島根県江津市の山間部に位置する有福温泉はそのひっそりとした佇まいから、静かな雰囲気が好きな自分にとっては居心地のいい場所。同じ島根県内では、昨年訪れた温泉津温泉と並んで好きになった温泉街です。
島根県は全体的に自分が好きになる要素が満載な県でもあります。
そもそも神話の舞台になっているほどだし、山間部・海沿いを問わずに落ち着ける場所が多い。山陰を代表する風景が目白押しということで、今後も訪れる機会は多くなると思います。
今回はその有福温泉に一泊してきたわけですが、その際にお世話になったのが三階旅館という宿。その名の通り木造三階建ての見た目が非常に特徴的で、有福温泉の建物の中でもひときわ目立っている宿でした。
お殿様の隠居旅館
有福温泉は比較的小規模な温泉街で、日帰り湯は全部で三箇所あります。
今日ではこれらの日帰り湯に訪れる客がほとんどのようで、一泊してまったりする人はどちらかと言うと少数派な様子。もっとも、旅館の数自体も少ないので自然な流れなのかもしれません。
三階旅館は当初、江戸末期に石見地方のお殿様の隠居の館として建てられたもので、旅館としての営業を始めたのは明治2年(1869年)のこと。江戸末期というと1860年代とかその辺りなので、だいたい160年前から存在する建物ということになります。
その当時は「振縄館」という名前だったそうですが、営業を続けていくにつれて町の方から親しみを込めて「三階さん」と呼ばれていたことから、名称を三階旅館に変更されたそうです。まだ三階建ての建物が珍しかった時代なので(今でも珍しいけど)、なおのこと愛情を持って呼ばれていたことは想像に難くない。
館内散策
1階
建物の構造としては1階が受付とロビーになっていて、ここから旅館の内湯へと行くことができます。
客室は2階と3階にあって、階段がそこそこ急なので3階の場合だと年齢次第では移動がやりにくいかも。
建物としては先程書いたように江戸末期の建物で相当の歴史があるものの、各所に改修等が施されているため内部はかなり新しい印象を受けました。なので、滞在中に特に不自由を感じることはなかったです。
2階
今回泊まったのは2階への階段を上がってすぐ左手にある「ききょう」の部屋で、位置的にはちょうど1階のロビーの真上にあります。ご覧のように2人でちょうどいいくらいの広すぎず狭すぎずの広さ。
客室はそれぞれの階にある廊下を挟んで玄関側(通り側)と山側に分かれていて、山側についてはおそらく展望は望めないものと思いますが、玄関側については眺めがいいです。特に桔梗の部屋からは日帰り湯の「御前湯」と「やよい湯」方面への見通しがよくて、旅館の前を歩く温泉客の様子もよく見えました。
三階旅館の3階へ
有福温泉自体が山の斜面に沿って形成されているためか、縦方向にスペースを広げるために三階建てにしたのだろうと想像してみたり。当時の建築技術だと建てるのが相当大変だった様子。
なので、一つの階の客室数は多くありません。2階は玄関側2の山側2(うち山側の一部屋は食事用になっていた)、3階も同じような造りなので部屋数としては合計で8部屋くらいあります。
もっとも、女将さん曰く今では多くても一日に2~3組しか客をとらないようにしているとのことなので、すべての部屋が埋まるということはないみたい。
で、冒頭でちょろっと述べた別棟の存在。あれは実は3階にある特別部屋へと繋がっているとのことなので、女将さんに許可をいただいて拝見することにしました。
拝見した3階玄関側の二部屋は一人で泊まる際にちょうどいい広さで、特筆すべきは窓際の下部に格子があることです。
格子のすぐ向こう側は壁になっているので外に直接つながっているわけではありませんが、当時のものが今も残されているというのがいい。必要な箇所は時代に合わせて新しくしつつも、純和風の趣は失われていない。理想的な改修の仕方だと感銘を受けました。
その特別部屋というのが突き当たりにある「まつ」の部屋。
なんと三部屋が襖で区切られていて、こんなに広くていいのかってくらい広いです。デフォルトだと二人用みたいな感じで設備が設けられていましたが、ここを二人で使えるなんてなんて贅沢なんだろう。ここだけ別料金ですって言われてもすんなりと受け入れられるくらいに特別感を感じました。
旅館で過ごす時間をより充実させてくれる要素の一つに広縁の存在がありますが、広縁から町並みを見下ろすように眺められるというのは実に素敵なことじゃないでしょうか。ここに座って酒を飲みながら夜景を眺めたりすることもできちゃうわけです。
食事
三階旅館の食事はすべて女将さんのご主人が料理されているとのことで、どれも非常に凝った内容でした。
夕食の献立は山陰地方ならではのカニやほたるいかを中心とした料理で、カニ味噌で作った豆腐やヤマメの塩焼き、刺し身はブリが中心、天ぷらはこごみやしいたけ、ほたるいか、タラの芽などがあり、山と海の味覚を同時に楽しむことができます。
一品一品に手間暇かけましたというのが何も言わなくても伝わってきて、これらの料理と地酒をセットでいただけるという事実に幸せ以外の感情がない。ご覧の通り色彩的にも豊かで、目で楽しんだ後に舌でも楽しめます。
朝食には珍しくサバの塩焼きが出てきて、サバが大好きな自分としては白米の消費が追いつかないほど。
とにかく、鄙びた宿で雰囲気に浸りつつ食事も非常に満足のいく内容ということであれば、もう言うことがない。三階旅館はまさにその理想を体現したかのような素敵な宿で、今回の有福温泉訪問の嬉しさや楽しさが何倍にもなりました。
おしまい。
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