今回は、福島県猪苗代町にある横向温泉 滝川屋旅館に泊まってきました。
横向温泉は安達太良山の北側に位置する標高1,080mの温泉であって、「上の湯」「中の湯」「下の湯」の3箇所から構成されています。滝川屋旅館はこの内の「下の湯」に該当し、その標高の高さから夏でも涼しいのが特徴の一つ。しかも後述するように源泉の温度が比較的低く、いわゆる夏向きの温泉でした。
夏に入ってからとにかく暑すぎる毎日が続き、こういう日に温泉に行くのはちょっと躊躇われがちです。しかし立地や温度を選べばむしろ温泉に入っている方が快適というわけで、滝川屋旅館には夏に訪問すると計画していました。今回はその願いが叶って感無量です。
滝川屋旅館への宿泊はその規模に反して1日2組までと限定されており、今日泊まるのは自分のみ。女将さんとご主人のお二人で経営され、今のご主人で七代目とのことです。
滝川屋旅館の歴史
まずは、滝川屋旅館の歴史から。
旅館の成り立ちについて女将さんに伺ったところ、下記の回答を得ることができました。なお女将さんはとても親切で、詳しく教えていただいて感謝しかない。
- 江戸時代の四代目将軍の時代(寛文元年、1661年)に湯を発見したのが初まりとされている。
- 江戸時代初期は伊達藩の勢力が強く、この地に道が通っていると途端に攻め込まれるということで道は存在していなかった。その後時代が落ち着いてきて会津藩の藩主がここに街道をつくろうと計画し、その調査の際に現在のご主人の先祖(会津藩で米を運ぶ仕事をしていた)が温泉を発見した。
- 発見に伴ってまず小屋が建てられ、その後の旅館業の創業は明治10年。最初は明治初期だとされていたが、書類を作る上で明確にする必要があってこの年にした。
まさかの明治時代から続く旅館に泊まることができて、長い歴史を感じながらの滞在が心地よかったことは説明するまでもないです。
周辺環境と外観
周辺環境
次は旅館の立地について。
滝川屋旅館があるのは、磐梯吾妻スカイラインの南側の起点よりも少し標高が下がった場所です。ちょうど前回のライドの途中では旅館へと続く道路(県道70号)を通った経緯があり、実はその際はもう数ヶ月後にはここに再訪するだろうな…とうっすらと計画してました。
ただし旅館の建物は県道からさらに奥に入ったところにあって、県道からだと影も形も見えません。
細い道をしばらく進むとまず橋があり、その先にある水車小屋の向こう側に旅館の建物が連なっています。水車小屋からは細い水路が旅館へと続き、後述しますがこの水路が温泉付近では小さな滝になっていました。
非常に見にくいけど水車小屋の向こう側の森には石垣が作られていて、石垣の意味は下記の通りです。
- 発見当初は今の水車小屋があるところから温泉の目の前の滝まで川が繋がっていたが、大雨のたびに氾濫してしまうので困っていた。
- そのため先祖が斜面上(玄関の右側奥)から水車小屋の背後まで続く長い石垣をつくって、氾濫から湯を守るために川を迂回させた。これについては現地に行くとよく分かる。
- 滝川屋の屋号は"滝と川の近くにある湯"に由来している。
湯の発見当初から現在までの間には石垣の建設によって川の流れを変更しており、川の本流から離れた水の流れを水車小屋に持ってきています。これによって旅館前の水路から温泉の前の滝までの水の流量を一定に保つことができ、大雨に左右されることはなくなりました。
そして、温泉が湧き出た場所の環境をそのまま名前にしてしまうという素晴らしさ。温泉からは滝の様子を見ることができ、江戸時代から大きく変わっていない情景を感じられるというわけです。
建物外観
以上の前置きを経て、旅館の外観を見ていくことにしました。
