今回は栃木県那須塩原市にある板室温泉 水清館に泊まってきました。
那須塩原市や隣の那須町の山間では数多くの温泉が集まって那須温泉郷を形成しており、板室温泉もその中の一つです。すぐ西へ向かえばこれまた大きな規模の塩原温泉郷があるほか、山を超えて福島県に入ればまた別の温泉がたくさんあったりとこの一帯はとにかく魅力的な温泉が目白押し。自分の好きな古い旅館もまた多いことから、この地へは数年前からタイミングを見計らって訪れるようにしています。
水清館はこの地で昭和50年5月に創業し、現在では女将さんとご主人の二人で営業されています。創業当時の利用客は老人会や婦人会といった団体客が多く送迎もやっていて、最初の建物だけでは部屋が足りなくなったために新館を増築した経緯があります。
外観
まずは外観から。
板室温泉全体が県道266号(板室街道)に沿うようにして存在しており、水清館の建物もその県道の脇にありました。立地的にはいわゆる那須高原リゾートの西側に位置していますが、板室温泉周辺を通って那須高原まで向かう車は少ないためか交通量は少なめ。周りの有名どころのスポットと比べると静かな空気が漂っています。なお板室温泉にある宿はいずれも独立して建っているため温泉「街」という雰囲気は少ないように感じられました。
水清館の建物としてはすでに述べた通り、フロントや温泉がある本館と左手前に伸びている新しめの新館から構成されています。








県道からよく見える白い建物が新館で、そしてただ県道を走っているだけでは見えない奥まったところに本館が建っています。女将さんの話によれば新館の向かい側には他の旅館が建っていたようですが、今では跡形もなく更地になっていました。
水清館本館の特徴を一つ挙げるとするなら、他の宿ではまず見かけない「平屋」であるということ。宿に限らず一般的な木造建築は部屋数を確保するために2階(又はレアだが3階も)があるのに対して、水清館本館は1階のみというシンプルな造りをしています。周りをよく見渡してみると敷地が広めなため当時は平屋でも十分だったのか、縦方向の移動を無くすために平屋にしたのか。これについては他にあまり例がないためとても新鮮に感じました。
本館前にはたくさんの植物が植えられているほか、本館背面の山の緑もあわさって建物全体がまるで自然の中に溶け込んでいるように見えます。投宿前から平屋ならではの特徴が目に入ってきて興奮してきた。
館内散策
本館 玄関~廊下~客室
続いては館内へ。
水清館本館は2階がない平屋構造なので平面方向に大きい、具体的には奥行きがある建物なのかと思いきや、本館の構造は驚くほど最小限にまとまっているものでした。まず玄関を入ってすぐ右側にフロントと玄関ロビーがあり、そのまま右へ進むと温泉があります。逆に左側の廊下を進めば客室エリアへと向かう形となって、要は建物の奥行きがほとんどありません。
今まで泊まってきた歴史ある温泉旅館は街道筋に建っていることが多く、隣の建物との距離がほとんどないために間口が狭くて奥行きが長い構造を持っているところがほとんどでした。その視点から見ると水清館本館は全くの逆で、横に長い土地を有効に活用した構造をしています。






水清館は家族経営ということもあってフロント周辺には色んなものが置かれています。こういう和やかな雰囲気は旅館というよりは日帰り温泉で見かけることが多く、ビジネス的な面があまり感じられない素朴でフレンドリーなもの。これはこれで好きですね。



フロントの向かい側には玄関ロビーがあります。



玄関ロビーを過ぎて先へ進むと洗面所があり、その奥に男女別の内湯がありました。ここだけ切り取るとどこかの家庭の洗面所にも見えますね。良い意味で旅館らしさがなく、肩の力を入れずに気楽に過ごせる柔らかさがあると思います。




玄関まで戻って今度は左側の細い廊下を進んでいくと、廊下の左右にトイレや客室が配置されています。これらの本館の客室はメインでは使われていないようですがいずれも稼働状態にあり、この日は工事関係者の方々(5名)が泊まる部屋になっていました。



