【飯田天竜峡~中井侍~林道天竜川線~大嵐~佐久間】グラベルロードで山間部の集落と林道を巡る秋の天竜川ライド

今回は、グラベルロードで長野県の天竜川周辺を走ってきました。

天竜川といえば諏訪湖を水源とする言わずとしれた一級河川であり、最終的には静岡県を経て太平洋に注ぐ天竜川水系の本流です。今までその存在を多く感じてきたのは飯田〜駒ヶ根〜諏訪湖の区間で、今回走ったような「長野県の下の方」は移動手段を問わず未踏の場所でした。

今回はその天竜川の別の姿を見てみたいという気持ちと、後は川沿いに形成された山奥の集落、そして飯田線という魅力あふれる路線を楽しむ目的で行ってきたのが背景です。特に飯田線は数多くの秘境駅が有名で、いくつかの駅には立ち寄ってみる予定。なお通ることになる道があまり整備されていないと思われたため、太いタイヤが履けるグラベルロードを持ち出しました。

もくじ

紅葉の天竜川

行程としては単純で、飯田を出発して天竜川沿いに下流方面へと向かい、その途中で色々寄り道をしていきます。最終的には中部天竜駅周辺をゴールとし、飯田線に乗ってスタート地点まで戻るという形。有名な飯田線には実際に乗ってみたかったし、この流れに決めたのはある意味で当然かも。

ただし飯田線の本数はかなり少なく、朝方と夕方以外はほぼ走っていません。逆に言うと先を急いで目的地についても乗る電車がないというわけで、それほど時間を気にせず道中まったりしながら進んでいけるということ。日が落ちるのがかなり早くなってしまっているこの時期ですが、こういうのもアリかなと思います。

まず最初に訪れたのは、風光明媚な景観が有名な峡谷・天竜峡です。

天竜川がその流れによって形成した様子が上からでもわかりやすく、橋から川面までの距離が高いことが特徴の一つ。紅葉も見事で、平日の早朝だというのに遊歩道を歩いている人がかなりいました。観光名所なのは間違いないとしても、これからその流域を走っていくことになる天竜川の地形的な特徴がいきなり垣間見えるのは一発目として非常に大きい。

完全に山の中
湯田駅近く

今日走る行程のうち、純粋に道路が天竜川のそばを走っている区間はまだしばらく先です。

具体的に言うとそれは飯田線の湯田駅からで、天竜峡から湯田までは天竜川から少し離れた山間部を走る形となります。なので前半部分は主に坂道が主体となる山の中を通過することが多く、上っては下っての繰り返し。今回の目的の一つである集落巡りにはまだ早いものの、この道中でも高台に位置した集落のいくつかに出会うことができました。

観光チックな雰囲気はあくまで飯田〜天竜峡くらいまでで、ここから先は完全に自分の方な趣味の人でないと訪れないような場所ばかり。雰囲気の違いを楽しんでいきたい。

天竜川沿いから天龍村へ

飯田線為栗駅
万古川橋梁

県道1号線をひた走り、湯田で天竜川の左岸から右岸に渡って南下を続けていく。

天竜川と和知野川どの合流地点付近にある為栗駅では、その駅に行くためだけの橋がかかっています。せっかくなので県道を逸れてその駅まで向かってみたところ、まったく意識していなかった飯田線が通りがかったので写真を取りました。この時間帯の電車って上下線ともに1本くらいしかなかったような気がするけど、こうもピンポイントで飯田線に遭遇できるなんて嬉しすぎる。

また、このあたりから紅葉の色づきが比較的鮮やかになってきたような気がしました。もう少し上流の方では霞んでいたような色合いだったのが、ここにきて急にメリハリのある色になっている。訪問当初は正直まだ早いかなと思っていたものの、案外そうでもなかったです。

道中の紅葉
「目の前の景色が大きい」ことを感じられる

天竜川にそって同じく蛇行しながら走る道をさっきから走っていってますが、とにかくカーブが多いので疲れます。しかも交通量もまったくないわけではなく、天龍村方面へ行き来する車が突然登場してくることもある。

でも、横に見える天竜川沿いの風景が本当に綺麗でした。このあたりの天竜川渓谷では道と川面との距離がかなりあって、その高度感のある視界の中を川や周囲の地形が左右に曲がりくねって配置されているように見える。その山についても標高があり、たぶんこのあたりの地形を俯瞰で眺めたら大自然しか存在しないんだろうなと思えてくる。