滝川屋旅館の建物は横方向にも縦方向にも大きく、見るものを惹きつける魅力があります。建物の前は広場になっているので視界的に開けており、建物上空の青空を含めた「周辺環境のスケール感」と同じくらいの圧倒的な存在感が感じられる。
というか、まず旅館の建物が巨大というのが自分好みです。建物が大きいということは館内が広いことに他ならず、これは散策がより一層充実したものになりそうな予感がする。
建物の構成としては、大きく分けると玄関を含めたメインの旅館部(木造3階建て)と、左手前に突き出した自炊部(木造2階建て)から構成されています。
- 旅館部
-
奥側の横一直線に繋がっている棟で、対する自炊部は見るからに古そうな外観をしているので分かりやすいです。直近だと昭和47年に建て直され(玄関ロビーに一つ前の建物の写真がある)、骨組みはそこから変わっていませんが、東日本大震災の時にちょっと揺れたので宿泊者が泊まるところはリフォームして新しくなっています。なんとWi-Fiまで飛んでます。
- 自炊部
-
旅館業を初めた明治初期に建てられた棟で、内部構造はなんと創業当時から変わっていません。昭和に保護のため内部を覆うように外周部分が増築され、ベランダのように周り廊下が形成されています。なお自炊部の1階には女将さんの祖母さん?が住まわれているため、アクセスできるのは2階のみとなります。
旅館部の建物は自炊部と接続されているところを堺にして左右で年代が大きく変わっていて、左側については前述の通りに新しくなっています。
ちょうど旅館部左側と自炊部との間くらいに川の流れがあって、これが左方向の温泉前へと流れています。
玄関前の池にはカエルなどがいて、泳いでいるのが見えたりしました。
池に限らず、滝川屋旅館の周辺は本当に自然が豊かです。森に囲まれた地形というのもあるけど、水車小屋周辺の多種多様な草花や植木が見事で精神が休まりました。これだけの広さを誇る敷地内を一体どうやって管理されているんだろうか。
自炊部の外観を別角度から。
自炊部の構造は一番真ん中に客室、その外周側をぐるっと囲むようにして廊下が回っています。そして屋内と屋外を隔てる窓を介して増築部分へと切り替わり、屋外の廊下がさらに外側にあるという二重構造。この屋外の廊下によって内側部分が保護されている形です。
増築した理由は明確ではないものの、一帯は積雪量がかなりあるので雪から守るためと考えるのが自然です。古い木造建築なので補強は必要。
外観を確認したところで、早速館内へ。
なお滝川屋旅館のチェックインは14時から可能で、もちろん14時に到着するように時間調節をしました。14時からだと一般的な宿に比べて自由な時間が多く確保できて嬉しいです。
館内散策
旅館部 1階玄関~ロビー
旅館部に入る前に、はじめに滝川屋旅館1階の構造について説明しておきます。
上の平面図に示されている通り、玄関は旅館部の右端に位置しています。
玄関を入って導線は左へと進み、帳場や売店を経て客は2階へと上がっていく形。下の方に書いている13番、14番、21番、22番の客室はいずれも自炊部の客室で、現在では入ることはできません。
さらに左に行くと広間や洗面所、トイレがあり、左端に行き着くと温泉があります。
旅館部において玄関がある部分は建物全体が建っている斜面の一番上にあたり、昭和29年に建て替えられました。
滝川屋旅館の顔ともいえる玄関は間口も奥行きも非常に広く、ここだけ切り取るととてもお二人で経営されている宿とは思えません。過去に玄関周辺の風景だけで感動した記憶はあんまりなくて、玄関を構成している木材の大きさからも厳かな雰囲気が伝わってきます。
玄関の構成はまず軒先に突き出た屋根部分があり、ここは庇が二重に延長されているような構造になっています。その内側に通常の玄関があって、なんか普段泊まっているような宿と比べると屋内が遠く感じられる。