本館の客室の様子はこんな感じ。
一番上に写っている部屋は8畳間×2で、今回は1組の宿泊人数が多いため中央の襖戸を取っ払って一部屋にしています。見たところ設置式のエアコンの代わりとしてスポットクーラーと扇風機があり、窓は腰の高さから上に設けられている比較的最近のタイプでした。昭和の時代に建てられた客室は床の間や天井といった内装をあまり凝らずにシンプルにするというイメージがありますが、ここも結構その色が強いです。
本館にはこれらの部屋を含めて客室が6つほどあるようです。
新館 階段~廊下
さて、この日自分が泊まるのは本館の横にある新館の客室。
本館に比べると新館の方が設備が充実していることから、自分のように観光で宿泊する場合はどうやら新館の部屋に案内されるみたいでした。部屋から本館にある内湯への距離は本館客室と比べると多少遠くなるものの、後述するように新館に近い露天風呂もあるのでそんなに困らなかったです。






本館と新館は屋内で直接繋がっているわけではなく、それぞれが建物として独立しています。従って本館の戸を開けて一度屋外に出た後、本館脇に通っている廊下を県道方面に歩いて新館に入る形となります。
この「一度外に出る」という行為を億劫に感じる人もいる一方で、自分は案外好き。その日の宿での宿泊を開始すると翌朝のチェックアウトまでずっと屋内で過ごすことになり、意識しないと外に出ることはない。しかし例えば部屋から温泉への経路の中にこういう区間があると、屋内だけではなく半ば自動的に屋外の空気を感じられる。時間帯が昼から夕方、そして夜へと移り変わっていく中で旅館周囲の環境も徐々に変化してきて、この夏の季節だとそれがより顕著。後で述べるように、外へ出ることで夏の夕方という個人的に好きなシチュエーションを直で体感することができました。

この廊下の途中に露天風呂「長寿湯」への入口があります。


新館1階は駐車場や物置になっているため部屋は2階にしかなく、新館に入るとまず2階への階段があります。階段の上には洗面所とドライヤーがありました。



客室×2部屋を通り過ぎて廊下を更に進むと男女別のトイレ、洗面所、冷蔵庫、そして今回泊まる最奥の部屋があります。新館自体が本館よりも後に建てられたため内装も綺麗になっており、トイレもかなり最近のもので憂いはありません。
というか、客室からこれだけ近いところに洗面所とトイレがあるので過ごす上での利便性がとても良い。この日新館に泊まるのは自分だけだし、移動距離少なめでのんびり過ごせるというのは気持ち的に大きいです。
新館 泊まった部屋
今回泊まった部屋は新館2階奥の部屋で広さは8畳。設備はテレビ、床置きタイプのエアコン、ポット、扇風機があります。アメニティは浴衣、タオル、バスタオル、歯ブラシがあり、これらは準備する必要はありません。部屋全体が県道に面しているため水清館の客室の中では物音が大きめですが、交通量はそんなに気にならないレベルです。
部屋の4面のうち2面が窓になっているため室内がとても明るいほか、やっぱり畳敷きというのがとても良いですね。夏場は畳に寝転がって扇風機の風を浴びながら昼寝するのが一番だし、畳敷きかどうかは快適性に大きく影響します。あと廊下方面への風通しもよく、窓と襖戸を開け放っていると気持ちのいい風が部屋の中を吹き抜けていきました。