平岡ダム
天龍村の中心部が見える

天竜川の流域ではその急峻な地形を活用したダム開発が行われており、そのうちの一つである平岡ダムを通過しました。

平岡ダムは通常のダムのように近くまで行くことができるだけでなく、真正面からのアングルもしっかり確認できるというダムです。曲がりくねった川の一角にダムが建設されているため、その延長線上にある道路上からの景色がちょうどいい感じに真正面になっているという感じ。

ダムによってはダム下にある発電所方面からダム前方部分を見ることもできると思うけど、このようにダム本体よりも標高が高い場所から、正真正銘の真正面を見られるのは結構珍しいんじゃないかと思います。この一部分だけ切り取っても、ここが山に囲まれた場所ということが伝わってくる。

で、そのまま走っていると天龍村の中心部が見えてきました。家屋がない山の中を通ってきて人の存在が心細くなってきたあたりでこれが見えてくれたので一安心です。

天龍村の中心部、飯田線でいうと平岡駅周辺は道こそ細いものの、天竜川近くから山の中腹まで斜面上に集落が形成されており規模は大きめです。駅近くには飲食店や宿泊施設、スパーなど一通り揃っているので、この時点で装備に不安があれば対処しておくのがベスト。今回はしっかり準備してきたことと、そんなにお腹が減っていないので特に補給はしませんでした。

それにしても、高低差のある集落はどこを見渡しても歩き回ってみたくなる場所ばかり。

今自分が歩いている道の両脇には家屋があって、そこから右を見ても左を見ても同じ標高のところはない。川に対して直行する方向に進もうとすると途端に坂道が登場してきて、しかもアスファルトではなくコンクリートなところばかり。人間のみ通行可能なところも数多く、山間部の町であることが理解しやすい。

天龍村中心部を過ぎてしまえば、もう最終目的地の中部天竜まで補給は一切できません。あとこれほど多くの家屋を見ることになるのもしばらくないので、普段よりも一箇所に留まる時間は長めだったような気がします。

集落と集落をつなぐように走っていくということは、つまりそれ以外は逆に集落=人の生活感を感じることはできないということ。間接的にはできるかもしれないけど、最近では景色よりもこうした人の営みの方に意識が向くことが多いです。

発電施設
飯田線が通っているトンネル

それでは平岡を離れ、天竜川のさらに下流へ。

中井侍集落から林道天竜川線を走る

平岡から少し進んだところにある天竜川橋を渡り、天竜川の左岸から右岸へと移動。

正直に言うと、今日の最終目的地である中部天竜へはこのまま右岸沿いの県道1号を走っていくだけで到着します。しかしそれだと行程後半が単調になってしまうと思い、ここから寄り道することを予め計画していました。

気になっていたのは林道天竜川線という林道の存在で、伊那小沢というところから再度左岸に渡り、その先にある中井侍という集落の先にあるのがそれです。その林道の途中には飯田線の中でも屈指の秘境度を誇る小和田駅や、かつて生徒で賑わっていた学校の跡が残っているとか。

多少アップダウンは増えますが、まだ見たことがないものを見たい自分としてはこっちの道を選びたい。なので、ここからは概ね県道1号とは天竜川を挟んで反対側の山の中をうろうろしたいと思います。

県道1号は右だが、今回は左の中井侍方面へ進む。それにしても標識が古い。

中井侍へ向かう途中には工事の看板があって、どうやら林道は山を挟んで反対側にある水窪方面へは通行止めになっていて行けないようです。ただ今回向かう大嵐方面には無事に通じているということで、途中で引き返す必要はなし。

まあこれも下調べしておいたので知ってたんだけど、やはり実際に確認するまでは不安になってしまう。本当に通れることが確認できたので、心置きなく走ることができます。(もっとも、上に示した通行止め区間も歩行者と自転車は通行可能なようです)

中井侍の集落

というわけで、林の中を少し走って中井侍の集落に到着。

この集落は反対側の岸から見ると上から下まで一望することができ、集落としての高低差(なんと365mもある)を目の当たりにできるそうです。でも自分は遠目からじゃなくて間近で見たかったので、ここまで来てみました。さっきまですぐそばを流れていた天竜川が今ではあんな眼下に見えるということで、そこそこ上ってきた感があります。