軒先が広いため天候に左右されずに玄関先で色々な作業を行うことができるので、これは旅人にとっては大変ありがたい造りです。特に湯治が盛んだった昔は一度に大人数が泊まるものの、玄関土間の大きさも相まって屋内⇔屋外の移動に全く支障がない。
度肝を抜かれたのが、玄関正面のこの景色です。
そこにはまるで神殿のような場所が広がっていて、インパクトがありすぎるあまり一見すると玄関だとは気が付かないレベル。
目の前に見えるのは石…にしてはやけに巨大な大岩。
その左横には木造かつ幅広の階段が2階まで続いており、上を見上げると広々とした開放感のある空間が広がっている。大岩の手前には小さな庭のような場所もあって、外観ですでにテンションが上がっていた自分にとっては刺激が強すぎた。
この大岩は女将さん曰く「最初からあった」そうで、近くの安達太良山がそうであるように火山由来のもの。しかも大岩を館内に設置したというよりは、むしろ大岩があった場所に旅館を建てたのではと思うほどに大きいです。
今まで木造建築を前面に押し出した旅館には数多く出会ってきたのに対して、玄関に大岩があるのは初めてだ。
玄関土間周辺は限りなくフラットな造りで、引っかかるようなところはありません。
玄関自体が旅館部の右端に位置しているため、宿泊客の導線はそのまま左側に向かうか、もしくは正面の階段を上って2階や3階にいく形になります。
ただし帳場やロビーは左側にあることから、まあ普通は左側に向かうことになると思われます。なお今回泊まる部屋はどちらかでも向かうことができ、部屋までの距離には大差ありません。
玄関を上がって左に進んでいくと、廊下の左側には外で見かけたもう一つの入口があって薪等が保管されていました。ロビーには薪ストーブが置かれているのでそれに使うようです。
廊下の右側にはご主人の書斎があり、書斎の前の壁には明治43年10月末日に撮影された滝川屋旅館の写真(タイトルは「岩代耶麻郡横向の温泉下之湯」)が展示されていました。
旅館業を初めたのが明治10年なので、創業当時から建物は大きくは変わっていないと思われます。なお昔は茅葺屋根が主流であるため、建物全体が茅葺屋根になっているのが確認できます。
写真に写る滝川屋旅館の右端にあるのが現在の自炊部であり、現在と同じく建物は左側へと続いています。一番左、白い屋根の部分が温泉であって、これも現代と変わっていません。
そして、ロビーに続く部分に展示されているのが昔の「横向下之湯」温泉の案内。案内には成分分析や効能が記されていて、当時のことを知るには貴重すぎるものでした。
一番左側には「本泉発見 寛文元年八月捨五日 福島縣岩代耶麻郡 吾妻村字 横向温泉宿 瀧川屋號 内湯旅館 阿部庄八」と読めます。阿部庄八という方が昔のご主人の名前で、今のご主人(阿部さん)の先祖にあたる方となります。
効能の部分には「尚子無き婦人入浴せば確かに妊娠す」とあるので、滝川屋旅館が婦人の名湯と呼ばれるのも納得。
その先には斜面下へと標高を下げるための段差がありますが、館内では斜面方向に移動していくに従ってこのような小さな階段が順次登場してきます。階段があるところで建物が切り替わっており、同時に年代も変化している様子でした。
階段の先にはロビー(居間)と厨房があって、階段から見て右側が厨房です。女将さんやご主人はもっぱら厨房横の団らんスペースにおられるらしく、ここ以外で見たことがありませんでした。
ロビーは基本的に窓が開けっ放しになっているので風通しがよく、標高が高いこともあって快適です。
というか玄関からロビーに至るまでの空間がずっと広いままで、屋内に入ったという感じがあんまりない。ロビーについても置かれているものは比較的少なく、整頓されているので床面積の大きさが強く感じられました。
後は薪ストーブが真ん中に付近にあるので、冬場は相当快適に過ごせそうです。