女将さんに部屋まで案内していただき、持ってきてくれたアイスコーヒーを飲みながらまずは一息つく。夏場の湿度の高さがまるで霧散していくような、よく冷えていて美味しいアイスコーヒーでした。
今回の夏の温泉旅における移動手段はすべて車であって、宿から宿へと向かう道中はそこそこ気を使います。しかも連日の猛暑で外に出ること自体が億劫になる中で、日程によっては結構な距離を運転することもあって精神的に疲れてしまう。そのぶん、宿に到着したときの安心感はかなりのものになります。
夏の平日に人が少なくて静かな温泉旅館を訪問し、肉体と精神を休息させていく。すでに昼を過ぎて夕方に向かいつつある時間帯の中でこれだけ寛げるというのはなんか夏休みって感じがして、冬や春の宿泊とはまた異なった良さがある。
温泉
部屋にいても特にやることがなく、しかも投宿してしばらく部屋でまったりしていたら夕立が降り始めたので早速温泉へ。
- 源泉名:新板室温泉組合源泉
- 泉質:アルカリ性単純温泉(アルカリ性低張性高温泉)
- 泉温:44.3℃
- pH:9.5
- 知覚的試験:ほとんど無色透明及び無味無臭である
- 適応症:神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、関節のこわばり、くじき、慢性消化器病等
水清館には男女別の内湯がそれぞれ1箇所と新館手前に露天風呂が1箇所、計2箇所の温泉があります。いずれも24時間入ることができ、温泉の効能を直に味わえる源泉かけ流しの湯です。なお水清館では最近漏電があったため、フロント右側から温泉にかけての区域は電灯が点きません。なので夜に温泉に入りに行く際は脱衣所に置いてあるLEDランタンを持って浴室内に入る形になっていました。この記事を書いている今現在は流石に復旧しているはずなので灯りの心配はないと思います。





男湯の浴室はこんな感じで、全面がタイル張りになっています。
温泉の雰囲気を左右する要素の一つに浴室の造りがあって、その中でもタイル張りはレトロな印象を強く感じさせるもの。水清館の場合は床の色が薄い茶色、浴室の壁や浴槽の壁が透き通るような水色、湯船の縁が黒色、そして湯船の底がエメラルドグリーンのような色のタイルで構成されていました。ここが建物の中ではなく海の底のような、夏場の中にあって暑さをあまり感じないような…。そんな清涼感のある空気が全体的に漂っている。
あとこれは自分だけだと思うけど、湯船の縁が直線ではなく緩やかな円弧を描いているところにグッときました。直線のみの構造と比べるといくぶん柔らかい印象を受けます。

壁の一部に組まれている岩の中から温泉がとめどなく注がれています。


意を決して温泉に浸かってみる。
自分は宿選びにおいて下調べをあまりしないため、源泉温度が44.3℃と結構高めなことも到着してから知りました。夏の暑い日に温度高めな温泉に入るのは体験としてどうなのか…と思って入ってみたところ、夕立が降っていて外気温がそこまで高くないせいか割と長く入れた感じ。
涼しさを感じる浴室の色使いの効果もあって、普段だったらすぐに湯船から出てしまいそうになるくらいの熱い温度には感じられません。熱い温泉に入ることによって疲れが一気に抜けていく気がして、夏場の高温泉って案外アリなんじゃないかと思えてきた。


この日の宿泊者は男性のみだったので女湯の方を見学させてもらいました。タイルの色使いや湯船の構造などは男湯と似ていますが、湯船の広さは女湯のほうが2倍ほど広いです。
続いては露天風呂へ。


露天風呂の入口は本館から新館へ向かう途中にあり、スリッパからサンダルに履き替える必要があります。
本館屋根に設けてある庇があまり大きくないため雨の日は多少濡れますが、露天風呂はおそらく人が少なくて長湯ができる穴場ポイント。じっくり入りたいという場合はこちらの方がおすすめです。






露天風呂の建物は木造なのに対して、湯船は頑丈そうな石で造られていました。また内湯と同様に露天風呂も源泉かけ流しで、溢れた湯が湯船の端からオーバーフローしているのが分かります。
温度については外気温に晒されているぶん内湯に比べて少し控えめになっていて、なおさら夏場でも入りやすいです。結局露天風呂に入りに来ていたのは自分しかいなかったため、時間帯を問わずにまったり入ることができました。