そもそも自分が今いる天龍村は面積の9割を山が占めており、巨大な森の中に小さな集落があちこち点在しています。さっき通ってきた平岡の風景は例外みたいなもので、こっちのほうが天龍村の本当の姿といっても過言ではないくらい。

そんな中で中井侍には見ての通り茶畑が多く、その美味しさは「中井侍銘茶」というブランドにもなっているくらいです。自分はお茶といえば南にある静岡県だと思っていたのですが、この中井侍はその標高の高さや日照時間の短さなどから、お茶の栽培に適しているみたいです。目の前の雄大な景色を眺めながらその情報を聞いていると、お茶が美味しくなるのも納得。この大自然に囲まれた環境でそうならないわけがない。

新茶の季節の新緑に包まれた茶畑もいいですが、春を待っている茶畑もまた雰囲気があっていいですね。休眠しているというか、秋ならではのゆっくりとした時間が流れている。冬になる前に訪問できてよかった。

「自転車のりば」と書かれた謎の標識。なんの意味が?
ガードレールの位置が下すぎて怖い
向こう側の山にもたまに別の集落が見える

引き続き林道を走っていく中で、この周辺の景色が独特なものであることに気がつく。

たしかにこの道は林道に区分されているので、一般道と比較するとカーブにガードレールは十分になかったり、標識やカーブミラーが古すぎたりといった部分は確かに見られます。その一方でこの道は集落の方にとってはなくてはならない道路だし、飯田線の中井侍駅や小和田駅に到達できる唯一の道。従って林道といいつつも、ほぼ生活道のような位置づけになっているのが垣間見えました。

ちょっと対岸を見れば別の集落が見えたりして、一体どんな生活を営んでいるんだろう。

だいたいずっとこんな感じの道が続く

で、そんな集落がもちろんこの林道沿いにもいくつか登場してきます。前触れも何もなく突然道の脇に家屋が数件現れたかと思えば、また何もない区間がしばらく続くといった感じ。ただし集落があるところとそうでないところと明確に地形が異なっているようには見えないため、その昔にここに住むと決めた背景が知りたいところです。

このあたりはどこも斜面を削って畑や家屋を設けるスペースを確保しており、雰囲気としては以前走った遠山郷がまさにそれです。場所的にも近いしほぼ同じような立地条件だしで、色々似ているのは自然か。

すでに天竜川との高低差はかなりのものがありますが、付近の山の中に支流となる小さな川を見つけたので水はそこから確保していたと思います。

山を回り込むと、さっき自分が通ってきた集落が向こう側の山の斜面、その中腹あたりに見えました。走っている最中では今どれくらいの高さにいるのかよく分からなかったけど、こうして遠方からだとよく理解できる。

中井侍でも同じような光景を見ましたが、別の集落が向こうの山に見えるというのはこのあたりでは珍しくないようです。それ以外に見えるのは一面の山、山。シンプルすぎるだけに、たまに集落に出会えたときはやはり嬉しい。

あと、個人的にはこの季節に走ることを決めてよかったと思いました。なんでかというといかんせん坂が多すぎるからで、温暖な季節だとマッハで喉が渇く→水分補給できなくて詰むというシチュエーションが考えられます。今回は立ち止まっていると寒いくらいだったので、水分の心配はありませんでした。

トンネルを超えてしばらく進むと県境があり、ここが長野県天龍村と静岡県浜松市との境。つまりここから先はずっと静岡県内を走る形になります。

変わるのは住所だけで道の様相は変化ないんでしょと思いきや、静岡県側の林道は金がないせいか陥没や落石が多かったり、たまにアスファルトが崩壊してたりと色々限界でした。場所によっては大きく凹んだ場所に雨水が溜まってたりもするし、土砂崩れもあったりで油断ならない。

しかも季節がら落ち葉が絨毯のように地面に積み重なっており、それに隠れるようにして落石があるので慎重に進みました。ライドは安全が一番。

小和田駅への入り口

そんな感じで進んでいくと、ついに秘境駅である小和田駅へ続く山道の入り口に到着しました。

到着したのは塩沢と呼ばれる集落で、小和田駅への道はその道路脇のガードレールの隙間にありました。

今でこそその存在を示す看板が立っているので分かりやすいですが、何もなかったら素通りしてしまいそうなほど何もありません。道についても駅ははるか下にあるので、この時点では駅らしきものは影も形もなし。所要時間は下りが約40分で、上りは1時間以上かかるようです。台風の影響でもともとあった道から大きく変貌を遂げているらしく、この道を通る人は非常に少ないでしょう。