ロビーから更に先に進むと2階への階段があります。
階段を上らずに奥へ行くと食事会場及び温泉へと入口があり、基本的にはこのロビーから建物左側のみで行動が完結する形。
あと個人的に気になったのは、昔から館内で使用されていたと思われる道具類や表示が多く残されているという点。
前述の通りに建物自体は順次改装されて新しくなっていますが、通常だったら残しておくのが必須ではない金庫や電話機がそのまま保存されているのが驚きでした。館内表示や展示物に至ってはここにしかないような品もあり、さながら小さな博物館のようです。
話によると特に先代のご主人が経営に熱心な方で、古いものを廃棄せずに残しておいたそうです。なんでも旅館前にある水車小屋も、先代によって建てられたとのこと。
時代の流れは常に一方通行だけど、滝川屋旅館のように古いものを大事にされている方針は本当に素晴らしい。
階段の奥の廊下が旅館部1階の左端に相当し、ここには食事会場や洗面所、夕食時に提供する用の酒類の冷蔵庫等が置かれています。食事会場については今回泊まる部屋のちょうど真下に位置しているため、階段を下るだけでアクセスできるのでとても近いです。
その先にある下り階段を下ると温泉へ行くことができますが、宿泊客が2組の場合には家族風呂形式になるため、この階段のところに"今入ってます"のためのホワイトボードが置いてありました。もっともこの日の宿泊者は自分ひとりのため、時間を気にせず温泉に入りに行けます。
ここでちょっとご紹介すると、滝川屋旅館にはケンシロウという犬がいます。
年齢は13歳で、基本的に厨房やロビー、玄関あたりをうろうろしている様子。特にロビーに行ったときには向こうから近寄ってきてくれて嬉しい思いをしました。
旅館部 2階廊下
続いては2階へ。
2階には宿泊客が泊まる部屋があるほか、トイレや洗面所も完備されているので滞在中に大きく移動する頻度は高くないです。
2階及び3階平面図は上記の通りで、滝川屋旅館における客室は2階より上に集中していました。創業当時から宿泊客自身が自炊をしながら長期滞在する湯治方式が主流であったため、部屋数がとても多いです。
上の写真で言うと自炊部の客室(15~17番、23番、24番)以外は旅館部の客室に該当しますが、旅館部だけでも客室数は24ありました。3階については共用設備はなく、客室のみのシンプルな構造です。
階段の2つ目の踊り場を左に向かうと、自炊部2階の客室に繋がっています。
階段を上り切って2階に着きました。
今回泊まる部屋がある比較的新しい部分は階段上から左側で、比較的古いままが保たれている部分は右側の部分。右側については、廊下の途中に3階への小さな階段が繋がっているのが見えます。
玄関正面に見えた階段の先は1階から2階、そして2階から3階へ行くことができるので、ここの階段と合わせてそれぞれ導線が2箇所確保されている形です。
まずは、古い方へと歩いてみました。
階段を上がってすぐ正面にある部屋(滝川屋フォトギャラリー)には古い写真や道具類、伝統的な民芸品(こけし)、新聞の切り抜き等が所狭しと並べられており、とても見ごたえがありました。
部屋自体がこじんまりとしていて居心地がよく、窓から差し込む柔らかな光が室内をほのかに照らしている。なんだかここにずっと居たくなるような、そんな不思議な時間が流れていきます。
それにしても滝川屋旅館の古い写真が思いのほか多くて、宿泊施設の過去の写真を撮る機会がこんなにあったとは予想外でした。他の旅館では写真があったとしても数枚くらいだったし、これも先代のご主人によるものなのだろうか。
廊下を進んでいくと壁に丸窓が設けられている印象的な一角があり、丸窓横の客室からは玄関前を一望することができました。一見すると奥まったように見える部屋にもちゃんと窓があって、玄関前の空間が広いため窓からの眺めもまた良くなっています。