夏の時期ということで一日を通じて気温が高く、温泉に入った後もしばらく熱が持続していたため玄関ロビーで休憩。そしたらどこからともなく現れた女将さんがアイスコーヒーを入れてくれて、ここ数日の様子などについてお話ができました。




この日は天候が急変することが多く、投宿してから豪雨だったり雷だったりと天気がかなり荒れていました。女将さんによれば最近は雨が降っていなくて久しぶりの雨だったらしいけど、16時くらいからはドン引きするくらいの土砂降りになる始末。なんかここ数年の夏の雨は夕立という生易しいものではなく、短時間に一気に降る激しいものになってて心配です。
雨は17時くらいに止み、そこからはひぐらしの鳴き声が旅館周辺に響いてきてとてもノスタルジックな感じ。温泉と部屋の間の移動の際には必ず屋外を通ることもあって、自分が夏の時期に宿泊しているということを強く実感できる時間帯となりました。近年は夕方や夜になっても気温があまり下がらないため蝉の鳴き声があまりしないなんていう声もある中で、雨によるものとはいえ気温がある程度下がってくれてひぐらしの鳴き声を聞くことができたのは運が良いです。
夕食~翌朝
高温泉に浸かって体力を消耗した後、部屋で寝転がって昼寝をしているといつの間にか夕食の時間。水清館の食事は夕食・朝食ともに部屋出しで、部屋で待っているだけでOKです。厨房から一番遠い部屋なのに部屋まで運んでくれて感謝しかない。食べ終わったら部屋の前に膳を出しておけば、後になって女将さんが回収しに来てくれます。





夕食の内容はこんな感じでボリュームがとても多く、煮物、湯葉、鶏の照焼き、野菜の天ぷら、丸かじりできるエビの塩焼きと品数も多いです。何よりも家庭的な手作りの品ばかりという点が特に好きになりました。
建物や内装・そこに置かれている品々は旅館というよりはどこかの家に泊まっているような親近感を感じさせるもので、料理もまた素朴で優しい味わいのもの。こっちは日頃のストレスを発散させるために温泉旅館に泊まりに来ているわけで、自分としては「旅先でこういう宿に泊まりたい」という要素が詰まった宿だと言えます。
夕食の後は再度温泉(内湯)に入りに行った後に就寝。夜になると内湯周りの灯りがないというシチュエーションが如実に影響してきて、ほぼ真っ暗な中でランタンの灯りを頼りに温泉に浸かる体験は貴重なものとなりました。あと就寝時については県道の交通量は案の定夜になっても増えることはなく、静かに眠ることができたため問題なし。
で、翌朝。
朝起きてテレビをつけたら山形県北部が豪雨氾濫というニュースが目に飛び込んできて、日本海側から山形県内陸部へ向かうために3日前に通った国道47号は最上川氾濫のために水没しているということを知りました。この時に泊まった宿は近くに大きな川がないため被害を免れたようですが、行程が少し違えば通行止め等で自分にも影響があったかもしれない。


露天風呂に入って眠気を覚ました後に朝食の時間。温泉に入っているときにはウグイスの鳴き声が聞こえてきたけど、ウグイスと聞いて連想するのは春の季節。板室温泉周辺はあまり気温が高くないということだろうか。
ともあれ、温泉と食事を満喫して水清館での一夜はこれにて終了。女将さんに挨拶をして、この日の宿に向けて車を走らせていきました。
おわりに
板室温泉 水清館は静かな温泉街の地にあり、滞在中は自然に囲まれた環境下で歴史を感じながら温泉に入ることができました。源泉かけ流しの温泉で温度は少々高めだと思いますが、季節を問わずに疲労を回復できる良い湯だと思います。食事についても女将さんの真心を感じられる落ち着きのある料理が並び、食べている最中には自然と笑顔になっていました。こういう家庭的な宿が好きな人にとっては心からおすすめできる宿だと思います。
おしまい。
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