したくなってくる。
ひとしきり広縁からの眺めを満喫した後は、51番客室内を改めて見渡してみました。













こうしてみると、初めてこの部屋に入った昨日の夕方とは雰囲気がまるで異なる。昨日はやや薄暗さを感じた室内は嘘のように明るくなっており、自然光によって明暗の差が大きく感じられます。
こういう風に朝の空気を感じつつ、また布団に潜り込むのが好き。



また、朝食時間のすぐ前や朝食後は温泉に行く人がほぼいなくなるので狙い目です。結局9:30くらいまで部屋でゆっくりと過ごしてからチェックアウトとなりました。出発の時間になって名残惜しさを感じるのも、良い宿の特徴の一つ。最後は室内を何度も振り返ってから本館帳場へと向かいました。
チェックアウト後は、そのまま隣にある田沢温泉共同浴場の有乳湯へ。すでに述べたようにますや旅館で有乳湯の割引券を販売していて、通常だと300円/人が150円になるためお得です。
おわりに
複数の棟からなる建物群の重厚さや、現代日本とは思えないほど館内の各所がレトロ感に包まれたますや旅館。今回はその客室の中でも展望に優れた51番客室に泊まることができ、温泉や食事の良さもあって忘れられない滞在になりました。
新館の構造そのものが建築当時からあまり変わっていないということは、自分が見た広縁からの風景も当時と大きな差異はないはず。昔の宿泊者と同様に夫婦で広縁に座り、朝日が差し込む青木村のひとときを静かに堪能できたことを嬉しく思います。次回は東館に宿泊して、本館や新館との違いを感じられたらいいなと考えています。
おしまい。
【参考】前回泊まった際の記録はこちら

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