その先の廊下や階段は大岩と半ば一体化しているような構造をしており、とにかく大岩を基準にして建物が建っていることが理解できる。
2階階段上からの眺め。
玄関入ってすぐ正面に階段を配置しているのは古い旅館でよく見られる造りだけど、滝川屋旅館では玄関前を文字通り「見下ろす」ことが可能。何回も言いますが、玄関の空間を占める体積がここまで大きい旅館は個人的に初めてでした。
玄関の間口も広いので屋外から屋内に差し込む日光の量も多くなり、館内がとても明るく感じます。
続いては歩いてきた廊下を戻り、泊まる部屋の前に続く側の廊下へ進みました。
こちらの廊下はリノベーションされて新しくなっており、清潔なトイレや洗面所があります。
これらの設備は客室の真ん前にあるので利用しやすく、そもそも1日2組までなので順番待ちをすることもたぶんありません。屋内で過ごす人数の割には館内がとにかく広大に感じられるものの、これによって贅沢過ぎるほどの快適さが生まれています。
個人的には古い旅館であっても水回りは新しくなっていた方が嬉しく、その点では滝川屋旅館はまさに完璧。新しくしておくべき場所は新しく、古くても問題ないところはそのままという経営方針が見事です。
旅館部 2階 泊まった部屋
今回泊まったのは上記の廊下に面している「花春」の客室で、広さは10畳+広縁。
設備はテレビ、ポット、金庫、扇風機があり、アメニティとして浴衣、タオル、バスタオル、歯ブラシがあります。エアコンは設置されていませんが、標高が高いため15時くらいからは扇風機すら不要になるほど涼しく、少なくとも夏場は不要です。
冬場はどうなるのかちょっと聞き忘れたけど、たぶんコタツやファンヒーターが置かれるのではと予想。
部屋自体の内装はシンプルで置かれているものも少なく、広いからといってあれこれ詰め込みすぎていない感が好き。なお布団はすでに敷かれているのですぐに昼寝をすることもできます。
今日は自分一人しか泊まっていないので客室の入口を開けっ放しにしたところ、窓から入ってくる風の通り道ができてなおさら涼しい。
電気機器に頼らずとも、自然だけで涼を得られるのは完全に立地が良いからです。今頃下界は暑そうだな。。とか思いを馳せてみると嬉しさも倍増する。
広縁からの眺めはこんな感じで、向かって左側に自炊部の左側面が見えています。
あと真下に視点を移すと外にいるときに見えた川があって、緩やかな水の流れをぼんやり見ているだけで心が休まりました。窓から見える風景が静のみでももちろん良いけど、適度に動きがある風景だともっと好き。
旅館部 3階廊下~3階客室
2階を散策したところで、続いては3階へ。
3階については(他の木造3階建て旅館の多くがそうであるように)宿泊用途に供されていないものの、驚いたのはどの部屋も大きく荒れてはおらずに定期的に清掃されているという点。一般的には使わなくなった部屋ってなんか開かずの間みたいに埃だらけになってしまうところ、滝川屋旅館ではそういう雰囲気がない。
お二人で旅館を維持されていくのは相当大変なのに、館内の隅々まで本当に意識が行き届いているという感覚。こういう宿はなかなか珍しい。
前述の通り3階には客室のみが配置されているため共同設備はなく、比較的細めの廊下の左右に客室があります。
訪問時は旅館前面に面した客室が換気されていたりして、少なくとも空気が停滞しているような様子ではありません。
客室は物置や布団置き場のようになっている一方で、中に保管されているもの自体は多くないです。どの部屋も適度に道具類があり、もともと使われていたと思われる机や囲炉裏、テレビ、床の間の置物などはそのまま残っていました。