なので、小和田駅を散策するながら飯田線に乗って訪問するのが一番だと思います。今回はその入口だけでも確認できたので十分満足でした。

遠くから見た塩沢集落

驚くべきは、このレベルの秘境でも周辺には普通に人が住まわれているということ。

小和田駅=秘境駅というイメージが強すぎて、今では全く人がいないところに駅だけが残っている…という構図を想定していましたが、そうではなかったというのが意外です。なお上の写真を撮っている最中に家屋方面から物音がしたので、住まわれているのは間違いありません。この土地で自給自足の生活がほぼ成り立っているということでしょうか。

廃校 水窪小学校門谷分校の散策

小和田駅を後にし、ここからは下り基調で大嵐へと向かっていきます。ただ、その途中で立ち寄るべきスポットがあったので停車してみました。

左にあるのが校庭の跡

到着したのは門谷という集落で、目当てにしていたのは廃校でありながら今でも校舎が残っている水窪小学校門谷分校です。何かの記事でその存在を知り、朽ち果ててしまう前に現物を見に行きたいと思っていました。

水窪小学校の本校は山の尾根を挟んで東にある水窪の町の中にありますが、ここ門谷のように登下校があまりにも大変な地区については分校が建設されています。この図式は全国どこでも同じで、共通点としてはやはり僻地にあるため生徒数が少なく、過疎になるのが早いということ。しかし門谷分校の歴史は長く、1879(明治12)年に個人家屋を間借りして開校し、1970年3月の廃校まで91年間続きました。記録によれば、最盛期の生徒数は46人だそうです。

旧水窪町には門谷のように小学校の分校が7箇所あったものの、建物が現存しているのはここだけ。まさに歴史を物語っている建物です。

門谷分校 全景
校舎前には遊具が残る
入り口

校庭跡にある神社の脇を上っていくと校舎があります。

廃校になってから50年以上経つのに相当状態が良いように思えますが、不定期で清掃などをされているみたいです。少なくとも今年の6月には、地域学習として水窪小学校本校の生徒を招くために整備をされたとブログにありました。

外観は確かに民家のようで、入り口部分の庇だけ赤い色になっているのが特徴的。なお玄関土間などはなく、段を上がったらそのまま屋内になっています。

分校内部の様子。

建物奥側(山側)は大きく陥没しているものの、入口側はそこまで傷んでいません。教室には椅子や机、黒板、楽器などがそのまま残されていました。木造であることがひと目で分かる構造で、朽ちかけている様子が哀愁を感じさせます。

下の神社

簡単に散策を済ませ、下の神社まで戻ってきた。

確かに廃墟然とした建物ではあるものの、どこか懐かしさを覚える雰囲気が漂っているのは錯覚ではないと思う。こうして後は自然に還っていくだけという施設は全国各地にあるので、タイミングが合えば少しずつ紹介していきたいと思います。廃墟目的でどこかに行くことは自分としてはないと思われ、あくまで旅の中の要素の一つとして捉えたい。

県道の終わりと秘境駅 大嵐

廃校を過ぎ、まずは林道天竜川線の終点である大嵐まで下りたいと思います。

分岐を左へ進めば水窪へ

大嵐までの道中には三叉路があり、ここを東へ進めば水窪の町へと進むことができます。今回は移動手段が自転車なので通行可能のようですが、目的地はあくまで佐久間なので天竜川方面へ。

なおこの辺りで道路整備?か何かをしている軽トラと遭遇した結果、こちらが自転車で来ていることが意外すぎたのかガン見されました。まあ仕方ない、自分だって二度見すると思うし。

林道天竜川線の終わり

そして、林道天竜川線を無事に生還しました。最後の方は急な坂道が連続することに加え、落石と落ち葉のオンパレードだったのでかなり肝が冷えました。32cという比較的細いタイヤで来て正解だったかもしれない。

下りきったところには巨大な標識がありますが、ここに「水窪市街」って堂々と書くのはヤバいと思う。もし車で来ていて、これを信じて進んだら地獄を見ます。

林道終点近くには大嵐駅があり、整備関係の方が待機されていました。この大嵐駅は自分こそ順当に道を走ることで特に問題なく到達できていますが、車で来るのはかなり大変。北と南、どちらから来るにしてもくねくねした県道を走る以外にありません。