ちょっと掃除すれば問題なく泊まれるんじゃないかという部屋も多く、天井を見ても雨漏りしているような箇所は見られません。おそらく3階部分は大きく改修されていないと予想するので、本来の構造がしっかりしているのだろうと思います。
建物の中央に廊下がある、つまり廊下自体に窓がない構造のために屋内は若干暗く感じられ、これによって3階全体が独特の光加減になっていました。
光量がオーバーフローしている開放的な1階とは見るからに対称的で、1階→2階→3階の順番で上ってきた身としてはまるで世界が変わったような感触。同じ旅館の館内とは思えないほどの切り替わり方です。
しかし3階は今現在使われていないというだけであって、完全に眠っているフロアではない。各客室の整頓具合を見て自然とそう考えていました。
最後は、もう一箇所の階段を下って2階へ。
自炊部 2階廊下~2階客室
旅館部の建物の館内は以上となって、続いては隣りにある自炊部へと向かってみました。自炊部へは旅館部2階の階段途中から廊下が伸びており、そこから入る形になります。
ネットの宿泊記録を確認した限りでは昔は自炊部にも泊まれたみたいですが、今現在はどうなのか不明。もし自炊で長期滞在したいという場合には要確認です。
自炊部は滝川屋旅館が創業を初めた明治時代から残っている建物であって、昭和の折に明治の建物を囲むようにして周り廊下が後付されました。
あと、旅館部と自炊部の最大の違いは廊下の配置。旅館部では客室が外に面していて廊下はその内側にあるのに対し、自炊部は真ん中に客室があって廊下はその周りを回っていて真逆の構成です。
後者の構造は古い建物によく見られますが、これは廊下から客室への出入りが障子戸のみだった時代のものです。
後年になって建物の強度を向上させるために、廊下と客室との間に「壁」を設けられる前者の造りが一般的になった…というのは自分の想像(あとは防音性とか)。前者は部屋の2面や3面が障子戸になっているのでどこからでも入れるのがメリットだけど、いかんせん障子戸は防音性が皆無なので…。
自炊部の廊下には、外に面した欄干がそのまま残っています。
自炊部にある自炊設備。
見た感じは水道や冷蔵庫、電子レンジ、ガスコンロ、そして調理器具が一通り揃っているので困ることはなさそうです。
そして、こちらが自炊部の客室の様子。
前述の通り、廊下から客室への境界はすべてガラス付きの障子戸になっていました。障子戸を開け放ってしまえば風通しをよくすることができて、夏場はかなり快適そうです。
廊下から外側の構造はまず欄干があり、次いでガラス窓(これも古い)、そして一番外側に昭和の増築箇所がベランダのように回っていました。従って、廊下が二重に巡っている形になります。
増築分を考慮しないにしても、明治の建物のままだと欄干のすぐ外側が屋外に面することになります。雨の日は全周に雨戸を配置しないと廊下や障子戸が濡れてしまうし、現在の形に落ち着いたのは自然と言えます。
ベランダ部分を回って、旅館部が間近に見えるところまでやってきました。
この一角は曲がり角が多いので、上を見ても下を見ても必然的に木材が複雑に組み合っている様子が確認できます。こういうのを見ると、強度的に問題ないように設計されていることがなんとなく分かって感動してしまう。やはり自分は木造建築が好きだ。
あと、自炊部2階からは旅館部の前面を眺めることができました。木造3階建ての建物は玄関前の時点で見上げるほど大きく感じられたものの、2階の目線からだとまた違った印象を受けますね。
以上で、滝川屋旅館の館内散策は終了。
後は温泉に入ったりしてのんびりと過ごすことにします。
温泉
早めの時間にチェックインしたこともあり、散策をしたとしても夕食までにはまだ十分な時間がある。夏の時期に滝川屋旅館に泊まる決めてとなった至高の温湯を味わうため、早速温泉に向かうことに。
温泉については創業当時から続く「混浴」と、それから「女湯」の2箇所があって今回は前者のみを使用しました。
温泉の特徴は以下の通りです。
- 泉質:単純温泉(低張性-中性-低温泉)
- 泉温:31.9℃
- 湧出量:62.4L/min(自然湧出)
- 知覚的試験:無色透明、無臭、弱収斂味、わずかに黄白色沈積物を認める・気泡なし
- pH:6.5
- 適応症:筋肉もしくは関節の慢性的な痛み、神経症、冷え性、胃腸機能の低下、糖尿病等
一番の特徴は低温泉であることで、その温度は31.9℃。ただし東日本大震災によって源泉温度が下がってしまったらしく、昔はもっと高かったそうです。
湯船への湯の注がれ方については、源泉かけ流しならぬ源泉足元湧出。つまり湯船の底から音もなく湧き出てくる形式で、温泉における至上の楽しみ方だと思いました。
まず旅館部1階の階段を下るとさらに階段が何箇所かあり、その先には女湯と混浴の分岐があります。ここらへんの構造も客室周辺と同様に新しく作り直されていて、周囲の木材を見ても新築のような雰囲気がある。
看板に書かれているのは、「この温泉のお湯は自然に湧き出ています」という言葉。ここがどういう温泉なのかを説明してくれているので親切です。
ちなみに女湯の方へ下っていくと浴室前のエントランスみたいな空間があって、ここからは温泉前を流れる川の様子を見ることができました。
川だけではなく石や灯籠なども整備され、その奥には緑豊かな森。まるで庭園のようになっていて美しいです。
女湯の方の湯船は比較的こじんまりとしてて、おそらくですが1日に2組が同時に泊まって且つ女性がいる場合はこちらも開放されるっぽい。
混浴の方の脱衣所はこんな感じで、廊下から脱衣所に入ってからも階段があるので空間的には二階分の広さがありました。
壁の大部分が窓になっているので採光は十分。この温泉が滝川屋旅館の館内で最も標高が低い場所になるわけですが、開けた場所に建っている立地的な面と構造の面とで室内は明るいです。
そしてこちらが混浴の浴室です。
ちょうど腰の高さくらいまである黒色のタイル以外はほぼ木材が占めており、その古さは場所によって大きく異なりました。壁や天井はリフォームによる新しめな木材に対し、床を形成しているのはとても古びた厚みのある板材。年代の違いが如実に感じられてとても良い。
湯船については、区切りによって3箇所に分かれています。
一番奥の鳥居のような形の注ぎ口からは加温された源泉が注がれており、その湯が区切られた槽に順番に移っていく形式です。確かに源泉そのものは足元湧出なものの、約32℃の源泉のままだと非常に冷たくなってしまう。そこで加温された湯を上から投入することによって全体の温度を底上げしています。
なお加温された湯(といっても微妙に高いくらい)の注ぎ口が一番奥にしかない都合上、一番奥の槽から手前の槽にかけて徐々に温度が下がっていきます。手前の槽の温度は体温よりも少し高い程度と、まさに夏に入るにはこれしかないという感じ。
湯に沈んでみると本当に快適で、下界で感じた猛暑がまるで嘘みたいに思えるほど。
体温よりも微妙に高い温度と、それより一段階高い程度の微妙な加減の温湯に浸かっていると時間を忘れそうになりました。考え事をしながらだと冗談抜きに30分~1時間くらいはあっという間。これくらいの「いつまでも入っていられる」温度の温泉がとても好きだ。
繰り返しになるけど、滝川屋旅館の温泉は基本的に湯の花たくさんの湯底に湯穴があって、足元から湯が湧き出ている足元湧出温泉。ときどき底からポコっと空気が出てくるので温泉として生きていることが分かります。
昔と比べると温度は下がっているらしいものの、むしろそれによってこれ以上ないくらいに日本の夏に適した温泉へと変貌を遂げている。あまりにも居心地が良くて、夕食前に2回、夕食後にも2回ほど入りに行きました。