ここから橋を渡って右岸に渡り、後は順当に南下していけば佐久間に到着します。ただ、その前にこの大嵐駅前を走る県道288号線の終わりを見に行ってきました。

中はかなり怖い

そこに至る道がこれで、大嵐駅前を奥に進んでいくと急に大きなトンネルが2つ登場してきます。

これらのトンネルは第一夏焼隧道と第二夏焼隧道といい、旧飯田線のトンネルをそのまま道路に転用しているもの。かつての飯田線は天竜川に沿って佐久間まで続いていましたが、佐久間ダム建設に伴って佐久間〜大嵐区間が水没してしまうことから、現在の水窪経由のルートに変更されました。

今ではトンネルの先にある夏焼集落への行き来のためだけに整備されているトンネルであり、旧飯田線時代の遺構をグラベルロードで走ることができるという素晴らしい体験ができます。「第二」の方に至っては長さが1233mもあって傾斜もしているものの、電灯はあって安心しました。

夏焼集落側の出口はこんな感じで、付近には廃車があったり詳細不明な倉庫があったりするのみ。

なお集落の方はすでに廃村となっていて、定期的に元住民の方が訪れて掃除などをされているようです。なので今回は訪れていません。

完全に廃道と化している

そしてこれが県道288号線の終点で、通行止めの先は見ての通り完全に廃道になっています。頑張れば通れるとかいうレベルではなく、もう完全に通行不能状態。道が自然に還ってしまっていました。

県道288号は佐久間ダム完成から用いられたものですが、主に土砂崩れによってその道のほとんどは失われました。こう捉えると少し寂しい感じはするものの、道の終わりという意味でこういった廃道を訪れるのも趣深いものがある。自転車は道を走るものなので道の状態は切っても切り離せないし、その一つとして廃道という存在があるのも忘れてはならないと思いました。

佐久間ダムの堤体

大嵐を後にし、対岸の県道1号に渡ってからは豊根村を経由して佐久間ダムへ到着。

この大嵐から佐久間ダムまでの区間は地図上だと大したことないように見えていたのですが、実際に走ってみると20kmくらいあって地味に時間がかかりました。走っているうちに完全に日が落ちてしまったし、なんせ人が通らないので虚無感がすごい。

ともあれ、さっきまで自分が通ってきた道の要因となった佐久間ダムを見れたのは良かったです。

天竜川水系の電源開発、飯田線の迂回、道の生まれ変わり。今こうして自分が通ってきた道にはすべて歴史が詰まっている。林道もそうだし、県道も同様に古くからあるものだ。そこを走ることで、普段とは別の体験ができたような気がした。

列車行き違い中に駅に降りて撮影

その後は無事に佐久間に下り、スーパーで適当な夕食を調達して佐久間駅から輪行で帰還しました。最初に中部天竜駅でこの辺りに飲食店はありますか?って駅員さんに聞いたら「この辺りにはなんにもないよ」って返答されて絶望してました。まあスーパーあったから良し。

肝心の飯田線については、豊橋方面からの下り列車には学生を含めて大部分の席に乗客が座っていたので驚きました。利用者めちゃくちゃ多い…って思ってたら、水窪駅や平岡駅等で次々と生徒が下車していって最終的には自分ひとりに。車窓からの景色については完全にで、外は山ばっかりで街灯すらないので何も見えません。何も。

中には「えっこの駅で降りるの??」っていう駅で降りていった人もいたけど、近隣の方にとって飯田線はなくてはならない存在になっている。それを実感できた気がしました。

おわりに

当初は単純に天竜川沿いを走るかと思って計画したところ、終わってみれば景色というよりは「道」に思い入れが強くなったライドでした。

どこも歴史が古い道ばかりで、様相にも富んでいるので走る上でまったく退屈しないのが良いところ。特に林道については点在する集落や紅葉も含め、出会うものすべてが新鮮に感じました。集落の方にとっては林道天竜川線は生命線そのもので、そこを自分も走ってみることで道をつくること・整備することの大切さを体感することができたと思います。

今回のライドで久しぶりにダートを走る楽しみを再認識できたことだし、適度に荒れた道を走るのもたまにやっていきたい。せっかくグラベルロードを持っているんだし。

おしまい。

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