夕食~翌朝
温泉の後は夕食の時間。予め伝えておいた時間になったら階下にある食事会場に向かいます。
滝川屋旅館の食事は福島県の郷土料理を含め、いずれも地産地消をメインに取り組まれている素敵な内容。立地の時点でこれは美味しい山菜料理が食べられるのではと期待していたのが、果たしてその通りでした。
内容をざっと挙げてみると、馬刺し、ふき、酢の物、モロッコインゲン、棒鱈、みず(山菜)、こづゆ(会津の郷土料理)、根曲がり竹、天ぷら(赤かぼちゃ等)、トマトすき焼き、冷たいうどん。デザートはメロンと今日採れたばかりの桃(福島県は桃が有名)です。
福島県、そして山中の宿に泊まっていることを強く実感できる品で、郷土感を感じることができました。材料も美味しければ料理としても美味しく、宿に泊まっているときの食事は食欲を加速させる。
写真から美味しさが伝われば幸い。
単純に郷土料理を食べられるところは数多いですが、その中で滝川屋旅館ではすべてを旅館内で手作りされているので料理としての出来上がりが凄いです。
豪華というよりはしみじみと頂くのが合っているような自分好みな料理ばかりで、基本的に野菜多めでしかも薄味だったのもグッド。やはり静かな旅館には落ち着ける料理が似合っている。
夕食後は満腹になりつつ、再度温泉に行って身体をクールダウンさせました。
夕方から夜の時間帯になるともう扇風機は完全に不要になり、浴衣のままでいると若干の寒さを感じるくらい。ここだけ切り取ると真夏ということを忘れそうになって、いい意味で非日常感がある。
なお温泉は24時間入れますが、照明は落とされています。なので入るときにはまずブレーカーを上げて電力を供給させてから温泉に向かうことになります。
ご主人も女将さんももう寝る支度をされていると思われる中、ひっそりと誰もいない温泉に入りに行く。滝川屋旅館には本当の"自由"があって、旅館でこんなにも開放感を感じたのは初めてかもしれない。
掛け布団でちょうどいいくらいの環境下で眠りについて、翌朝は至って自然に目が覚めました。
起床してからまずやることは布団に潜り込んで二度寝を決めることではなく、眠たい目をこすりつつ朝風呂に行くこと。
今日という日を気持ちよく始めていくのに朝風呂は大事ですが、温度的に湯船の中で寝そうになるくらいでした。
朝食の内容はこんな感じで、香茸(いのはな)というキノコの炊き込みご飯や夏野菜、煮物、卵焼きなどパーフェクトすぎる品ばかり。
夕食に引き続いて全体的に胃に優しく、スッと食べられました。昨日あれだけお腹いっぱいになったのに不思議だ。
朝食後は部屋に戻って、チェックアウトの時間までまったりと過ごしてからの出発となりました。普段ならこの日の移動距離や行程に影響されて朝食後すぐの出発になることが多いところ、今回は宿における滞在を時間の許す限り満喫できたと思います。
ご主人や女将さんに見送られて滝川屋旅館を後にする。滝川屋旅館は自分の中で必ずまた再訪したい宿となって、早くも次の訪問を計画中です。
おわりに
滝川屋旅館は古い歴史を持つ安達太良山麓の一軒宿であって、大自然の中に建つ巨大な建物が特徴的です。館内はとにかく広いの一言に尽き、どこを歩いても古い構造を目にすることができて幸せでした。
もちろん滝川屋旅館の良さは建物だけに留まらず、いつまでも入っていられるような快適な温泉、美味しすぎる料理、そして朗らかな雰囲気に包まれたお二人によって体力的にも精神的にも回復できました。
喧騒がなくて滞在中にメンタルゲージが激しく上下することのない"落ち着ける空間"が理想の旅館とすれば、1日2組までの形式が滝川屋旅館の良さを底上げしていると思います。誰にも邪魔されることのない宿で、じっくり温泉に浸かってみてはいかがでしょうか。
おしまい。
コメント